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【リア編】星風の国物語~騎士の呼び笛~  作者: 月森みのり


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第十話 騎士の在り方

「だから、今はそれでいい。速さは、じきに身につくだろう」


 リアは足元へ視線を落とした。

 砂の上に転がった木剣が、陽射しを受けて白く浮かんでいる。


 ヴィクトルが木剣へ目を向け、口を開く。


「シリウス様……リアがあなたに勝つには、どうすればいいのでしょうか」


「そりゃ簡単だ」


 シリウスは何でもないことのように答える。


「団体戦にすればいい。より実戦に近い形なら、俺とて、敵わないだろう」


 近くで聞いていた騎士の何人かが、顔を見合わせた。

 シリウスは気にする様子もなく、木剣を軽く回す。

 その様子を眺めながら、ヴィクトルが続けた。


「……武闘大会であなたを倒すには?」


「ん?」


 シリウスの手が止まった。

 次いで、声を上げて笑う。


「あっはっは。それを俺に聞くのか」


 肩を揺らしながら、リアを見る。


「どうやら相当、期待を掛けられているようだな」


「えぇと……」


 リアは曖昧に笑った。

 どう答えればいいのか分からず、視線を少し逸らす。

 ヴィクトルが淡々と口を開いた。


「……期待をしているのは、私ではありません――レオニス殿下です」


 その瞬間、シリウスの笑みが、ほんのわずかに消えた。

 青い瞳がヴィクトルへ向く。


「……なぜ、兄様が出てくる?」


 声から、先ほどまでの軽さが消えていた。

 ヴィクトルは少し間を置いてから答えた。


「リアは、武闘大会で優勝すれば、レオニス殿下の専属護衛騎士に任じていただけることになっています」


「…………」


 シリウスの眉がわずかに動いた。

 それから、ヴィクトルの隣に立ってこちらを見ていたローランへ視線を向ける。


「……ローラン、知っていたな」


 低い声だった。


「はい」


「なぜ黙っていた?」


「リアがまだ、あなたに取り次げる段階ではありませんでしたので」


 ローランは表情を変えずに答えた。


「あと、必要ならばレオニス殿下から話をされるだろうと」


「……そうか」


 シリウスはしばらく黙っていた。

 やがて、大きく息を吐く。

 木剣を脇へ抱え、短く揃えられた後ろ髪を片手で撫でた。


「……あの人は……」


 小さく呟く。

 それから、リアを見る。

 先ほどまでの笑みは消えていた。


「……リア」


「はい」


「お前は本当に、兄様の騎士になりたいか」


 リアは一度だけ、レオニスの顔を思い浮かべる。

 そして、迷うことなく答えた。


「望んでくださる限り、そうなりたいです」


 リアの返事を聞くと、シリウスは眉根を寄せた。


「……うーん」


 短く唸り、木剣の先を砂へ向ける。

 しばらく何かを考えるように視線を落としていたが、やがて息を吐いた。


「なら、まずは訓練から変えた方がいいな」


 シリウスがヴィクトルを見る。


「訓練は、他の隊の奴らも混ぜろ。動きがお前に似すぎだ」


 ヴィクトルはわずかに眉を上げる。


「戦場で背を預けるなら頼もしい限りだが、真正面から討ち取りたいなら、もう少し型を崩させろ」


「……承知しました」


 シリウスは小さく頷いて、次にローランへ視線を向ける。


「ローラン」


「はい」


「夜会や式典の警護にもつけろ。そういった場所での振る舞いも覚えさせるんだ」


「シリウス様のお側でよろしいですか?」


 シリウスは少し間を置いて、首を横に振る。


「……いや、姉様か、ヴィオラ卿の側だ」


 シリウスは少し考えるように視線を遠くへ向けた。


「女性の要人警護ができる人間は貴重だ。それに、細かい作法や立ち振る舞いなら、二人を見る方が間違いない」


 そう言ってから、シリウスは小さく息を吐いた。


「俺は、細かいことにはあまり向かないからな」


 ローランの口元がわずかに緩む。


「……何だ?」


「いえ。承知しました」


 ローランはそれ以上何も言わなかった。

 シリウスはリアへ向き直る。


「それから――」


 リアの前へ歩み寄る。

 リアは反射的に背筋を伸ばした。


「……その姿勢だ」


 シリウスは木剣を持ち上げる。

 柄の先で、リアの肩の少し横を示した。


「肩に力が入りすぎている」


 リアが肩の力を抜く。


「顎を少し引け」


 木剣の柄が、今度は胸元の前で止まる。


「胸を張りすぎるな。背筋は伸ばすが、身体を固めない」


「はい」


 リアは言われた通りに姿勢を直す。

 シリウスは一歩下がった。

 正面から、横から、リアの姿を眺める。

 やがて、満足そうに頷いた。


「これが近衛騎士の立ち方だ」


 シリウスが目を細める。


「なかなか、様になるじゃないか」


 リアはその言葉に、わずかに目を見開いた。

 シリウスはそんなリアを見て、ふっと笑う。


「なぁ……」


 シリウスはわずかに目を伏せ、少し声を落とした。


「もし兄様の立場や、その身を脅かそうとする者がいれば、そいつはまず何をすると思う?」


 リアは口を開きかけた。

 けれど、答えが浮かばない。

 わずかに眉を寄せ、黙り込む。

 シリウスはそんなリアをしばらく見つめていた。


「側にいる騎士や侍従を見て、隙を探すんだ。特に兄様の周りは、そういう、目ざとくてずる賢いやつらが多い」


 シリウスは淡々と続ける。


「だから、まずは、普段から見られている意識を持て。隙を作るな」


 木剣の柄で、リアの足元を指す。


「立っているだけでもいい。警護する騎士が、どこから見ても隙がない。それだけで意味がある」


 リアは姿勢を保ったまま、前を見る。


「……お前の立ち姿だけで、小物を蹴散らしてやれ」


 シリウスは目を細めて、小さく笑った。


 その後、彼はしばらく黙っていた。

 木剣を砂の上へ軽く突く。


「……それから、これが一番大事なことだが……」


 青い瞳が、まっすぐリアへ向いた。


「兄様が言ったからといって、武闘大会での勝ち負けに固執するな」


 リアは言葉の意味を図るように、目を瞬いた。


「あの人は、常に二手三手先を考えている。だが、その全部を言葉にするわけじゃない……」


 シリウスはわずかに眉を寄せた。


「……そういうところが、俺は嫌いなんだが」


 小さく息を吐き、肩をすくめる。


「とにかく、お前を専属騎士に望んでいるなら、どんな手を使ってもそうするだろう」


 その言葉に、リアは思わず目を瞬く。


「ただ、周りを納得させるには、武闘大会で結果を見せることが一番分かりやすい。それだけさ」


 シリウスは木剣の柄を指先で軽く叩いた。


「だから、一つの道に固執するな。盲信もするな。視野が狭まって、大局が見えなくなる」


 シリウスはわずかに目を伏せ、声を低める。


「……そういう者を、俺は俺の家族の側に置いておくつもりはない」


 リアは静かにシリウスを見つめていた。


「勝ち負けじゃなくて、この国の騎士としての在り方を示せ。そうすれば、俺が引き立ててやることもできるんだ」


「シリウス様が、私を……?」


 リアが顔を上げた。

 シリウスは小さく笑う。


「あの人は、むしろそっちを本命だと思っているかもしれんしな」


 リアは何と返せばいいか分からず、ただシリウスを見つめた。

 シリウスはそんなリアをしばらく眺めていたが、やがて木剣を脇へ下ろした。


「……改めて。シリウス・ゼフィールだ」


 シリウスの瞳が、真っ直ぐとリアを見つめる。


「剣の腕と、ついでに、地位と権力がある」


 口元に笑みが浮かび、冗談めかした声音が続く。


「俺を上手く使えよ、リア」


 そう言って、シリウスは笑った。




 シリウスとの話が一段落した、そのときだった。

 訓練場の入口から、軽い足音が近づいてくる。


「失礼しまーす」


 間延びした声とともに、ひょいと顔を出したのは一人の少女だった。


「シリウス様。お使い、終わりました」


 肩から伝令用の鞄を下げ、腰には短剣を佩いている。


 胸元が大きく開いた薄手のシャツに、丈の短いズボン。

 その姿を見て、シリウスの肩が跳ねた。


「……ユリア」


 ユリアはシリウスの横で足を止める。

 シリウスはその姿を上から下まで眺め、それから眉間を押さえた。


「お前、その格好で出歩いたのか」


「はい」


「上着はどうした」


「暑いので置いてきました」


「……」


 シリウスはしばらく黙っていた。

 やがて、深々と息を吐く。


「……貞操観念の話は覚えているか」


 ユリアは首を傾げた。


「シリウス様は私が大事、という話ですね」


「う゛ぅ゛ん……」


 シリウスの眉間に皺が寄る。


「そこ以外も覚えてくれと言っただろう」


 肩を落とし、長いため息をつく。


「何というか……あー、ほら」


 シリウスがリアを見る。

 リアは突然視線を向けられ、わずかに背筋を伸ばした。


「リアを見習ってくれ」


「……?」


 ユリアがリアへ顔を向ける。

 リアは騎士服の下に、首元まで覆う薄手の衣服を着ていた。

 ユリアは自分とリアの服装を交互に眺め、そして眉を寄せる。


「……暑そうです」


 リアは少し考えたあと、袖口を少し引き上げ、腕を差し出した。


「……触ってみるか」


 ユリアは目を瞬き、ゆっくりと手を伸ばす。

 指先が、騎士服の下に覗く薄い布地へ触れた。


「えっ」


 ユリアの目が丸くなる。


「冷たい。何ですか、これ」


「雪蚕の糸が使われているんだ。冷たくて、熱もこもりにくい」


 リアは腕を引きながら答えた。


「雪蚕?」


「北方地方の特産品だ」


「へえ……」


 ユリアは興味深そうに布地を眺める。


「私も欲しいです。騎士団の支給品にすべきでは?」


「糸が貴重で、とても値が張る。本来は上流貴族向けのものだ。支給品にするのは、無理だ

ろう」


「上流貴族向けの、高級品……」


 ユリアの視線が、ゆっくりとシリウスに向く。

 彼は何も言わずに顔を背けた。


「シリウス様」


 ユリアの口元に、にこりと笑みが浮かぶ。


「私、これが欲しいです」


「……すまない、急用を思い出した!」


 次の瞬間、シリウスが走り出した。

 ユリアの瞳が、わずかに輝いた。


「逃しません」


 ユリアも駆けだす。

 すぐに追いつき、シリウスの背中へ飛びついた。

 シリウスが身体を捻る。

 次の瞬間、ユリアの身体が宙へ放り出された。


「わっ」


 ユリアは空中でくるりと身を翻し、砂の上へ軽く着地する。


「さっき地位も権力もあるって言ってた!」


「聞いてたのか!」


「お金もあるでしょ!」


「うるさい!」


 二人の姿が、そのまま訓練場の外へ遠ざかっていく。

 リアは入口を見つめたまま、しばらく黙っていた。


「……あれは、いつもあんな感じなんですか?」


 ローランが小さく息を吐く。


「……まあ、だいたいな」



お読みいただき、ありがとうございます。

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次回もお楽しみに!!


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