再会の瞬間
「旦那様」
呼びかけると、振り返ったライシスがちょっと照れたようにはにかんだ。
薄い金の髪と碧眼の王道イケメンは、少し童顔で愛らしい顔立ちをしていると思う。
きつめ美女のコーデリアと並ぶと、姉弟にすら見えそうだ。
「書類を忘れていますよ」
「ありがとう、コーデリア。朝はゆっくり休んでくれて構わないんだよ。……その、無理、させてるし」
「ふふ」
無理をさせている自覚があるなら、もう少し手加減してもいい気がする。
と思いつつも、毎晩のように共寝しても嫌悪感はないので、コーデリアは微笑むに留めた。
婚姻して三ヶ月。
それなりに仲良く、忙しい日々を過ごしている。
義両親は領地の本邸へ向かい、王都での社交はコーデリアに任されていて、おまけに家政も担っている。
気難しい執事も、お局の侍女長も、寡黙なメイド長も、時々お茶をする間柄である。
前世で社会人経験を積んでいて本当によかった。
甘ったるい恋や愛はなくとも、お互いを尊重し合える夫婦。
優しく穏やかなライシスは、今のところよそ見をしている気配はない。
とはいえ、今日わざわざ出かけに声をかけたのは、そろそろ時期だからである。
「旦那様、そろそろ王立図書館の改装が完了するようですね。きっと外観も素晴らしいんでしょうね」
「……うん」
かなりの歴史を誇る王立図書館は、ここしばらく閉館し改装工事に着手していた。
その責任者であるライシスとヒロインは、再開館の日に再会するのである。
本来なら、コーデリアはすでに亡く、ライシスは傷心の寡夫。
まあつまり独身なので、特に問題はない。
だが、ライシスが少々気まずそうに目を逸らすのは、執務室の机の引き出しにある手紙のせい。
うっかり見つけてしまったが、小説通りヒロインからのお誘いの手紙があった。
ちょっとした悪戯心でつついてみたら、かなり気まずそうな表情をされてしまった。
気にしなくていいのに、本当に素直な人である。
「開館式には、きみも来れるだろうか」
「え?」
「小さなセレモニーをするんだ。本当に小さいけど、責任者だから同伴がいた方がいいと……」
ああそうか。そうだ、ライシスの妻は今、コーデリアだった。
まさか自分が登場人物になるとは思いもかけず、でも妥当な理由に迷いなく頷く。
「もちろんです。帰られたら、話を聞かせてください」
「そうするよ。きみも、張り切りすぎてはいけないよ」
最近、ちょっとした疲れから二日ほど寝込んだことがあってから、ライシスが急に過保護になった。
閨以外では触れない指先が、コーデリアの頬に近づいて、そのまま離れた。
開館式のセレモニーは、小ぢんまりとしながらもアットホームな、街の人々も観覧できる形式だった。
王立図書館は、申請して審査を通過すれば、証書が発行され誰でも利用できる。
民にも周知しようという夫の気配りが垣間見れたのは、とても有意義だったと思う。
品がありながらもシンプルなドレスを着たコーデリアは、仕事中の夫と別れて館内を見学する。
整っているが豪奢すぎない、古き良き雰囲気がきちんと残された館内は、深呼吸したくなるような居心地のよさがあった。
「素敵ねえ」
「本当に」
侍女と話す声が、自然とささやかになる。
図書館の静けさに時代や世界は関係ないのか、はたまた日本の小説の中だからか、ぼんやり懐かしい心地だ。
「あっ、ライシス!」
弾む、きらきらとした明るい声が、夫の名を呼んだ。
ほんの少し肩が揺れたのは、静寂を壊された衝撃。
振り返ってみると、離れた場所からこちらへ向かって来ていた夫の元に、一人の女性が駆け寄った。
柔らかい桃色の可愛らしいドレスの裾が翻る。淑女にしては短めの、肩ほどの輝く金の髪。
背を向けているので顔はわからないが、おそらくヒロインだ。
「……若奥様」
「ふふ。若いっていいわあ」
「何をおっしゃいます。若奥様だってお若いですし、お綺麗ですよ」
「ありがとう」
気遣わしげに顔色を伺う侍女と、その向こうでちらちらとこちらを気にする夫の視線に微笑み、コーデリアはのんびりと歩を進めた。




