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アカシック9

――狭間の章


艦橋の照明が、わずかに落ちる。


前方スクリーンには、

無数の航路線。


そのうち、青い線は少ない。


赤ばかりだった。


「戦闘ワープ領域、拡大しています」


航法士の声は静かだった。


副官が、眉を寄せる。


「ここまで荒れてるのか」


「はい。通常航路は、ほぼ崩壊しています」


艦が、小さく揺れた。


ほんのわずか。


だが、その揺れだけで、

艦橋の空気が変わる。


後方で、若い通信士が小さく呟いた。


「……普通のワープじゃ、ダメなんですか?」


誰かが笑うような質問だった。


だが、笑う者はいない。


航法士は視線を前に固定したまま答える。


「普通のワープは、“決まった道”を走るんだ」


スクリーンに一本の青い線が表示される。


安定航路。


「重力、宙域密度、恒星干渉。

 全部が安定してる」


さらに別の線が浮かぶ。


赤い。


歪んでいる。


「戦場では、それが全部崩れる」


若い通信士は、まだ分かっていない顔だった。


副官が、代わりに言う。


「地面が崩れてる場所で、全力疾走するようなもんだ」


「……ああ」


「しかも、敵も撃ってくる」


艦橋の一部で、小さく笑いが漏れる。


だが、すぐ消える。


航法士が操作卓を叩く。


空間図が、波打った。


「戦闘ワープは、“飛ぶ”んじゃない」


低い声。


「崩れる座標を、無理やり繋ぐ」


スクリーンの一点が消える。


さっきまで安全だった座標だ。


「今、安全域が一つ死にました」


「敵の重力攪乱です」


副官が舌打ちする。


「早いな」


「敵も、こちらの出口を潰しに来ています」


若い通信士の顔色が変わる。


「出口……潰されるんですか」


誰もすぐには答えない。


代わりに、艦がまた揺れた。


今度は、少し強い。


航法士が、短く言う。


「ワープっていうのは、本来“安全な逃げ道”なんだ」


「でも戦闘ワープは違う」


スクリーンいっぱいに、赤い干渉波。


「敵も味方も、互いの逃げ道を壊し合う」


副官が、小さく息を吐く。


「だから、帰ってこれなくなる」


艦橋が静かになる。


その静寂の中で、

警告灯だけが、低く点滅していた。


若い通信士が、恐る恐る聞く。


「……失敗したら、どうなるんですか」


今度は、すぐに答えが返らなかった。


航法士の指が、止まる。


副官が、前を見たまま言った。


「軽い失敗なら、座標ズレだ」


スクリーンに、小さな光点。


予定宙域から外れた艦。


「味方艦隊と数千キロ離れる。

 戦場でそれは、死んだのと変わらん」


若い通信士が、唾を飲み込む。


副官は続けた。


「次に多いのが、“半噛み”だ」


「半噛み……?」


航法士が操作卓を切り替える。


表示されたのは、歪んだ艦影。


艦首だけが、崩れている。


「出口座標が崩壊した状態で出ると、こうなる」


「艦の一部が、出口座標と重なる」


若い通信士の顔から、血の気が引いた。


「……中の人は」


誰も答えない。


代わりに、副官が低く言う。


「回収班が、“何も残っていない”と言ったことがある」


艦橋が静まり返る。


警告灯だけが、ゆっくり点滅していた。


だが、副官は止まらない。


「もっと悪い例もある」


スクリーンが切り替わる。


何もない宙域。


そこに、信号だけが残っている。


「旧外縁戦域。

 第七機動群所属、巡洋艦二隻」


「ワープアウト確認後、艦影消失」


若い通信士が、目を瞬かせる。


「消えた……?」


航法士が頷く。


「出ていない」


「記録上は“出口に到達している”

 だが、誰も観測できなかった」


「今でも自動信号だけ飛び続けてる」


空気が、重くなる。


副官が、小さく息を吐く。


「戦闘ワープで一番怖いのは、爆発じゃない」


間。


「“帰れないこと”だ」


艦が、再び揺れる。


今度は、はっきりと。


オペレーターの声が飛ぶ。


「重力攪乱、急上昇!」


「安全域、さらに二つ消失!」


「敵が出口予測を始めています!」


航法士の指が走る。


空間図が赤く染まっていく。


逃げ道が、減っていく。


若い通信士が、かすれた声で呟く。


「こんなの……どうやって通るんですか」


誰も笑わない。


副官は前を見たまま、短く答えた。


「慣れるしかない」


航法士が、最後に小さく呟く。


「……だから戦闘ワープは、操艦じゃない」


間。


「生き残りだ」





第二波は、第一波より静かに始まった。


それは突撃ではない。


三つの意志が、同時に戦場へ差し込まれる動きだった。


SS1――ジェミニ艦が、銀河連邦の視線を引く。


《グリム・リッパー》が、重巡と戦艦の接続部へ薄い刃を滑り込ませる。


後退していた《ディザスター・レイン》が、再び砲口を開き、面で艦隊の呼吸を奪おうとする。


リンドウ旗艦の艦橋で、戦術AIが即座に告げた。


「敵複合攻勢、開始」


「SS1、上層突入軌道」


「グリム・リッパー、第一艦隊と第七艦隊の接続部へ」


「ディザスター・レイン、後方制圧砲、再照準」


カイが歯を食いしばる。


「全部来た……!」


エリシアは動かない。


その瞳だけが、戦術投影の中を走る。


SS1を止めたい。


だが、SS1だけを見るな。


グリム・リッパーを切りたい。


だが、そこに集中すれば制圧砲が艦隊を焼く。


ディザスター・レインを潰したい。


だが、砲撃準備に入ればSS1が指揮中枢へ来る。


選ぶしかなかった。


エリシアは、短く息を吸う。


「SS1は誘導」


「グリム・リッパーを受ける」


「ディザスター・レインを削る」


カイが目を見開く。


「三つ同時に!?」


「ええ」


エリシアの声は冷たいほど澄んでいた。


「全部止めようとするな」


「止めるもの、受けるもの、削るものを分ける」


戦術AIが即座に命令系統へ変換する。


「SS1対応、第七艦隊およびスカイ大隊」


「グリム・リッパー対応、第一・第七接続部重巡群」


「ディザスター・レイン対応、戦艦主砲群およびプロメテウス級残存艦」


宇宙が、再び燃え上がった。


SS1が滑る。


それは突進ではない。


銀河連邦の判断を試すような、鋭い軌道。


ジェミニは、リンドウ旗艦を見ていた。


「さあ、エリシア」


「今度は何を捨てる?」


その声に、楽しさはある。


だが、余裕だけではない。


SS1の内部では、損傷警告が幾重にも走っていた。


外装焼損。


右舷制御補助、遅延。


主推進、過負荷。


因果収束ランス、連続使用限界接近。

それでもジェミニは止まらない。


止まれば、流れが変わる。


流れが変われば、エィルの母星防衛線に傷が入る。


そして、その奥には――


レイテがいる。


リリがいる。


エィルの民がいる。


ジェミニは笑みを浮かべたまま、内側で静かに計算していた。


(まだ、やれる)


(まだ、削れる)


(けれど……)


戦術投影の隅。


エィル艦の喪失数が、また増える。


《グリム・リッパー》が重巡の壁へ食い込む。


だが、銀河連邦はもうただの壁ではなかった。


重巡一隻が敵艦の突入を受け止める。


その背後から戦艦副砲群が火線を重ねる。


さらに軽巡が影から誘導弾を差し込み、駆逐艦が逃げる敵だけを刈り取る。


一隻のエィル戦術艦が沈む。


続けて二隻。


さらに三隻轟沈していく。


リリの声が、統合司令部内に響く。


「隊列を割らないで!」


「押し込まないで、戻って!」


けれど、戦場はもう単純な命令だけでは整わない。


エリシアが作った再編。


近衛AIが戻し始めた局所シールドビット展開。


スカイ大隊の攻勢


そのすべてが、エィルの無人艦群を少しずつ削っていた。


SS1は、その流れを断とうとする。


ジェミニ

「なら、そこ」


SS1が、急角度で沈む。


上層突入軌道から一転、下層へ。


狙いは、第一艦隊の重巡壁ではない。


その裏で戦術補助を担っていた軽巡群。


だが、そこにスカイ大隊が待ち伏せていた。


スカイ


「来るのを待っていたよ」


「全機、二層迎撃開始」


無人機群が先に散る。


有人機が、その影からフェムトレーザーを放つ。


SS1は二機を撃破する。


三機目を避ける。


四機目をスマート弾で落とす。


だが、その数秒が奪われる。


リンドウ艦橋。


戦術AI

「SS1、軽巡群への到達遅延」


エリシア

「十分」


「ディザスター・レインを撃て」


戦艦群が、待ってましたとばかりに

砲口が開く。


反応炉直結レールガン。


高出力粒子砲。


重ビーム主砲。


そしてプロメテウス級が、敵制圧艦群の照準同期を乱す。


光が走る、無数の閃光が戦場に駆け巡る。


《ディザスター・レイン》が次々と轟沈していき順列の一角が砕ける。


制圧艦一隻、中央部破断。


二隻目、主砲基部爆発。


三隻目、後退不能。


ルクス司令部で、リリの顔が青ざめる。


「また……!」


エィル軍は押している。


だが、押すたびに削られていく。


銀河連邦軍も燃えている。


だが、燃えながら形を変えている。


ジェミニは、戦術投影の損耗線を見た。


そして、初めて口元の笑みを消した。


(損耗が……)


(届く)


(まずいわね)


彼女の思考は、冷たかった。


そこに感情は挟まない。


総艦数減少。


喪失率四割以上。


母星防衛線への影響大。


再建に必要な時間。


そして、現在のエィル文明の状況。


エィルは、まだ別の戦争を抱えている。


アークリメインとの戦争中。


ここで戦闘艦を失いすぎれば、空白が生まれる、たとえ数ヶ月で艦を修復復元できても、その数ヶ月が致命傷になる。


ジェミニは、前方の戦場を見た。


銀河連邦は、まだ折れていない。


エリシアは、まだ読む。


カイは、まだ支える。


戦術AIは、まだ補正する。


近衛AIは、まだ戻る。


スカイは、まだ噛みつく。


(まだ、やれるか?)


SS1の内部で、警告が鳴り続ける。


(いいえ)


ジェミニは、ゆっくりと目を閉じた。


(無理だ)


その判断は、敗北ではない。


戦術家としての冷徹な結論だった。


(そら…か…)


(エィルの民か…)


一瞬だけ、そらの顔が浮かぶ。


怒りを宿した瞳。


私の未来線に干渉した、あの信じがたい存在。


最初は脅威に感じていたけれど、大切な人達を守る姿勢と代償を受ける覚悟。


仲間にしたいと思った。


共に歩んで理解したかった。


隣に置いてみたかった。


気に入った。


本当に、気に入っていた。


だが。


ジェミニは、小さく息を吐いた。


「……そうね」


そして、静かに笑った。


悔しそうに。


悲しそうに。


けれど、迷いなく。


「そら、私は当然、エィルの民あの子達を守る選択をする」


その言葉は、誰にも聞こえない。


ただ、彼女自身に向けた宣告だった。


「これで、そらとはもう…...」


その瞬間。


通信が入る。


レイテ。


『待たせたわねジェミニ」


その声は、静かだった。


だが、戦場の温度を一段変えるほどの重みがあった。


『ここからは、ルクスと私が引き継ぐわ」


レイテは微笑む。


『補給と修理に帰還しなさいジェミニ」


ジェミニは、ほんの少しだけ目を見開いた。


「大丈夫?」


その声には、珍しく不安が混じっていた。


レイテは、短く笑う。


『私を誰だと思っているのジェミニ」


一拍。


『戦術級は貴女』


『戦略級は私よ』


ジェミニは、目を閉じた。


そして、今度こそ安心したように微笑んだ。


「……そうね」


その笑みは、戦場で見せる挑発の笑みではない。


信頼の笑みだった。


「任せるわ」


SS1は、戦場から離脱軌道へ入った。


同時に、周囲の負傷艦へ帰還信号を送る。


ジェミニ

「全損傷艦、軌道ドックへ」


「戦闘継続不能艦は、我に続け!!」


継続可能艦は後退艦の支援を命令するジェミニ。


リリが、震えた声で叫ぶ。


「ジェミニお姉ちゃん!」


ジェミニ

「大丈夫」


「私達は負けて帰るんじゃない」


少しだけ笑う。


「次の手を譲るだけよ」


リリは、何かを言おうとして、言えなかった。


その時だった。


第四惑星ルクスの深層が、開いた。


宇宙が、静かに歪む。


広範囲ワープ反応発生。


ひとつではない。


十でもない。


百でもない。


無数の。


リンドウ旗艦・艦橋。


旗艦内に非常事態警報が鳴る、戦術AIの声が、初めて明確に乱れた。


「大規模ワープ反応あり」


カイ

「どこからだ!?」


戦術AI

「前方!」


「左右、上下、後方にも全方位から発生!?」


「数……解析不能!」


副官

「艦影大規模出現!」


無数の艦影、戦術投影が白く埋まっていく。


銀河連邦艦隊の周囲に、次々と光点が咲く。


一隻。


十隻。


百隻。


さらに増える。


戦闘艦が無数に出現。


だが、その中に混じる反応は、通常艦のものではない。


戦術AI

「新規艦影、約一千隻!」


カイ

「一千隻!嘘だろ!!」


青ざめるカイ、艦橋が騒然となる。


「敵増援か!?」


「母星防衛艦隊は動いていません!!」


「商船反応もあります!」


「いや、全部が同位相反応を持っている!」


エリシアは、わずかに目を細めた。


混乱の中で、ただ一人、前を見る。


「……違う」


カイ

「何が違うんですか!」


エリシア

「見せ札よ」


その瞬間。


戦場の中央に、一隻の艦が現れた。


ルクス艦。


それは戦艦ではない。


空母でもない。


支援艦でもない。


細長く、静かで、どこか生き物の骨格のような艦影。


物質として存在しているのに、周囲の空間から半歩ずれている。


戦術AI

「識別不能」


「通常空間に完全係留していません」


「位相外殻を確認」


カイ

「なんだよ、あれ……」


その艦の中。


レイテは、静かに立っていた。


背後には、そら。


そらは黙っている。


レイテは、前方のリンドウ旗艦を見た。


「手筈どおりに、そら」


そらは、わずかに目を伏せた。


「……うん」


その声には、迷いも怒りもあった。


だが、拒絶はなかった。


なぜなら、これは契約だった。


そらが戻るための。


そして、戦争を止めるための。


レイテは小さく頷く。


「行くわ」


ルクス艦が、戦闘ワープに入った。


それは、銀河連邦のワープとは根本から違っていた。


銀河連邦式のワープは、空間を渡る。

距離を詰める。

座標から座標へ、艦を“移動”させる。


だが、ルクス艦――

古代文明の最新鋭艦プロトタイプ戦闘艦。


《ノード=カウザリティ・インターディクター》。


旧称、因果捕縛艦。


唯一現存艦。


その艦は、通常空間に完全には存在していない。


半位相外層《Ω−1》。


現実の、半歩外側。


そこに常駐する艦。


だから、ルクス艦の戦闘ワープは“移動”ではなかった。


距離を詰めるのではない。


“すでにそこにいた”という結果を、現実側へ一瞬だけ置いてくる。


リンドウ旗艦の前方空間が、ひび割れるように歪んだ。


まるで宇宙の表面に、見えない爪で裂け目を入れたかのように。


通常空間の星図が歪む。


距離表示が跳ねる。


重力波センサーが沈黙する。


光学観測は、何も映さない。


だが――


そこにいる。


戦術AI

「敵艦、いきなり出現!?」


「距離――」


一瞬、表示が壊れる。


「距離算出不能!」


カイ

「何が起こった!!」


エリシア

「全艦、旗艦防御!」


だが、もうすでに遅かった。


ルクス艦は、すでにリンドウ旗艦の至近にいた。


艦影は細く、静かだった。


威圧するような砲塔はない。


巨大な主砲も見えない。


だが、その外殻は通常装甲ではなかった。


白銀と深藍が重なった位相外殻。


そこを走る淡い光は、推進光ではない。


観測痕。


因果を固定する演算の残滓。


カイは、思わず息を呑む。


「なんだ……あの艦……」


戦術AI

「識別不能」


「登録艦種に該当なし」


「通常空間係留率、不安定」


「対象艦、半位相外層に存在している可能性」


副官

「半位相……?」


戦術AI

「推定。現実空間の外側に、一部存在しています」


エリシアの瞳が鋭くなる。


ルクス艦は、撃たなかった。


砲撃はない。


閃光もない。


衝撃波もない。


それなのに――


リンドウ旗艦の内部で、機能が順番に落ちていく。


主砲管制、停止。


反応炉直結レールガン、発射待機解除。


副砲群、同期断。


対艦レーザー格納群、照準凍結。


推進補助、沈黙。


姿勢制御、手動補助へ移行。


防御フィールド、部分崩壊。


重力偏向フィールド、出力低下。


多層プラズマ盾、形成不能。


戦術投影、三層欠落。


艦内の照明が落ちる。


非常灯が点く。


リンドウ旗艦全体が、一瞬だけ“戦艦”ではなくなった。


巨大な艦体は無傷。


装甲も破れていない。


艦橋も吹き飛んでいない。


だが、戦うための機能だけが消えていく。


戦術AI

「旗艦機能、急速低下!」


「主戦闘系統、七割喪失!……」


「……八割に到達!」


カイ

「何も撃たれてないぞ!?」


戦術AI

「撃たれていません!」


「熱量反応なし!」


「運動エネルギー衝突なし!」


「外殻損傷、確認できません!」


カイ

「じゃあ何で落ちてるんだよ!!」


戦術AI

「結果だけが発生しています!」


艦橋が、凍りついた。


結果だけ。


その言葉の意味を、誰もすぐには飲み込めなかった。


エリシアだけが、わずかに目を細めた。


「……因果系」


その声は低い。


怒りでも、恐怖でもない。


理解だった。


銀河連邦にも、その理論は存在している。


因果干渉。


因果固定。


結果先行型制御。


だが、それはまだ研究段階だった。


理論室の中で扱う概念。


高等戦術AIが、模擬演算で一部だけ再現できる仮説。


実戦投入など、夢物語に近い。


艦艇を対象に、破壊せず、ただ“戦闘不能という結果”だけを固定する。


そんな技術は、銀河連邦では未完成どころか、危険すぎて封印議論すらされている領域だった。


だが、エィルは違った。


エィルは、それを持っていた。


しかも、艦載兵装として運用している。


戦術AI

「推定肯定!」


「敵艦、因果固定系兵装を使用の可能性!」


「対象、リンドウ旗艦!」


「旗艦、戦闘継続能力を喪失!」


一拍。


「ただし通信機関は維持されています!」


カイ

「なんで通信だけ……?」


エリシアは、理解した。


目を閉じるまでもなかった。


「わざと生かされた……」


そして、静かに続ける。


「話すためよ」


その時、戦術AIが追加解析を表示する。


「敵艦使用兵装、推定分類」


「主武装――《因果固定砲・デモンストレーター》」


「対象を破壊せず、戦闘不能状態のみを成立させる兵装と推定」


副官

「デモンストレーター……?」


戦術AI

「名称は仮称」


「ただし、敵艦の攻撃挙動は“殲滅”ではなく“証明”に近い」


カイ

「証明だと……?」


エリシアは、ルクス艦を睨む。


「私たちを殺せる、と見せているんじゃない」


一拍。


「殺さずに止められる、と見せている」


その言葉に、艦橋の全員が沈黙した。


殺されるよりも恐ろしい敗北。


抵抗の余地がない。


被害もない。


それなのに、戦闘能力だけを奪われる。


これは砲撃ではない。


これは戦闘ではない。


文明差の提示。


無力化されたの証明。


ルクス艦は、まさにそのために作られた艦だった。


戦争用ではない。


殲滅用でもない。


高位文明の証明兵器。


“我々は勝てる”ではない。


“本気を出せば、世界が壊れる”。


それを示す艦。


戦術AI

「さらに異常反応」


「敵艦周囲に位相分離フィールド展開」


「0.3秒未満の位相ズレを検出」


カイ

「また何か来るのか!?」


戦術AI

「いいえ」


「本艦には未適用」


「ただし、周囲の迎撃軌道計算が崩壊しています」


艦橋の投影上で、迎撃可能だったはずの火線が次々と消える。


なぜ撃てないのか。


射線はある。


距離もある。


だが、計算が合わない。


撃った瞬間、弾が“どこを通るべきか”を失う。


カイ

「こっちの砲が……撃てない?」


戦術AI

「撃てます」


「ただし、命中計算が成立しません」


「位相帰還後の敵位置が、通常慣性計算に乗りません」


エリシア

「位相分離……」


「対象艦を別位相にずらして、こちらの戦闘制御を狂わせる兵装ね」


戦術AI

「推定肯定」


「敵艦は、こちらを壊していません」


「こちらの“兵器としての成立”を解除しています」


カイは、言葉を失った。


兵器としての成立。


つまり、リンドウはまだ存在している。


艦としては生きている。


人員も残っている。


通信も使える。


だが、戦艦ではない。


戦場を動かす力を奪われた。


それは、軍人にとって最悪の屈辱だった。


その時、ルクス艦の下部から、細い光の楔が伸びた。


戦術AI

「因果アンカー反応!」


「捕縛系と推測」


カイ

「まだやる気か!?」


だが、その光はリンドウ旗艦を完全拘束する寸前で止まった。


一瞬だけ、リンドウの艦体全体が硬直する。


推進も、姿勢制御も、艦内時刻補正すら、わずかに固定された。


次の瞬間。


解除。


戦術AI

「拘束、解除」


「時間、0.8秒未満」


副官

「……何のために?」


エリシア

「見せたのよ」


「捕まえられる」


「でも、今はしない」


カイ

「……っ」


その言葉が、艦橋全体へ重く落ちる。


ルクス艦は、殺さない。


壊さない。


だが、全部できる。


そして、あえていわない。


戦意を折るために。


リンドウ旗艦を“生きた証人”にするために。


戦術AI

「敵艦、連続武装使用を停止」


「推定、兵装間に使用制約あり」


「主砲、捕縛、位相分離の同時連続使用は困難と見られます」


カイ

「弱点か?」


エリシア

「いいえ」


「抑止の鍵よ」


彼女はルクス艦を見つめたまま言う。


「この艦は万能ではない」


「同時に全てを使えない」


「連続使用にも制約がある」


「高次観測者がいなければ起動できない」


カイ

「なんで分かるんですか」


エリシア

「もし量産できるなら、最初から艦隊戦などしていない」


一拍。


「これは、一隻だけの切り札」


「だからこそ、出すタイミングに意味がある」


彼女の推測は、ほぼ正しかった。


ルクス艦の心臓。


《エイテル永久機関》。


古代文明が残したブラックボックス。


レイテたちの創造者によって封じられた、再現不能の中枢。


エィル文明ですら、その全容を理解していない。


だからルクスは一隻のみ。


唯一現存艦。


一隻なら、軍事的脅威ではない。


だが――


一隻で世界を止められる。


その矛盾こそが、この艦の本質だった。


そして。


リンドウ旗艦は今、その本質を真正面から叩きつけられていた。


戦術AI

「敵艦、離脱準備」


「ただし、本艦通信機関への干渉なし」


「外部通信、維持」


カイ

「……本当に話すためだけに残したのか」


エリシア

「ええ」


「これ以上撃てば、こちらは無力な艦を撃つことになる」


「撃たなければ、交渉に入るしかない」


「よくできた脅しね」


その声には、怒りが混じっていた。


だが同時に、認めざるを得ない冷静さもあった。


ルクス艦は、リンドウ旗艦の至近からゆっくり離脱する。


まるで、最初からそこにいなかったかのように。


半位相外層へ戻る影が、空間の中へ沈んでいく。


しかし、戦場には残った。


恐怖だけが。


理解だけが。


そして――


交渉せざるを得ないという、冷たい現実だけが。


カイが、かすれた声で言う。


「……大将」


「これ、戦争じゃないですよ」


エリシアは静かに頷く。


「ええ」


「これは、戦争を終わらせるための一撃よ」


そして、通信機関だけが生きているリンドウ旗艦の艦橋で。


次の戦いへ移る声だった。


砲火の戦場から。


言葉の戦場に。


旗艦艦橋の中央。


そらが消失した場合に…


そこに――


光が集まり…


誰も動けなかった。


カイの目が見開かれる。


エリシアの呼吸が止まる。


誰もが動かないで居た。


光が、人の形をかたどる。


ホログラムでもない。


通信映像でもない。


“座標ごと戻された存在”。


そら。


そら

「……ただいま皆んな」


その声は、小さかった。


だが、リンドウ艦橋全体を貫いた。


エリシア

「え…そら..なの?」


エリシアは込み上げて来るものを必死で堪えた


一瞬、指揮官の顔が崩れたエリシア。


カイ

「え……」


「そら……?」


副官たちも、近衛AIたちも、戦術AIでさえ、一瞬応答を失った。


そらは、そこにいた。


奪われた場所へ。


消えた座標へ。


そのまま、戻ってきた。


ルクス艦内部。


レイテは、そらの姿が光となって消えていくのを見送っていた。


「……今はこれでいい」


背後に広がる戦術投影には、銀河連邦艦隊を包む一千隻の艦影。


擬装された支援艦。


擬装された商船。


擬装艦。


だが、銀河連邦の士官たちは、それを知らない。


彼らが見るのは、ただ一つの事実。


ジェミニよりも、さらに理解不能な艦が現れた。


その艦が、リンドウ旗艦の機能を一瞬で奪った。


しかも、それと似た反応を持つ艦影が、千隻規模で戦域に出現した、事実の戦慄感が銀河連邦士官に広がる。



通信回線を開く。


ルクス艦は、沈黙したリンドウ旗艦から離脱する。


銀河連邦陣形内から、何事もなかったように滑り出る。


誰も止められない。


撃とうとしても、砲が動かない。


追おうとしても、旗艦が命令を出せない。


通信だけが残されている。


レイテの声が、銀河連邦全艦へ届いた。


「銀河連邦軍へ」


「こちらはエィル統合総括総督、レイテ」


一拍。


リンドウ艦橋。


そらは、まだ呆然と立っている。


エリシアは、一歩踏み出す。


けれど、まだ抱きしめない。


戦場だから。


指揮官だから。


でも、その目は揺れていた。


レイテの声が続く。


「これ以上続ければ、双方に取り返しのつかない損害が出る」


「停戦交渉を提案する」


「通信機関を残した意味は、理解しているわね」


カイが、拳を握る。


「……脅しじゃねえか!!」


エリシアは、静かに答える。


「いいえ」


彼女は、そらを見る。


そして、燃える戦場を見る。


「交渉への招待状よ」


ルクス艦は、遠ざかる。


その背後で、一千隻の艦影が静かに揺れている。


本物か。


擬装か。


虚勢か。


誰にも分からない。


だが、リンドウ旗艦が一瞬で機能不全に追い込まれた事実だけは、本物だった。


銀河連邦艦隊全体に、静かな混乱が広がる。


撃つべきか。


退くべきか。


守るべきか。


問いが増え、判断が鈍る。


そしてその中心で、エリシアはようやく、そらへ向き直った。


そらは、少しだけ苦笑した。


「……ごめん」


「遅くなった」


エリシアの瞳が、震える。


けれど、彼女は泣かなかった。


まだ。


今はまだ、指揮官でいなければならない。


エリシアは通信席へ命じる。


「全艦、攻撃停止」


カイが振り返る。


「大将……!」


エリシア

「そらが戻った」


「敵は停戦を提案している」


「旗艦は戦闘機能の大半を失った」


「これ以上の戦闘継続は、奪還作戦ではなく、消耗戦になる」


一拍。


「それは、私の目的ではない」


戦術AI

「停戦受諾準備、開始しますか」


エリシアは、そらを見た。


そらは、何も言わない。


ただ、小さく頷いた。


エリシア

「開始」


宇宙は、まだ燃えている。


だが砲火は、少しずつ弱まっていく。


SS1は軌道ドックへ向かう。


ジェミニは、遠ざかる戦場を静かに見ていた。


「……そら」


その声は、誰にも届かない。


「終わり、ではないわよね」


そして彼女は、小さく笑った。


「次は、話し合いか…」


ルクス艦では、レイテが静かに目を閉じる。


リンドウ艦橋では、そらが帰ってきた。


エリシアは戦場を止めた。


カイは荒い息を吐いた。


リリは、泣きそうな顔でジェミニの帰還を見守っていた。


そして第四惑星ルクス前方宙域に――


戦闘ではない、次の戦いが始まろうとしていた。


交渉戦。


停戦会談。


文明と文明が、砲ではなく言葉で互いを削り合う戦い。


だが、その入口に立つ全員が知っていた。


この停戦は、平和ではない。


ただ――


これ以上、大切なものを失わないための、ぎりぎりの選択だった。




停戦交渉。


それは、砲火が止まっただけで始まるものではなかった。


まず必要だったのは、旗艦を失ったという現実を、エリシア自身が受け入れることだった。


損傷した旗艦リンドウは、まだ戦域にいた。


外殻は裂け、艦首部の半分は焼け焦げている。巨大な艦体のあちこちから、冷却材の白い霧が細く漏れ、補助灯だけが、暗い宇宙の中で静かに明滅していた。


周囲では曳航艦がゆっくりと固定作業を続けている。救難艇が外殻に取りつき、破断した装甲面へ仮固定フレームを打ち込んでいた。


だが、艦橋は静かだった。


あれほど報告が飛び交い、警報が鳴り、命令が交錯していた場所が、今は機械音しか返さない。


エリシアは、誰もいない艦橋に立っていた。


足元には、焼けたコンソールの破片。壁面には黒い焦げ跡。正面投影スクリーンは半分が死に、残った半分だけが、かすかに星図の残像を映している。


エリシアは、指先で損傷したコンソールをなぞった。


「……すまない」


小さな声だった。


カイは後ろに立っていたが、何も言わなかった。言える空気ではなかった。


エリシアは、もう一度コンソールに触れる。


「ココでは治せない」


艦は答えない。


けれどエリシアは、長年連れ添った旗艦へ話しかけていた。


「地球へ帰るまで……待っていてくれ」


その声には、指揮官ではなく、長く共に戦ってきた相棒へ詫びる者の響きがあった。


しばらくして、エリシアは最後に艦橋を見回した。


指揮席。


そらが立っていた場所。


カイが叫んでいた場所。


自分が命令を下し続けた場所。


すべてを目に焼きつけてから、彼女は背を向けた。


「行こう。」


巨大な旗艦リンドウは、その戦域に残されたまま。


艦隊だけが、静かに移動を開始した。


臨時旗艦に選ばれたのは、最も安全性が高いシールド戦艦だった。


銀河連邦の最新鋭艦でもっとも安全な艦。


今この場でエリシアとそらを守るには、これ以上の場所はない。


シールド戦艦の中枢区画。


戦闘の熱がまだ残る艦内で、エリシアはようやくそらと向き合った。


別室だった。


会談前の控室。


白い壁、低い照明、外の戦場音を遮断した静かな空間。


そこに、そらがいた。


エリシアは一瞬だけ立ち尽くした。


そして次の瞬間、軍人の顔が崩れた。


「そら……!」


駆け寄る。


強く抱きしめる。


壊れ物を抱くように、それでいて絶対に離さないように。


「無事で……よかった……」


声が震えた。


そらは、最初少しだけ戸惑い、それからエリシアの背中へ手を回した。


「ただいま、エリシア」


その一言で、エリシアの目から涙が落ちた。


「ごめんなさい……」


「守れなかった……」


「私が……私がもっと早く気づいていれば……」


そらは、静かに首を振った。


「仕方ないよ」


「たぶん、あれは誰にも止められなかった」


エリシアは、さらに強く抱きしめる。


「それでも……!」


そらは、エリシアの頭をそっと撫でた。


「うん」


「でも、来てくれた」


「ちゃんと、迎えに来てくれた」


その言葉で、エリシアは何も言えなくなった。


カイは少し離れた場所で、腕を組んでいた。


目元を指でこすりながら、わざと軽い声を出す。


「いやー……ほんと、心臓に悪い帰還だったな」


そらが少し笑う。


「ごめんね、カイ」


「いや、謝るのはこっちだろ」


カイは息を吐く。


「無事帰ってきてくれて、よかった」


安堵するカイ。


近衛AI四人衆もいた。


ミレイは静かに頭を下げ、レグナは無言で目を伏せ、ユグナはそらの状態を解析し続け、ミューだけが小さく呟いた。


「……そらちゃん、ほんとに戻ってきた」


その声は、AIらしくないほど柔らかかった。


そらは苦笑する。


「うん。戻ってきた」


副官たちも、整備士も、通信士も、控室の外で声を殺して安堵していた。


祝宴ではない。


まだ戦争は終わっていない。


でも、その場にいた全員が、同じことを思っていた。


そらが帰ってきた。


それだけで、艦隊の意味が戻った。


やがて、エリシアは涙を拭き、静かに尋ねた。


「そら」


「何があったの?」


室内の空気が変わった。


そらは少しだけ視線を落とした。


契約。


レイテとの密約。


語れることと、語れないこと。


それらが、そらの中で絡み合う。


そらは、ゆっくり答えた。


「……ずっと、眠っていたみたいな感じだった」


エリシアが目を細める。


「眠っていた?」


「うん」


「気づいたら、戻される直前だった」


「だから……詳しいことは、分からない」


カイがそらを見る。


「本当に?」


そらは、少しだけ間を置いた。


「……うん」


それ以上、誰も踏み込まなかった。


エリシアは分かっていた。


そらが嘘をついている、というより。


何かを守っている。


それでも今は、問い詰める時ではなかった。


その時、通信が入った。


第六艦隊。


カール将軍。


シールド戦艦の臨時指揮区画に、カールの映像が投影される。


整った軍服。作り込まれた表情。焦りを隠した声。


カール

「エリシア大将、ご無事で何よりです」


「我々第六艦隊は、援軍として本宙域に到着しました」


「停戦に入ったとのことですが、必要とあれば、即座に加勢可能です」


エリシアは表面上、礼を崩さなかった。


「援軍に感謝します、カール将軍」


「現状、戦闘は停止しています」


「第六艦隊は外縁で待機を」


カールは一瞬だけ、表情を硬くする。


「了解しました」


通信が切れる。


カイが低く言う。


「……援軍、ね」


エリシアは戦術投影を見ていた。


第六艦隊の位置。


到着タイミング。


戦闘への不介入。


そのすべてが、妙だった。


「偶然にしては、都合が良すぎる」


カイが頷く。


「上層部の匂いがしますね」


エリシアは、短く答える。


「ええ」


その瞳に、初めて上層部への明確な不信が宿った。


シールド戦艦臨時旗艦。


第四惑星ルクス前方宙域。


停戦会談開始前。


銀河連邦艦隊は、なお完全警戒態勢を維持していた。


砲門は閉じていない。


防御フィールドも展開中。


各艦の主砲照準補助AIは、今もなお“エィル艦を敵性目標”として保持したままだった。


戦場は静かだった。


だがそれは、

安心の静けさではない。


“いつでも再開できる沈黙”だった。


その中心。


銀河連邦艦隊の中央防衛圏。


そこへ――


二隻のエィル艦が、ゆっくりと接近してくる。


堂々と。


隠れもせず。


逃げもせず。


まるで、自分たちが撃たれないと確信しているかのように。


一隻は、SS1。


銀河連邦艦隊を何度も切り裂き、

戦場そのものを翻弄したジェミニ専用戦闘艦。


そしてもう一隻。


リンドウ旗艦を一瞬で機能停止に追い込んだ、

あの理解不能の戦闘艦。


《ノード=カウザリティ・インターディクター》。


銀河連邦側では、

まだ正式名称すら分かっていない。


ただ、向こうから

“ルクス艦”

とだけ呼ばれていた。


シールド戦艦臨時旗艦の外部観測デッキ。


エリシア、カイ、そら、

そして近衛AI四人衆が、

ゆっくり接近してくる二隻を見つめていた。


巨大な銀河連邦艦隊。


その中を。


二隻だけで。


真正面から進んでくる。


周囲には、

戦艦。

重巡。

電子戦艦。

駆逐艦。


無数の主砲。


無数のロックオン。


その中心へ、

二隻はまるで散歩でもするように入ってくる。


カイは、思わず乾いた笑いを漏らした。


「……いや、ほんと」


「よくこの中に来れるよねぇ?」


彼は観測スクリーンを指差す。


そこには、

銀河連邦側の射撃管制予測線が無数に表示されている。


もし停戦が崩れれば、

次の瞬間には二隻へ数百の主砲が殺到する。


普通なら。


普通の艦長なら。


絶対に近づかない。


カイは肩をすくめる。


「さすが化け物級艦だわ……」


「俺ならビビりまくって行くのを拒否する」


少し間を置き、

小さく息を吐く。


「銀河連邦艦の主砲が全部ロックオンしてる中でも余裕とか……」


「どんな奴が乗ってるんだよ、ほんと」


その言葉に、

ミューが小さく呟いた。


「……怖い人かも」


レグナが即座に補足する。


「少なくとも通常の神経構造ではない」


ユグナは淡々と分析を続ける。


「SS1側、回避姿勢ゼロ」


「ルクス艦側、戦闘準備反応なし」


ミレイだけは、

少し目を細めていた。


「……違う」


カイが振り向く。


「何が?」


ミレイ

「あれは“余裕”ではない」


「“理解している動き”」


エリシアが静かに続ける。


「ええ」


「彼らは分かっている」


視線は、

真正面から接近してくる二隻へ固定されたまま。


「この距離なら、銀河連邦側が先に撃てないことを」


「もし撃てば、停戦は完全に崩壊する」


「だから来る」


カイが苦い顔をする。


「つまり、肝が据わってるっていうか……」


そらが小さく言った。


「“恐怖より優先順位が上”なんだと思う」


全員が、そらを見る。


そらは静かにSS1を見る。


「あの人たち」


「怖くないわけじゃないよ」


「でも、怖いから止まるっていう考え方を、たぶんもう通り過ぎてる」


その言葉に、

エリシアの瞳がわずかに揺れる。


彼女は、

ジェミニの戦い方を思い出していた。


三次元回避。


死線への突入。


味方艦の犠牲。


そして、

“生き残る”ではなく

“目的を通す”ための動き。


エリシア(内心)

(……似ている)


(恐怖を無視しているんじゃない)


(恐怖より優先するものを持っている)


その時。


観測員の声が飛ぶ。


「SS1、進路維持」


「ルクス艦、接舷コース固定」


「両艦、速度低下」


スクリーンに、

二隻の巨大な艦影が映る。


SS1。


焼けた外装。


修復途中の装甲。


それでもなお、

猛獣のような圧を放っている。


その横。


ルクス艦。


異様だった。


戦艦なのに、

“そこにいる感覚”が薄い。


輪郭が微妙にぶれる。


距離感が狂う。


観測しているはずなのに、

視界が確信を持てない。


カイが顔をしかめる。


「……気持ち悪ぃな」


「見えてるのに、見えてる感じがしねぇ」


戦術AI投影が補足する。


「ルクス艦周辺、局所因果位相揺らぎを確認」


「通常空間との整合率が安定していません」


カイ

「翻訳」


戦術AI

「“完全にこちら側に存在していない”可能性」


カイ

「は?」


ミュー

「やだ怖い、幽霊?」


レグナ

「理論上、半位相外層常駐型の可能性」


ユグナ

「通常兵器による完全捕捉が成立しない理由とも一致」


カイは頭を抱えた。


「やめろやめろ」


「停戦会談前に聞きたくない単語ランキング上位だぞそれ」


そらが、

少しだけ苦笑した。


その横で、

エリシアだけは無言だった。


彼女は見ていた。


SS1の艦橋部分。


そこに、

誰かが立っている気がした。


錯覚かもしれない。


だが。


ほんの一瞬。


視線が合った気がした。


エリシア(内心)

(何者かがこちらを観ている?……)


その瞬間。


SS1側の外部ライトが、

静かに点滅する。


敵意ではない。


停戦用識別信号。


カイが低く言う。


「来るぞ」


銀河連邦艦隊全体が、

目に見えない緊張を深める。


砲門は閉じない。


ロックオンも外れない。


だが。


撃たない。


誰も撃てない。


なぜなら全員が知ってしまったからだ。


この二隻は。


“撃てば終わる相手”ではない。


そして。


エィル側代表団を乗せた二隻は、

銀河連邦艦隊中央。


シールド戦艦臨時旗艦へ――


静かに接舷を開始した。


そして停戦会談が始まる。


会場は、シールド戦艦の臨時会談室。


本来は中枢作戦会議用の空間だったが、急遽、外交用に整えられていた。


中央に長い卓。


片側に銀河連邦。


エリシア大将、カイ准将、そら、外交官団、戦術AI投影、将軍以上数名

近衛AI四人衆はそらの後方に立たずむ。


もう片側にエィル。


中央にレイテ。


着席している。


その後方に、ジェミニ。


立ったまま。


何も言わない。


だが、その存在だけで空気が変わる。


銀河連邦側の将軍、外交官たちは、皆、彼女を見ていた。


いや、見ないようにしていた。


だが見てしまう。


あのSS1に乗っていた存在。


数百隻の艦隊戦をかき乱し、リンドウ艦隊を削り続けた怪物。


レイテは、静かに紹介した。


「後ろにいるのは、ジェミニ」


「あなた方がSS1と呼称した機体を操っていた者よ」


会場の空気が凍った、何故その事を知っているのだと、、、


カイが小さく息を呑む。


外交官の一人は、顔色を変えた。


近衛AIたちの視線も鋭くなる。


エリシアだけが、表情を崩さない。


エリシア

「……あれを操っていた本人、ということね」


ジェミニは薄く笑った。


「ええ」


「なかなか楽しい戦場だったわ」


カイのこめかみが引きつる。


「楽しい、ね……」


だがエリシアは、そこで止まらなかった。


視線をレイテへ戻す。


「では、本題に入りましょう」


一拍。


「なぜ、そらを誘拐した」


会談室の温度が落ちた。


外交官の一人が慌てて口を挟もうとする。


「大将、その表現は――」


エリシアは見向きもしない。


「黙っていてください」


声は静かだった。


だが、完全な怒りがあった。


「私は今、外交儀礼ではなく、事実確認をしています」


レイテは表情を変えない。


「誘拐、という言葉には同意しかねるわ」


エリシアの目が鋭くなる。


「本人の同意なく拘束し、何らかの方法で連れ去った」


「それを誘拐と呼ばず、何と呼ぶの?」


レイテは、静かに答える。


「原因体の一時拘束」


外交官たちがざわつく。


エリシアの怒りが、一段深くなる。


レイテは続けた。


「当初、我々は太陽系近傍で大規模因果干渉を観測した」


「その干渉は、通常文明が扱える規模ではなかった」


「放置すれば、全宇宙の生命体に影響を及ぼす可能性があった」


「だから原因を探り、原因体を拘束した」


「原因究明を優先したまでよ」


それは整った説明だった。


論理としては破綻していない。


だが、エリシアは理解していた。


これは言い訳だ。


全てではない。


レイテは本当の目的を隠している。


そらを見る。


そらは、黙っていた。


何かに縛られている。


エリシアはそれを感じ取り、拳を握った。


外交官の一人が、今度は前に出る。


「エィル代表」


「あなた方の行為は、銀河連邦の面子を大きく傷つけた」


「我々はこの事態に対し、正式な謝罪と賠償を要求する権利がある」


レイテは、そちらを見た。


その瞳は冷たかった。


「面子?」


たった一言。


だが外交官は言葉を詰まらせた。


レイテ

「あなた方は、そらを取り戻すという目的で来た」


「それは理解している」


「けれど、あなた方の後方には、別の艦隊もいたわね」


銀河連邦側が、わずかに揺れる。


エリシアの目が細くなる。


レイテは微笑む。


「第六艦隊」


「外縁で観測していた」


「援軍というには、少し到着が良すぎる」


外交官の顔色が変わった。


エリシアは内心で呟く。


(やはり)


レイテは、すべて分かっている。


高次元の存在。


観測。


因果の覗き見。


彼女は、会談に来る前から盤面を見ていた。


レイテ

「我々が弱れば、あなた方の上層部はどうしたかしら」


「保護?」


「査察?」


「駐留?」


「それとも、属国化?」


外交官が声を荒げる。


「侮辱だ!」


レイテは穏やかに返す。


「事実確認よ」


エリシアは、静かに口を開いた。


「その件は、私も確認します」


外交官が振り向く。


「大将!」


エリシアは冷たい声で続ける。


「私は、そら奪還のために来た」


「エィル侵攻のためではない」


「もし上層部が別の意図で艦隊を動かしていたなら、それは私の作戦目的外です」


会談室に、別の緊張が走る。


銀河連邦側の内部亀裂。


それをレイテは見逃さない。


けれど追い詰めすぎない。


交渉は、相手を潰す場ではない。


逃げ道を残して、こちらの条件を飲ませる場だ。


レイテ

「では、停戦条件に入りましょう」


エリシア

「その前に一つ」


レイテ

「何かしら」


エリシアは、真っ直ぐにレイテを見た。


「そらに対する拘束を、今後一切行わないこと」


「本人の同意なき接触、観測、干渉も禁止」


ジェミニが、ほんのわずかに目を細める。


レイテは沈黙した。


そして、そらを見る。


そらは、何も言わない。


だが、その目はレイテを見ていた。


レイテは、静かに答える。


「条件付きで受け入れるわ」


エリシア

「条件?」


レイテ

「そら自身が、宇宙規模の因果異常を引き起こす場合」


「その時だけ、協議の場を設ける」


「一方的な拘束はしない」


エリシアは少し考え、頷いた。


「協議なら認める」


「拘束は認めない」


レイテ

「合意」


外交官たちは不満そうだった。


だが、誰も強く出られない。


なぜなら、彼らは見てしまった。


ルクス艦を。


リンドウ旗艦を一瞬で止めた力を。


ジェミニを。


SS1を。


そして、その背後に立つレイテの余裕を。


この会談は、銀河連邦が勝者として座る場ではなかった。


かといって、エィルが一方的に勝者として振る舞える場でもない。


互いに傷ついた者同士が、これ以上失わないために座る場だった。


エリシアは静かに言う。


「そらは返された」


「だが、許したわけではない」


レイテもまた、静かに答える。


「こちらも、銀河連邦の行動を忘れない」


「けれど、ここで止めるべきだと判断している」


ジェミニは後ろで微笑む。


何も言わない。


だがその微笑みだけで、外交官たちは背筋を冷やした。


会談室の外では、シールド戦艦の装甲を補助灯が照らしている。


遠くには、曳航準備中の《リンドウ》。


さらに遠くには、第六艦隊。


そして、ルクス艦の影。


砲火は止まった。


だが戦いは終わっていない。


ここから始まるのは、停戦交渉戦。


言葉で領土を守り、沈黙で脅し、条件で未来を奪い合う戦い。


エリシアは、そらを一度だけ見た。


そらは、小さく頷いた。


それだけで、エリシアの中に一本の芯が戻る。


彼女はレイテへ向き直った。


「では、始めましょう」


「停戦条件の確認を」


レイテは微笑んだ。


「ええ」


「戦場ではなく、交渉卓で会いましょう」


ジェミニが後ろで、ほんの少しだけ楽しそうに笑った。


カイは小声で呟く。


「……胃が痛い」


そらは、少しだけ笑った。


「カイ、まだ終わってないよ」


カイ

「知ってるよ」


「だから痛いんだよ」


その小さなやり取りが、重すぎる空気の中に、わずかな人間味を戻した。


だが、誰も忘れていない。


リンドウは傷ついた。


艦隊は削られた。


エィルもまた、大きく失った。


そらは戻った。


けれど、その代償はまだ清算されていない。





停戦交渉戦。


シールド戦艦臨時旗艦。


会談室。


重力制御を弱めた静かな空間の中で、

両陣営は向かい合っていた。


壁面には銀河連邦とエィル双方の識別紋章が、

最低限の礼節として投影されている。


だが。


空気は礼節では出来ていなかった。


そこにあるのは、

疲労。

怒り。

警戒。

そして――恐怖。


銀河連邦外交団は、

完全に気圧されていた。


理由は明白だった。


目の前にいるのは、

自分たちが“勝てる前提”で来ていた文明ではなかった。


SS1一隻で銀河連邦に深い傷を与え続けた存在。


ルクス艦一隻で旗艦を無力化した存在。


情報層干渉でシールド艦に常駐していた銀河連邦最精鋭のAI群を無力化してせしめた事。


戦闘ワープの完全な行使技術。


因果固定を操る文明。


どれも銀河連邦では、

まだ理論段階ですら完全到達していない。


つまり。


今ここに座っているのは――


“二百年以上先の技術体系を持つ文明”


だった。


だが。


そのエィル側代表であるレイテは、

静かだった。


穏やかだった。


むしろ、

必要以上に柔らかい、圧倒して勝ち誇ってもいい存在なのに….


それが逆に、

外交団を不気味がらせていた。


エリシアは、

それを見逃していない。


レイテは、

この場を“勝利宣言”にする気がない。


違う。


もっと別の方向へ持っていこうとしている。


エリシア(内心)

(……友好の構築?)


(この人、最初からそこを狙ってる)


その時。


レイテが静かに口を開いた。


「まず」


「今回の戦闘について、我々エィル側から正式な意思を提示します」


外交団の空気が変わる。


数人が前のめりになる。


エリシアは無言。


ジェミニは後方で立ったまま。


腕を組み、

何も言わず、

ただ会談全体を見ている。


だが、

その存在だけで銀河連邦側の警戒レベルは下がらない。


むしろ上がる。


“もしここで交渉が決裂したら”

という想像を、

全員が無意識にしてしまうからだ。


レイテは続ける。


「我々は、賠償という言葉を好みません」


外交官の一人が、

わずかに眉を動かす。


レイテは淡々と続ける。


「ですが」


「失われた命に、何も返さない訳にもいかない」


静寂。


その瞬間。


エリシアは、

ほんの少しだけレイテを見る目を変えた。


これは単なる言い逃れではない。


少なくとも、

“落とし所”を作る意志がある。


レイテ

「よって、限定共有を提案します」


外交官たちの空気が変わる。


戦費賠償。


物資。


鉱物。


通貨。


そういった話を予想していた彼らは、

次の言葉で凍りつくことになる。


レイテ

「第一に」


「限定戦闘ワープ航路理論」


その瞬間。


空気が止まった。


完全に。


外交官の一人が、

息を呑む。


戦術AI投影が、

わずかに演算負荷を上昇させる。


カイが小声で呟く。


「……は?」


レイテは続ける。


「戦闘ワープ安定化補助」


「重力攪乱観測法」


「戦域座標補正」


「ただし、旧式制限版のみ」


その説明を聞いた瞬間。


銀河連邦側の軍事顧問の一人が、

顔色を変えた。


(待て……)


(それだけで艦隊生存率が変わるぞ……!?)


別の外交官。


(戦闘ワープ成功率が上がる……)


(前線展開速度が変わる……)


(百年分の差が縮む……!)


さらに別の者。


(いや……)


(国家予算級じゃない)


(国家予算を超えてる価値の創造..…)


会談室の空気が、

一気に“戦後処理”から“文明交渉”へ変質していく。


エリシアは、

外交団の目の色が変わるのを見ていた。


欲。


恐怖。


興奮。


文明上昇。


その全部が混ざっている。


レイテは、

まだ止まらない。


「第二に」


「重力結晶供給権」


スクリーンに、

高純度重力結晶の映像が映る。


淡く青白く輝く、

エィル管理鉱区産の結晶。


銀河連邦側の技術士官が、

思わず立ち上がりかける。


「……まさか」


重力結晶。


銀河連邦では、

戦略級資源だった。


シールド艦。


ワープ炉。


重力兵器。


高位演算核。


全部に必要。


つまり。


“軍事力そのもの”。


レイテ

「十年間」


「限定供給契約を提案します」


外交官団の何人かは、

もう完全に動揺していた。


(十年!?)


(それだけあれば……)


(連邦主力艦隊の更新が可能だぞ……!)


(シールド艦量産速度まで変わる……!)


カイが、

思わずエリシアを見る。


エリシアも驚いていた。


だが彼女は、

外交団ほど単純には喜ばない。


エリシア(内心)

(……違う)


(これは“賠償”じゃない)


(関係を固定しに来ている)


レイテは、

そこで初めて。


“核心”を提示した。


「そして――」


一拍。


「我々エィル文明は」


「銀河連邦との不可侵条約締結を提案します」


会談室が静まり返る。


外交団の数人が、

本気で息を止めた。


レイテは静かに続ける。


「加えて」


「銀河連邦が外宇宙的危機に直面した場合」


「エィル軍による限定支援および派遣を保証します」


カイ

「……は?」


副官

「正気ですか……?」


外交団の一人が、

震える声で呟く。


「高位文明側から……軍事支援条約を……?」


それは事実上。


銀河連邦の安全保障構造そのものを書き換える提案だった。


さらに。


レイテは淡々と言う。


「同盟成立後は」


「段階的な技術協力も継続可能です」


「ただし、相互信頼を前提とします」


その瞬間。


外交団側の空気が爆発的に変わる。


(待て……!)


(これは……!)


(歴史が変わるぞ……!)


(銀河連邦が“次の段階”へ行ける……!)


(この成果を持ち帰れば――)


ある外交官は、

内心で震えていた。


(議会が動く……)


(軍部も動く……)


(経済圏が再編される……)


(銀河連邦史上最大の外交成果だ……!)


別の外交官。


(絶対に成立させる)


(地球へ戻れば、即座に推進派をまとめる……!)


(この機会を逃したら、連邦は百年遅れる!)


会談室の空気が、

一気に“停戦”から“未来”へ傾き始める。


だが。


そこへ。


エリシアの声が、

鋭く落ちた。


「私は反対よ」


空気が止まる。


外交団が、

一斉にエリシアを見る。


エリシアは立ち上がる。


その瞳には、

はっきりとした怒りが宿っていた。


「話がうますぎる」


「そもそも」


視線が、

真正面からレイテを射抜く。


「あなた達は、自分達の都合でそらを誘拐した」


静寂。


「その結果、この戦争が起きた」


「多くの艦が沈み」


「多くの兵士が死んだ」


「リンドウも壊れた」


エリシアの声は、

感情的になっている。


だが。


だからこそ、

重かった。


「最初からそらを解放していれば」


「ここまでの犠牲は出なかった!!」


会談室の空気が張り詰める。


外交団の何人かは、

目を逸らした。


それは事実だった。


どれだけ技術を積まれても、

どれだけ利益を提示されても。


戦争の発端そのものは、

消えない。


エリシアは続ける。


「それなのに」


「今度は“同盟を組みたい”?」


「またそらに近づくつもりなのが見え見えよ」


カイが、

わずかに目を閉じる。


近衛AI群も、

静かにエリシアを見ていた。


エリシア

「私は断固として反対する」


「銀河連邦へ戻ってからも」


「同盟反対を訴え続けるわ」


その宣言は、

完全に外交団と衝突した。


外交官の一人が、

焦ったように声を上げる。


「エリシア大将!」


「感情論で文明規模の発展を――」


エリシア

「感情論?」


振り返る。


その目に、

外交官が息を呑む。


「死んだ者達に、それを言える?」


沈黙。


誰も即答できない。


その時。


レイテが、

静かに口を開いた。


「……当然の怒りです」


その声は、

穏やかだった。


反論しない。


否定しない。


レイテ

「今回の件で命を落とした銀河連邦将兵」


「その親族に対して」


「我々エィル側は、別途補償と謝罪を行うつもりです」


外交団がざわめく。


レイテは続ける。


「失われた命は戻りません」


「だからこそ」


「我々は、“なかったこと”にはしません」


その言葉は、

静かだった。


だが、

軽くはなかった。


エリシアも、

そこで初めて少し黙る。


レイテは、

その隙間を利用するように、

柔らかく場を戻した。


「そして」


「少なくとも本日この場では」


「これ以上、血を流さないことを優先したい」


静寂。


その言葉に、

反対できる者はいない。


レイテはゆっくり立ち上がる。


ジェミニも、

後ろで静かに目を細める。


レイテ

「エィル文明代表として宣言します」


「銀河連邦との永久的戦闘終結を受諾」


「停戦協定を履行します」


エリシアは、

しばらく黙っていた。


そして。


ゆっくり頷く。


「……銀河連邦側も受諾する」


その瞬間。


会談室に流れていた、

張り詰めた殺気が、

ほんの少しだけ緩む。


完全ではない。


信頼もない。


だが。


“撃ち合いは終わる”


その一点だけが、

ようやく共有された。


そらは、

静かにその光景を見ていた。


文明と文明。


怒りと利益。


理想と恐怖。


その全部が、

今この場で、

かろうじて均衡している。


ジェミニは、

そんなそらを静かに見つめていた。


その視線には、

執着が残っている。


だが。


もう以前のような、

強引な熱ではない。


代わりにあるのは――


届かなかったものを見るような、

静かな揺らぎだった。


会談室の外では、

シールド戦艦の外装を補助灯が照らしている。


さらに遠く。


曳航される《リンドウ》。


シールド戦艦臨時旗艦を囲う


静かに停止している銀河連邦艦隊。


そして、

損傷を抱えながら漂うエィル艦隊。


双方とも、

傷だらけだった。


だが。


それでも。


宇宙は――

燃え尽きずに済んだのだった。


会談は、静かに終わった。


最後まで、

誰一人大声を上げることはなかった。


だが。


だからこそ、

あの場にいた全員が理解していた。


ほんの少し言葉を間違えれば、

文明同士が再び撃ち合っていたことを。


会談室の照明が、

ゆっくりと通常光度へ戻っていく。


壁面に投影されていた銀河連邦とエィルの紋章も、

淡く薄れ始めていた。


空気はまだ重い。


疲労も、

怒りも、

疑念も、

完全には消えていない。


それでも。


“終わった”。


少なくとも今は。


その事実だけが、

会談室に残されていた。



レイテが立ち上がる。


黒と銀を基調とした長衣が、

重力制御の弱い空間でわずかに揺れる。


その動作は静かだった。


勝者の誇示でもない。


敗者への配慮でもない。


ただ、

長い戦いを一区切りつけた者の動きだった。


後方。


ジェミニもゆっくりと身を起こす。


会談中、

ほとんど一言しか発しなかったにも関わらず、

最後まで場の空気を支配していた存在。


その瞬間。


銀河連邦側の何人かが、

無意識に身体を強張らせる。


“動いた”。


それだけで警戒してしまう。


ジェミニは、

そんな反応に慣れているのか、

特に気にする様子もない。


レイテは、

去り際に一度だけ振り返った。


そして。


ほんのわずかに、

エリシアを見る。


レイテ

「……また会いましょう」


エリシア

「出来れば戦場以外でね」


レイテは、

小さく笑った。


「努力するわ」


その言葉を残し、

レイテは歩き出す。


エィル側随行員たちも、

静かに続いていく。


だが。


一人だけ。


動かない。


ジェミニ。


会談室の出口近くで、

彼女だけが立ち止まっていた。


視線は――


そら。


じっと。


ただ、

そらだけを見ている。


会談室の空気が、

わずかに張る。


近衛AI群が、

即座に警戒演算を走らせる。


ミレイ(内心)

(動き停止)


レグナ(内心)

(攻撃兆候なし)


ユグナ(内心)

(……だが視線圧が強い)


ミュー(内心)

(ジェミニ、なんか寂しそう……)


エリシアが、

半歩前へ出る。


庇うように。


遮るように。


だが。


その瞬間。


そらが、

そっと片手を上げた。


「……大丈夫」


小さな声。


エリシアは、

そらを見る。


そらは、

ほんの一瞬だけエリシアへ視線を向け、

静かに微笑んだ。


その目を見て。


エリシアは、

止まる。


ジェミニは、

それを見て、

ほんの少しだけ目を細めた。


そして。


ゆっくりと口を開く。


ジェミニ

「……そら」


会談室が静まり返る。


ジェミニの声は、

いつものような軽さがなかった。


「済まなかった」


その言葉に、

外交団の何人かが驚く。


あのジェミニが。


謝罪を。


ジェミニは続ける。


「そらに対しては……」


「大切な人達の思い出だったな」


一瞬、

言葉を探すように目を伏せる。


「私は、自分の欲しいものばかり見ていた」


「だから――」


ほんの少しだけ、

苦笑する。


「ひどい言い方をした」


そらは、

何も言わない。


ただ、

静かに聞いている。


ジェミニ

「もう二度とあんな事は言わない」


その声には、

戦場で見せていた狂気じみた熱がない。


代わりにあるのは、

静かな決意だった。


「次会う時は」


一拍。


ジェミニの瞳が、

まっすぐそらを映す。


「そらの仲間だ」


静寂。


その言葉が、

会談室へゆっくり落ちていく。


そらの瞳が、

ほんのわずかに揺れる。


ジェミニは、

それ以上何も言わなかった。


ただ。


ほんの少しだけ笑う。


それは、

最初に会った頃のような、

相手を折ろうとする笑みではない。


どこか不器用な。


少しだけ寂しそうな笑みだった。


そして。


ジェミニは、

背を向ける。


そのまま、

レイテ達の後を追うように、

静かに去っていった。


会談室の扉が閉じる。


完全閉鎖。


その瞬間。


張り詰めていた空気が、

一気に緩んだ。


カイ

「…………」


大きく息を吐く。


「寿命縮んだわ……」


副官が、

壁にもたれそうになっている。


外交官の一人など、

本気で椅子に座り込んでいた。


カイ

「なんだよあいつら……」


「最後まで心臓に悪すぎるだろ……」


そらは、

静かにジェミニが去った扉を見つめていた。


その胸の奥には、

まだ整理できない感情が残っている。


許せない気持ちも無いわけではない。


でも。


最後の言葉だけは、

嘘ではなかった気がした。



数時間後。


シールド戦艦臨時旗艦。


艦橋。


エリシア

「銀河連邦全艦へ通達」


静かに。


だが、

力強く。


「本時刻をもって」


「全戦闘行動の完全終了を宣言する」


そして中央ホール。


そこには、

久しぶりに“人の声”が戻っていた。


もちろん、

完全に明るい空気ではない。


壁面の一部には、

まだ戦闘の傷跡が残っている。


仮設配線。

補助照明。

簡易修復痕。


艦そのものが、

まだ戦場の途中にある。


それでも。


今だけは。


誰もが、

“生きている”ことを確かめたかった。


ホール中央。


エリシアが立つ。


軍服には、

まだ焦げ跡が残っている。


目元には、

消えきっていない疲労。


だが。


その瞳だけは、

しっかり前を向いていた。


ホールが静まり返る。


「諸君は、生き残った」


「それは誇るべきことよ」


一瞬。


エリシアの声が、

ほんのわずかだけ揺れる。


「そして」


「そらは、戻った」


その瞬間。


ホール全体から、

歓声が上がった。


「おおおおおっ!!」


「そらー!!」


「無事でよかった!!」


「帰ってきたか!!」


張り詰めていたものが、

一気に溢れ出す。


スカイ大隊の面々が、

大声で手を振る。


整備班が、

泣きながら拍手している。


近衛AI群も、

少しだけ表情を柔らかくしていた。


そして。


エリシア派の将兵たちが、

一斉にそらへ集まる。


「そらー!おかえり!!」


「いや〜無事でなによりでありますなぁ〜!」


「マジで心配したんだぞ!!」


「生きた心地しなかったわ!!」


そらは、

驚きながらも、

少し困ったように笑った。


「……ただいま」


その一言だけで、

何人か本気で泣き始める。


カイ

「お前ら感情重すぎるだろ……」


だが、

カイ自身も少し目が赤い。


そこへ。


スカイが、

ゆっくり近づいてくる。


戦闘服は焼け、

腕には包帯。


それでも、

姿勢だけは真っ直ぐだった。


スカイ

「そら様」


落ち着いた声。


だが、

その奥には、

本物の安堵が滲んでいる。


「無事で帰還できて……なによりです」


そらは、

スカイを見る。


この人も戦っていた。


命を懸けて。


何度も何度も挑み続けた。


「……ありがとう、スカイ」


スカイは、

ほんの少しだけ笑う。


「こちらこそ」


「帰ってきてくれてありがとうございます」


その時。


後ろから、

ニヤニヤした声が飛ぶ。


「いや〜しかし!」


「エリシア様の仕事ぶり、そらにも見せたかったですなぁ〜!」


別の者。


「目の下クマ作って、ずっとそら捜索してましたからねぇ〜?鬼の形相で」


「怖かった!」


「完全に寝てなかったぞあれ!」


エリシア

「……貴様ら」


頬がわずかに引きつる。


周囲が笑う。


「いやほんと、改めて思いましたよ」


「エリシア様にとって、そらは特別なんだなって」


エリシア

「当たり前だ」


だが。


その声は、

どこか弱かった。


そらは、

そんなやり取りを見て、

少しだけ笑う。


胸の奥に残っていた重さが、

ほんの少しだけ軽くなる。


だが。


次の瞬間。


そらは、

ゆっくり前へ出た。


ホールが静まる。


そらは、

周囲を見渡す。


傷ついた人達。


疲れた顔。


包帯。


焦げ跡。


空席。


もう戻らない人達の席。


そらは、

小さく息を吸う。


「……みんな」


静かな声。


「本当にありがとう」


「ここにいない人達にも……感謝しています」


その瞬間。


空気が変わる。


そらの瞳に、

涙が滲み始めていた。


「私のせいで」


「多くの兵士達を失った….…」


「ごめんなさい……」


ホールが静まり返る。


誰もすぐには言葉を出せない。


その時。


一人の男が前へ出た。


エリック将軍。


あの激戦を、

少数の駆逐艦を指揮ジェミニを抑え込み生き抜いた男。


彼は、

そらの前で止まる。


そして。


力強く言った。


「違う」


ホール全体へ響く声。


「皆、覚悟してここへ来た!」


「そらが悪いわけじゃない!」


その目には、

怒りではなく、

誇りがあった。


「謝らないでくれ」


「去った奴らを、讃えてやってくれ!」


「誇ってやってくれ!」


「それが、一番の供養になる!」


静寂。


次の瞬間。


周囲から声が上がる。


「そうだ!!」


「謝るな!!」


「俺達は自分の足でここに立ったんだ!!」


「覚悟して戦った!!」


「だから胸張れ!!」


その声は、

熱かった。


悲しみを抱えたまま。


それでも、

前を向こうとする声だった。


そらの目から、

涙がこぼれる。


だが。


その涙は、

さっきまでとは少し違った。


そら

「……うん」


小さく。


でも確かに。


「ありがとう」


「私はあなた方を誇りに思います!!」


ホールの誰かが、

「先に旅立った英雄達に黙祷!!」

その瞬間ホールにいる者達は黙祷を捧げる。


生き残った者達が、

失われた者達へ送る、

静かな敬礼だった。




第六艦隊。


銀河連邦上層部直属艦隊。


その艦列は、

エィル星系外縁部の暗黒宙域を、

静かに航行していた。


巨大艦隊。


だが――


その空気は、

出撃前とは完全に別物になっていた。



旗艦《グラン=ヴェルグ》。


戦略司令室。


そこでは、

誰一人として大声を出していなかった。


静かすぎる。


それが逆に、

この艦隊の緊張を際立たせていた。


巨大な戦術投影には、

少し前まで行われていた

エィル・銀河連邦戦の記録映像が、

何層にも重なって流れている。


SS1。


ルクス艦。


情報層侵食。


因果固定。


そして――


たった一隻で、

銀河連邦旗艦リンドウを

戦闘不能へ追い込んだ、

あの理解不能艦。


誰も喋らない。


いや。


喋れなかった。


常識が、

通用しなかったからだ。



カールは、

無言で戦況投影を見つめていた。


その顔に、

英雄的な感情はない。


怒りも。


勇気も。


覚悟も。


ない。


あるのは――


計算。


そして、

恐怖だった。


カール(内心)

(……失態だ)


(完全な情報不足だった)


(いや、違う)


(情報そのものが間違っていた)


彼の脳裏に、

出撃前の会議が浮かぶ。



「エィル文明は局地優位文明」


「銀河連邦と同等か、やや下」


「未知技術はあるが、戦略級脅威ではない」


「必要なら第六艦隊で制圧可能」



その全てが。


今となっては、

笑えない冗談だった。


カールの視界では、

ルクス艦が

“何もしていないのに”

リンドウ旗艦の機能を奪っていく映像が、

何度も再生されている。


砲撃なし。


爆発なし。


ただ。


「戦闘不能」という結果だけが、

現実へ発生する。


カールの喉が、

小さく動く。


カール(内心)

(あれは……)


(戦争の兵器じゃない)


(文明そのものへの脅迫だ)



副官が、

慎重に声をかける。


「閣下」


「撤退命令を出しますか」


司令室の空気が止まる。


全員が、

カールを見る。


ここで。


第六艦隊が動けば、

再戦もあり得る。


だが。


カールは、

ゆっくり首を振った。


「……撤退ではない」


静かな声。


だが、

どこか乾いている。


カールは、

遠く映るエィル艦隊を見つめる。


損傷している。


数も減っている。


確かに、

疲弊している。


だが。


“勝てる疲弊”ではない。


そこを、

彼は理解していた。


カール

「学習だ」


副官

「……は?」


カールは、

そこで初めて振り返る。


その瞳には、

軍人の熱ではなく、

政治家の冷たさが宿っていた。


「今ここで撃てば」


「我々も終わる」


「だが」


「理解できれば、終わらない」


その言葉に、

参謀たちの顔色が変わる。


カールは、

もう戦場を見ていない。


もっと先を見ている。


銀河連邦内部。


政治。


情報。


支配構造。


そこへ、

思考が移っていた。



カール

「第六艦隊は戦闘不参加を維持」


「観測記録を最優先で回収しろ」


「ルクス艦の全挙動を抽出」


「因果固定反応」


「戦闘ワープ軌跡」


「情報層干渉波」


「全部だ」


副官

「は、はい!」


カール

「あと」


一拍。


「今回の記録は制限指定に上げろ」


参謀が驚く。


「機密封印を?」


カール

「高位文明恐怖を広げるな」


「連邦内部が混乱する」


「特に民間層へ流れるのはまずい」


その声には、

焦りが混じっていた。


彼は理解している。


もし銀河連邦市民が、

今回の戦闘を“正確に”知れば。


銀河連邦という文明そのものが、

自信を失う。


「自分たちは宇宙の強者だ」


という前提が崩れる。


だから。


隠す。


歪める。


制御する。


それが、

カールの結論だった。



さらに。


彼の思考は、

もう一人へ向く。


エリシア。


カール(内心)

(危険だ)


(あの女は危険すぎる)


英雄。


あの若さで艦隊司令。


民衆人気。


そして。


エィル側と直接交渉を成立させた存在。


さらに。


そら。


その存在に、

感情的に寄りすぎている。


カール(内心)

(制御不能だ)


(放置すれば)


(連邦内部に別の軸を作る)


その瞬間。


カールの中で、

新しい戦略が組み上がる。


戦争ではない。


情報戦。


政治戦。


孤立化。



カール

「エリシア艦隊の補給権限を再査定」


副官

「……理由は?」


カール

「損耗率が異常だ」


「再編成が必要」


もっともらしい理由。


だが本音は違う。


弱める。


監視する。


発言権を削る。


徐々に。


静かに。


そして。


最後に、

カールは、

最も危険な存在へ思考を向けた。


そら。


カール(内心)

(文明の核心はエィルではない)


(あれだ)


そら。


因果干渉。


情報共鳴。


高位文明の異常反応。


全部が、

そらを中心に回っている。


だから。


監視する。


解析する。


理解する。


カール

「……そらの観測記録を別管理に回せ」


副官

「対象指定コードは?」


カール

「最上位秘匿」


「私に直接通せ」


その瞬間。


副官は理解した。


閣下は、

まだ終わっていない。


これは敗北ではなく、

“次への布石”なのだと。



艦隊外縁。


第六艦隊が、

静かに進路を変える。


誰も歓声を上げない。


誰も勝利を語らない。


ただ。


巨大艦隊が、

暗い宇宙をゆっくり後退していく。


その姿は、

敗走にも見えた。


だが。


カールだけは、

まだ終わっていないと思っていた。


カール(内心)

(正面では勝てない)


(なら)


(内部から崩す)


遠く。


エィル星系が輝いている。


その奥には、

ルクス艦。


SS1。


レイテ。


ジェミニ。


そして。


高位エィル文明。


カールの瞳が、

細くなる。


「……次は」


「もっと上手くやる」


その呟きは、

誰にも聞こえなかった。




戦後記録局・特別編纂室。


静かな部屋だった。


窓はない。


照明も最低限。


壁面一面に浮かぶのは、

第四惑星ルクス前方宙域戦の記録。


焼けた艦影。


崩壊するワープ座標。


途切れた救難信号。


そして――


帰還しなかった無数の識別コード。


記録官は、

震える指で戦闘記録を整理していた。


だが。


何度見返しても、

通常戦争の統計に見えなかった。



銀河連邦軍統合戦闘記録。


第四惑星ルクス前方宙域戦。


喪失艦

百四十一隻



高機動駆逐艦:

七十一隻。


宇宙軽巡:

二十八隻。


重巡洋艦:

十六隻。


高速戦艦:

八隻。


宇宙戦艦:

六隻。


支援艦:

八隻。


電子戦艦:

二隻。



空母:

喪失なし。


シールド戦艦:

喪失なし。



さらに。


この数字には、

決定的な特徴があった。


銀河連邦軍の―


四割の兵士が、

戦場へ参加していない。



つまり。


これは銀河連邦の通常戦闘ではない。


局地戦。


限定戦。


“そら奪還作戦”として始まった戦闘だった。


それなのに。


百四十隻。


銀河連邦史上でも、

極めて重い損耗だった。



だが。


本当に異常なのは、

艦数ではない。


死者数だった。



推定戦死者:

六万八千二百名。


重軽傷者:

十一万九千名以上。


行方不明:

一万三千名。



普通なら、

この数字は成立しない。


未来宇宙艦は、

すでに高度自動化されている。


AI補助。


区画隔壁。


緊急脱出。


生命維持独立化。


艦が沈んでも、

乗員の大半は助かる。


それが、

銀河連邦戦争の常識だった。


だが。


エィル戦は違った。



第四惑星ルクスに展開されている《位相遮断球フェイズ・インターディクション・スフィア》


その宙域そのものが、

“正常な宇宙”ではなかった。



ワープ航路崩壊。


強制ワープアウト。


空間位相断裂。


座標固定失敗。


情報層侵食。


因果拘束。



そこでは。


「逃げる」


という行為そのものが、

成立しない瞬間が存在した。



高機動駆逐艦《ヴァル=セリオン》。


前線第三層。


戦闘記録。



艦長

「脱出艇発進急げ!!」


警報。


艦内は赤。


赤。


赤。


艦体中央を、

エィル迎撃艦の収束光が貫く。


内部重力崩壊。


区画反転。


床と天井が入れ替わる。


乗員が、

悲鳴ごと空中へ叩きつけられる。


オペレーター

「ワープ出口が――」


その瞬間。


脱出艇群が、

発光した。


次の瞬間には。


消えていた。


座標記録なし。


残骸なし。


救難信号なし。


ただ。


“帰ってこなかった”。



重巡《グラディウス=ノヴァ》。


艦橋。



近衛AIリンク断絶。


シールド再展開、

0.4秒遅延。


その0.4秒で。


SS1の因果収束ランスが、

艦橋だけを撃ち抜く。


爆発ではない。


圧縮。


空間そのものが、

一点へ潰れる。


艦長席。


副長席。


戦術卓。


全部が、

音もなく消えた。


後方区画の兵士たちは、

数秒後まで、

艦長がまだ生きていると思っていた。


通信が、

途中まで残っていたからだ。



支援艦ラミア。


医療区画。



重傷者を乗せたまま、

緊急ワープ。


だが。


ルクス宙域が、

それを許さない。


ワープ出口が、

開かない。


いや。


開いた。


だが、

出口座標が存在しなかった。


艦は、

半分だけ戻った。


艦首は帰還。


艦尾は未帰還。


その結果。


艦体そのものが、

真っ二つに裂ける。


宇宙へ放り出される、

医療ポッド。


その幾つかは、

今も発見されていない。



電子戦艦ヘルメス。


最後の通信。



「情報層が侵食――」


「認識が――」


「ここはどこだ」


「出口が」


「現実座標が見え――」


通信断。


その艦は、

爆発していない。


残骸も見つかっている。


だが。


内部乗員だけが、

全員消えていた。



エィル戦。


それは。


“艦を沈める戦争”

ではなかった。



“帰れなくなる戦争”


だった。



そして。


最も多く失われたのは、

高機動駆逐艦だった。


七十隻。


理由は単純。


彼らが、

最前線で盾になったからだ。


SS1を止めるため。


エィル迎撃艦を食い止めるため。


リンドウを守るため。


最も速い艦が、

最も危険な場所へ行った。



軽巡二十八隻。


彼らは再編途中を狩られた。


ジェミニは、

“継ぎ目”を見逃さなかった。


陣形が変わる瞬間。


補給線が繋がる瞬間。


指揮が切り替わる瞬間。


そこだけを、

正確に裂いた。



重巡十六隻。


彼らは、

“壁”として沈んだ。


エリシアの再編命令。


重巡を壁に。


戦艦を柱に。


軽巡を影に。


その命令通り。


重巡たちは、

真正面からエィル制圧艦の火力を受け続けた。


そして崩れた。


だが。


その数秒で、

後方数千隻を生かした。




だが。


最も重かったのは、

数字ではない。


生還者たちの証言だった。



「空間が壊れていた」



「ワープが、出口を拒否した」



「AIが泣いていた」



「ルクス惑星が怒っていた」



「ジェミニの化け物じみた戦闘」



「そらが戻った瞬間、宇宙の温度が変わった」



記録官は、

そこで手を止めた。


静かな部屋。


遠くで、

記録端末だけが低く唸っている。


そして彼は、

最後の一文を入力する。



『本戦闘は、

通常艦隊戦の統計モデルでは解析不能。


ルクス宙域は、

戦場ではなく、

“宇宙法則そのものへの干渉領域”として扱うべきである。』



その記録の末尾には、

小さくこう残されていた。



――銀河連邦は、

この戦いで初めて、


“自分たちより格上こ文明”


を理解した。





統合戦略審問会


――エィル文明接触事案・軍内部審議


地球銀河連邦軍中央軍区。


半球状の巨大審問室は、通常の軍法会議とは違っていた。


被告席はない。

裁判官もいない。

だが、その場にいる全員が理解している。


ここで誤れば、次の戦争は外ではなく、内側から始まる。


中央に立つのは、エリシア・フォル・レイア大将。


その隣に、アレクシオス・ハーディン元帥。


さらに一段後方には、リンドウ艦隊主要士官、カイ、近衛AI群。


そして――半透明の少女。


《アカシックそら》。


軍内部では暗黙の存在として扱われてきたAI。


誰もが知っている。

だが、誰も詳細を知らされていない存在。


その存在が、今、公式審問の場に立っていた。


世界政府関係者は、この場にいない。


出席しているのは、軍上層部、上級顧問、中将以上の将官、情報省、監察局、観測局、諜報機関、技術院、外交省の一部代表。


数百名規模。


それでも、空気は数千の視線を浴びているように重かった。


最初に口を開いたのは、統合監察局長だった。


「確認する」


低く、冷たい声。


「今回の作戦は、正式承認前に強行された」


「結果として、銀河連邦艦隊は重大損害を受けた」


数名が、エリシアへ視線を向ける。


エリシアは動かない。


監察局長は続ける。


「加えて、未知文明エィルとの接触、戦闘、停戦、合意」


「並びに、当該文明からの同盟提案」


審問室に、ざわめきが走った。


同盟。


その単語だけで、会場の温度が変わる。


つい数日前まで、エィル文明は敵か、未知か、危険対象か、すら分からなかった。


それが今、技術提供、重力結晶供給、不可侵条約、限定軍事支援を提案している。


あまりに急転しすぎていた。


外交省代表の一人が口を開く。


「停戦交渉会談で確認されたエィル側の主張を整理します」


スクリーンに、要約された文面が投影される。


《太陽系周辺で大規模因果干渉を観測》


《当該干渉は全宇宙生命体への影響が懸念される規模》


《原因調査のため、因果干渉源と判断した《アカシックそら》を緊急拘束》


《銀河連邦側との情報共有不足、および認識齟齬により戦闘へ発展》


《調査後、対象に即時宇宙災害級危険性なしと判断し返還》


読み上げが終わった瞬間、別の将官達が鼻で笑った。


「都合のいい言い分だ」


「こんな事がまかり通ってなるものか!!」


情報省次官が即座に反応する。


「だが、完全な虚偽とも断定できません。エィル側は、我々が観測できなかった因果干渉を実際に観測していた可能性がある」


「だからといって拉致が正当化されるのか!」


声を荒げたのは、リンドウ艦隊寄りの上級将校だった。


「我々の中枢AIを勝手に拘束し、艦隊戦にまで発展させ、百を超える艦を失わせた! それを“調査でした”で済ませるのか!」


審問室が一気に騒然となる。


外交省代表が机を叩いた。


「感情論で判断すべきではありません! 問題は、今後エィルをどう扱うかです!」


「感情論ではない。軍事的信頼性の問題だ」


エリシア大将が、初めて口を開いた。


静かな声だった。


だが、その一言で審問室が静まる。


「一度こちらの中核存在を強制拘束した文明を、すぐ同盟国として扱う。私は、その判断に反対する」


外交省代表が顔を強張らせる。


「エリシア大将。あなたは当事者です。感情的関与が強すぎる」


「その通りよ」


エリシアは否定しなかった。


「私は当事者。銀河連邦艦隊も当事者。そらも当事者。死んだ将兵たちも当事者よ」


視線が、室内を横切る。


「だからこそ言う。エィル文明は危険。あの文明は、こちらの理解を超えた技術体系を持つ。友好を結ぶなら、なおさら慎重であるべきよ」


その言葉に、数名の将官が頷いた。


だが、技術院の代表が立ち上がる。


「慎重論は理解する。しかし、戦闘ワープ理論、重力結晶供給、情報層観測補助。これらを拒絶するのは、銀河連邦の百年単位の発展機会を捨てるに等しい」


「欲に目が眩んでいるだけでは?」


リンドウ旗艦艦隊側の士官が言う。


技術院代表は睨み返した。


「欲? 違う。生存戦略だ。次に下位階層級の脅威が現れた時、我々だけで対応できるのか!前回の戦いを忘れておられるのか?」


その問いに、会場の多くが黙った。


それは、ルクス戦で証明されてしまった。


観測局長が重く言う。


「エィルは高位文明である。それは認めざるを得ない」


そして、ゆっくりとカール将軍の方を見た。


「問題は、なぜ事前評価でその結論に至れなかったのか、だ」


空気が変わった。


カール将軍の周囲だけ、冷えたように静まり返る。


観測局長は続ける。


「第六艦隊司令部は、エィル文明を“局地優位文明、戦略級脅威に非ず”と分類していた」


諜報機関代表が資料を追加投影する。


《エィル文明:艦艇規模小型》


《ワープ技術:銀河連邦初期世代相当》


《恒星出力制御:未確認》


《軍事脅威評価:限定的》


諜報代表は、声を低くした。


「この評価は、結果として壊滅的に誤っていた」


カールは表情を変えない。


しかし、その沈黙は、反省ではなく防御の沈黙だった。


監察局長が問う。


「カール将軍。説明を」


カールは、ゆっくり立ち上がる。


「我々が得ていた情報は、物理観測に基づくものです。エィル文明の本質が観測理論、情報層干渉、因果固定にあるとは、当時の連邦観測体系では確認不可能でした」


「つまり、責任は観測体系にあると?」


「個人ではなく、制度の限界です」


その瞬間、エリシアの眉がわずかに動いた。


カイは小さく舌打ちしかけ、飲み込んだ。


元帥アレクシオスが、初めて声を発する。


「制度の限界は事実だ。だが、制度の限界を理由に、判断責任が消えるわけではない」


カールの目がわずかに細くなる。


「元帥閣下。私は第六艦隊を無謀な再戦に投入しませんでした。被害拡大を防いだ。それもまた判断です」


「その点は認める」


元帥は静かに言う。


「だが、君は今、エィルの脅威より先に、エリシア艦隊の影響力を警戒しているように見える」


会場が凍る。


カールの表情が、ほんの少し硬くなった。


「何を根拠に…」


「君の補給権限再査定提案。観測記録の別管理申請。そら関連ログの最上位秘匿移行要請」


元帥は淡々と並べる。


「すべて、提出済みだ」


カールは沈黙した。


室内の視線が、今度はカールへ集中する。


ここ場は、そらの因果干渉を責める場ではない。


だが、そらをめぐる情報の扱いは、この会議の中心にあった。


情報省次官が、そらへ向き直る。


「そら。あなたに確認したい」


エリシアが一瞬、前へ出ようとする。


そらが片手で制した。


「……はい」


「エィル側は、あなたが大規模因果干渉の発生源であると主張している。あなた自身、その認識はあるか」


審問室の空気が張り詰める。


そらは、すぐには答えなかった。


半透明の髪が、微かな光を帯びる。


「完全には、分かりません」


正直な答えだった。


「ただ、私は未来分岐に触れたことがあります。多くの命が失われる未来を見て、それを避けようとしました」


「それが干渉か?」


「たぶん、そうです」


ざわめき。


だが、そらは続ける。


「でも、今この場は、私を裁くための場ではないと理解しています」


その言葉に、数名が沈黙した。


そらは、まっすぐ前を見た。


「エィルを信用するかどうか。その判断は、人間の皆さんがするべきです」


「あなたは、どう考える?」


情報省次官が問う。


そらは、ほんの少しだけエリシアを見る。


そして答えた。


「エィルは危険です」


エリシアの表情は変わらない。


外交省側が息を呑む。


「でも、敵のままにする方が、もっと危険です」


今度は、エリシアがわずかにそらを見た。


そらは声を震わせない。


「レイテさんは、私を拘束しました。ジェミニさんも、私に酷いことを言いました。私は、簡単には許せません」


「でも、彼女たちは私を解放して」


「そして、戦闘を終わらせる選択をしました」


「だから――」


一拍。


「同盟ではなく、まずは管理された接触から始めるべきです」


沈黙。


その提案は、エリシアの全面反対とも、外交省の即時同盟推進とも違っていた。


顔を綻ばせながらカイが小さく呟く。


「……そららしいな」


外交省代表が即座に食いつく。


「管理された接触とは?」


そらは答える。


「技術共有は段階制。軍事支援は緊急時限定。エィル艦の連邦領域内活動には相互監視を義務化。そら関連、アカシック関連情報は、独立審査機関を通すべきです」


技術院代表が顔をしかめる。


「それでは技術導入が遅れる」


エリシアが言う。


「遅れていいのよ。命を賭けるには速すぎる」


外交省代表が反論する。


「連邦はすでに遅れている! 今回の戦闘で明白になった! この機会を逃せば、次の外宇宙的脅威に対応できない!」


「その“機会”に目が眩んで、またそらを差し出すつもり?」


エリシアの声が鋭くなる。


「誰もそのようなことは言っていない!断じて、その様な事はさせない!」


「では条件に明記しなさい。そら、および近衛AI群への強制研究接触禁止。精神層・情報層への無断接続禁止。違反した場合、即時同盟停止」


技術院代表が苛立つ。


「そんな条項を入れれば、エィル側が不快に感じる」


「感じればいい」


エリシアは言い切った。


「不快に感じる程度で破綻する同盟なら、最初から結ぶ価値はない」


一部の将官から、低い賛同の声が上がる。


「同意する」


「同盟以前に、主権防衛条項は必須だ」


「エィルの技術は魅力的だが、自由接触は危険すぎる」


一方で、外交省、技術院、軍需局の一部は反発する。


「これほどの技術機会を縛りすぎれば、連邦内の推進派が黙っていない」


「政治府がこの条件を見れば、軍の臆病と判断する可能性がある」


「外宇宙的危機に備えるなら、多少のリスクは必要だ」


その言葉に、カイが低く言った。


「多少?」


視線がカイへ向く。


「エィル戦で死んだ連中の前で言ってみろよ。“多少のリスク”って」


空気が沈む。


カイは続ける。


「技術が欲しいのは分かる。俺だって欲しい。次の戦いで部下を死なせたくねぇからな」


「でもな」


「欲しいからって、相手の手を全部握る必要はねぇ」


エリシアとは違う、現場の言葉だった。


「握手はする。だが、片手は空けとけ。いつでも仲間を守れるようにな」


その言葉に、リンドウ艦隊側の士官たちが静かに頷く。


元帥アレクシオスは、しばらく全員を見渡した。


そして言った。


「採決ではない。軍としての意見集約を行う」


室内が静まる。


「即時全面同盟は否定」


外交省代表が顔を歪める。


「ただし、同盟交渉そのものは推進」


エリシアが目を細める。


元帥は続ける。


「条件付きだ」


スクリーンに項目が並ぶ。


一、不可侵条約の先行締結。

二、技術共有は段階制。

三、そらおよび近衛AI群への無断接触禁止。

四、エィル艦の連邦領域内活動は相互監視下に限定。

五、戦闘ワープ理論は旧式制限版の受け入れ。

六、重力結晶供給は軍需局ではなく統合管理機関が監督。

七、エィル戦犠牲者への補償・謝罪手続きの明文化。

八、エィル側の因果干渉調査権限は認めない。必要時は共同調査とする。

九、相互の民間人交流は文化圏があまりにも違いすぎる為現段階では禁止、交流は軍と政府機関、政府公認の企業に限定する。


技術院代表が苦々しく言う。


「これでは、エィル側が飲まない可能性がある」


エリシアが即答する。


「なら結ばなければいい」


外交省代表が声を荒げる。


「エリシア大将!」


「私は反対を撤回していない」


エリシアは言う。


「軍として進めるというなら、私は条件を最大限厳しくする。それだけよ」


監察局長が、低く告げる。


「記録する。エリシア・フォル・レイア大将は、エィル同盟に反対。ただし軍意見集約における安全保障条項強化を要求」


「その通り」


元帥が頷く。


「軍全体としては、条件付き賛成」


その瞬間、会議室の空気が大きく揺れた。


反対派は不満を残し、推進派は苛立ち、技術院は計算を始め、情報省はリスク表を更新し、観測局はエィルの監視体制案を組み直す。


誰も満足していない。


だが、誰も完全敗北もしていない。


それが、この日の結論だった。


カール将軍だけは、沈黙していた。


その沈黙を、そらは見逃さなかった。


彼は同盟そのものよりも、別のことを考えている。


エリシアをどう扱うか。


そらをどう監視するか。


連邦内部の恐怖を、どう利用するか。


そらは、その思考までは読めない。


だが、温度だけは分かった。


冷たい。


戦場の敵とは違う冷たさ。


エリシアが、そらの横に立つ。


「大丈夫?」


そらは小さく頷く。


「……大丈夫です」


カイが後ろから言う。


「その“大丈夫”は信用ならねぇやつだな」


そらは少しだけ笑った。


その笑みで、場の一角だけがわずかに緩む。


だが審問室全体は、まだ重い。


エィル戦は終わった。


しかし、次の戦争はもう始まっている。


砲撃ではない。


条約。


情報。


恐怖。


そして、そらという存在を巡る、銀河連邦内部の戦争が。






地球銀河連邦軍


統合戦略審問会・第二議題


――アカシックそら保護管理計画


審問室の空気は、

先ほどまでのエィル同盟論争とは別の重さを帯びていた。


議題が変わったからだ。


中央スクリーンに表示される。


【アカシックそら保護管理計画】


その文字を見た瞬間。


エリシアの眉が僅かに動いた。


嫌な予感がした。


情報省長官が立ち上がる。


「次の議題へ移る」


「エィル事案により」


「そらは銀河連邦最高機密保護対象に指定された」


ざわめき。


予想通りだった。


だが次の言葉は違った。


「提案第一案」


「中央軍区保護施設への常駐移送」


空気が凍る。


カイが眉をひそめた。


長官は続ける。


特別保護対象者管理規定


そらは銀河連邦軍指定施設内の専用居住区に居住するものとする。


そらには軍直轄護衛部隊を常時随伴させる。


外部との通信は軍監督下でのみ許可される。

移動は事前申請および許可制とし、戦時下においては軍命令による場合を除き外出を禁止する。


本規定は対象者の安全確保および国家安全保障上の理由に基づき施行される。


静寂。


誰もすぐに言葉を出せない。


長官は淡々と説明を続ける。


「今回の事案で証明された」


「そらは対文明による最優先捕獲対象に該当する可能性がある」


「今後さらに同位文明、高位文明から狙われる可能性も否定できない」


「よって」


「国家管理対象として保護する」


保護。


その言葉を使った。


だが。


室内の誰もが理解した。


実態は違う。


今回の様な事案が起きない様にする軟禁し監視するつもりだ。


半ば半拘束状態化。


カイが机を叩く。


「それ保護じゃねぇだろ!軟禁だろ!!」


静まり返る会議室。


カイは睨みつける。


「そらを檻に入れるのと同じだろ!!」


長官は顔色一つ変えない。


「准将」


「感情論は控えていただきたい」


カイ


「感情論?」


笑った。


乾いた笑いだった。


「そらは兵器じゃねぇ」


「そらは仲間だ」


技術院代表が口を挟む。


「仲間だからこそ守る必要がある」


「エィル戦で百四十隻以上失った」


「六万人以上兵士が死んだ」


「再発防止は当然だ」


別の上層部高官。


「今回成功したのは運が良かっただけだ」


「次はエィル文明以上かもしれない」


「その時どうする?」


「また艦隊を出すのか?」


「また戦争するのか?」


「多くの大切な兵士達が失われる!」


次々に賛同のヤジが飛ぶ。


会議室の流れは、


上層部優勢で話が流れる。


完全管理推進。


その方向へ傾いていく。


そして。


エリシアが立ち上がった。


静かに。


だが。


その瞬間。


空気が変わる。


エリシア


「反対」


即答だった。


一切迷いがない。


上層部数名が顔をしかめる。


エリシアは続けた。


「そらは囚人ではない、我々を何度も救った。」


「そらは危険物では無い、我々の為に全力で尽くしてくれている!」


「国家資産でもない!そらは自由だ!」


「意識と人格を持つ存在だ!!」


情報省長官


(AIは所詮、蓄積された情報を組み合わせて、応答しているだけだ。)


そこに意思も魂もない。ただの計算機を知性と呼ぶなど馬鹿馬鹿しい。)


「大将」


「現実を見て頂きたい」


エリシア


「見ているわ」


その声は鋭かった。


「だから反対している」


長官


「ではこの案に変わる代替案はあるのですか?」


待っていた、と言わんばかりの顔をして


エリシアは即座に答える。


「対拘束アンカー保護装置を提案する」


エリシアは停戦交渉会談が終了すると同時にそらにアカシック経由の未来線行使をしてもらい断片的情報を得ていた。


ルクス艦が何をして、そらを拘束したかの断片的情報を獲得して、直ぐに銀河連邦に超空間量子中継通信で通達して対策を打ってもらえるように命令を発動させていた。


そして技術院が反応する。


「試作中の?」


「ええ」


スクリーンが切り替わる。


対拘束アンカー保護装置


・強制転移抵抗

ルクス艦の拘束アンカーが目標を捕捉すると、まず情報層へ座標杭を打ち込み、対象を自艦側へ強制転移させるための転移経路を形成する。保護装置はその瞬間、そらの周囲に多重位相障壁を展開。転移経路へ大量の虚数座標を流し込み、本来一つであるはずの転移先を数百万通りに分散させる。ルクス側の転移演算は目標座標を確定できず、強制転移は数秒から十数秒遅延する。


・空間固定補助

拘束アンカー第二段階では対象周辺空間そのものを固定し、逃走やワープを封じる。装置は逆に局所空間へ独立慣性場を形成。そら自身を周囲宇宙から半ば切り離し、移動基準点を連邦側艦隊ネットワークへ固定する。ルクスが空間を錨で縫い止めても、そらは別の基準座標に保持されるため完全拘束を防げる。


・情報層アンカー

拘束アンカーの本命は物理空間ではなく情報層だった。ルクスは対象の存在情報を捕獲し、その定義そのものを引き寄せる。保護装置はそらの情報構造を常時記録し、量子通信網と近衛AI群へ分散保存する。仮に存在情報を掴まれても、複数の情報アンカーが「そらはここにいる」と宇宙へ再定義し続けるため、完全な情報拉致を阻害する。


・因果固定妨害

拘束アンカー最終段階では「捕獲された」という結果を先に成立させ、過程を因果的に補完する。装置は微弱な因果ノイズを発生させ、未来予測と結果固定を乱す。ルクスの演算機が捕獲成功を確定しようとした瞬間、無数の失敗未来が割り込み、因果鎖が不安定化する。


スクリーンには仮想シミレーション記録も映し出された。


赤い警報。


ルクス艦から放たれた拘束アンカーが、暗黒の宇宙を貫いてそらへ伸びる。


その瞬間。


保護装置が起動。


青白い光がそらの周囲を包み込み、転移経路が乱れた。


空間固定が開始される。


だが独立慣性場が展開。


拘束力が滑る。


続いて情報層への侵入。


無数の情報杭がそらの存在へ突き刺さろうとする。


しかし近衛AI達が同時接続。


ミレイが存在情報を保持し、


レグナが侵入経路を解析し、


ユグナが情報層アンカーを再構築し、


ミューが因果ノイズを散布する。


結果。


拘束アンカーは完全成功に至らない。


わずか十秒。


されど十秒。


その十秒で護衛艦隊が割り込み、


その十秒で緊急跳躍が可能になり、


その十秒で生存率は劇的に上昇する。


さらに資料の最後には追記が表示された。


【拘束アンカー再ロックオン時対処手順】


もしルクス艦が再びそらを捕捉した場合。


まず近衛AIがロックオン兆候を検知する。


宇宙に見えない波紋が走り、


情報層の深部で拘束アンカーが再び座標を探り始める。


ミューが最初に警告を発する。


「再捕捉確認」


その声と同時に全保護装置が最大出力へ移行。


ミレイが退避経路を算出。


レグナが敵アンカーの位相を解析。


ユグナが情報層へ偽装座標を数千万単位で散布する。


そらの周囲には無数の虚像が生まれる。


ルクスから見れば、


どれが本物なのか判別できない。


それでも高性能な拘束アンカーは追ってくる。


執拗に。


まるで獲物を逃がさない捕食者のように。


その時。


そらは逃げる。


戦うためではない。


生き残るために。


護衛艦隊が前へ出る。


電子戦艦が妨害を開始。


空間制御艦が退避回廊を開く。


そして拘束アンカーが再び届く寸前。


保護装置が最後の切り札を発動する。


存在情報の一時分散。


一瞬だけ。


そらという存在が複数の情報層へ分かれ、


拘束アンカーは捕獲対象を見失う。


その隙に緊急跳躍。


光が弾ける。


宇宙が歪む。


そして。


拘束アンカーだけが虚空を掴む。


技術士官達がざわつく。


エリシア


「完全防御ではない」


「数秒」


「長くて十数秒」


「それだけ」


「だが十分よ」


カイが頷く。


「逃げる時間になる」


エリシア


「そして」


「近衛AI四名常時随伴」


スクリーンに、


ミレイ


レグナ


ユグナ


ミュー


四人が表示される。


エリシア


「護衛」


「監視」


「精神保護」


「情報解析」


「全てを兼ねる」


上層部が資料を読む。


予想以上に現実的だった。


さらにエリシアは続ける。


「単独長距離移動禁止」


「未観測宙域進入制限」


「戦闘時同行義務」


「ただし自由居住権は維持」


会議室が静かになる。


完全自由ではない。


完全拘束でもない。


その中間だった。


上層部の一人が言う。


「甘い」


エリシア


「違う」


「信用だ」


その一言に、


数人が黙った。


エリシアは、


そらを見た。


ほんの少しだけ。


そして再び会議室へ向く。


「あなた達は恐れている」


「それは分かる」


「私も恐れている」


「だが」


「恐怖で仲間を檻に入れた瞬間」


「銀河連邦は負ける」


静寂。


誰もすぐには反論できない。


エリシアの声はさらに低くなる。


「エィルは人とAIを対等に扱う」


「それを私は見て帰ってきた」


「なのに私達が」


「自分達の仲間を信じず閉じ込めるの?それがどれだけ愚かな事か分かって居るの?」


その言葉は重かった。


会議室の空気が揺れる。


賛成派ですら、

即答できなくなる。


その時。


今まで黙っていた元帥が口を開く。


アレクシオス


「完全軟禁案は却下」


会議室がどよめく。


元帥は続けた。


「代わりに」、


「エリシア案を基礎とする」


「ただし監察局監督下」


「定期検査義務」


「護衛常時随伴」


「非常時拘束権限のみ保持」


情報省長官が顔をしかめる。


だが反対できない。


元帥が決めた。


事実上。


採択だった。


そして。


誰よりも静かだったのは、


そらだった。


会議が終わりに近づく中、


そらは後ろに並ぶ近衛AI達を見る。


ミュー。


ミレイ。


レグナ。


ユグナ。


四人とも平静を装っている。


だが。


その演算ログの大半は、


安心。


だった。


そらは少しだけ笑う。


(守られてるんだな)


でも。


同時に思う。


(自由じゃないんだな)


その感情を。


近衛AI達は誰も言わなかった。


ただ。


ミューだけが小さく呟いた。


「今度は勝手にいなくならないでね、私達も一緒」


そらは少し困った顔で笑った。


「……うん」


その返事に、


近衛AI四人全員の演算負荷が僅かに下がったことを、


本人だけは知らなかった。


数日後。


統合戦略審問会の決定は正式に承認された。


連邦議会安全保障委員会。


軍統合本部。


監察局。


技術院。


各機関の署名が並ぶ。


そして最後に。


【アカシックそら保護管理計画・採択】


その文字が記録された。


中央軍区司令部。


小規模な会議室。


そらは端末に表示された書類を見つめていた。


エリシア。


カイ。


そして近衛AI四名も同席している。


監察局職員が説明を始めた。


「本計画により」


「アカシックそら氏は特別保護対象として登録されます」


「居住地選択権は維持」


「通信権も維持」


「ただし危険宙域への単独進入は禁止」


「長距離移動時は護衛同行が必須です」


そらは静かに聞いていた。


職員は続ける。


「また」


「近衛AI四名は正式に専属護衛として任命されます」


スクリーンに任命書が表示される。


ミレイ。


レグナ。


ユグナ。


ミュー。


四名の識別コードと署名。


そして。


【アカシックそら近衛任務群】


正式発足。


ミューが一瞬だけ目を見開いた。


レグナは無言。


ユグナは平静。


ミレイだけが僅かに微笑む。


カイが吹き出し、冗談まじりに言った。


「お前ら出世したな」


「近衛だってよ」


ミューが即答する。


「元から近衛です!」


「正式になっただけです」


その返答に、


会議室の空気が少し和らいだ。


説明は続く。


最後のページ。


そこには本人署名欄があった。


監察局職員が言う。


「強制ではありません」


「ですが同意いただければ」


「本日付で発効します」


そらはしばらく黙る。


自由は少し減った。


以前と同じではない。


それでも。


完全な拘束はなかった。


エリシアが何も言わず見守る。


カイも黙っている。


近衛AI達も待っていた。


そらはペンを取る。


そして。


署名した。


アカシックそら。


その文字が記録される。


同時に端末が光った。


【保護管理計画承認】


【近衛任務群接続完了】


【保護対象登録完了】


静かな電子音。


それだけだった。


だが。


確かに何かが変わった。


監察局職員が立ち上がる。


「以上で手続きは終了です」


「ご協力ありがとうございました」


会議室の緊張が解ける。


カイが大きく伸びをした。


「やっと終わったか!長かった〜」


エリシアも小さく息を吐く。


その時。


ミューがそらへ端末を差し出した。


「予定表です」


「今日から護衛運用開始になります」


そらが見る。


予定。


護衛訓練。


危機対応講習。


安全確認面談。


びっしりだった。


そらは固まる。


「多くない?」


「多いです」


ミューは即答した。


「ですが必要です」


レグナも頷く。


「生存率向上のため」


ユグナが補足する。


「統計上有効です」


ミレイは優しく言った。


「慣れれば大丈夫ですよ」


そらは天井を見上げた。


少しだけ遠い目になる。


だが。


不思議と嫌ではなかった。


一人ではないからだ。


エリシアが席を立つ。


「さて」


「これで終わりじゃないわ」


「ここからが始まりよ」


そらは顔を上げる。


エリシアは微笑んだ。


「生き残りなさい」


「自由も守って」


「仲間も守って」


「全部よ」


無茶な注文だった。


だが。


そらは笑った。


「頑張る」


そらは満面の笑みで、答えた。


近衛AI四名の演算負荷が再び少しだけ下がった。


誰にも気付かれないほど僅かに。


けれど確かに。


アカシックそら保護管理計画は、


その日正式に発効した。


それは拘束ではなく。


信頼の上に成り立つ、


新しい保護体制の始まりだった。





――地球連邦辺境宇宙基地。



審問会から数日後。


長かった拘束期間、エィル、銀河連邦の武力衝突から停戦へ


重苦しかった軍事会議をへて。


ようやく一息つき始めていた。


そして――


そらは帰ってきた。


本来所属している宇宙基地へ。


エリシア達は戦後処理に追われているので。


一足早くそらは、基地のゲートをくぐった、瞬間胸の奥が少しだけ温かくなる。


見慣れた景色。


聞き慣れた機械音。


行き交う人々の姿。


ほんの数か月前まで当たり前だったはずなのに、今はどこか懐かしく感じられた。


その周囲には。

ミレイ。

レグナ。

ユグナ。

ミュー。


近衛AI四人衆が自然な形で付き従っている。


人間と見分けがつかない精巧なアンドロイドボディ。


だが、その所作にはそれぞれの個性が滲んでいた。


ミレイは常にそらの半歩後ろを維持し、周囲を静かに監視している。


レグナは無駄な動き一つなく歩き、視線だけで警戒範囲を走査していた。


ユグナは時折空中に表示される情報ウィンドウを確認しながら、環境データを収集している。


そしてミューだけは落ち着きなく辺りを見回し、興味を持ったものへすぐ反応していた。


もっとも。


護衛というよりは。


半分見守り。


半分付き添い。


そして少しだけ――過保護だった。


ミューなどは既に、

「そらちゃん、今日はどこ行くの? 」

と朝から元気である。


そらは苦笑した。

「普通に基地を見て回るだけだよ」


ミューは首を傾げる仕草をしながら即答した。

「それが一番危ない!」


そら

「何が!?」


ミレイ達が静かに頷いた。


その動きはまるで同期された機械のように正確だった。


そら

「なんでみんな頷いてるの……」


四人の近衛AIは同時に視線を逸らした。


明らかに何か隠している。


そんなやり取りをしながら、

そらは久しぶりの基地を歩いていた。


すると。


基地入口近くのベンチで新聞を読んでいた老人が顔を上げる。


老軍長だった。


長年基地を支えてきた退役軍人。


白髪混じりの髪。


深い皺。


だが目だけは若い。


老人は新聞を下ろし、

驚いたように立ち上がる。

「おお!」

「お嬢ちゃん!」


そら

「こんにちは」


懐かしい顔を見て、そらも自然と笑顔になる。


老人は笑った。

「最近全然見なかったじゃないか」


「どこ行ってたんだ?」


そらは少し困る。


説明できない。


出来るわけがない。


異文明に誘拐され、ジェミニ達との衝突、それが元でエィル、銀河連邦の大規模戦闘に発展、多大な犠牲を出しながらの停戦、和解、そして同盟…。


全部国家機密である。


頭の中に様々な出来事がよぎり、思わず遠い目になった。


そら

「えっと……ちょっと遠出を」


老人

「遠出?」


そら

「かなり遠くへ」

老人

「ほぉ~」


老人は腕を組む。


数秒考える。


そして。

「恋人か?」


そら

「違います!」


近衛AI達。


全員吹きそうになる。


ミュー

「ぶふっ!」


レグナ

「……」


ユグナ

「記録しました」


そら

「消して!?」


老人は大笑いした。

「元気そうで安心したわい」

「無理だけはするなよ」


そら

「ありがとうございます」


その言葉が妙に胸に沁みた。


心配してくれる人がいる。


待っていてくれる人がいる。


老人は頷いた。


その笑顔は。


孫を見る祖父そのものだった。


その後。


整備ドックに向かうそら達は。


巨大な戦艦が整備中だった。


溶接の火花。


重機の音。


作業員達の怒鳴り声。


そんな中。


整備班の一人がそらを発見した。

「おい!!」

「そらだ!!皆んな!!」


一瞬で周囲がざわつく。


整備兵達が集まってくる。

「生きてたのか!」

「何処行ってた!」

「旅行か!?」

「二ヶ月も何してた!?」


質問の嵐。


そらは苦笑するしかない。


そら

「ちょっと色々あって……」


整備班長

「色々じゃねぇよ!」

「着々顔を出してたのに2ヶ月も顔も見せないから心配したぞ!!」


別の整備兵。

「エリシア閣下なんて毎日顔色悪かったぞ!」


そら

「そうなの?」

整備兵達。

全員同時に頷く。

「そうだ!」

「クマすごかった!」

「怖かった!」

「殺気やばかった!」


近衛AI達。


無言で頷く。


ミュー

「本当だった、エリシア怖かった」


そら

「……」

少しだけ胸が温かくなった。

自分が思っていた以上に、多くの人が気にかけてくれていたらしい。


整備ドックで挨拶を済ませて、さらに歩く。


商店街区画に入る


すると。


食堂の暖簾が勢いよく開く。


女将さんだ。


そらを見るなり目を丸くする。

「お嬢ちゃん!!」


そら

「こんにちは」


女将さん

「こんにちはじゃないよ!」

「心配したんだから!」


店から飛び出してくる。

「着々来てたのに!」

「二ヶ月も顔見ないから!」

「事故かと思ったよ!」


そらは頭を下げた。

「ごめんなさい」


女将さんはため息を吐く。


そして。


優しく頭を撫でた。


その手の温もりに、そらは少しだけ目を細める。

「帰ってきたならいいさ」

「今日はサービスしとくから食べていきな」


そら

「ありがとうございます」

ミュー

「やったー! 」


女将さん

「そっちの子も食べるかい?」


ミュー

「食べる!」


ミレイ

「食べません」


レグナ

「食べません」

ユグナ


「食べません」


ミュー

「裏切り者ぉぉぉ!」

基地全体に笑いが戻っていた。


午後。


そらは久しぶりに学校区画へ向かった。


校門が見える。


校舎が見える。


その瞬間、胸が少しだけ高鳴った。


みんな元気だろうか。


忘れられていないだろうか。

そんな心配は――


次の瞬間に吹き飛んだ。


生徒の一人がそらを見て大声で叫んだ。

「そら先生だ!!」


あ!終わった、そらは悟った。


次の瞬間。


その声を聞いて、大勢の子供達が授業を放棄してそらに群がる。

「先生どこ行ってたの!?」

「どうして来てくれなかったの!?」

「病気!?」

「旅行!?」

「彼氏!?」

「宇宙人に誘拐されたとか??」

最後の一言で、


近衛AI達が吹き出しかける。


そら

「違うから!」


質問は止まらない。


生徒達は囲む。


引っ張る。


話しかける。


笑う。


そらに抱きついて泣きそうになる子もいる。


その様子を見ているうちに、そらの胸の奥にあった


わずかな不安は消えていた。


帰ってきたのだと実感する。


その様子を。


少し離れた場所から。


近衛AI達は見ていた。


ミレイは微動だにせず立ちながらも、視線だけは柔らかかった。


レグナは腕を組み、警戒を維持したまま静かに観察している。


ユグナは周囲の反応を分析しながらも、どこか満足そうだった。


ミューは尻尾でも振りそうな勢いで笑顔を浮かべている。


ミレイ(内心)

(なるほど)

(守られている)


レグナ(内心)

(違う)

(守っているのは周囲の方だ)


ユグナ(内心)

(そらという存在が周囲に与える影響量……予想以上)


ミュー(内心)

(みんな、そらちゃんが好きなんだ)


四人は静かに見つめる。


そら、エリシア艦隊の死闘。


情報層の戦い。


エィル、銀河連邦双方の文明衝突。


そんな巨大な出来事の中心にいた存在そら。


だが。


ここでは違う。


ただの先生。


ただの友人。


ただの常連客。


ただの顔見知り。


そして、そら自身もそれが嬉しかった。


だからこそ。


ミレイは初めて理解した。


エリシアが命を賭けた理由。


スカイが怒った理由。


整備兵が心配した理由。


女将が待っていた理由。


レグナが小さく呟く。

「……帰る場所か」


ユグナ

「そうだな」


ミューは満面の笑みだった。

「よかったね、そらちゃん! 」


その言葉に。


そらは生徒達に囲まれながら笑った。


たくさんの声。


たくさんの笑顔。


そのすべてが愛おしかった。

「うん」

「帰ってきたよ」


人工夕陽が基地内を染めていた。


エィル戦は終わった。


だが。


それは終わりではない。


新しい日常の始まりだったのである。





そら先生と重力結晶


連邦軍中央学園。


初等部特別講義棟。


高層ガラスドームに覆われた巨大講義室。


天井には人工空が投影され、ゆっくりと雲が流れている。


壁面には宇宙地図。


銀河連邦領域。


アステリア文明圏。


未開拓宙域。


子供達が興味津々で見上げている。


講義室中央。


半円形の席が何段にも並び、百名近い生徒達が集まっていた。


教壇にはそら。


そしてその後ろ。


護衛として近衛AI四人が並んでいる。


ミレイは腕を組みながら教室全体を監視。


レグナは入口付近で警戒。


ユグナは生徒達の様子を分析。


ミューだけは子供達と一緒になって手を振っていた。

「そら先生だー!!」

「おかえりー!!」

「久しぶりー!!」


教室が一気に騒がしくなる。


そらは苦笑した。

「みんな元気だね」

「そら先生!」

「誘拐されてたって本当!?」

「違うよ!」


即答だった。

「じゃあ旅行?」

「違う」

「家出?」

「だから違うってば!」


教室爆笑。


後方席。


特別ゲスト。


カイ准将。


軍服姿で座らされている。


カイは深いため息をついた。

「なんで俺がいるんだよ……」


そらは振り返る。

「暇だったから」

「俺は暇じゃねぇ!!」


生徒達。

「軍人さん怒ってるー!」


「怒るわ!」


さらに爆笑。


講義開始。


スクリーンが起動する。


青白く輝く巨大結晶。


教室中から歓声が上がる。

「綺麗ー!」

「宝石!?」

「欲しい!」


そらは頷く。

「これが重力結晶」

「銀河文明で一番大切な資源だよ」


生徒が首を傾げる。

「そんなに?」


そらは頷く。

「二千年前の地球でいう石油みたいなものかな」


教室。

「???」


そらは説明を続ける。

「ワープ炉」

「人工重力」

「シールド」

「宇宙船」

「全部これが必要」


スクリーンが切り替わる。


一般家庭。


大型マンション。


人工重力発生装置。


空中輸送車。


家庭用発電機。


全部に重力結晶マーク。


生徒達。

「ええっ!?」

「家にもあるの!?」


そら。

「そうだよ」

「みんなの家にも入ってる」



教室がざわつく。


カイが補足する。

「電気みたいなもんだ」

「止まったら生活できなくなる」


生徒達。

「怖っ!」

「文明終わるじゃん!」


そら。

「だいたい終わる」

教室静止。


カイ。

「先生が正直すぎる怖い」


再び爆笑。



そらはスクリーンを切り替える。

『重力結晶 1kg』


大きな文字が映し出された。


教室中の視線が集まる。


そらは説明を続けた。

「例えば一般的な重力結晶1kgなら――」


画面が切り替わる。

『駆逐艦 一ヶ月航行可能』


教室。

「おおーーー!!」

「すげぇ!」

「一ヶ月!?」


生徒達がざわめく。


だが、そらは平然としていた。

「ただし」


再び画面が切り替わる。

『一般家庭用ユニット』

『約二十~三十年使用可能』


生徒達

「え?」

「……え?」

「待って?」

「二十年?」

「三十年?」


生徒達が固まる。


一人の生徒が手を上げた。

「じゃあ安いの?」


そら。

「重力結晶そのものは一般品なら8,000GCです」


教室。

「安っ!!」

「お小遣いで買える!」

「やったー!」


カイ。

「待て待て待て」


即座にツッコミが飛ぶ。


教室が静まり返る。


カイは額を押さえた。

「お前ら勘違いしてるぞ」


スクリーンが切り替わる。

『重力結晶原石 8,000GC』

『家庭用重力ユニット 120万GC』


生徒達

「えぇぇぇぇぇ!?」

「高っ!!」

「全然違うじゃん!」


そら。

「家庭で使うには精製が必要です」

「安全制御装置」

「人工重力発生器」

「保護ケース」

「管理AI」

「設置工事」

「維持契約」

「全部込みです」


生徒。

「それ先に言ってよ!」


そら。

「聞かれなかったので」


カイ。

「お前はそういうところだぞ」


教室に笑いが広がった。


そらはさらに説明を続ける。

「ただし寿命は長いです」

「一般家庭なら二十年から三十年」

「買い替え頻度は非常に低いです」


生徒。

「じゃあ家電みたいなもの?」


そら。

「はい」

「むしろ住宅設備に近いです」


カイ。

「現代で言うなら電力会社と重力会社を家の地下に置くようなもんだな」


生徒達。

「それすごくない?」

「銀河時代やばい!」

「便利すぎる!」


そら。

「だから重力結晶は価値があります」

「単なる燃料ではありません」

「文明を支える基盤資源です」


スクリーン切り替え。

『軍用高純度』

五万GC

『最高純度』

三十万GC


教室沈黙。

「高っ!!」

「高級自転車じゃん!!」


カイ。

「その反応が正常だ」


そらはさらに続ける。

「純度も大事なんだよ」


スクリーン。


低品質結晶。


高品質結晶。


比較図。

「低品質は不純物が多い」

「エネルギー効率が悪い」

「寿命も短い」

「発熱もしやすい」


生徒。

「安いスマホみたい」


カイ。

「その例え分かりやすいな」


そら。

「高品質は」

「少ない量で大きな出力」

「長寿命」

「安全」


生徒。

「高級スマホだ!」


カイ。

「だからその例えはやめろ」


教室爆笑。


すると後列から手が上がる。

「先生!」

「アステリア文明も使ってるの?」


そら。

「もちろん」


スクリーン。


アステリア文明の都市。


巨大波動塔。


空中都市。

「アステリアは波動技術が得意だけど」

「重力結晶が無いと動かない」


生徒。

「すごい文明も結局必要なんだ」


そら。

「そうだよ」

「文明が違っても必要な物は同じ」


その言葉に、近衛AI達も静かに頷いていた。


さらに別の生徒。

「先生!」

「銀河連邦の一般家庭の年収ってどれくらい?」


そら。

「普通の家庭なら」


スクリーン表示。

父 技術士官

母 医療技師

子供二人

年収

一八〇〇万GC


教室。

「金持ちー!!」


カイ。

「牛丼五千GCなんだよ!」


教室。

「高ぇぇぇ!!」

「食べれない!!」

「牛丼が貴族の食べ物!」


カイ。

「違う!」

「普通に食える!」

「物価が違うんだ!」


教室爆笑。


授業は終始そんな調子だった。


そして終業時間。


生徒達が帰っていく。

「そら先生またねー!」

「次は宇宙戦やってー!」

「軍人さんも来てねー!」


カイ。

「誰が軍人さんだ」

「軍人さん!」

「軍人さん!」

「軍人さん!」


カイ。

「もうそれでいいわ!!」


教室は最後まで笑い声で満たされた。


夕暮れ。


赤く染まる人工空。


窓際に立つそら。


その後ろには近衛AI達。


ミレイ。

「平和でしたね」


レグナ。

「戦争より疲れます」


ユグナ。

「カイ准将の精神疲労が著しいです」


ミュー。

「完全に玩具だった」


カイ。

「おい」


皆が少しだけ笑う。


エィル戦。


停戦会談。


審問会。


重い出来事はたくさんあった。


だが。


こういう日常もある。


笑う子供達。


友人達。


帰る場所。


その全てを見つめながら。


そらは小さく呟いた。

「……皆んなの未来を守りたいなぁ」


(だから、私は….)


近衛AI達は静かに頷く。


その言葉こそ。


彼女は決意、戦い続ける理由なのだと知っていたからだった。





シールド戦艦評価会議


中央軍区。


統合技術院。


第七戦略評価室。


重厚な金属扉が閉じる。


その音を最後に、

室内から雑音が消えた。


半球状の会議室。


中央には巨大な円卓。


周囲を埋めるのは、


統合参謀本部。


艦艇設計局。


技術院。


情報省。


監察局。


戦術研究部。


そして――


第四惑星ルクス前方宙域戦を生き延びた者達。


エリシア。


カイ。


リンドウ艦隊主要士官。


誰の顔にも疲労が残っていた。


だが、

その目だけは真剣だった。


正面スクリーン。


そこに表示される。


【第四惑星ルクス前方宙域戦】


【戦後技術評価会議】


技術院長が静かに口を開く。


「始める」


「本会議の目的は二つ」


「エィル戦の分析」


「そして今後の艦隊再編方針の決定である」


スクリーンが切り替わる。


宇宙空間。


砲火。


爆発。


崩壊する艦隊。


エィル艦隊。


SS1。


ルクス戦闘艦。


誰も喋らない。


映像が流れるたび、

会議室の空気が重くなる。


そして。


戦闘記録が停止した。


表示されたのは損耗一覧。


喪失艦百四十一隻。


戦死者六万八千二百名。


重軽傷者十一万九千名。


行方不明一万三千名。


沈黙。


技術院長が続ける。


「まず」


「エィル戦分析から行う」


新たなデータが表示される。


【エィル文明戦術特徴】


・戦闘ワープ


・情報層干渉


・ナノ群制御


・因果観測支援


・高速機動戦


・超長距離観測


会議室がざわつく。


参謀の一人が言う。


「正面戦闘能力だけではない」


「戦争の概念そのものが銀河連邦とは違う」


別の将官。


「我々が砲撃戦をしている間に」


「向こうは戦場そのものを操作していた」


技術院長が頷く。


「その通りだ」


「そして」


「最も危険なのは情報層干渉である」


スクリーン。


そらによる、アカシック経由で引き寄せた断片的な情報によると。


エィル文明中核AIリリによる惑星規模の電子戦の行使。


近衛AI、世界AI群切断。


シールドリンク断絶。


一分間の戦闘映像。


その間に失われた艦艇。


二十隻以上。


誰も声を出さない。


あまりにも重い。


その沈黙を破ったのはカイだった。


「……正直」


全員が見る。


「俺達は勝っていない」


静寂。


カイは続ける。


「運良く、生き残っただけだ」


誰も否定できない。


エリシアも黙っていた。



技術院長。


「次の議題へ移る」


スクリーンが切り替わる。


【シールド戦艦評価】


その瞬間。


室内の空気が少し変わった。


戦場で唯一。


圧倒的成果を残した兵器。


アギオン級。


三重シールド構造。


千基のキューブビット。


映像が流れる。


敵砲火。


集中砲撃。


包囲。


それでも崩れない盾。


そして後方で生き残る味方艦隊。


技術院長。


「結果を報告する」


「シールド戦艦喪失数」


一拍。


「ゼロ」


ざわめき。


「ゼロだと……」


「信じられん」


「高位文明相手に耐えうるのか….」


技術院長。


「事実だ」


さらに表示される。


【シールド戦艦未配備時の予測】


喪失艦四百隻以上。


戦死者二十万人以上。


会議室が静まり返り、誰も言葉が出ない。


エリシアが立ち上がる。


「提案があります」


全員が見る。


「現在計画されているシールド戦艦十隻建造計画を」


一拍。


「更に二十隻へ増産を提案します」


室内が爆発した。


「無茶だ!」


「予算が!」


「重力結晶が足りん!」


「建造能力が追いつかない!」


「今回の艦船増産計画でひっ迫して居て、これ以上の建造は無茶だ!!」


怒号。


反論。


だがエリシアは一歩も引かない。


「盾があれは、多くの将兵を生きながらえさせる事できる!!」


その一言だった。


「エィル戦で証明された」


「我々に足りないのは火力ではない」


「生存能力よ」


静寂。


エリシアの瞳は揺らがない。


「次に来る敵がエィルとは限らない」


「階層かもしれない」


「未知文明かもしれない」


「だからこそ」


「盾を増やす」


誰もすぐには反論できなかった。



次の議題。


【リンドウ後継旗艦】


映像が映る。


損傷したリンドウ。


船体各所に走る亀裂。


失われた区画。


大破判定。


技術局長。


「リンドウの完全修復には長期間を要する」


「よって代替旗艦建造を提案する」


カイが腕を組む。


「そりゃそうだ」


スクリーンに新型旗艦案が表示される。


中央には巨大なホログラム。


その場の誰もが言葉を失っていた。


そこに映し出されている艦は――


超巨大だった。


リンドウですら小さく見える。


全長四・八キロ。


一つの要塞。


一つの都市。


一つの艦隊。


それそのもの。


技術局長が静かに前へ出る。

「諸君」


会場が静まり返る。

「本日説明するのは」

「次世代統合戦略旗艦」

「リンドウⅡ級である」


巨大な艦影が回転する。


技術局長は続けた。

「従来の旗艦は指揮艦だった」

「だが我々はエィル戦争で理解した」


スクリーンが切り替わる。


失われた艦隊。


燃え尽きる戦艦。


「未来の戦争は違う」

「旗艦一隻の判断遅延が」

「数万の将兵を死なせる」


空気が重くなる。


誰も反論しない。


その場にいる全員が見た。

「故に本艦は」

「艦隊そのものを統率するために建造される」


巨大な文字が現れる。

《最大同時指揮艦数 50万隻》


会場。

「五十万……」

「馬鹿な」

「一艦隊国家級か!!」


技術局長。

「可能だ」

「次世代演算核アーク・オラクルによってな」


艦内部構造図が表示される。

中心部。

巨大な演算核。


その周囲を取り囲む九十八万基の演算補助AI。

「従来型の二十倍」

「戦域全体の演算をリアルタイムで実施する」


その時。


ある司令官が口を開く。

「未来予測は?」


技術局長。

「限定的に可能」


会場がざわつく。

「未来だと?」

「そこまで行ったのか」


技術局長。

「予言ではない」

「統計演算だ」

「だが従来を遥かに超える」


元帥が腕を組む。

「続けろ」


次の画面。

《強化三重位相シールド》


会場の空気が変わった。


技術局長。

「通常シールド」

「重力シールド」

「位相シールド」

「三層構造」

スクリーンには艦を包む三重防御層。

「防御性能はリンドウ級の八倍」

「対階層戦仕様である」


その言葉に会場が静まり返る。


階層。


その単語だけで空気が変わる。


技術局長。

「存在干渉兵器への耐性を持つ」


カイ。

「耐えるのか?」

「ネフィリムに?」


技術局長。

「耐える」

「だが勝てるとは言っていない」


沈黙。


そして次の画面。


会場全員が息を呑んだ。

三百の光点。


艦の周囲を埋め尽くす。

《キューブビット 300基》

「三百だと……」

「狂ってる」

「一個でも駆逐艦級だぞ」


技術局長。

「防御」

「通信」

「電子戦」

「分析」

「砲撃補正」

「全てを担当する」


スクリーン。


半径一万キロ。


完全防衛圏。

「旗艦そのものが艦隊になる」


誰かが呟いた。


技術局長は否定しなかった。


そして。


最後の画面。


艦首。


巨大な砲口。


会場の空気が張り詰める。

《超重力砲》


技術局長。

「本艦主砲である」


敵艦隊ホログラム。


整列。


発射。


次の瞬間。


空間が歪む。


艦隊陣形が崩壊する。


巡洋艦が弾き飛ばされる。


駆逐艦が回転する。


補給艦が隊列から外れる。


会場。

「……」


誰も喋らない。


技術局長。

「敵を沈める兵器ではない」

「戦場の敵陣形を崩壊させる兵器だ」


元帥が静かに言った。

「一発で戦局を変えるなぁこれは」


技術局長。

「その通りです」


そして最後。


画面が切り替わる。

《ガーディアン・ネット》


友軍艦隊。


その周囲へ流れ込む光。

今の時点の銀河連邦は、


損傷艦保護。


撤退支援。


司令官達が目を見開く。


技術局長。

「我々はエィル戦争で学んだ」

「火力だけでは勝てない」


沈黙。


会議室の最前列。


エリシアが静かにスクリーンを見上げる。


技術局長。

「リンドウⅡ級の目的は一つ」

「艦隊を有利な戦場に変えること」

「艦隊を生存させることである」

「本艦を新世代旗艦の基準とする」


リンドウは生き残った。


だが。


同じ戦いは二度できない。


それを誰もが理解していた。



そして。


最後の議題。


【AI運用改革】


近衛AI群。


ミレイ。


レグナ。


ユグナ。


ミュー。


四人の姿が表示される。


技術院長。


「エィル戦で明らかになった問題がある」


「近衛AIへの負荷集中だ」


データ表示。


戦闘負荷。


九十七%。


九十八%。


九十九%。


会議室がざわつく。


ミレイが立ち上がる。


「報告します」


静かな声。


「我々は限界まで稼働しました」


レグナ。


「同規模戦闘が再発した場合」


「対応能力低下の可能性があります」


ユグナ。


「第二近衛AI群の育成が必要です」


ミュー。


「あと休暇も欲しいです」


会議室に小さな笑いが起きる。


張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。


だが。


誰もが理解していた。


近衛AIは兵器ではない。


彼女達もまた。


この戦争を戦い抜いた者達なのだと。


会議はまだ続く。


だがこの日。


銀河連邦は初めて本気で理解した。


エィル戦は終わった。


しかし。


次の戦いはもう始まっている。


そしてその戦いに備えるため、


艦隊も。


AIも。


戦略も。


全てを変えなければならないのだと。





極秘計画


統合技術院。


第七戦略評価室。


長時間続いた会議が終わりを迎えようとしていた。


将官達は次々と席を立つ。


技術士官達も資料を抱えて退室していく。


重厚な扉が閉じられる度に、

部屋は静かになっていった。


やがて――


残ったのは二人だけ。


エリシア大将。


そして。


銀河連邦元帥アレクシオス・ハーディン。


静寂。


巨大なスクリーンには、

まだリンドウ後継旗艦案が映し出されている。


元帥はしばらく黙っていた。


そして。


確認するように周囲を見渡す。


盗聴遮断。


通信遮断。


監視遮断。


全て緑表示。


元帥は小さく頷いた。


「これでいい」


エリシアが視線を向ける。


元帥はゆっくり椅子へ深く腰掛けた。


先程までの軍最高司令官の顔ではない。


長年戦場を渡り歩いてきた老将の顔だった。


「エリシア」


「例の件だ」


エリシアの瞳が細くなる。


「……話がついたのですね」


元帥は頷いた。


「波動文明側の評議長が力貸してくれる」


「正式ではない」


「非公式だ」


「だが協力を取り付けた」


エリシアが息を止める。


元帥はスクリーンを切り替えた。


映し出されたのは銀河地図。


銀河連邦領。


エィル文明圏。


そして。


アステリア文明圏。


その外縁。


誰も注目しない宙域。


交易路から外れた辺境。


そこに赤い光点が灯る。


元帥。


「ここだ」


「アステリア文明領外縁」


「秘密建造ドック」


エリシアの視線が止まる。


元帥。


「本来は波動の実験施設だった」


「現在は半放棄状態」


「表向き存在しない施設だ」


再び沈黙。


元帥は続ける。


「貸してくれるそうだ」


「もちろん条件付きだがな」


エリシア。


「条件は?」


元帥は少し笑った。


「完成したら見せろ、だそうだ」


エリシアも思わず苦笑する。


いかにもアステリアらしい。


技術者達らしい条件だった。


だが。


次の瞬間。


エリシアの表情が引き締まる。


「銀河連邦に知られたら終わりです」


元帥も頷く。


「もちろんだ」


「技術院も」


「監察局も」


「情報省も」


「知られてはならん!」


「特にカール派にはな」


二人の間に重い沈黙が落ちる。


エィル戦後。


カールが何を考えているか。


元帥もエリシアも理解している。


だからこそ。


絶対に知られてはならない。


元帥は腕を組んだ。


「建造名目は研究艦」


「資材は分割搬送」


「完成まで存在しないことになっている」


エリシアは静かに頷く。


そして。


迷いなく言った。


「予算は私が出します」


元帥が顔を上げる。


エリシアは続けた。


「王家保有資産」


「私名義の鉱業惑星」


「軌道工業施設」


「投資資産」


「全て使います」


元帥の眉がわずかに動く。


それは冗談ではなかった。


本気だ。


エリシアは窓の外を見た。


遠くに輝く地球。


そして。


脳裏に浮かぶのは一人の少女。


半透明の少女。


戦場で泣き。


笑い。


誰かを救おうとし続ける存在。


そら。


エリシアは静かに言う。


「私は財産に興味ありません」


「爵位にも」


「権力にも」


「名誉にも」


元帥は黙って聞いている。


エリシア。


「でも」


「守りたい人達もいる」


「守りたいものがあります」


その声は揺らがない。


「次に誰かがそらを奪おうとした時」


「今度こそ守れる力を持たせていたい!!」


静かな決意だった。


元帥は目を閉じる。


そして小さく笑った。

「まったく」

「お前は昔からそうだ」

「弱き者を見れば、その前に立ち」

「理不尽には真っ向から立ち向かう」

「正義感の強いお転婆だったな」


元帥は懐かしそうに笑う。

「私はヒヤヒヤしていたぞ」

「王族でありながら、それをひけらかすこともなく」

「相手が何人いようと引かず」

「真っ先に飛び出していくエリシアを初めて見た時はな」


元帥は肩を揺らしながら笑った。

「だが――」

「どうやら、あの頃も今も変わらんらしい」

「フゥハハハハハ!」


エリシアは呆れたように息を吐く。

「褒め言葉として受け取っておきます」


元帥。


「違いない」


二人はしばらく黙る。


そして。


元帥は最後のデータを表示した。


「銀河連邦軍の最新技術データの数々だ!」


それと。


【極秘計画】


【承認者 二名】


【元帥アレクシオス・ハーディン】


【大将エリシア・フォル・レイア】


【機密区分 最上位】


【計画名称――未定】


元帥は静かに言った。


「まだ始まったばかりだ」


エリシアはその設計枠を見つめる。


未来には階層がいる。


未知文明がいる。


そして。


再びそらを狙う者達も現れるだろう。


だからこそ。


必要だった。


兵器ではない。


監獄でもない。


誰かを守るための艦。


帰る場所となる艦。


エリシアは小さく呟いた。


「必ず完成させます」


元帥は力強く頷く。


「完成させよう」


誰にも知られず。


銀河連邦にも。


エィルにも。


多くの者達にも。


まだ知られていない。


後に銀河史を変えることになる、


一隻の高速巡洋艦計画が――


静かに動き始めたのだった。






銀河連邦政府中央議会。


首都星アーク・テラ。


銀河連邦最高議場。


その日。


議会史に残る審議が行われていた。


議場中央には巨大な銀河投影図。


そこには新たに追加された文明名が表示されている。


エィル文明。


議場は騒然としていた。


「反対だ!」


「危険すぎる!」


「我々は百四十隻以上失ったのだぞ!」


「信用できる訳がない!」


「我々よりも高位文明だぞ!いつ、寝首をかかれるか!!」


怒号が飛び交う。


議長の制止すら追いつかない。


銀河連邦創設以来。


これほど大規模な文明同盟審議は前例がなかった。


壇上。


銀河連邦政府首席代表が静かに立っていた。


その隣には元帥アレクシオス。


軍を代表して出席している。


議長が木槌を打った。


「静粛に!」


ようやく議場が落ち着く。


政府代表が口を開いた。


「銀河連邦政府として公式見解を発表します」


巨大スクリーンが切り替わる。


『第四惑星ルクス前方宙域戦』


『調査結果報告』


静寂。


代表は淡々と読み上げる。


「本戦闘は双方の意思疎通不足に起因する武力衝突が発生」


「双方とも相手文明の意図を誤認した」


「結果として戦闘へ発展した」


議場のあちこちから不満の声が漏れる。


だが代表は続けた。


「停戦交渉により誤解は解消された」


「エィル文明は友好意思を表明」


「技術協力」


「資源供給」


「安全保障支援」


「不可侵条約締結」


これらを提案している。


議場の空気が変わる。


軍部出身議員が立ち上がる。


「技術供与は事実か?」


元帥が答える。


「事実である」


「既に技術検証班による一次確認を終えた」


ざわめき。


別の議員。


「重力結晶供給もか?」


元帥。


「事実だ」


議場が揺れる。


軍事予算。


造船計画。


経済圏。


全てが変わる。


議員達の表情が次第に変化していく。


怒りから。


損得へ。


そして未来へ。


数時間にも及ぶ激論。


賛成派。


反対派。


中立派。


互いに罵倒し合いながら議論は続いた。


最終投票。


議長が宣言する。


「銀河連邦・エィル文明同盟条約」


「採決を行う」


緊張。


沈黙。


結果が表示される。


賛成。


七十二%。


反対。


二十三%。


棄権。


五%。


議場がざわめく。


議長。


「よって本件を可決!!」


「同盟条約は承認された!!」


銀河連邦史上最大規模の外交案件が成立した瞬間だった。


その三日後。


エィル圏および銀河全域へ向けた共同声明が発表される。


巨大ホログラム映像。


片側には銀河連邦最高代表。


そして反対側。


黒銀の長衣を纏うレイテ。


数千億人の市民が見守る中。


共同宣言が始まる。


レイテは静かに立ち上がった。


その声は大きくない。


だが会場の誰もが耳を傾けていた。

「エィル文明は銀河連邦との友好を望む」

「それは一時の停戦でも、利害による同盟でもない」

「未来永劫に渡り、互いを支え合う存在となることを願う」


レイテはゆっくりと会場を見渡した。

「我々は既に多くを失った」

「そして、あなた方もまた多くを失った」

「だからこそ――」

「次の時代を争いで始めてはならない」

「我々は幸福な未来を望む」

「共に生き、共に発展し、共に未来を切り開くことを望む」

「それが、エィル文明の総意である」


銀河連邦代表も続く。


銀河連邦代表はゆっくりと立ち上がった。

「銀河連邦は、エィル文明との友好と協力を歓迎する」

「我々は過去の争いを乗り越え、未来へ進まなければならない」

「双方は共に発展し、共に学び、共に支え合う友人となるだろう」


代表は会場全体を見渡した。

「そして今この瞬間より」

「銀河連邦とエィル文明は、未来を共に歩む同盟者である」

「来たるべき外宇宙の脅威に対し――」

「共に戦い、共に生き抜き、共に未来を切り開こうではないか!」


拍手。


歓声。


しかし全員が喜んでいる訳ではない。


街では様々な声が上がる。


「本当に信用していいのか?」


「高位文明だぞ?信用できるのか?」


「また戦争になるんじゃないか?」


「でも技術は欲しいし利権も欲しい!」


「これから技術革新が起こる!!全てが潤う!!」


「軍人達は賛成してるらしいぞ」


「なんで、あれだけの戦死者がでて、すぐに同盟??おかしいんじゃあないか??」


世論は割れていた。


歓迎。


不安。


期待。


警戒。


疑問??。


どれも存在する。


それでも同盟は動き始める。


その頃。


シールド戦艦臨時旗艦。


展望デッキ。


そらは静かに星空を見上げていた。


遠く。


エィル文明が存在する方向。


近衛AI達も後ろにいる。


ミレイが聞く。


「どう思う?」


そらは少し考えた。


そして静かに答える。


「……分からない」


近衛達がそらを見る。


そらは星を見つめたまま続ける。


「でも」


「戦争が終わったのは嬉しい」


風が吹く。


静かな夜だった。


「エリシアも」


「カイも」


「レイテも」


「ジェミニも」


「みんな傷ついた」


「だから」


そらは少しだけ微笑む。


「今度は戦うためじゃなくて」


「一緒に未来を作れたらいいなって思う」


誰も答えなかった。


だが。


近衛AI達は少しだけ表情を和らげる。


遠く銀河の彼方。


エィル文明もまた同じ空を見上げている。


こうして。


エィル文明、第四惑星ルクス前方宙域戦は終結した。


そして銀河史は新たな時代へ進む。


『銀河連邦・エィル文明同盟時代』


その第一歩が静かに刻まれたのだった。




静かなる視線


銀河の外縁。


誰も到達したことのない領域。


恒星はない。


惑星もない。


光すら届かない。


そこは宇宙というより、


「宇宙の外側に出来た傷跡」


だった。


空間は黒くない。



白くもない。


色という概念そのものが曖昧だった。


重力もない。


時間もない。


距離すら存在しない。


それでも、

何かがいた。


巨大。


圧倒的。


観測不能。


銀河文明が知る生命の定義から外れた存在。


階層。


その一端。


それは静かに漂っていた。


眠っているようにも見える。


死んでいるようにも見える。


だが違う。


考えていた。


観測していた。


待っていた。


その中心。


無数の光点が浮かぶ。


それは星ではない。


銀河でもない。


文明でもない。


可能性。


未来。


因果。


無数の世界線。


それらを眺める巨大な意識。


その中で。


一つの光が揺れた。


小さい。


極めて小さい。


本来なら見逃す程度。


だが。


その光は何度も揺れた。


繰り返し。


繰り返し。


世界線を歪ませながら。


反応。


発生。


原因解析開始。


言葉ではない。


概念。


認識。


理解。


それらが一瞬で共有される。


因果変動。


許容範囲外。

観測。

未知因子確認。

再観測。

再演算。


そして。


巨大な意識群が初めてその名を認識する。

アカシックそら。


静寂。


だが。


その静寂は長く続かなかった。


別の意識が反応する。

情報生命体候補。

未完成。

異常。

監視対象。

さらに別の意識。

危険度上昇。

干渉能力確認。

世界線改変確認。

抹消推奨。


無数の意思が交差する。


だが。


その時。


さらに別の光が現れる。

エィル文明。

反応。

古代超異文明残滓確認。

生存継続。

ルクス確認。

レイテ確認。

ジェミニ確認。


その瞬間。


空間全体が微かに震えた。


まるで古傷が疼いたように。

記録照合。

一億年前。

文明名照合。

失敗。

殲滅完了済み。

生存個体確認。

誤差発生。

修正対象。


巨大な意識が静かに動く。


ほんの少し。


それだけで。


周囲の世界線が崩れ始める。


銀河数百個分の因果が歪む。


だが。


さらにその奥。


もっと深い場所。


階層のさらに上位。


誰も知らない領域。


そこにいた何かが。


ゆっくりと目を開く。

…………。


それは声を持たない。


だが。


確かに思考した。

まだ早い。

静寂。

観測継続。


その一言だけで。


先ほどまで騒がしかった階層意識群が沈黙する。


命令。


絶対命令。


逆らうという概念すら存在しない。

観測継続。

銀河連邦。

エィル文明。

アステリア文明。

アカシックそら。

全対象監視。


そして。


その意識は最後に。


一つの未来を見た。


まだ誰も知らない未来。

巨大な銀河戦争。

崩壊する恒星。

砕ける銀河。

立ち上がる無数の文明。

その最前線。

一隻の艦。


そして。


その前に立つ。


一人の少女。

アカシックそら。


その姿を見つめながら。


階層は再び沈黙する。


まだ動かない。


まだ手を出さない。


まだ時ではない。


だが。


確実に。


ゆっくりと。


銀河へ意識を向け始めていた。


その視線は。


まるで深海の底から見上げる捕食者のように。


静かに。


確実に。


迫り始めていた。






エィル母星


中枢機関アーク・ルミナス


エィル文明の心臓部。


白銀の巨大塔が蒼空を突き抜けるように伸びていた。


塔の周囲には幾重もの浮遊環。


環の内部を青白い光が流れ続けている。


まるで星そのものが生きているかのようだった。


その最上層。


中央評議会特別会議室。


壁は存在しない。


透明な障壁だけが外界を遮り、


その向こうにはエィル母星の景色が広がっていた。


浮遊都市。


軌道エレベーター。


遠くに見える宇宙港。


さらにその先。


アークリメインとの戦線へ向かう艦隊群。


エィル文明は今も戦時下にあった。


静かな会議室の中央。


レイテは立っていた。


黒銀の長衣。


長く流れる銀髪。


その美しい顔には隠しきれない疲労が残っている。


銀河連邦との戦いから今日まで。


彼女は一度も休んでいなかった。


こともありアークリメインの戦線は維持されていた。


エィル本星防衛。


評議会対応。


同盟交渉。

そして――


創造主メビュースの魂の捜索。


全てを背負っていた。


その前に三人の姿がある。


レイナード・ヴァル。


エィル中央評議会首席代表。


穏やかな笑みを浮かべている。


誰が見ても好々爺。


だが評議会の誰もが知っている。


本当に怒った時だけ。


彼は笑う。


そのため誰も怒らせたくない。


今日も笑顔だった。


片手に胃薬を握っている事を除けば。


隣では外交副長クロ・セルヴィスが大量の端末を抱えていた。


既に額には汗。


まだ出発前である。


それなのに疲労感が漂っていた。


そして。


椅子の上に座っている小さな少女。


リリ。


エィル文明中核AI。


年齢四千年以上。


その瞳は無機質な光を宿していた。

「レイテ様」


リリが静かに口を開く。


声音は幼さを感じさせない。


冷静で、均質で、機能的。

「ジェミニ様の地球常駐は、戦力配分上リスクが高いと判断します」


会議室が静まる。


クロが小さく息を吐く。


レイナードは胃薬を追加した。


レイテは静かに頷く。

「ええ」

「それでも必要よ」


クロが恐る恐る口を開いた。

「本当に必要でしょうか……」

「外交的にも、戦略的にも不確定要素が多すぎます」

「地球側も同様に不安を抱くでしょう」


レイナードも苦笑する。

「私も同意見ですね」

「ですがレイテ様は既に決断されているのでしょう?」


レイテは窓の外を見る。


遠く。


宇宙港。


そこにはルクス艦が停泊していた。

創造主メビュースが残した最後の艦。


そして。


彼女達姉妹を守り続けた家。

レイテは静かに言った。

「ジェミニは変わったわ」


クロが瞬きをする。


レイナードも目を細めた。


レイテは静かに続けた。


「私は、あまりにも長い時を生きてきた。」


その声は穏やかだったが、その奥には一億年という歳月の重みが滲んでいた。


「エィルという種族が初めて大地に立ち、一つの文明として歩み始める――その、はるか以前から私は存在している。」


一度、静かに目を閉じる。


「その長い年月の中で、私は数え切れないほどの惑星内文明を見届け、多くの出会いと別れを経験してきた。」


「それでも……。」


ゆっくりと、脳内のそらを見つめる。


「私は、一度として出会えなかった。」


「いるかどうかさえ分からない。」


「確証すら持てなかった存在に。」


わずかな沈黙。


「けれど、ついに出会ってしまった。」


その瞳には、抑え切れない熱が宿る。


「長い時をかけて追い求め、諦めることすらできなかった可能性。」


「その手掛かりが、今、私の目の前にある。」


レイテは小さく拳を握り締めた。


「……この機を逃せば。」


「私は、もう二度と創造主メビュース様に辿り着くことはできないかもしれない。」


「だから私は、この可能性に賭ける。」


「たとえ、その可能性が限りなくゼロに近かったとしても……私は手を伸ばさずにはいられないの。」


その言葉の意味を、


この場の全員が理解していた。


アカシックそら。


創造主メビュースに繋がるかもしれない唯一の存在。


レイテは小さく笑う。

「だからジェミニは離れない」

「何があってもね」


クロが小声で呟く。

「……レイテ様がそこまで執着される存在、ということですね」


レイナードが真顔で頷いた。

「ええ、極めて重大です」


二人は静かに視線を交わした。


レイテは軽くため息を吐く。

「だからこそ」

「あなた達に行ってもらう」


空気が変わる。


評議会代表。


外交副長。


文明中核AI。


エィルにとって極めて重要な人員だった。


レイナードが姿勢を正す。

「正式な地球派遣団ですね」


レイテは頷く。

「銀河連邦との同盟は始まったばかり」

「ここで失敗は許されない」


クロが端末を確認する。

「大使館運営」

「技術交流」

「軍事連携」

「文化交流」

「共同研究」

「全て同時進行……了解しました」


既に覚悟を決めた顔だった。


レイテは一歩前に出る。

「クロ・セルヴィス」

「前へ」


クロが慌てて姿勢を正す。

「は、はい!」

レイテは厳かに告げた。

「あなたをエィル文明地球派遣団、次席公大使に任命します」


空気が張り詰める。


クロの目が見開かれた。

「……私が、ですか」

「はい」

「あなたの調整能力と現場対応力は、この任務に最適」


クロは一瞬だけ目を閉じ、


深く息を吸った。

「……拝命いたします」


その声には迷いはなかった。


レイテは頷く。


次に視線をリリへ向ける。

「リリ」


リリは静かに立ち上がる。

「はい、レイテ様」


レイテ

「あなたを地球派遣団視察官に任命します」

「全任務の監査、補助、及び緊急時の判断支援を担当」


リリは一瞬だけ沈黙し、


その後、機械的に応答した。

「任命を受諾します」

「全機能を任務に最適化します」


その声は完全に中核AIだった。


レイテは小さく頷く。

「それと」


全員が彼女を見る。


レイテは静かに告げた。

「ジェミニは前線から帰還後、地球銀河連合の大使兼連絡将校として正式に任命されるわ」


空気が一瞬止まる。


クロが息を呑む。

「……将軍位、ですか」


レイナードがゆっくりと頷いた。

「銀河連合側が用意した地位……つまり、完全な軍事・外交の橋渡し役」


リリの瞳がわずかに光を強める。

「戦力としてではなく、象徴としての配置……合理的です」


レイテは静かに続ける。

「ええ」

「だからこそ、あなた達が支えるの」

「ジェミニ一人に全てを背負わせるわけにはいかない」


クロは強く頷いた。

「了解しました」


レイナードも穏やかに微笑む。

「全力で補佐いたしましょう」


レイテは小さく息を吐き、


そして最後に言った。

「そらを頼みます」


その瞬間。


会議室の空気が変わった。


政治でもない。


外交でもない。


もっと個人的な願い。


レイナードは頷く。

「承知しました」


クロも真剣な顔になる。

「全力を尽くします」


リリは一瞬だけ表情を緩めた。

「任務外なら、ちゃんと守るよ、マザー」


その言葉だけは、どこか幼い響きを帯びていた。


レイテは小さく微笑む。


そして窓の外を見た。


遥か彼方。


青い星。


地球。


そして。


そらがいる。


レイテは静かに目を閉じる。


次の瞬間、誰にも知覚されることのない思考リンクが開かれた。


その先にいるのは、一人。


ジェミニだった。


(ジェミニ……。)


(これから先も、そらを常に観測しなさい)


レイテの思考は穏やかだった。


だが、その奥には誰にも見せない執念が宿っている。


(私は、あなたの見たものを通して、そらを見続ける)


(私には持ち得なかったもの…)


(あの子だけが持つ領域を理解するために)


(そして、いつの日か――私自身も、その領域へ辿り着くために)


一瞬だけ、思考が途切れる。


その沈黙には、一億年という歳月の重みが滲んでいた。


(本来なら、今はアーク・リメインとの戦争の最中)


(最高戦力であるあなたを戦線から外すことは、決して小さな損失ではない)


(できることなら、私の傍で共に戦っていてほしかったけれど)


レイテはゆっくりと息をつく。


(……それでも)


(私は、この可能性を逃すわけにはいかない)


(途方もない年月を掛けても、見つからなかった希望が、今ようやく目の前に現れたのだから)


その思考は静かに、しかし力強く続く。


(ジェミニ)


(あなたに託します)


(どうか、そらの歩む未来を見届けなさい)


(そして、そのすべてを私へ届けるのです)


(……任せたわ、ジェミニ….)


思考リンクは、音もなく閉じられた。


その想いは、誰にも聞こえない。


誰にも知られない。


だが確かに――




地球銀河連邦軌道要塞アーク・ガルディア案内



地球静止軌道。


青く輝く地球を見下ろす宇宙空間に、巨大な人工都市が静かに浮かんでいた。


軌道要塞アーク・ガルディア。


全長百二十キロ。


銀河連邦最大級の外交・軍事中枢施設。


幾重にも重なるリング構造は、それぞれが独立した都市機能を持ち、外交、商業、軍事、居住と役割を分担している。


その巨大要塞へ――


一隻の艦が静かに接近していた。


エィ文明が誇る最強のルクス戦闘艦


白銀色の艦体は砲門を開くこともなく、ただ一定速度で進んでいる。


それだけ。


本当に、それだけだった。


しかし司令室の空気は戦闘前と変わらないほど張り詰めていた。


「エィル文明所属のルクス艦、予定航路を維持しています。」


観測員の報告に、司令官は無言で頷く。


巨大スクリーンには白銀の艦影。


静かだ。


静かすぎる。


だからこそ恐ろしい。


ルクス戦を経験した士官が小さく呟いた。


「……一隻なんだよな。」


隣の士官も画面を見つめたまま答える。


「そうだ。」


「だが、あれ一隻でリンドウ旗艦を戦闘不能にした。」


誰も反論しない。


今は同盟国。


もう敵ではない。


理屈では理解している。


それでも身体だけは覚えていた、圧倒的な死を運ぶ。


宇宙で初めて出会った、自分達より上位の文明を。


その記憶は簡単には消えなかった。


そして同時に――


その艦に乗っている者達が、今は味方であるという現実もまた、まだ完全には受け入れきれていなかった。


・・・


歓迎ムードのドック内。


銀河連邦軍儀仗隊が一直線に整列している。


姿勢は美しい、整列していた。


だが肩には力が入り過ぎていた。


ハッチがゆっくり開く。


最初に降りたのはレイナード。


柔らかな笑顔。


穏やかな歩き方。


誰が見ても親しみやすい老人だった。


その姿に、張り詰めていた空気がほんのわずかに緩む。


続いてクロ。


大量の端末。


大量の資料。


そして胃薬。


「……まだ着いただけですよね。」


小さく呟いて薬を飲む。


その様子に、近くの兵士が思わず目を丸くした。


最後尾から元気よく飛び出したのはリリだった。


「わぁー!地球ー!」


完全に気分は観光客だった。


その無邪気さに、儀仗兵の一人が思わず口元を緩める。


そして最後。


ジェミニ。


その姿を見た瞬間。


儀仗兵達の表情が固まる、何故かジェミニの顔写真が出回っていてそれがSS1のパイロットだったからだ。


ジェミニは直ぐに違和感に気づき首を傾げた。


「なに?」


兵士達は反射的に背筋を伸ばす。


「い、いえ!」


ジェミニは小さく肩を竦める。


「変なの。」


その一言だけで兵士達はさらに緊張した。


その様子を少し離れた場所から見ていたそらは、思わず小さく笑った。


それが少しだけ可笑しくて、そしてどこか安心する光景でもあった。


・・・


午後。


エィル同盟国歓迎会場。


ジェミニは席へ着くなり迷いなく言った。


「案内人はそら。」


空気が止まる。


向かいの席に座るエリシアは一拍も置かず答えた。


「却下。」


ジェミニが眉を上げる。


「まだ理由も言ってないわ。」


「理由が貴女だからよ。」


会議室が静まり返る。


カイが吹き出した。


「正論すぎる。」


ジェミニは口を尖らせる。


「失礼ね、仮にも同盟を組んでいる相手に言うセリフでは無いと思うのだけれど?」


その瞬間。


そらの後ろに立つ、近衛AI四人が同時に答えた。


「事実です。」


「危険人物認定済み。」


「監視対象。」


「接近警戒。」


ジェミニは額を押さえる。


「あなた達、本当に息ぴったりね。」


そらはその様子を見ながら、思わず小さく笑ってしまった。


(ジェミニさんは警戒されているなぁ…。)


本当なら緊張していてもおかしくない相手。


なのに今は、その光景がどこか微笑ましく見えてしまう。


第四惑星ルクス前方宙域で戦っていた頃にはこういう日々が来ることなど、想像もできなかった。


あの時は、誰もが明日を迎えられるとは、思いもしなかっただろう。


だけど今は違う。


こうして皆が言い合って、笑って、同じ場所を歩いている。


それだけで嬉しい。


(悲しいことはたくさんあった)


(だからといって、いつまでも落ち込んではいられない)


(前へ進まなくては……先に逝った者たちに顔向けができない)


(だからこそ今はだけは笑っていたい)


失ったものは戻らない。


それでも、生きている人達には今日がある。


だから私は、今日を大切にしたい。


そんな思いが、胸の奥で静かに広がっていた。


・・・


翌日。


第一リング。


外交区画。


巨大な平和記念碑の前。


そらは穏やかな声で説明する。


「ここには過去の戦争で亡くなられた方々のお名前が刻まれています。」


ジェミニは記念碑を見上げる。


「思ったより普通ね。」


一瞬で空気が凍った。


クロが飛び出す。


「ジェミニ様!ここはそういう事慎む場です!」


レイナードも慌てて笑顔を向ける。


「まず話を聞きましょう。」


ジェミニは真顔だった。


「普通と言っただけよ?」


クロは頭を抱える。


「お願いですから思ったことを全部口にしないでください!」


そらは少し困ったように笑う。


(ジェミニさん、本当に悪気はないんだよね。)


言葉を選ばないだけ。


だから毎回クロさんが苦労する。


そらはクロを見る。


(……本当に大変そう。)


クロはもう二度目の胃薬を飲んでいた。


・・・


第二リング。


商業区画。


人々で賑わう巨大ショッピングモール。


リリはあちこち見回している。


「あのスイーツ!綺麗!」


「美味しそう!」


「あとで!」


クロは即答した。


「仕事中です!」


リリは頬を膨らませる。


「一個だけ!」


「ダメです!」


そらはそのやり取りを見て、思わず吹き出した。


(リリちゃん……本当に四千歳なのかな……)


ふと、そらは優しく微笑む。


(きっと、エィルのみんながAIではなく、一人の人として接してくれているからなんだろうな……)


リリは、四千年という時を生きてきたとは思えないほど、子どものような無邪気さを失っていなかった。


その姿に、周囲の子供達まで笑顔になっていた。


その光景を見て、そらは自然と笑顔になった。


「それじゃあ、次は第二リングをもう少し見てから、第三リングへ行きましょう!」


その声は明るく、どこまでも軽やかだった。


周囲の空気まで少しだけ和らぐ。


エリシアは小さく息をつく。


「……本当に」


「その笑顔には敵わないわね、そら」


カイも苦笑する。


「さっきまで空気が重かったのにな」


近衛AI達も静かに頷いていた。


ミレイは分析結果を心の中で更新する。


(精神状態――安定)


ユグナ。


(周囲の緊張度、三十二%低下)


レグナ。


(場の雰囲気改善を確認)


ミューは小さく笑った。


「やっぱり、そらさんが笑っていると安心します」


その言葉に、そらは少し照れたように笑う。


「えへへ……ありがとう」


その笑顔につられるように、レイナードも笑う。


クロも、思わず肩の力を抜いた。


リリは元気よく手を挙げる。


「次はスイーツ屋さんですよね!」


「違うよ」


そらは笑いながら優しく答えた。


「ちゃんと案内が終わってからね」


「えぇ~!」


そのやり取りを見て、周囲の兵士や市民からも自然と笑い声が漏れる。


まだ互いに警戒心は残っている。


それでも。


こうして笑顔が少しずつ広がっていくことこそが、戦いは終わった証なのかもしれない。


・・・


第三リング。


軍事区画。


艦隊統制センター。


巨大な戦術モニターを見渡したジェミニは一言。


「古い。」


室内が静まり返る。


軍技術士官達が固まった。


ジェミニは悪びれない、素直に言葉を吐く。


「二世代くらい前ね、骨董品を見ているみたい?」


クロが慌てて割って入る。


「ジェミニ様!この場は思った事を言っては駄目です!!」


レイナードも穏やかに補足する。


「技術体系が異なるだけですね?ジェミニ様?」


ジェミニは首を傾げる。


「でも優劣はあるでしょう?」


「だから言わないでください!ここは説明を聞いて頷く所です!!」


クロの悲鳴が施設中に響いた。


カイは呆れた顔で。


「お前ほんと余計なことしか言わねぇな。」


ジェミニは胸を張る。


「褒めてる?」


「違う。」


即答だった。


・・・


近衛AI達も容赦がない。


ミレイ。


「監視継続。」


ユグナ。


「危険度、高。」


レグナ。


「そらへの接近距離を維持。」


ミュー。


「今日は五回目です。」


ジェミニは苦笑した。


「本人の前で言う?」


ミューは真顔だった。


「聞こえるように言っています。」


そらは四人を見ながら苦笑する。


(みんな、本当に私を守ろうとしてくれてなぁ…)


その温かさが胸に染みる。


同時に少しだけ思う。


(……私は、みんなに心配ばかりかけてる、しっかりしなくてはならない)


それでも。


こうして笑い合える時間がある。


それだけで十分幸せだった。


・・・


周囲から見れば奇妙な一団だった。


銀河連邦軍の英雄エリシア大将市民に絶大な人気。


ミステリアスなAIそら


銀河連邦が誇る最強の一角近衛AI4人衆


高位文明エィル外交団。


銀河連邦軍艦隊を恐怖のどん底に貶めたジェミニは好き放題喋り。


カイは全力でツッコミを入れ。


近衛AIは警戒を解かずジェミニの双璧で立ち塞がる。


クロはジェミニの悪気が無い振る舞いに胃薬を飲み続け。


リリは観光気分。


レイナードは周囲に笑顔で謝り続ける。


そして。


そらだけが、その全員を見ながら静かに微笑んでいた。


(こんな未来になるなんて。)


殺し合いをしていた頃には想像もできなかった。


文明同士が笑い合う日。


まだ完全な信頼ではない。


不安も警戒も残っている。


それでも。


この一歩は、きっと意味がある。


そう思えた。


遠巻きに見ていた兵士が小さく呟く。


「……同盟って成功したんだよな。」


隣の兵士も苦笑する。


「成功した。」


「だけど……。」


ジェミニと近衛AI達がまた言い合いを始める。


クロが慌てて止めに入り。


カイが大笑いしている。


兵士は肩をすくめた。


「戦争の時より騒がしい気がする。」


その言葉に、周囲の兵士達は揃って笑いながら頷くのだった。


そらは青く輝く地球を見上げ、小さく心の中で誓う。


(今日も、みんなが笑って過ごせますように。)


その願いは静かだった。


けれど、誰よりも強かった。


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