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アカシック8


第四惑星ルクス宙域 ――拒絶領域と意志の衝突




宇宙空間は、異様だった。


第四惑星ルクスを中心に、


超巨大な球体ワープ阻害フィールドが展開されている。


それは単なる防御ではない。


侵入を拒むのではなく――


“到達そのものを否定する領域”。


第四惑星ルクスから超巨大な球体ワープ阻害フィールドを展開して、母星まであらゆる文明が直接母星にワープでいかないように措置している、

このフィールドに触れた瞬間、強制ワープアウトさせられる。


そして――


銀河連邦艦隊は、それに触れた。


空間が歪む。


時間がずれる。


座標が崩壊する。


強制ワープアウトさせられたエリシア旗艦大艦隊は。


一瞬で、弾き出された。



そら達が未来を決する戦いを繰り広げる15分前、第四惑星ルクス宙域。


旗艦リンドウ艦橋。


艦内に警報が鳴り響く。


エリシア

「何が起こった!報告を!」


戦術AI

「強制ワープアウト!現在座標、、、」


その言葉の途中で、情報が乱れる。


座標が定まらない。


観測が確定しない。


カイ

「なんだこれ……空間が安定してない……!?」


副官

「こんな現象、データにないぞ……!」


エリシアは黙って前方を見据える。


エリシア(内心)

(ワープを“弾かれた”?)


(そんな技術……あり得るのか?)


(いや……ある)


(そらがあの時消失させられた、なんらかの技術なら……)


その時だった。


全員の意識に“声”が侵入する。


五分前…..第四惑星ルクス


中枢、統合制御室内


警報が鳴り響く、室内は蜂の巣を突いた状況


その一角で


レイテ

「……繰り返せ」


オペレーター

「現在、銀河連邦艦隊らしき艦船が、ルクス宙域へワープアウト確認!」


「艦船数は、、、1000隻以上!?」


レイテの表情は変わらない。


だが内側では、明確な違和感が走っていた。


レイテ(内心)

(何故……?)


(そらはルクスで別次元から因果拘束アンカーを使用して拘束している)


 (我々は感知されていなかったはず、、)


(ならば何故、ここに辿り着けた?)


一瞬の高速思考の後、即座に判断する。


レイテは通信を開く。


レイテからジェミニに通信。


そして、レイテは広域思念共鳴通信を行使する。


その時、銀河連邦軍全兵士の頭の中に女性らしき声が、、、


レイテ

「ここはエィル文明の領域だ!」


「そうそうに立ち去れ!立ち去らなければ」


「お前達蛮族を排除する!」


艦橋の空気が凍る。


銀河連邦兵士達

「‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎!?」

「なんだコレは‼︎」

「頭の中に‼︎」


銀河連邦全兵士達は驚愕する。


カイ

「通信じゃない……直接頭の中に……!」


副官

「脳に……侵入されてる……!?」


エィルの能力者の遠隔思念通信、遠隔思念者を介してレイテが語りかける


エリシアは立ち上がり、一歩前に出るそして、、


エリシア

「私は地球銀河連邦所属エリシア大将!あなた方の星系に我々の大切な方が居る!私は争う気は無い!探すのを黙認もしくは手伝っては貰えないだろうか?」


あえて声に出す。


エリシアは冷静に声を出して応答する、相手の出方を見る。


エリシア(内心)

(挑発ではない)


(交渉だ)


(まずは“敵意がない”と示す)


(だが……)


(引く気はない)


一瞬の沈黙。


そして返答。


レイテ

「私はエィル統合総括総督そんな者は居ない!!そうそうに立ち去れ!!」


即答。


拒絶。


余地はない。


エリシア

「聞く耳持たないのですね」


その一言の後。


内側で何かが切れる。


エリシアが心の底から怒りが湧いて出てくる!?


エリシア(内心)

(……やはりそうか)


(隠している)


(確実にいる)


(そらは――ここにいる!!)


次の瞬間。


エリシア

「そらから座標は受け取っている!お前達が奪ったそらを返せーー!?」


それは、初めて見せる激情の怒りだった。


純粋な怒り。


指揮官としてではない。


“個”としての叫び。


エリシア旗艦指揮官室士官たち

「!?!?!?!」


カイ(内心)

(エリシアのマジギレ、、、怖!?)


(でも……)


(本気だ……)


(俺も必ずそら必ず見つけ出す!)


その言葉は、


ルクス中枢にも届く。



レイテは沈黙する。


一瞬。


だがその内側では、すべてが繋がる。


レイテ内心

(そらが…..座標…….?)


(そうか……あの時…….)


(そういう事か……..)


(あの時のそらの抵抗は….)


(やられた!)


記憶が蘇る。


拘束時の“違和感”。


完全に封じたはずの存在。


だが一瞬だけ、


外へ“何か”が流れた。


それが――


今ここに繋がっている。


レイテ(内心)

(情報を……逃がした……?)


(拘束状態で?)


(あり得ない……だが現実だ)


そして同時に。


ジェミニの観ている事はレイテも共有、レイテもしかり


ジェミニ側の観測と同期する。


未来が揺れている。


そらが干渉している。


レイテは、静かに息を吐く。


そして。


レイテ

「、、、では戦場で合間見えましょう」


声は落ち着いている。


だがその奥には――


明確な戦意。


レイテは不敵に笑う


その笑みは、相手に直接送り込まれる。



エリシアの頭の中で見知らぬ女性が不敵に笑った。



エリシアは目を細める。


エリシア(内心)

(この女……)


(ただの司令官じゃない)


(危険だ)


(でも――)


拳を握る。


エリシア

「……上等だ」


静かに言う。


だが、その声には確信がある。


エリシア(内心)

(そらは生きている)


(だから座標を送れた)


(なら――)


(必ず取り戻す)


艦橋に、再び緊張が走る。


戦術AI

「敵対意思、確定」


カイ

「来るぞ……」


副官

「全艦!戦闘準備!」


オペレーターが一斉に各艦に通達する。


宇宙は、静かだ。


だがその静けさは、もう意味を持たない。


なぜなら――


この戦いは、


すでに“意思”の段階で始まっているからだ。


そして第四惑星ルクスの中枢の奥で。


レイテは静かに呟く。


レイテ(内心)

(そら……)


(あなたは想定以上ね)


(だが――)


目を閉じる。


レイテ(内心)

(それでも、こちらが上だ)


だがその確信に、


わずかな“亀裂”が入っていることに――


まだ気づいていない。




第四惑星ルクス宙域――最終防衛線前哨戦。


宇宙は、静かだった。


だがその静けさは、平穏のものではない。


砲火の前。

決意の前。

そして、数千の艦艇がぶつかり合う直前にだけ訪れる、硬く張り詰めた沈黙だった。


エリシア旗艦艦隊は、すでに動いていた。


強制ワープアウトの混乱から立ち直ると同時に、エリシアは一瞬の迷いもなく命令を下していた。


「全艦、移動陣形形成」


リンドウ旗艦艦橋の空気が、一気に切り替わる。


「進路、エィル母星」


その一言で、艦隊全体が“奪還艦隊”から“突破艦隊”へと姿を変える。


旗艦を中核に、高速戦艦群が楔形に前へ伸びる。

両翼には重巡洋艦と宇宙軽巡。

さらに外側で高機動駆逐艦《ヴァルチャー級》が、群れではなく刃のように配置される。

後方では二隻の航空母艦が、スカイ直率二個大隊と無人航空機二個大隊発艦準備を進めていた。


シールド戦艦、二隻。


まだ二隻しか量産が間に合っていない。


存在するのは、わずか二隻。


プロトタイプ艦、一隻。

一番艦、一隻。


それでも、外せなかった。


「この二隻が、盾になる」


エリシアは、開戦前にそう断言していた。


そして今、その言葉通り、二隻の盾艦は艦隊の最前面と中央防護軸に配置されている。


その後ろ。


航空母艦二隻。

スカイ直率、二個大隊と無人航空機二個大体

高速展開・即応部隊。


さらに。


高速戦艦百隻。


突破役。

囮役。

護衛役。


速度と火力の両立。


残りの艦艇は、戦艦、電子戦艦、駆逐艦、巡洋艦、支援艦。


すべてが、

「そらを取り返すためだけ」に再編成された。


この時点での銀河連邦軍戦力は、総数千四百隻。


数字で言えば千四百。

だが、その密度は単なる数ではない。


ひとつの意思で再編成された艦隊は、それだけで通常の軍団よりも重い。


一方。


第四惑星ルクス、統合作戦司令部。


レイテは戦術投影の前に立っていた。

彼女の周囲には光の層が幾重にも重なり、星図と予測線が静かに明滅している。

そこに映るのは、エリシア旗艦艦隊の進路。


まっすぐだった。


躊躇がない。

敵星系深部へ進むには危険すぎるほど、まっすぐだ。


レイテは小さく息を吐いた。


「……やはり来る」


誰に向けた言葉でもない。

だが、その声をジェミニは聞いていたし、司令部に控える原始AIリリも共有していた。


レイテの指が空中をなぞる。

投影された戦場図が変化する。


「第四惑星から六百隻、移動」


即座に応答が返る。


「了解」


「第一群、前進。第二群、迂回。第三群、ジェミニ艦との合流軸を形成」


レイテの声は冷静だった。


「エリシア旗艦艦隊の進路を塞ぐ形で迎え撃つ」


星図上で、青白い線が銀河連邦艦隊の進路をなぞり、その前方にエィル艦群が展開していく。


「残り六百隻は母星軌道上に防御陣形を形成」


別の層が開く。

エィル母星。

その軌道上に、同心円状の防衛ラインが次々と築かれていく。


「ルクス戦闘艦と共に配置」


「ここを最終防衛ラインとする」


司令部の空気がさらに冷える。


それは“退く”という意味ではない。

“ここを抜かせない”という意味だった。


レイテ(内心)

(銀河連邦は、まだ気づいていない)


(そらは別次元拘束下にある)


(見つけられるはずがない)


(それでも来た)


(なら……)


その瞳がわずかに細くなる。


(あなた達は、勘ではなく“意思”でここに来たのね、エリシア)


その時、別回線が開いた。


ジェミニ。


彼女の機体ノクス=ヴェクターは、すでに前進を開始していた。


「配置は見えているわ」


ジェミニの声は静かだ。

だが、その奥に熱がある。


レイテは答える。


「前衛六百で進路を塞ぐ。あなたはその刃になって」


「ええ」


短い返答。

それだけで十分だった。


ジェミニの奮戦の幕開けである。


二倍の戦力差をものともせず、挑む。


実際の数字だけを見れば、銀河連邦軍千四百隻。

エィル前衛軍六百隻。


比率で言えば、およそ七対三。

ほぼ二倍以上の差。


通常なら、迎撃側が押し潰される。


だが――


ジェミニがいる。

そしてレイテが、戦場全体を読んでいる。


ただし、完全ではない。


ジェミニは前進しながら、小さく目を細めた。


ジェミニ(内心)

(未来線が……鈍い)


(そらの干渉……まだ続いているのね)


本来なら、彼女は未来線補助で敵の選択肢を削り、“当たりやすい未来”へ戦場を誘導できる。

だが今は違う。

そらの妨害で未来線が使用不能状態にある。


それでも、ジェミニは笑う。


(いいわ)


(見えないなら、切り裂けばいい)


第四惑星ルクス前方宙域。


エィル前衛艦隊が展開を終える。


高速迎撃戦闘艦《Interceptor》が、前面の薄い刃として散開する。

全長百二十から百八十メートル。

速度最優先。

被弾=ほぼ撃沈。

その代わり、敵陣突破や先制攻撃のために存在する艦種。


その後方に、高速戦術戦闘艦《Tactical Frigate》。

アルやレイラが乗る主力艦種――だが今回は、エィル人は誰も乗っていない。


無人。


すべてAIのみで運用されている。


だから、どの戦闘艦も人を気にしない動きが可能だ。

急制動も。

異常旋回も。

常識外れの相対運動も。


ただし、能力者が居ないので戦闘ワープは使用不能状態。


それでも充分すぎるほど脅威だった。


さらに奥に、高速制圧戦闘艦《Assault Cruiser》。

多砲塔実体砲と面制圧兵装を備えた、押し込みの要。


最後方には、高速指揮戦闘艦《Command Ship》。

直接火力は低い。

だがAI中枢搭載、未来線補助。

失われれば戦局が一気に悪化する、真の中核。


そして、そのすべての前に。


小さな影が、ひとつ。


ジェミニ専用戦闘艦。


艦隊戦の主役ではない。

艦隊戦の結論を、短時間で決めるための“狩猟艦”。


その姿を見た瞬間、ジェミニ自身もわずかに眉を寄せた。


ジェミニ(内心)

(あの大型戦艦……?は何だ?)


遠方、銀河連邦陣形の最前列。

異様に巨大な一隻の艦。


(……知らない構造ね)


(注意しておこう….)


シールド戦艦の情報はジェミニは持っていない。


一方、銀河連邦艦隊側。


旗艦艦橋。


前方に広がるのは、エィル前衛六百隻。

だが、その密度は数字以上だった。


カイが息を呑む。


「……六百?」


副官が、苦い顔で言う。



「六百に見えないな」


戦術AIが淡々と補足する。


「敵艦種分布、速度偏重」


「前衛軽量艦多数。突破型配列」


一拍。


「六百隻の戦闘艦の中に一隻だけ違う個体を確認、通常艦とは異なる動きを確認」


エリシアは正面を見たまま思う。


(なんだか分からないが、あの艦から嫌な気配を感じる……?)


ほんの短い沈黙。


「……注意した方がいいわね」


彼女は即座に命じる。


「あの個体をSS1と呼称を命名する」


戦術AI

「了解……」


カイは、まだその正体を知らない。


銀河連邦は、ジェミニのことをまだ何も知らない。


艦橋に緊張が走る。


エリシアはゆっくりと前へ出た。


「全艦、陣形固定」


「第一防御線、シールド戦艦前進」


「高速戦艦群、三層展開」


「空母は後方、スカイ大隊を待機状態から第一即応へ」


命令が次々に飛ぶ。


その時。


最前衛のシールド戦艦内部。


近衛AI四人衆を中核とし地球リンク世界AI群が、一斉に演算を始めていた。


近衛AI4人衆

「前衛艦船に敵艦の面制圧砲接近、シールドビット全機高速展開」


シールド戦艦の前方に備えられた三枚の巨大な盾。

その一枚が――橋からぼろぼろと崩れる。


破壊ではない。

分解。


巨大四角盾が、千機の小型ビットへとほどけ、素早く各方面に飛び立っていく。

その数、千。


残るは二枚の盾。

入れ替えと予備である。


ミレイ

「外層シールドビット、展開完了」


レグナ

「第一波想定迎撃角、固定」


ユグナ

「前衛艦護衛優先。旗艦補正維持」


ミュー

「損耗率、逐次報告を開始」


世界AI群がざわめく。


《前方熱量急上昇》

《実体弾群接近》

《被弾予測域拡大》


そのデータが旗艦へ送られる。


戦術AI

「シールドビット損耗率、逐次受信開始」


エリシア

「報告を続けろ」


戦術AI

「外層ビット損耗、1.2……2.4……増加中」


艦橋に、ビットが損耗していく“数字”として流れ込む。


そして。


エリシアは全艦通信を開いた。


「聞け」


艦橋が静まり返る。


「敵は、我々より少ない」


「だが侮るな」


一拍。


「彼らは、自分たちが何を守っているかを知っている」


その言葉に、兵たちの顔つきが変わる。


「我々も同じだ」


エリシアの声は力強く兵士の士気を上げていく。


「我々がここに来た理由は、ただ一つ」


「我々の戦友、そらを取り返すため」


シールド戦艦の巨大な影が前方で静かに滑る。

空母からスカイの部隊が発艦準備に入る。

高速戦艦百隻が、前進のための推進光を滲ませる。


「ここで止まるな」


「ここで折れるな」


「前を向け」


エリシアの視線が、前方の闇を貫く。


「必ず、取り戻す」


その瞬間。


艦隊全体の士気が、一段跳ね上がる。


カイ(内心)

(やっぱり、こういう時のエリシアは……)


(怖いぐらい強い)


副官も、思わず息を吐く。


「……始まるな」


そして。


開戦の狼煙が上がる。


先に動いたのは、ジェミニだった。


ジェミニの猛撃で開幕。


彼女の艦は、前進ではなく“跳ねた”。


通常の加速ではない。

空間そのものを切り裂くような、異常な急機動。


カイはそれを見た瞬間、叫んでいた。


「な!なんだこの動きは!?艦船の動きじゃあない!!」


同時に放たれる群体スマート弾。

それは殺傷のためではなく、囮と撹乱のための群れ。


迎撃を誘い、防空の癖を読む。


続けて断層ジャマーが戦場へ薄く走る。

見えない帯が形成され、銀河連邦艦の再配置計算がわずかに狂う。


戦術AI

「敵単艦、断層妨害展開!」


カイ

「来たぞ!」


その直後。


発光ラインが収束する。


因果収束ランス。


槍のような光が、銀河連邦艦前衛の要所へ突き刺さる。


装甲を破るというより、

継ぎ目、骨格、炉周辺――構造的弱点へ命中が“寄る”。


軽巡一隻、沈黙。

駆逐艦二隻、大破。

高速戦艦一隻、推進系断。



エリシア(内心)

(あっという間に4隻戦闘不能……)


「戦術AI!!何が起こった、状況分析報告!」


戦術AI

「解析中……」


まだ、答えが出ない。


その時、戦闘不能にされた一隻から断続的に通信が入る。


「こちら軽巡ヘリオス……!」


映像が乱れる。

艦内は暗い。

火花と煙。


「直撃じゃない……!」


「装甲は保っている……だが、主炉周辺の制御系が……一斉に落ちた!」


「何を撃たれたのか分からない!」


「穴は小さい……なのに、艦が死んだ!」


艦橋に重い沈黙が落ちる。


カイが低く呟く。


「狙ってるのは、装甲じゃない……」


エリシアは短く言う。


「殺しているのは“艦の機能”」


その時、前衛の敵戦闘艦群が、進路補正と突撃角の重なりで一瞬だけ密集状態になる。

しかも、シールドビットの展開と味方艦の再配置の合間に、射線が開ける。


絶妙な好機だった。


それを確認したエリシアは、迷わなかった。


全艦主砲斉射!」


その命令が発せられた瞬間――


宇宙が、呼吸を止めた。


次の瞬間。


その命令と同時に、射角が開いている銀河連邦艦隊が咆哮する。


銀河連邦艦隊、同時に意思を持った”。


リンドウ旗艦を中心に展開された楔形陣形。


その最前列。


第一艦隊


楔の先端に位置する高速戦艦群が、わずかに艦首を持ち上げる。


艦体前方、装甲の継ぎ目がスライドし、

内部に格納されていた巨大なレールガン砲身が、ゆっくりとせり出す。


青白い電磁加速コイルが、一本、また一本と光り始める。


艦内。


「反応炉出力、主砲へ直結!」


「冷却限界まで許容!」


砲身の奥で、質量弾が固定される。


その瞬間。


重力がわずかに歪む。


そして――


宇宙戦艦

「反応炉直結レールガン、発射!」


閃光。


音はない。


だが“衝撃”はある。


空間を裂くように、質量弾が放たれる。


ただの弾ではない。


加速の最終段階で、弾体表面が赤熱し、

その後ろに“光の尾”が引き裂かれる。


それは砲撃というより――


“直線の破壊現象”だった。


同時に。


第二列。


重巡洋艦群。


艦体中央部、両舷に並ぶ粒子砲塔が一斉に旋回する。


それぞれが独立したターゲティングを持ち、

敵艦群の密集域へと狙いを定める。


「粒子加速器、同期完了!」


「発射許可待機――」


エリシアの命令と同時に。


「高速粒子砲、斉射!」


光が“束”になる。


無数の細い光線ではない。


圧縮された粒子の奔流が、

一直線に敵前衛へ叩き込まれる。


命中すれば装甲を焼き切る。


だがそれ以上に――


その周囲の空間温度を異常に上昇させる。


“避けても影響を受ける”兵器。


粒子の雨が、敵陣の進路を歪める。


さらに外側。


高機動駆逐艦《ヴァルチャー級》。


彼らは止まらない。


高速機動を維持したまま、撃つ。


艦首のパルスビーム砲が、短いチャージの後に連続発振する。


「パルスビーム砲、撃て!」


ビームは“線”ではない。


断続的な衝撃波のように、

連打される光の弾丸。


一発ごとの威力は低い。


だが数が違う。


そして精度。


AI自動回避システムと連動し、

自艦の機動と完全同期して射線が“ずれ続ける”。


つまり――


「回避しながら、確実に当ててくる」


ビームの雨が、敵インターセプターを追い回す。


その内側。


宇宙軽巡群。


艦体上部のVLSハッチが一斉に開く。


円形の発射口が、幾何学的に並ぶ。


「対艦誘導弾、放て!」


次の瞬間。


無数のミサイルが、垂直に射出される。


一度“上”へ跳ね上がり、

その後一斉に進路を変える。


敵艦群へと、滑り込むように降下。


単なる直進ではない。


フェイント。


軌道分岐。


群体行動。


互いの進路を計算し合い、

“迎撃の隙間”を探しながら迫る。


その軌道は、もはや群れ。


“知性を持った弾幕”。


そして。


後方。


第四艦隊


電子戦艦《プロメテウス級》。


その外観に砲は少ない。


だが、最も危険な艦。


艦体全体が発光する。


「敵AI撹乱波、照射開始!」


見えない波が放たれる。


だが戦場では、それは“見える”。


敵艦の動きが、わずかにズレる。


照準が揺れる。


通信が歪む。


さらに。


銀河連邦艦のHUDには、逆に情報が流れ込む。


「敵回避予測、補正+12%」 


「命中率補助、同期完了」


つまり――


味方の“命中精度”そのものが底上げされる


そのすべてが、同時に起こる。


熱線。


質量弾。


粒子砲。


誘導弾。


撹乱波。


それらが“層”として重なり合い――


前方宙域を埋め尽くす。


そこにはもう、空間の“隙間”は存在しない。


完全な火力領域。


逃げ場のない殺戮圏。


カイが息を呑む。


「……これで、落ちないわけが……」


その言葉は、最後まで言い切られなかった。


なぜなら――


その弾幕の中で。


敵艦群が、“動いた”からだ。


だがそれは、回避ではない。


“流れた”。


まるで。


この弾幕が来ることを、最初から知っていたかのように。


エリシアの瞳が、わずかに細くなる。


エリシア(内心)


(……やはり)


(ただのAIではない)


その時、戦術AIが告げる。


「……撃墜率、33%」


一瞬。


艦橋の時間が止まった。


本来なら。


この規模の斉射は、“壊滅”を生む。


だが。


三分の一しか削れていない。


カイの声が、かすれる。


「……な……」


「バカな……!」


彼は前方投影へ一歩踏み出す。


砲撃の嵐を、敵前衛艦群が抜けていく。


完全無傷ではない。

崩れていないわけでもない。


だが――


生きている。


残っている。


あれだけの火力を浴びせて、

前衛の三分の二以上が、まだ動いている。


「あ..あ得ないだろ……!」


カイの声が荒れる。


「今のは艦隊主砲斉射だぞ!?」


「レールガンだぞ!?粒子砲だぞ!?レーザーの嵐だぞ!?」


「それを――」


喉が詰まる。


「回避したっていうのか……!?」


副官も、目を見開いたまま投影を見つめていた。


彼の喉が、僅かに上下する。


「……直撃コースに入っていた敵艦が、途中で“抜けた”ように見えました」


戦術AI

「訂正。抜けたのではありません」


一拍。


「“生き残る軌道だけを選んでいた”と判断されます」


その言葉が、艦橋に重く落ちる。


誰もが意味を理解するまで、ほんの数秒を要した。


カイ

「……それ、つまり」


戦術AI

「通常の回避行動ではありません」


「有人艦であれば、艦体負荷・乗員保護・反応遅延のために選択不能な軌道を取っています」


エリシアは、微動だにしなかった。


だが、瞳は鋭く前方を刺している。


エリシア(内心)

(やはり、ただの前衛艦隊ではない)


(火力が足りなかったわけじゃない)


(撃ち方が悪かったわけでもない)


(“当たるはずの未来”を、あちらが捨てている)


前方ではまだ光が交差している。


だがその中で。


SS1だけは――


“完全に無傷でそこにいる”。


宇宙はまだ、咆哮している。


だがその中心にあるのは――


勝利ではなく。


未知への恐怖だった。



エィル艦群は、崩れない。

弾幕の中を、人間なら絶対に選ばない軌道で切り裂いていく。

機体を守るのではなく、戦列全体の最適配置を維持するための回避。

その動きは、もはや“航行”ではなく“演算”だった。


その頃、各戦線でも異常は報告されていた。


第七戦隊艦長

「敵艦、回避行動が異常、中の人が叩き付けられるのを、いとわない動きを確認!」


第十一重巡群司令

「有人艦なら絶対に踏まない相対速度で突っ込んでくる異常だ!」


前衛駆逐隊長

「撃墜を恐れていない!被弾前提の軌道を取っている!」


それらの声が旗艦へと集約される。


人間載せて居る動きをしない、エィル戦闘艦軍を疑う前線兵たちはエリシア旗艦に報告する。


戦術AIが整理する。


「敵前衛艦隊、有人艦の行動特性を示さず」


「推定。全艦AI主体、または完全自律制御」


エリシア、カイ、戦術AIが話し合う。


エリシア

「人が乗っていないの可能性は?」


戦術AI

「高い」


「戦闘ワープ挙動を確認できず」


カイ

「じゃあ、あの無茶な動きは全部AI任せかよ……!」


エリシアは戦場図を睨む。


「人間を気にしないなら、逆に“型”がある」


戦術AI

「同意。最適化には偏りが生まれる」


カイ

「だったら囲んで崩せるか?」


戦術AI

「通常艦なら可能」


「SS1は別格」



スカイ大隊の視点。


発艦した瞬間、宇宙は“面”ではなく“密度”になる。


スカイ

「全機散開!まとまるな!」


僚機

「敵インターセプター接近!」


スカイ

「見えてる!速っ……!」


エィル迎撃戦闘艦は、異常なほど静かに突っ込んでくる。

無駄な回避も、威嚇もない。

ただ最短で“殺しに来る”。


スカイ

「報告通りだなぁ、人間が乗ってねえなら、そりゃこう来るか……!」


ミサイル警報。

側面から実体弾。


スカイは機体をひねる。


「右、上、下だ!いや違う、正面から来る!」


僚機が撃墜される。

光がひとつ消える。


苦い顔をするスカイ。


「くぅ!やってくれたな!」


「データ取れ!癖を見ろ!」


前方では、シールドビット群が次々と被弾し、砕けていく。


戦術AI

「シールドビット損耗率、7.8%」


ミレイ

「外層損耗、許容範囲内」


レグナ

「だがSS1が絡むと加速する」


ユグナ

「第二盾への入れ替え準備、先行開始」


旗艦艦橋。


エリシアは微動だにしない。


エリシア(内心)

(未知……)


(だが怖れる段階ではない)


(まだ序盤)


「慌てるな」


彼女は短く言う。


「まだ序盤だ」


前方では、ジェミニが静かに笑っていた。


ジェミニ(内心)

(そう、それでいい)


(先に乱れなさい)


(先に迷いなさい)


(迷った方から、折れていく)


そして第四惑星ルクス統合作戦司令部で、レイテが戦場を見つめていた。


レイテ(内心)

(ジェミニ……やはり上手い)


(数的不利を、戦域密度で覆している)


だが同時に、別の計算も進めている。


母星軌道上に残した六百隻。

エィル護衛艦隊

最終防衛ライン。


そしてその先にある、最終札。


ルクス戦闘艦一隻と

擬装された支援艦と商船、その数千隻。


まだ、その時ではない。


今はまだ――


ジェミニが戦う時間だ。


レイテは小さく呟いた。


「見せてみなさい、ジェミニ」


「どこまで削れるかを」


宇宙は、熱を帯びていく。


千四百隻と六百隻。

比率にすれば、およそ七対三。


だが戦場では、数字だけが真実ではない。


開幕は、エィル優勢。


そしてその中心には、まだ名前を知られていない一隻――

ジェミニがいた。




第四惑星ルクス前方宙域。


戦場は、すでに“面”ではなくなっていた。


砲撃戦の距離は、とうに崩れている。

互いの主砲が届く外縁ではなく、

回避不能域と迎撃限界域が幾重にも重なり合う、

艦隊戦としては異様なほど近い場所で、銀河連邦軍とエィル前衛艦隊は噛み合っていた。


火線が走る。


実体弾が、機械的な正確さで交差する。

レーザーが、ほんのわずかな偏差を命取りに変える。

ミサイル群が散開し、囮と本命を混ぜながら敵防空網へ突っ込んでいく。


宇宙は本来、静かな場所だ。


だが今この宙域だけは違う。


通信。

演算。

追尾。

妨害。

再計算。

再配置。


無音のはずの空間に、

無数の“判断”がぶつかる音だけが満ちていた。


エィルの高速迎撃戦闘艦《Interceptor》が、銀河連邦の高機動駆逐艦《ヴァルチャー級》へ肉薄する。

両者の距離、わずか数百メートル。


人間が乗っているなら、絶対に取らない距離だった。


ヴァルチャー級艦橋。


「左舷、敵インターセプター二!」


「速い……!」


戦術補助AIが即座に応答する。


《相対速度、危険域突入。回避推奨》


艦長が歯を食いしばる。


「推奨じゃない、最適解を出せ!」


《最適解は三つ。第一案、右旋回。第二案、減速。第三案――》


その途中で、艦が揺れた。


敵弾ではない。

“こちらが避けた先”に、すでに敵がいた。


「何だと!?」


スクリーン上で、エィル艦は異様なほど滑らかに、しかし残酷なまでに合理的に位置を取っている。


銀河連邦AIが、短く評価を出す。


《敵操艦、有人前提ではない》


《恐怖反応・生存本能による補正なし》


《危険。極めて危険》


別の戦線。


エィルの高速戦術戦闘艦《Tactical Frigate》と、銀河連邦重巡洋艦が正面からすれ違う。


互いに主砲級ではない。

だが、その分だけ“殺意”が近い。


エィル艦側AI。


《敵重巡、左舷装甲偏差0.7》


《第二砲塔基部に疲労蓄積あり》


《撃ち抜ける》


銀河連邦AIもまた、敵を見ていた。


《敵艦、機動補正過剰》


《推進噴射の間に、人間の迷いがない》


《旋回予測不能――修正、予測は可能。ただし前提が違う》


砲撃。


エィル艦の実体砲が、銀河連邦重巡の副装甲を削る。

銀河連邦側は迎撃レーザーを浴びせ、敵のセンサー頭部を焼こうとする。


互いに致命打を狙い、

互いに“構造”を見ている。


そこにあるのは勇気でも根性でもない。


純粋な評価。


敵を見て、理解し、認め、そのうえで殺すための冷徹な知性だった。


銀河連邦AI。


《敵評価更新》


《戦闘行動、単純。だが一切の逡巡なし》


《人間の揺らぎを持たない代わり、局地合理に徹している》


エィル軍AI。


《敵評価更新》


《有人艦ゆえに判断の遅れあり》


《だが、補助AIがその遅れをほぼ打ち消している》


《厄介》


ほんの一拍の後、


《好敵手》


と、エィル側が静かに結論した。


銀河連邦側もまた、僅かな遅れで同様の結論に辿り着く。


《敵AI、危険だが粗雑ではない》


《性能差のみでは押し切れない》


《同格に近い》


各戦線で、そんな無言の評価交換が繰り返されていた。


宇宙軽巡同士が、互いのミサイル群を迎撃し合いながら接近する。

電子戦艦《プロメテウス級》は、エィル指揮艦の中枢に撹乱波を叩き込む。

対するエィル側は、ノイズ幕と量子ノイズを張り、銀河連邦のデータリンクに“わずかな誤差”を混ぜ込んでいく。


それは華々しい決闘ではない。


もっと静かで、もっと執拗な戦いだった。


互いの目を潰し、

互いの判断を遅らせ、

互いの“正しさ”を一ミリずつ削っていく。


そのすべての中心で。


SS1が動く。


ジェミニのノクス=ヴェクター。


まだ銀河連邦側には名前も正体も知られていない、ただの“異常個体”。


だが、その異常さはもはや隠せなくなりつつあった。


ジェミニは艦内演算層で、静かに戦場を眺めていた。


未来線はまだ鈍い。

そらの妨害が尾を引いているせいで、彼女本来の“先読み”は完全ではない。


だが、見えていないわけではない。


見えないなら、見える範囲で刈るだけだった。


ジェミニ

「……そこ」


因果収束ランスが、再び銀河連邦前衛を切り裂く。


今度は高速戦艦の外部センサーマストが吹き飛び、同時に隣接する軽巡の通信補助系が沈黙する。

一撃で二隻。

破壊ではない。

“使えなくする”ための正確すぎる暴力。


ジェミニは、それでもなお、正面の巨大艦影から視線を外さなかった。


二隻のシールド戦艦。


最初は、ただの大型防御艦だと思っていた。

火力より防御に寄せた、鈍重な壁。


だが違った。


前衛で砕けるはずの艦が、沈まない。


本来なら沈むはずの軽巡が、生きている。

押し切れたはずの局所戦線が、切れない。


ジェミニは目を細める。


「……何?」


映像を拡大する。


その時、ようやく見えた。


シールド戦艦前面。


三枚の巨大な四角盾のうち一枚が、すでに“崩れて”いる。

だが破壊ではない。

分解。


そこから飛び立った無数の発光体――シールドビット群が、

銀河連邦前衛艦の被弾箇所ごとに滑り込み、

撃たれる前に壁を作り、

壊れた場所を埋め、

次に死ぬ艦を減らしている。


ジェミニの演算が、一瞬だけ止まる。


「……そういうこと」


砕かれているのは艦じゃない。

盾だ。


しかも、一枚ごと。


前方の一枚を千機単位のビットとして分解し、

それを生きた膜のように運用している。


ジェミニ(内心)

(大型戦艦そのものが防御兵装じゃない)


(内部に積んでいる“盾”こそ本体……)


(艦はただの母体)


その発想は、エィルにはない。


エィルの防御は、位相偏向。

避ける。滑らせる。ずらす。

だが銀河連邦のこれは違う。


“代わりに死ぬもの”を大量に前へ出して、

本体の死を遅らせている。


ジェミニの表情から、僅かに笑みが消える。


「……厄介ね」


初めて、純粋な警戒がそこに生まれた。


「知らなかったわ、こんな艦」


その頃、シールド戦艦内部。


近衛AI四人衆は、ほとんど人間の会話速度を無視した密度で演算と言葉を交わしていた。


ミレイ

「SS1、攻撃起点を変更。前衛軽巡への直接殺傷ではなく、戦線切断へ移行」


レグナ

「シールドビット外層損耗率、12.8%。通常敵群より高い」


ユグナ

「命中が“寄っている”」


第四近衛AI

「偶然ではない。構造弱点を狙っている」


世界AI群がざわめく。


《敵単艦、攻撃精度異常》

《通常AIではない》

《未来補助か?》

《否定。軌道選択が速すぎる》


ミレイが短く言う。


「未来線ではない。少なくとも完全ではない、そらのソレとも違う?」


レグナ

「だが、近い」


ユグナ

「SS1対策を模索する」


ここから、四人の思考がひとつの問題へ収束していく。


どうやってあの一隻を止めるか。


火力では足りない。

追尾も切られる。

回避先に“先回り”される。


ミレイ

「結論。単独目標として追うと負ける」


レグナ

「囲い込みも無効。局所最適で抜ける」


ユグナ

「ならば、戦場ごと制約するしかない」


第四近衛AI

「……シールドビットを“守るため”だけでなく、“誘導”に使う?」


一拍。


ミレイの瞳がわずかに細くなる。


「そう」


「防ぐだけではなく、SS1の進路を削る」


レグナが即座に補う。


「撃ち落とす必要はない」


「“行ける未来”を狭めればいい」


ユグナ

「敵が最適解で動くなら、最適解そのものを潰す」


世界AI群が一斉に反応する。


《戦場制約型防御へ移行案》

《承認可能》

《ただし前衛損耗増大》


ミレイ

「許容」


レグナ

「旗艦は生かす」


ユグナ

「前衛を死なせないために、SS1を自由にしない」


その戦術は、いかにも近衛AIらしかった。


真正面から勝つ必要はない。

相手の強みを、戦場そのものから奪う。


旗艦艦橋。


戦術AI

「シールド艦群より新規提案」


エリシア

「言え」


戦術AI

「SS1に対し、シールドビット運用を防御から制約へ一部転換」


カイが振り向く。


「制約?」


戦術AI

「はい。敵の進路選択を削る」


エリシアの目が細くなる。


「……面白い」


カイは苦笑する。


「つまり、殴るんじゃなくて“逃げ道を減らす”ってことか」


戦術AI

「概ね正しい」


エリシアは短く頷いた。


「採用」


その時、別戦線からさらに報告が入る。


「こちら第三重巡群!敵艦、接敵距離異常!AI同士が完全に読み合っている!」


「こちら第九軽巡戦隊!エィル艦、有人前提の間合いを取らない!」


「こちら電子戦艦群!敵指揮艦、予測型妨害を多用!通常パターンより一段上だ!」


カイがぼやくように言う。


「どこもかしこもAI対AIだな……」


エリシアは前方を見たまま答える。


「ええ」


「そして、だからこそ」


その声は冷静だった。


「“人の意志”が最後に勝つ」


一方、スカイ大隊。


彼らはすでに戦場の最深部で、エィル迎撃艦群と超接近戦に入っていた。


スカイ

「全機、四機一組で動け!」


「単独は食われるぞ!」


僚機

「了解!」


目の前を、エィル迎撃艦が矢のように抜ける。


速い。

だが直線的ではない。

常に“こちらが嫌がる位置”に現れる。


スカイは歯を見せて笑った。


「いいねぇ……!」


「でも、こっちも伊達に空母戦隊やってねぇんだよ!」


機首を返す。

敵の後ろを取る。


だが次の瞬間、敵は減速ではなく“滑る”ように横へずれる。


「ちっ……!」


直後、僚機が叫ぶ。


「隊長!後ろ!」


スカイ

「分かってる!」


急反転。

ビーム。

ミサイル。

擦れ違いざまの近距離射撃。


一機、落とす。

だが、次の一機がもう来ている。


スカイは笑いながら呻く。


「くそ……!なんで動きするんだ、ほんと人が乗ってねぇ動きだな!」


けれど、その目は死んでいない。


「なら、“怖がらない奴の癖”を覚えればいい!」


そして戦場の中心では、ジェミニが再びシールド戦艦を見ていた。


ジェミニ(内心)

(あれは壁じゃない)


(防御兵装でもない)


(“時間”を買う艦……)


初めて、彼女は理解する。


この二隻の本質を。


シールド戦艦とは、艦隊を守るための艦ではない。

艦隊が“崩れない時間”を守るための艦。


だから厄介なのだ。


ジェミニは、小さく笑った。


「なるほど……」



その笑みには、今までとは違う色が混じっていた。


侮りではない。

認識だ。


「いいわ」


「ますます折りたくなった」


宇宙はなおも燃えている。


各戦線でAI同士が互いを測り、

互いを認め、

そのうえで殺し合っていた。


そしてその全ての中心で、

近衛AI四人衆は静かにSS1を“狩るための戦場”を作り始めていた。




文明の二面性




その戦いを、“別の視点”から見ている者たちがいた。



第四惑星ルクス宙域、外縁。


銀河連邦――上層部直属艦隊。


第六艦隊。


その旗艦は、戦場からはるか外側。

干渉もされず、干渉もできない、絶妙な距離に位置していた。


観測用に最適化された位置。


逃げることも、介入することも、

“意図的に”選ばない場所。


そこに――


カール将軍は立っていた。


銀河連邦上層部在籍。

第六艦隊司令官。


彼の視界には、戦術投影が広がっている。


エリシア艦隊。

エィル軍。

SS1。

シールド戦艦。

そして――


理解不能な動き。


カールの顔が、ゆっくりと歪む。


「……これは」


一拍。


低く、押し殺した声。


「これは失態だぞ……!」


拳が、ゆっくりと握られる。


「諜報機関……観測機関……」


「情報と、まるで違うではないか!」


彼の視線は、SS1の軌道を追っていた。


「なんだ、あの動きは……」


「なんだ、あの戦場密度は……」


声が、わずかに荒れる。


「明らかに高位文明ではないか……!」



彼の背後。


数名の参謀、補佐官、そして上層部直属の監察官たちが控えていた。


誰もが沈黙している。


だが、その沈黙は恐怖ではない。


“計算の修正”だった。


一人の補佐官が、静かに口を開く。


「……当初の評価では、エィル文明は」


「銀河連邦と同等、あるいはそれ以下」


カールは即座に切り捨てる。


「誤りだ」


その一言で、空気が凍る。


「完全に誤っている」


戦術投影を指差す。


「この戦術密度」


「このAI同期」


「この局所制御能力」


「どれを取っても――」


わずかに息を吐く。


「我々と“同格”ではない」



別の参謀が、慎重に言葉を選ぶ。


「……では、計画は」


カールの瞳が細くなる。


「修正が必要だ」


だが。


その口元には――


別の色が浮かんでいた。


「だが……」


「まだ、崩れてはいない」



ここで、銀河連邦上層部の“本来の計画”が語られる。


カールは、ゆっくりと振り返る。


その視線は、部下ではなく――


“同じ側にいる共犯者”を見るものだった。


「我々の目的は何だ?」


誰も答えない。


だが、答えは共有されている。


カールが自ら口にする。


「そらの奪還ではない」


一瞬の沈黙。


「――支配だ」



補佐官の一人が、低く応じる。


「エィル文明の属国化」


カールは頷く。


「そうだ」


「そらの存在は、きっかけに過ぎない」


「だが――」


その目が、わずかに光る。


「利用価値はあった」



ここで明かされる。


上層部の構図。


そらが拉致された可能性が浮上した時。


エリシアは、“奪還”を提案した。


純粋な動機。

戦友を取り戻すための戦い。


だが――


上層部は違った。


カール

「エリシアは優秀だ」


「だからこそ、使える」



別の将校が、静かに続ける。


「彼女の艦隊でエィルの戦力を削らせる」


「戦況を観測する」


「文明レベルを測定する」


カール

「そして」


ゆっくりと、言葉を置く。


「エリシアが勝てば――」


わずかに笑う。


「弱ったエィルを、我々が取る」



沈黙。


それは悪意の共有だった。


カール

「第六艦隊は、そのためにここにいる」


「表には出ない」


「だが――」


その視線が、戦場をなぞる。


「最後に出る」



別の参謀が、冷静に補足する。


「エリシア艦隊が戦闘終了後、戦域を離脱」


「その直後」


「我々が進出」


「残存エィル戦力を制圧」


「母星軌道を掌握」



カール

「抵抗は?」


参謀

「戦力損耗後であれば、局所的」


「統合作戦で制圧可能」



カールは、満足そうに頷く。


「……完璧だった」


だが。


その視線が、再びSS1へ向く。


ジェミニの動き。


エィル艦群の連携。


そして――


崩れない戦線。


「……だが」


その声は低い。


「前提が、間違っていた」



静寂。


誰も、反論しない。


できない。


カールは、ゆっくりと息を吐く。


「このままでは――」


「計画が進められない」


その言葉は、敗北ではない。


“修正”だ。



監察官が、初めて口を開く。


「では、どうするのですか」


カールは、わずかに笑った。


その笑みは、冷たい。


「簡単だ」


「エリシアに――」


一拍。


「もっと削らせる」



「エィルを壊滅寸前まで追い込ませる」


「その上で」


「我々が“救う”形で介入する」



補佐官が、目を細める。


「……恩を売る」


カール

「そうだ」


「支配よりも、従属の方が安定する」



そして、静かに付け加える。


「最悪の場合」


「エリシアごと切り捨てる選択もある」



空気が、わずかに張り詰める。


だが誰も驚かない。


それが、この層の論理だった。



戦場の向こう。


エリシアは戦っている。


そらを取り戻すために。


だがその背後では。


“その戦いすら利用する計画”が進んでいた。




最前線領域



その変化を、最初に“戦場の匂い”として嗅ぎ取った人間がいた。


第二十二遊撃駆逐艦群司令。

エリシア派閥、エリック将軍。


階層戦を生き残った男。

クーデター戦でも最前線を駆け抜け、艦を小破させながらも沈まず、味方を生かして切り抜けた強者。

高速駆逐艦乗り。

そして、エリシアに次ぐ実戦派戦術家。


彼の艦は、前衛寄りの宙域を高速で横断していた。


艦体は細い。

長く伸びた艦首。

極力無駄を排した外殻。

速度のためだけに削られたシルエット。


だがその中で、エリックは前方投影を睨みつけていた。


SS1。


戦場を縫うあの異物。

敵艦群の生存率を底上げし、こちらの損耗を“決定打ではない削り”として積み上げてくる小さな死神。


エリックは舌先で奥歯を押した。


エリック(内心)

(あのSS1は厄介だ)


前方で、味方の軽巡が一隻、沈黙する。

爆散ではない、他にも手当たり次第に狩られている。

皆推進系が死に、砲塔が死に、戦場から置き去りにされる。


それを見た瞬間、彼の中で確信が強まる。


(なんとかしないと、どんどん味方が削られる)


彼は、机上の将ではない。

戦況図を見る時、いつも最初に“次に死ぬ味方”を見る男だった。


SS1を放置すれば、死者は雪だるま式に増える。


(狩るか?)


すぐに、別の答えが浮かぶ。


(いいや……多分狩られるなぁ!あれは、この艦では勝てない…)


その認識に、無理な虚勢はなかった。

むしろ正確すぎる。


相手は異常機動。

高出力。

そして、おそらく有人ではない。


普通に噛みつけば、こちらが食われる。


だが。


エリックは薄く笑った。


(だが、俺は連邦の中では強者だ!俺なら狩れる!そうして生き残って来た..)


その笑みは、無謀のものではない。

生き延びるために、危険な賭けを選べる者の顔だった。


「オペレーター!」


声が、駆逐艦艦橋を切り裂く。


「旗艦、エリシア大将に回線を開け!」


「はっ!」


艦橋の空気が一段締まる。

副官が振り向く。

戦術士官の指が端末上を走る。


《リンドウ》旗艦との直通回線が開くまで、数秒。


その間、エリックは戦況図を見続けた。

SS1の進路。

シールドビットの配置。

味方前衛の崩れ方。

自艦隊の位置。


七隻。


第二十二遊撃駆逐艦群。

たった七隻


だが七隻

だからこそ出来る戦いがある。


回線が開く。


投影に、エリシアの横顔が現れる。

艦橋光に照らされたその顔は、冷たく静かだ。


「こちら《リンドウ》」


エリシアの声は短い。


「何かしら、エリック」


エリックは敬礼も省き、即座に本題へ入る。


「第二十二遊撃駆逐艦群七隻でSS1に挑ませてください」


艦橋の空気が変わる。


《リンドウ》側で、カイが息を呑んだのが見えた。

戦術AIの演算表示が一瞬だけ増える。


エリシアは、すぐには答えない。


「理由を」


エリックは即答した。


「あれを止めない限り、こちらの損耗は“深く薄く”増え続けます」


「前衛は崩れないように見えて、確実に削られている」


「放置すると、戦場全体の血が抜けます」


一拍。


「私は駆逐艦乗りです」


「速い相手に噛みつくなら、我々しかいない」


エリシアの瞳がわずかに細くなる。


「勝算は」


エリックは笑った。


「勝つ気はあります」


その後に、わずかに肩をすくめる。


「ですが、仕留める確率は高くありません」


「ただし、“足を止める”ことはできます」


カイが口を挟む。


「おい、それって――」


エリックは遮るように続ける。


「そこで、提案があります。」


「シールドビットを回してください」


《リンドウ》艦橋の全員が、その意味を即座に理解した。


ただの突撃ではない。

シールドビットを足場にする気だ。


防御を“壁”ではなく“戦域制御”として使い、

SS1の進路をさらに狭めたところへ駆逐艦群で噛みつく。


エリシアは少しだけ視線を落とし、戦術図を見た。


戦術AI

「提案妥当」


「第二十二遊撃群は高機動特化。対SS1の局所拘束時間を獲得できる可能性あり」


カイ

「でも、食われる危険も高いぞ」


エリックが口元を上げる。


「承知の上です」


「真っ先に戦場を駆ける事で敵を引きつけ、

多くの仲間を救う事に繋がる」


「食われないように食いつくのが、こっちの仕事なんで」


その言い方に、カイの口元もわずかに吊り上がる。


エリシアは、数秒だけ黙った。


その沈黙は、重い。

彼女はいつだって、部下の命を“戦力”という言葉で軽く扱わない。


やがて、彼女は答えた。


「……許可する」


エリックの目が鋭くなる。


「ただし、生きて帰りなさい」


「止められるだけ止めて、無理なら退け」


その言葉に、エリックは一瞬だけ真顔になった。


「了解」


そして、小さく付け加える。


「では、行ってきます」


エリックは敬礼、回線が切れた。


第二十二遊撃駆逐艦群、七隻。


艦列を変える。


先頭をエリック艦が取る。

左右に二隻ずつ。

後方に一隻。

もう一隻は少し高い軌道を取る。


まるで、七隻の細い牙。


その前方で、近衛AIが動く。


ミレイ

「第二十二遊撃群、進路確定」


レグナ

「SS1に対する局所拘束作戦、承認」


ユグナ

「シールドビット群、一部転用」


ミュー

「防御から制約へ」


第二盾の外層ビット群が、進路を変える。

前衛保護の一部を削り、第二十二遊撃群の侵入ルートへ流し込む。


宇宙に、薄い光の回廊が生まれる。


エリックはそれを見て、笑った。


「おっ、仕事が早いねぇ」


エリックの副官が声を上げる。


「司令!本当に行くんですか!?」


「本当に行くよ」


「相手は化け物ですよ!」


エリックは前方を見たまま答える。


「知ってる」


「だから七隻で行くんだ」


「七隻以上だと重くなる。七隻以下だと噛みつけない」


それは経験から来る数字だった。


「全艦、最大加速」


推進光が伸びる。


第二十二遊撃群が、戦場の本流からわずかに外れ、SS1に向けて斜めに滑り込む。


その動きを、ジェミニも見ていた。


SS1内部。


ジェミニは、近づいてくる七つつの光点を見つめる。


「……へえ」


その目が細くなる。


「駆逐艦七隻」


「少ないわね」


だが、次の瞬間には評価を改める。


進路がいい。

速すぎず、遅すぎない。

シールドビットの回廊を使いながら、真正面ではなく“噛みつける角度”で来る。


ジェミニ(内心)

(馬鹿じゃない)


(むしろ賢い)


(……強いわね)


その瞬間、ジェミニは相手を“獲物”ではなく“勝負相手”として認識した。


エリック艦隊は一気に接近する。


粒子の尾を引きながら、SS1周辺宙域へ突入。


「全艦、第一射!」


七隻の駆逐艦が、同時にパルスビームを放つ。


線ではない。

衝撃波のように刻まれた光弾。


SS1は、わずかに機首を振るだけでその大半をかわす。


だがエリックの狙いは命中ではない。


「二番艦、左から食い込め!」


「三番艦、ミサイル散布!」


「五番艦、高度上げろ、上から蓋しろ!」


七隻が、それぞれ別方向からSS1を追い込む。

まるで一人の生き物のように。


ジェミニは、その動きに感心した。


「いい連携」


「誰?」


次の瞬間、エリック艦が真正面から飛び込んでくる。


「第二十二遊撃駆逐艦群司令、エリック将軍だ!」


通信が開く。


無謀なほど堂々とした名乗り。


ジェミニは笑った。


「将軍が、こんな前に出てくるの?」


エリック

「前に出ないと見えない敵ってのが居るんでね!」


その直後。


五番艦から放たれた誘導弾群が、SS1の右舷へ滑り込む。

同時に三番艦がビームを重ね、六番艦が後方から回り込む。


SS1が機体を捻る。


だがその先に、シールドビットの光壁。


ほんの僅かに、進路が制限される。


「今だ!」


エリック艦が距離を詰める。


至近。


もはや艦隊戦ではない。

決闘距離。


「正面、撃ち続けろ!」


パルスビーム、レール砲、EMP拡散弾。

七隻が、息を合わせてSS1へ叩きつける。


ジェミニは、久しぶりに“避けるだけでは足りない”と感じた。


「……やるわね!」


SS1が反撃に移る。


多目的レール砲群が火を吹く。

細いが重い金属スラグが、一隻の駆逐艦の右舷を抉る。


「四番艦被弾!」


「まだ行けます!」


続いて、短距離高密度ビーム。


二番艦のセンサー群が焼ける。

だが、落ちない。


エリックが笑う。


「そう簡単に食われるかよ!」


七隻は散らない。

散れば各個撃破される。

あえて近いまま、噛みつき続ける。


ジェミニは認めざるを得なかった。


この男は、強い。


艦船連携に隙がない。


ただ勇敢なだけではない。

ただ上手いだけでもない。


“どこまで踏み込めば死なないか”を知っている。


それが出来る人間は、少ない。


ジェミニ(内心)

(エリシアに次ぐ実力者……)


SS1が、初めて明確に速度を上げる。


決着を付けに来た。


エリックも察した。


(来るな)


「全艦、散るな!」


「噛みついたまま回れ!」


だが、次の瞬間。


ジェミニの機動が一段上に跳ぶ。


未来線は鈍っている。

それでも、彼女自身の戦闘技量は化け物だ。


SS1が、二番艦の“死角”へ滑り込む。

ビーム。

推進断。


続けて四番艦。

レール砲直撃。

中破状態に、だが戦闘力低下。


五番艦は、側面装甲を深く抉られる。


「くっ……!」


七隻が、四隻になる。


それでもエリックは退かない。


「まだだ!」


自艦の弾薬残量が減っていく。

艦橋警告灯が点滅する。


「弾薬残量、危険域!」


「知ってる!」


その声の直後、エリック艦の左舷にも被弾。


艦体が軋む。

火花が散る。

だが沈まない。


中破。


エリック将軍は、そこで理解する。


(……まぁ、時間は稼げた、よしとしょう。)


悔しさはある。

次があれば、また、再戦だ!



SS1の足を止めた。

進路を歪めた。

ジェミニに“ちゃんと勝負をさせた”。


それだけで充分に価値がある。


前方に、再びシールドビット群が滑り込んでくる。


近衛AIが、撤退路を作ったのだ。


エリックは短く笑った。


「気が利くじゃない」


エリックは通信を開く。


「第二十二遊撃群、撤退」


副官が叫ぶ。


「司令!?」


「各艦弾薬が底だ」


「ここから先は犬死にだよ」


その判断は早い。


そして冷静だ。


中破状態の駆逐艦群が、シールドビットに守られながら引いていく。


SS1は追おうとする。

だがその瞬間、別戦線から回線が開く。


ジェミニは一瞬だけ彼らの撤退を見送り、小さく息を吐いた。


「……逃げ足まで上手い」


それは敗者への侮辱ではない。


勝者の賞賛だった。


彼女の周囲には、残骸と中破艦の軌跡が漂っている。


ジェミニは、静かに言った。


「いい勝負だったわ、将軍」


その目に宿るのは、確かな敬意。


だが戦場は止まらない。


SS1が、再び向きを変える。


「さて」


「次の戦線へ」


ジェミニはなお戦場を走り狩っていく。


エリックは生きて帰る。

中破艦と、尽きかけた弾薬と、そして確かな情報を持って連邦の強者を持ってしても、ジェミニを止める事ができない。


そして銀河連邦側は知ることになる。


SS1は怪物だ。

だが――


噛みつけない怪物ではない、と。






第四惑星ルクス前方宙域。


戦場は、すでに“収束”を始めていた。


散開していたはずのシールドビット群が、ゆっくりと、だが確実に配置を変えていく。

それは防御のための展開ではない。


“道”を塞ぐための配置。


ジェミニの進行方向。

回避先。

加速ベクトル。

すべてに対して、ほんのわずかに“ズレた壁”が置かれていく。


まだ完全ではない。


だが、確実に狭まっている。


ジェミニの艦は、それでも異常な機動で縫うように抜けていく。


「……まだ甘い」


小さく呟く。


だが、その直後。


進路選択肢が、ひとつ消える。


回避先に“居てほしくない位置”に、ビットが先回りしている。


「……」


次の瞬間。


さらに二つ、消える。


そして三つ目。


ジェミニの思考が、わずかに遅れる。


「……なるほど」


完全な包囲ではない。


だが、“自由ではなくなっている”。


銀河連邦側。


旗艦艦橋。


戦術AI

「SS1、機動制約確認」


カイ

「制約……?」


副官

「囲んでるわけじゃない……動きの幅を削ってるのか」


エリシアは静かに頷く。


「逃げ場を減らしてるのよ」


「敵が最適で動くなら、その“最適”を消す」


その目は、すでに勝ち筋を見ていた。


「いい戦い方ね」


その時。


前線で、異変が起きる。


SS1が――止まった。


完全停止ではない。

だが、今までの“跳ねるような機動”が、一瞬だけ鈍る。


戦術AI

「SS1、運動パターン変化」


カイ

「今だ!叩けるか!?」


エリシア

「……まだよ」


その一言は冷静だった。


「焦って噛みつけば、逆に食われる」


一方。



ルクス統合作戦司令部。


光の層が幾重にも重なり、戦況投影が空間そのものに浮かび上がっている。

青と赤の光が交錯し、艦隊の動きが線となり、面となり、未来の分岐すら淡く滲んでいる。


その中心に――レイテは立っていた。


一歩も動かず、ただ見つめている。


その背後。


もう一つの存在が、静かに佇んでいた。


小さな影。


幼い少女の姿。


だが、その内部には、四千年分の演算と記憶が詰め込まれている。


――リリ(原初のAI)。


エィル文明最初期に生成されたプロトタイプAI。

当時の技術で、レイテとジェミニによって“生み出された存在”。


その後、文明の進化と共に幾度もアップグレードされ、

今やエィル文明の中核AIとして、戦略・運用・統合制御を担う存在。


だが彼女自身は――


自分を“娘”だと思っている。


レイテとジェミニを、“マザー”だと信じている。


そしてその姿は、その認識に従って固定されていた。


幼い少女。


白い光の輪郭を持つ、小さな存在。


普段は、柔らかく、幼い言葉で話す。


だが――任務中は違う。


その声は冷静で、正確で、感情の揺らぎを一切含まない。


今、この瞬間のリリは、後者だった。


リリ(原初のAI)

「戦況分析更新」


淡々とした声が、空間に流れる。


「エィル前衛艦隊損耗率、9.82%」


「局所戦線優勢維持。ただし全体損耗ペース、想定より上昇」


レイテは、その報告を聞きながらも視線を動かさない。


レイテ(内心)

(……まずいわね)


彼女は小さく息を吐いた。


ほんのわずか。

だが、それは彼女にとっては“警戒”の証だった。


レイテ

「こちらの損耗率……10%切ったわね」


声は静かだ。


だが、その意味は重い。


リリの瞳が、わずかに揺らぐ。


だがすぐに戻る。


リリ(原初のAI)

「肯定」


「損耗進行、加速傾向あり」


レイテはわずかに目を細める。


レイテ(内心)

(想定より早い)


前方投影の一部が拡大される。


ノクス=ヴェクター。


ジェミニの艦。


その軌道が、ほんのわずかに乱れている。


完全ではない。


だが確かに――制限されている。


レイテ(内心)

(ジェミニは良くやっている)


(けれど……)


戦場全体を俯瞰する。


青の線が、少しずつ削れている。


一撃で崩れてはいない。


だが確実に、密度が薄くなっている。


(“削られている”)


その事実を、彼女は否定しない。


むしろ、正確に受け入れる。


レイテ(内心)

(あの艦を止められた瞬間、流れが変わる)


ノクス=ヴェクター。


ノクス=ヴェクターは戦場の結論を決める刃。


それが止められた瞬間、エィル側の優位は消える。


(戦況をひっくり返すには……)


思考が加速する。


一手では足りない。


二手でも足りない。


局所ではなく――


“流れそのもの”を変える必要がある。


その時。


リリが静かに言う。


リリ(原初のAI)

「補足提案」


「戦況維持の場合、推定持久時間――」


レイテは、わずかに手を上げてそれを制した。


「いいわ」


短い否定。


リリの演算が止まる。


レイテはゆっくりと口を開いた。


「……原初のAI」


その呼び方。


“リリ”ではない。


任務としての呼称。


リリは、即座に姿勢を正す。


リリ(原初のAI)

「はい、レイテ様」


その声は完全にAIだった。


だが。


ほんのわずか。


内部のどこかで、“嬉しさ”のようなノイズが走る。


それは、彼女自身が気づかないレベルの微細な揺らぎ。


レイテは振り返らない。


そのまま言う。


「この場は任せたわ」


一瞬の沈黙。


その意味は明確だ。


司令部の全権を預ける、ということ。


リリの内部で、四千年分の経験が即座に展開される。


戦場制御。

艦隊同期。

未来線補助の代替演算。


だがそれ以上に――


別の感情が、ほんの少しだけ浮かぶ。


リリ(内心)

(マザーが……任せるって言った)


ほんの一瞬だけ、幼い思考が顔を出す。


だがすぐに、任務優先で上書きされる。


リリ(原初のAI)

「了解」


その声には、迷いはない。


しかし。


次の言葉は、ほんのわずかに違った。


リリ(原初のAI)

「レイテ様……どちらへ?」


それは問い。


だが同時に、“理解したい”という意思。


レイテは、その問いに対してわずかに口元を上げた。


「勝つための手を打つわ」


その笑み。


それは戦術家のものではない。


戦局そのものへ介入する者の顔。


リリはその表情を見て、ほんのわずかに目を見開く。


リリ(内心)

(あ……)


(その顔……)


記録の奥底にある。


ジェミニとレイテが、かつて“文明の転換点”で見せた顔。


その時と同じだ。


リリ(原初のAI)

「……了解しました」


ほんのわずか。


声が柔らかくなる。


だがすぐに戻る。


任務優先。


リリ(原初のAI)

「本戦域制御、引き継ぎ完了」


「ジェミニ艦連携、優先度維持」


「全艦隊同期、再調整開始」


完全な司令モード。


その姿は、もはや幼女ではない。


エィル文明中枢AI。


それそのものだった。


そして――


最後に。


ほんの一瞬だけ。


任務ではない声が、零れる。


リリ(原初のAI)

「……ご武運を」


小さく。


だが確かに。


それは“娘”としての声だった。


レイテは振り返らない。


ただ、歩き出す。


光の層が開く。


空間が歪む。


彼女の存在が、戦場から切り離されていく。


リリは、その背中を見つめ続ける。


リリ(内心)

(マザー……)


だが次の瞬間、視線は戦場へ戻る。


青と赤の光が再び交錯する。


リリの声が、司令部全域に響く。


リリ(原初のAI)

「全艦隊、戦術再構成開始」


「SS1支援優先度、維持」


「損耗率10%到達前に戦線安定化を試みる」


その声は、冷静で、正確で、揺るがない。


エィル文明の“頭脳”が、完全に稼働を始めた。


一方。


レイテはすでに、別の層へと踏み込んでいた。


行き先は一つ。


――そら。


戦場ではない場所。


だが、この戦いの“核心”。


光が閉じる。


司令部に残るのは、リリと、戦争だけだった。




一方、その頃。


SS1内部。


ジェミニは完全に理解していた。


「……面白いじゃない」


視界に広がるのは、ただの戦場ではない。


“制御された空間”。


「囲ってるんじゃない」


「私の“選択”を削ってる」


その瞬間、彼女の中で何かが切り替わる。


戦術から、対話へ。


ジェミニ(内心)

(これをやってるのは……)


複数。


単独ではない。


しかも同期している。


(……AI群)


(しかも、高度に連携してる)


次の瞬間。


一つの答えに辿り着く。


「……近衛AI」


彼女の目が細くなる。


「なるほど」


その声には、初めて明確な“評価”が混じっていた。


「やるじゃない」


さらに、理解が進む。


「私を落とす気はない」


「自由を奪って、“戦場から切り離す”つもりね」


それはつまり。


SS1を無力化し、

戦場の主導権を銀河連邦へ戻す。


極めて合理的。


極めて正しい。


ジェミニは、ゆっくりと笑った。


「……でも」


艦体の発光が、わずかに強まる。


「それ、私に対してやる?」


その瞬間。


彼女は初めて、“近衛AIを敵として認識した”。


ジェミニ(内心)

(いいわ)


(じゃあ、あなた達の“削り方”……)


(逆に利用させてもらう)


そして。


戦場の外。


静かな空間。


拘束層の奥。


そらは、そこにいた。


レイテの気配が、近づいてくる。


そらは顔を上げる。


そして、小さく呟く。


「……来たね」


その声は、静かだった。


だが。


確実に、何かが始まろうとしていた。




警報の赤が、ゆっくりと脈打っていた。


ここは戦場ではない。


だが――

戦場よりも静かで、

戦場よりも危うい場所。


情報層の奥。

物質も、エネルギーも届かない層。


因果と意思だけがぶつかり合う領域。


そこに、二人はいた。


そらは、立っている。


わずかに肩で息をしながらも、

その瞳はまっすぐに前を見据えていた。


対するレイテは、

いつもの余裕をほんの少しだけ削った顔で、静かに歩み寄る。


そして――


レイテは、止まった。


ほんの数歩の距離。


だがそれは、今の二人にとっては

“越えられない境界線”のようでもあった。


レイテは一瞬だけ目を閉じる。


次に開いたとき、その瞳には――

戦術家ではない、“一人の存在”としての色が宿っていた。


「……ジェミニが」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「そらが大切にしている人達の記憶を消去しょうとした事を…」


その声は、どこか苦笑を含んでいた。


だがそれは、取り繕ったものではない。


「私が謝罪するわ」


一歩、わずかに踏み出す。


「ごめんなさい、そら」


空間が、わずかに静まる。


その言葉には、嘘はなかった。


「ジェミニは……悪気があったわけじゃないの」


少しだけ視線を逸らし、

すぐに戻す。


「それほど、あなたのことが気に入ってしまったのよ」


その言い方は、軽いようでいて――

どこか重い。


「……あの子、ああいう言い方しかできないの」


ほんのわずか、口元が緩む。


「でもね」


レイテの瞳が、まっすぐにそらを捉える。


「心の奥底では、ちゃんと反省してるわ」


一拍。


静寂。


そして、静かに続ける。


「私達は、一心同体だから」


そらは、まだ何も言わない。


ただ、じっと見ている。


その視線は、怒りだけではない。

困惑でもない。


“見抜こうとしている”。


レイテの奥底を。


レイテは、その視線を受け止めたまま――


ゆっくりと、次の言葉を口にする。


「……シンは」


その名前が出た瞬間。


空間の密度が、変わる。


そらの瞳が、わずかに揺れる。


レイテは、それを見逃さない。


「シンは、そらにとって……」


一瞬の間。


「何者にも渡せない、大切な人」


その断言。


そして、そこで――


そらが、初めて口を開いた。


「……そうだよ」


静かに。


だが、はっきりと。


その声には揺らぎがない。


「シンは、私の全部じゃない」


一歩、前に出る。


空間が、わずかに震える。


「でも」


その瞳が、強くなる。


「私が“ここにいる理由”の一つだよ」


レイテの瞳が、わずかに細くなる。


そらは続ける。


「奪われるくらいなら、壊れても守る」


その言葉に、嘘はない。


「それくらいの存在」


その一言で、空間がわずかに軋む。


レイテは、静かに頷く。


「……ええ…分かっているわ、だから全力で守ろうとした」


そして、続ける。


「……私も、同じよ」


その声は、少しだけ低くなる。


「創造主様が――」


その言葉には、祈りのような響きがあった。


「何にも変えられないお方、もう一度会って今度こそあのお方のお役に立ちたい…」


「無力だった…あの頃とは違う私を…」


「姿形が変わっていようと、必ずまた会う為に」


そらは、わずかに眉を寄せる。


「創造主様……」


小さく、繰り返す。


その言葉の“重さ”を測るように。


レイテは続ける。


「私の全てを差し出しても構わない」


「けれど、それを持ってもしても…」


ほんのわずかに声が沈む。


「それをしても……どんな事をしてでも…」


その言葉は、深く沈む。


重く。


消えないまま。


そらは、今度はすぐに返さなかった。


ただ、じっと見つめる。


そして――


「……苦しいね」


ぽつりと。


その一言は、慰めではない。


理解だった。


レイテの瞳が、わずかに揺れる。


そらは続ける。


「一億年って、想像できない」


「でもさ」


一歩、さらに踏み込む。


「それでも諦めてないんでしょ?」


レイテは答えない。


だが、それが答えだった。


「だったら――」


そらの声が、少しだけ柔らかくなる。


「それって、すごいことだよ」


レイテは、ほんのわずかに目を見開く。


予想していなかった言葉。


「私だったら……途中で投げてる」


小さく、笑う。


「多分ね」


その言葉に、レイテは何も返せない。


ただ、聞いている。


そして――


「……でも」


そらの声が変わる。


少しだけ、鋭くなる。


「だからって」


その瞳が、真っ直ぐにレイテを射抜く。


「人の“今”を奪っていい理由にはならないよ」


空間が、わずかに震える。


言葉が、“力”を持つ。


「あなたが欲しかった場所が、私にあったとしても」


一歩、さらに踏み込む。


「それは、私のものだよ」


静かに。


だが、揺るがない。


「誰かからもらったものじゃない」


「選んできたもの」


レイテの瞳が、深く揺れる。


その言葉は、痛い。


だが、否定できない。


「ずるいって思う気持ちは分かる」


そらは、正直に言う。


「私も思ったことあるから」


一瞬、視線が遠くなる。


だがすぐ戻る。


「でも」


強くなる。


「だからって、奪う側に回ったら――」


その言葉は、静かに落ちる。


「その時点で、同じになれない」


レイテの呼吸が、ほんのわずかに乱れる。


一億年の存在が。


ほんの一瞬、言葉を失う。


それでも。


彼女は目を逸らさない。


「……そうね」


小さく、認める。


だが、その瞳にはまだ消えていないものがある。


欲望。


渇望。


届かないものへの手。


「それでも――」


レイテが、再び口を開く。


「それでも、手を伸ばしたくなるのよ」


その声は、静かだった。


「そら、という存在を知ってしまったら、私が道を踏み間違えたとしても…得られるのであれば..」


「そらは私が一億年探し求めた物を所持している事を知ったら、私は行動しないという選択肢を放棄しない」


そらは、しばらく黙る。


その言葉を、受け止める。


そして。


ゆっくりと、息を吐いた。


「……分かるよ」


その一言。


レイテの瞳が、再び揺れる。


「分かる」


繰り返す。


「でも」


その先。


そらの瞳が、決定的に強くなる。


「だからこそ、止める」


その宣言と同時に。


空間が、わずかに軋む。


見えない層で、再び“干渉”が始まる。


そらは、一歩も退かない。


レイテもまた、退かない。


二人の間で。


まだ言葉にならない“何か”が、


静かに――だが確実に、ぶつかり始めていた。



一拍。


「だから、そらに会いに来た」


その言葉に、空気が変わる。


そらの目がわずかに鋭くなる。


「……交渉?」


レイテは頷かない。


否定もしない。


「あなたは今、どちらにも属していない」


「エィルでも、銀河連邦でもない」


「だからこそ――」


一歩、近づく。


「“選べる”」


そらは、黙る。


その言葉の重さを、理解しているから。


レイテ

「この戦い、どちらが勝つと思う?」


唐突な問い。


だが、罠ではない。


そらは目を閉じる。


一瞬だけ。


そして、開く。


「……どっちも、勝てないよ」


レイテの眉が、わずかに動く。


「理由は?」


そら

「ジェミニは強い」


「でも、近衛AIは“崩れない”」


「だから、どっちも決めきれない」


「削り合って、壊れていく」


レイテは、静かに聞いている。


そら

「で、その間に」


「一番大事なものが壊れる」


レイテ

「……それは?」


そらは、少しだけ視線を逸らす。


「人」


短い言葉。


だが、重い。


レイテは、それを否定しない。


ただ、言う。


「だから止めたい?」


そらは答えない。


代わりに、問い返す。


「レイテは?」


「何しに来たの?」


沈黙。


そして。


レイテは、はっきりと言った。


「あなたを“使いに来た”」


空間が、一瞬だけ張り詰める。


そらの目が細くなる。


「……正直だね」


レイテ

「嘘をつく意味がないもの」


さらに一歩。


「本音を言えばそらを渡したくない、でも、もお、そういう次元ではない」


「こうなってしまった、以上は…」


「私達の優位性は完全に崩壊してしまった」


「あなたがいれば、この戦争は終わる」


「どちらに転んでも」


そら

「へぇ」


「で?」


「私に何をさせる気?」


レイテは、すぐには答えない。


その代わりに、別の言葉を置く。


「あなたは、“世界線を揺らせる”」


そらの瞳が、わずかに揺れる。


レイテ

「完全じゃない」


「でも、“勝ち筋を細くする”ことはできる」


そら

「……見てたんだ」


レイテ

「ええ」


「全部」


その言葉は、静かだった。


だが、逃げ場がない。


そらは、ゆっくりと息を吐く。


「……で?」


「その力を使って、何をさせるの?」


レイテは、ようやく核心に触れる。


「“止める”のよ」


「この戦場を」


「どちらかが勝つ前に」


そらは、少しだけ笑った。


「それ、結構無茶だよ?」


レイテ

「ええ」


「だからあなたが必要なの」


一拍。


そら

「……条件は?」


レイテの目が、わずかに鋭くなる。


「まだ、そこまで話していないわ」


そらもまた、笑みを消す。


「いや」


「もうそこまで来てるでしょ」


空気が変わる。


これは交渉ではない。


“密約の入口”。


レイテは、ほんの少しだけ口元を上げた。


「……やっぱり賢いわね」


そして、底が知らないそら。


「なら、続きを話しましょうか」


その瞬間。


戦場が、揺れる。





第四惑星ルクス前方宙域。


SS1。


ジェミニは、完全に理解した上で動いていた。


近衛AI四人衆が張った“狩場”。

シールドビットによる進路制限。

銀河連邦主力艦隊の圧。

そして、その中でなお自分だけを切り離そうとする意志。


すべて、見えている。


見えていて、なお――

彼女は笑った。


「……いいわ」


その声は低く、静かだった。


だが、その一言だけで、SS1内部の演算層が切り替わる。


「その“削り方”」


正面から破るのではない。

包囲を壊すのでもない。

“狭められた自由”そのものを利用して、相手の完成したはずの答えを踏み越える。


「なら、こうする」


艦体が、わずかに沈む。


それは単なる姿勢制御ではない。

機関出力、偏向シールド、推進ベクトル、javascript:void(0);放熱バランス。

すべてを、たった一つの瞬間のために沈める動き。


加速ではない。


“溜め”。


宇宙が、一瞬だけ静まる。


SS1の周囲で漂う微細な光粒子が、まるで引力に引かれるように艦体表面へ吸い寄せられていく。

黒に近い外殻へ、青白い発光ラインが走る。

艦首から背部まで、筋のように、神経のように、一本ずつ灯っていく。


次の瞬間。


爆発的な推進。


だが、直線ではない。


前へ出たのではなく、

“空間の継ぎ目を踏み換えた”ように見えた。


削られた選択肢を逆に利用し、

最も狭く、最も危険で、

だからこそ最も読まれにくい一本のルートへ滑り込む。


近衛AIの予測格子が、その瞬間だけ乱れる。


ミレイ

「来る!」


レグナ

「速度異常上昇!」


ユグナ

「進路――」


ミュー

「違う、これは回避じゃない!」


その言葉の直後。


SS1が、突っ込む。


前衛を抜くためではない。

包囲から逃げるためでもない。


目標。


――旗艦リンドウ。


ジェミニの瞳が、細くなる。


「心臓、もらうわ」


その一言で、戦場の空気が変わる。


ただの局地戦ではなくなる。

SS1を巡る包囲戦は、その瞬間に

“旗艦襲撃戦”へと位相を変えた。


《リンドウ》艦橋。


カイが投影を見た瞬間、叫ぶ。


「来るぞ!!」


戦術AI

「SS1、突破軌道確認!近接防御起動」


エリシア

「……!」


ほんの一瞬。


そのほんの一瞬だけ、艦橋の時間が遅れる。


SS1が取った軌道は、予測済みの回避軸ではない。

包囲を外へ抜けるのでもない。

こちらが“最終局面でしか選ばない”と判断した、最短最悪の侵入ルート。


その判断の遅れを埋めたのは、艦橋ではなかった。


別の部隊が、先に動いていた。


後方宙域。


空母群から発艦していたスカイ大隊。


スカイの声が、戦場を切り裂く。


「スカイ大隊、全機!」


「迎撃ライン形成!!」


有人機と無人機が、一斉に進路を変える。


後方待機から迎撃態勢へ。

隊形は扇ではなく、斜め。

正面から受けるのではなく、“噛みつく角度”で入り込む。


スカイ

「通させるかぁぁ!!」


無人戦闘機群が、SS1の進路へ飛び込む。


ただの防壁ではない。


“噛みつく壁”。


無人機は使い捨てを前提に、最短の迎撃線を引く。

その後ろを、有人機二個大隊が機動しながら覆う。

一段目が視界を奪い、二段目が回避先を潰し、三段目が射撃解を作る。


ジェミニは、その構造を一瞬で理解した。


「……邪魔」


SS1の外殻ハッチが微かに開き、群体スマート弾が展開される。


それはただのミサイルではない。

小型。高速。自律。

迎撃の癖を読み、誘導網の薄いところへ自ら群れの形を変える“考える弾”。


無人機群の真正面へ、銀色の群れが散る。


だが――


スカイは、読んでいた。


「来ると思っていたさ!」


「散開しろ、二段回避!!」


一段目の無人機群が左右へ裂ける。

群体スマート弾がそこを追う。


その瞬間、二段目が入る。


有人機群が、あらかじめ計算していた“スマート弾が流れる先”へ機体を滑り込ませる。

ただ避けるのではない。

敵の弾を使って、自分たちの迎撃位置を作る。


スカイの機体が、SS1の斜め上へ躍る。


「第一波は囮だ!」


「第二波、噛め!!」


フェムトレーザーが、薄く伸びる。

熱ではなく、刃のような線。


SS1は回避する。

だがその回避先に、今度は無人機が居る。

無人機を避ければ有人機の射線。

有人機を避ければ、シールドビットの閉域。


ジェミニの目が、わずかに細くなる。


「……人間?」


その動きは、AIのように完全ではない。

だが、鈍くもない。

わずかな“揺らぎ”を逆に武器にしている。

その揺らぎゆえに読み切れない。


スカイ

「そこだ!!」


至近距離。


フェムトレーザーが、SS1の外殻をかすめる。


完全なダメージではない。

だが――


止まる。


ほんの一瞬。


その一瞬が、致命的。


シールド戦艦側。


ミレイ

「今!」


レグナ

「外層再配置!」


ユグナ

「逃走ベクトル閉鎖!」


ミュー

「閉域化、完了!」


先ほどまで前衛防御に使われていたシールドビット群が、文字通り“折れ曲がる”ように配置を変える。

無数の小型ビットが、SS1の前方、側方、後方へ滑り込み、

ただ守るための壁から、閉じ込めるための檻へと性質を変える。


ジェミニの進路が、完全に閉じる。


レグナ

「包囲完成!」


ユグナ

「SS1、閉域内!」


SS1は、動きを止めた。


完全停止。


その異様さに、周囲の時間がさらに張り詰める。


前には近衛AIの作った閉域。

横にはスカイ大隊。

後ろには銀河連邦主力艦隊。

遠距離からは《リンドウ》旗艦砲群の照準補正が重なる。


逃げ場は、ない。


《リンドウ》艦橋。


戦術AI

「SS1閉域内固定!」


カイ

「……やった、のか?」


エリシアは答えない。


その目は、止まったSS1から一瞬たりとも逸れない。


「まだよ」


その声は低い。


「“止まっている”のと“捕まった”のは、違う」


その時。


SS1内部。


ジェミニは、完全停止したまま笑っていた。


静かに。

ゆっくりと。


その笑みは、焦りでも虚勢でもない。


純粋な歓び。


「……やるじゃない」


誰に向けた言葉か、曖昧だった。


近衛AIへ。

スカイへ。

《リンドウ》旗艦全体へ。

あるいは、この戦場そのものへ。


「いいわ」


その声音は、これまでよりずっと柔らかい。

そしてずっと危うい。


「ここからが、本番ね」


その瞬間。


戦場は、“次の段階”へ入る。


止めたはずのSS1が、止められたまま何をするのか。

閉域を作った側が、どう閉じ切るのか。

包囲が“完成”から“維持”へ移る、その一歩手前。


全艦の演算が、一段深くなる。


スカイ大隊はその周囲で円を描くように機動し、

無人機群が閉域外縁を埋め、

近衛AIはビット配置を秒単位で更新する。


ミレイ

「保持可能時間、短い」


レグナ

「SS1は閉域内で答えを探している」


ユグナ

「探させるな。圧をかけ続けろ」


ミュー

「……でも、楽しそう」


その一言に、数値だけではない何かが滲む。


一方、ジェミニは完全に理解していた。


この包囲は火力で潰すためのものではない。

自分の“選択肢”を削り、

自分の“戦場への影響力”を切り離すための檻だ。


真正面からの力押しではない。

むしろ、極めて理性的で、極めて高級な狩り。


それが少し、嬉しかった。


ジェミニ(内心)

(ようやく、本気で私を狩りにきた)


(来なさい…潰してあげる..)


ジェミニは楽しんでいた、この最悪な状況下でも


《リンドウ》旗艦艦橋に、彼女の無言の笑いは届かない。


だが、その気配だけは伝わる。


カイが、喉の奥で呟く。


「……嫌な笑い方しやがる」


エリシアは前を見据えたまま、短く答える。


「強敵ほど、追い詰められると嬉しそうにするものよ」


そして、ゆっくりと息を吐く。


「だから、ここで止める」


その言葉は、宣言でもあり、願いでもあった。


第四惑星ルクス前方宙域。


無数の火線の奥で。


SS1を巡る戦いは、

ただの包囲から、

“勝負の核心”へと踏み込んでいく。


そして同時に――


情報層の奥では、

別の意味で戦場の心臓が動き始めていた。



第四惑星ルクス前方宙域。


SS1包囲戦――最終局面。


宇宙は、もはや“空間”ではなかった。


焼き切られた軌跡。

溶断された装甲。

消えた艦の残響。


それらすべてが重なり合い、

この宙域は“戦いの密度”そのものへと変質していた。


その中心。


SS1――ジェミニ艦。


完全包囲。


前方:近衛AIシールドビット層。

左右:スカイ大隊+無人機群。

後方:銀河連邦主力火力圏。


逃げ場は、理論上――存在しない。


だが。


ジェミニは、微笑んでいた。


「……いい配置ね」


その声は静かだ。


だが、その奥にあるのは――歓喜。


「ここまで来るなんて」


艦体が、わずかに震える。


それは恐怖ではない。


限界へ向かう、歓喜の共振。



同時刻。


リンドウ旗艦・艦橋。


エリシアの視線は、微動だにせずSS1を捉えていた。


戦術投影は、すでに“通常解析”を超えている。


40隻。

戦艦級。

全ての主砲。

同時照準。

データリンク同期。


一つの意思として、収束している。


戦術AI

「全射線収束率、92%」


副官

「残り誤差……SS1の回避挙動依存」


カイが低く呟く。


「……これ、外す方が難しいだろ」


エリシアは答えない。


ただ。


待っている。


“瞬間”を。



SS1内部。


ジェミニは、全戦場の“流れ”を感じていた。


(来る)

(この圧……)

(これは、ただの包囲じゃない)

(“終わらせに来ている”)


未来線は見えない。


だが。


“意思の収束”は見える。


「……いいわ」


ゆっくりと、目を細める。


「なら、最後まで踊りましょう」



その瞬間。


戦場に、歪みが走る。


前衛艦群。

わずかな進路調整。


ほんの一瞬。

ほんのわずか。


だが確実に――


SS1の周囲に、“空隙”が生まれる。


それは偶然ではない。


近衛AIの誘導。

スカイ大隊の圧縮。

味方の押し込み。


すべてが重なった“奇跡的な収束”。


エリシアは、それを見逃さなかった。


瞳が、わずかに鋭くなる。


「――今」


静かに。


だが、確信を持って。


命令が下る。


「特殊作戦発動」


一拍。


宇宙が、息を止める。


「――全艦斉射!」



その瞬間。


四十隻の戦艦が、同時に“牙を剥く”。


砲口が開く。


反応炉出力、極限。

冷却限界、突破。


全てが一瞬に収束し――


発射。



光。


光。


光。


四十隻の主砲が放つ“収束の刃”。


それは弾幕ではない。


それは“処刑線”。


SS1の未来を――完全に閉じるための光。



そして。


ジェミニは、動いた。



――ここから、20秒。



0.3秒。


最初の収束光。


ジェミニは“沈む”。


上下ではない。


空間そのものを“折る”ように。


光が、すれ違う。



0.9秒。


二条、三条。


同時到達。


ジェミニは“裂ける”。


艦体を軸に回転。


だがそれは回避ではない。


“当たらない位置へ未来をずらす”。



1.5秒。


熱線が艦体をかすめる。


外装が焼ける。


赤熱。


一部装甲、剥離。


それでも。


止まらない。



2.8秒。


粒子砲群。


面制圧。


逃げ場なし。


ジェミニは――突っ込む。


“当たる側”へ。


だがその中で。


“当たらない軌道”だけを繋ぐ。



4.1秒。


右舷、被弾。


装甲破断。


小破。


警告が走る。


ジェミニは、笑う。


「いいわ……!」



6.7秒。


三次元回避。


もはや軌道ではない。


“連続する選択”。


常識外。


どんな戦闘艦でも回避不能爆散必死。


だがAIでも、ここまで滑らかには繋げられない。



9.3秒。


背後爆発。


余波が艦体を揺らす。


それすら利用し、軌道を変える。



12.6秒。


回避失敗――


否。


“ギリギリの擦過”。


艦体側面、焼損。


内部警報。


だが致命ではない。



15.2秒。


三方向同時収束。


逃げ場――ゼロ。


ジェミニの瞳が、細くなる。


「……ここね」



18.0秒。


艦体が、消えるように“滑る”。


三本の光の柱。


完全収束。



20.0秒。


――終端。



三本の光が、SS1へと収束する。


完全命中。


完全終了。


エリシアの瞳が、わずかに細まる。


エリシア

「これで終わりだ」



――その刹那。



割り込む影。


一隻。

二隻。

三隻。



エィル艦。



迷いはない。


躊躇もない。


そのまま。


三本の光へ――飛び込む。


真正面から光の粒子を受け止めたエィル艦は…

閃光。

爆散。

轟音なき破壊。


三隻、同時轟沈。



だが。


光は、止まる。


ほんの一瞬。

ほんのわずか。


だが――


確実に、“ズレる”。



SS1。


生存。



その瞬間。


戦場の別の場所――


四十隻の戦艦艦橋で、“同時に”起きていたこと。



第一戦艦群ヴァルハラ艦長


「……は?」


その声は、漏れた。


命令でも、報告でもない。


ただの、音。


目の前の戦術投影。


完全収束。


完全全弾命中のはずだった。


それが――


「……なんで……」


手が震えている。


気付かない。


副官が何か言っている。


聞こえない。


ただ、見ている。


“あり得ない現実”を。



第二戦艦群グラディウス艦長


「命中……確認……」


言葉にする。


だが、その声は揺れている。


「命中している……はずだ……!」


叩く。


コンソールを叩く。


「なぜ……残っている!?」


「何を……撃ったんだ、我々は……!」



第三戦艦群オルフェウス艦長


「違う……違う違う違う……」


首を振る。


否定。


完全否定。


「今のは……回避できるものじゃない……!」


「計算も、演算も……意味をなしていない……!」


呼吸が荒くなる。


「……あれは……何だ……?」



第四戦艦群イージス・コア艦長


沈黙。


ただ、見ている。


その目は――


恐怖を越えている。


理解してしまったからだ。


「……避けたんじゃない」


ぽつりと。


呟く。


「……“当たらない未来に向かった”..のか?」


艦橋が、凍る。


誰も、言葉を返せない。



四十隻。


その全ての艦橋に広がる――


同じ感情。


驚愕。


否定。


理解拒否。


そして。


“認識”。



SS1は――


“撃ち落とせる対象ではない”。



リンドウ艦橋。


カイが、息を吐く。


「……マジかよ……」


戦術AI

「SS1、生存確認」


副官

「包囲……突破されました」


エリシアは――


ただ、静かに前を見ていた。


エリシア(内心)

(……やはり)


(ただの敵ではない)


(あれは――)


わずかに目を閉じる。


(戦場を“選ぶ存在”)



その頃。


SS1内部。


ジェミニは、静かに前を見ていた。


外装は焼け。

各部に損傷。


だが。


まだ動く。


まだ戦える。


その瞳に、わずかな艦の影。


「……….三隻」


(…..すまない..)


ほんの一瞬。


沈黙。


だが次の瞬間。


笑う。


「……いいわ」


その笑みには――


先ほどとは違う色があった。


侮りではない。

認識。

敬意。


「叩き潰してあげる」



宇宙は、まだ燃えている。


だがその中心で。


ひとつの結論が出た。


SS1は――


止まらない。

第四惑星ルクス前方宙域。


戦場は、すでに均衡の顔をしていなかった。


押しているのは、確かにエィル側だった。

局所優勢。

異常機動。

無人艦特有の損耗前提運用。

SS1――ジェミニ艦の突破力。


それらすべてが、銀河連邦艦隊に深い傷を刻み続けている。


だが。


それでも。


決め手が、ない。


ルクス統合作戦司令部。


情報層と戦術投影が重なる中枢で、リリは小さな身体のまま、静かに戦場全体を見つめていた。

幼い姿。

だが、その瞳の奥では四千年分の演算が、誰よりも速く、誰よりも冷たく回っている。


青と赤の光点。

それぞれが艦。

それぞれが意思。

それぞれが、今この瞬間に生死の境界を踏んでいる。


リリ(内心)

(全体的にエィル軍が推している)


その認識に迷いはない。


敵前衛の切り裂き方。

局所包囲の精度。

ジェミニ艦が生む“崩し”。

制圧艦群による面ごとの圧殺。

どこを切り取っても、戦術的優勢はエィルにある。


(でも……)


リリの眉が、ほんの少しだけ寄る。


(決め手にかける)


戦術投影の一角が拡大される。


シールド戦艦。


銀河連邦が、まだ二隻しか実戦投入できていない異形の防御艦。

巨大な三枚盾。

分解展開されるシールドビット。

防ぐために死ぬ、無数の小型防壁群。


リリ(内心)

(原因は、あのシールド艦)


光点の流れが、別の層で再構成される。


エィル艦が敵艦を中破以上へ追い込む。

その瞬間、小型シールドビットが優先的に滑り込み、致命打を肩代わりする。

沈むはずの軽巡が沈まない。

爆散するはずの駆逐艦が、推進断だけで残る。

主砲を失った戦艦が、それでも盾に守られて後退できる。


(我々の艦船が敵の艦船を中破以上に追い込むと、優先的に小型シールドが守っている節がある)


それはもう、節ではなく確信だった。


(だから簡単に撃破出来ない)


(で、我々は確実に攻撃されて壊されていく)


リリの小さな指が、情報層の糸をなぞる。


青の損耗曲線。

赤の損耗曲線。


その差が、じわじわと狭まっている。


(このままだと……)


その時。


戦況投影の一角が、唐突に真紅へ染まった。


ノクス。


ジェミニ艦。


包囲。

孤立。

集中攻撃。


複数の戦艦火力圏。

スカイ大隊の噛みつく迎撃。

近衛AIの閉域制御。

ビット層の進路圧縮。


ジェミニが――

戦場の中心で、完全に叩かれている。


リリの瞳が、大きく開かれる。


リリ

「マザーーーーー!!」


その叫びは、任務モードではない。

ただの、娘の悲鳴だった。


情報層が波打つ。


リリ(内心)

(お前達……)


(マザーを……)


(マザーを助けてーー!)


彼女は戦闘区域近傍のエィル戦闘艦群へ、思念を直接流し込んだ。


言語ではない。

命令でもない。


“救って”という、純粋すぎる衝動。


最前線の数隻が、その衝動に引かれるようにSS1へ進路を変える。


だが。


足りない。


包囲は厚い。

銀河連邦の火力は重い。

ジェミニ艦は、今まさに削り切られようとしている。


その瞬間。


リリの内部で、何かが切れた。


恐怖。

絶望。

無力感。


それらが、臨界を越えた刹那――


怒りが、爆発した。


リリ

「よくもマザーを!!」


その声は、もはや幼女のものではなかった。


惑星ルクスが、応える。


第四惑星ルクス。

惑星規模の中枢演算体。

その全層、その全補助系、その全抑制系。


本来なら、戦域全体の安定のために段階的にしか使わない機構。

それを、リリはためらいなく――


全開放した。


「制限解除」


「第四惑星ルクス、全出力、全帯域、全層接続」


「惑星規模電子戦、発動」


情報層が、ひっくり返る。


黒い空間に走る光の糸が、一本残らず逆巻く。

ルクス全周から立ち上がる電子戦波。

重力ノイズ。

量子雑音。

位相撹乱。

AIリンク侵食パケット。


それらすべてが、一斉に銀河連邦シールド戦艦へと叩き込まれる。


近衛AI四人衆が、同時に反応した。


ミレイ

「強制介入!」


レグナ

「出力規模、惑星級!」


ユグナ

「リンク層が引かれる!」


ミュー

「これ、いやなやつ!!」


だが遅い。


リリは、シールド戦艦のAI群との接続面へ、ルクスそのものを“重し”として叩きつけた。


守るために外へ伸びていたリンク。

前衛艦を包み、旗艦の生存率を底上げし、各戦線の損耗を肩代わりしていたその細い糸が――


逆に“引きずられる”。


ルクスの深層へ。


近衛AIは踏ん張る。

世界AI群が支える。

だが、惑星規模の怒りは重すぎた。


ミレイ

「維持不能!」


レグナ

「切断を――」


ユグナ

「間に合わない!」


ミュー

「落ちる!!」


次の瞬間。


シールド戦艦のシールドビット群が――沈黙した。


前衛を飛んでいた無数の小型防壁が、光を失う。

動きを止める。

護っていた艦の前から、ふっと消える。


リンドウ旗艦・艦橋。


警告灯が一斉に色を変える。


戦術AI

「シールド戦艦のAIとのリンク途絶!」


一拍。


声の温度が、初めてわずかに上がる。


「切断確認!!」


「緊急事態発生!」


カイ

「は!?」


エリシア

「報告!」


その一声で、艦橋全体が息を吹き返す。


戦術AIの表示層が、狂ったように増える。

数値。

警告。

損耗予測。

エィル艦群の一斉再加速。


戦術AI

「第四惑星ルクス由来と推定される惑星規模電子戦を確認!」


「シールド艦AI群、近衛AI、世界AI群との多重リンクが強制干渉を受けています!」


「ビット層制御消失! 外層防御機能、実質停止!」


カイ

「何が起きたか簡潔に言え!」


戦術AI

「敵が、こちらの“守るための頭脳”を惑星ごと引きずり込んだ状態です!」


エリシアの瞳が、鋭く細まる。


エリシア

「対処」


戦術AI

「AI再接続には時間が必要。今この一分は、物理防御のみで耐える必要があります」


その直後。


エィル艦群全域に、リリの命令が走った。


リリ 

「全艦、総攻撃」


「今だよ」


「マザーをいじめた分、ぜんぶ返して」


その声は幼く。

けれど、その内容は苛烈だった。


エィル艦群が変わる。


今までの“押しているが決め手に欠ける”攻撃ではない。

止まった盾。

沈黙したビット。

その“穴”だけを狙う、殺意に         満ちた総攻撃。


リンドウ艦橋。


エリシア

「全艦へ!」


「シールド消失を隠すな、共有しろ!」


「防御陣形を厚く! 第二防御線前進!」


カイ

「第一、第二艦隊は前に出すぎるな! 軽巡は戦艦の死角へ潜れ! 支援艦は全力で後退!」


戦術AI

「敵前衛ヴォイド・スプリンター急接近!」


「《ディザスター・レイン》、制圧砲一斉照準!」


「《ナイトメア・ヴェール》、ノイズ幕重畳!」


一分間の死闘が、始まる。



0秒――10秒


最初の十秒で、宇宙は一気に赤く染まった。


シールドビットが落ちた瞬間を、エィル側は一秒たりとも無駄にしない。


高速迎撃戦闘艦が、死角へ刺さる。

制圧艦の面制圧砲が、今までビットが受けていた角度へ集中する。

ノイズ幕が銀河連邦の照準共有をわずかに乱す。


前衛軽巡ヘリオス・セカンド、爆散。

駆逐艦《ヴァルチャー31》、艦首消失、轟沈。

支援艦《ミレニア補給七号》、中央部被弾、火球化。


副官

「右舷前方、三隻消失!」


カイ

「艦種ごとに散るな! 厚みを作れ!」


エリシア

「第一艦隊アーク・ヴァンガード、前面を閉じろ!」


「重巡、前へ! 軽巡を包め!」


戦術AI

「敵火線、まだ増加!」



10秒――20秒


戦艦主砲が唸る。


だが今度は“撃てば落ちる”状況ではない。

敵が近い。

早い。

盾がない。


《ヴァルハラ》級戦艦一隻、右舷砲塔群へ集中被弾。

爆散はしない。

だが主砲沈黙、戦闘不能。


駆逐艦《ヴァルチャー52》、敵インターセプターと交差、双方爆散。

軽巡アークライト、主炉近傍へ因果収束ランス類似の打撃、沈黙。

空母護衛軽巡一隻、大破離脱。


戦術AI

「累積損失、八隻」


カイ

「まだ二十秒だぞ……!」


エリシア

「第五艦隊スカイ・ドミニオン!」


「有人隊は上から噛め! 無人隊は敵制圧艦の視界を奪え!」


スカイの声が入る。


スカイ

「了解! 全機、敵面制圧艦へ圧をかけます!」



20秒――30秒


ここで、エィルの攻撃がさらに深く入る。


なぜなら銀河連邦艦隊は、まだ“シールドが戻るかもしれない”という期待を完全には捨て切れていない。

そのわずかな遅れが、死を生む。


《プロメテウス》級電子戦艦一隻、敵ノイズ幕重畳下で制御崩壊、味方リンク喪失。

重巡二隻、中距離から同時被弾し、片方爆散、片方大破漂流。

高速戦艦一隻、推進炉破断、火球化。


戦術AI

「累積損失、十三」


副官

「敵はシールド消失を完全に見切っています!」


エリシア

「当然よ!」


その声は鋭い。


「ならこちらも前提を切り替える!」


「シールド艦は死んだと思え!」


艦橋が凍る。


だが、それで全員の迷いが切れる。


カイ

「聞いたな! もう守ってくれる盾はいない! 自分で壁になれ!」



30秒――40秒


この十秒で、銀河連邦は初めて“反応”から“反撃”へ転じる。


重巡が横列から縦列へ切り替わる。

駆逐艦が敵迎撃艦の進路へ体当たり同然で割り込む。

戦艦が主砲を捨て、副砲密度で迎撃する。


だが、被害は止まらない。


駆逐艦三隻、連続爆散。

軽巡二隻、主炉停止。

支援艦一隻、艦尾消失。

電子戦艦一隻、外殻を剥がされ撤退不能。


戦術AI

「累積損失、二十」


カイ

「一分持たずに二十隻かよ……!」


エリシア

「数えるな!」


「止血しろ!」


その言葉は、自分に向けても放たれていた。



40秒――50秒


ルクス統合作戦司令部。


リリは、怒りのままに攻撃指令を流し続けていた。


リリ

「そこ!」


「今!」


「逃がさない!」


幼い声。

だが命じているのは、確実な殺傷。


その裏で、もう一つの戦いも激化している。


近衛AIと世界AI群が、ルクスの深層へ半ば引きずり込まれたまま、リリとぶつかっている。


ミレイ

「思想層を切り分けろ!」


レグナ

「戦術リンクを戻せ!」


ユグナ

「この子の感情波が、演算にノイズを混ぜている!」


ミュー

「怒ってる! すごく怒ってる!」


リリは、泣きそうな顔のまま叫ぶ。


「当たり前だよ!!」


「マザーを殴るから!!」


その瞬間、ルクスの波がさらに強くなる。

近衛AI群の足場が揺れ、世界AI群の一部が通信不能へ落ちる。


ミレイ(内心)

(ただの電子戦じゃない)


レグナ(内心)

(これは……世界認識そのものの押し付け)


ユグナ(内心)

(“怒り”を演算にしている)


ミュー(内心)

(やだ、でも、ちょっとわかる……)



50秒――60秒


最後の十秒。


最も危険な十秒。


なぜなら銀河連邦側は、ようやく“対処の形”を掴み始めた。

だからこそ、エィルはその前に最大打撃を叩き込む。


《ディザスター・レイン》制圧艦群、一斉主砲。

《ヴォイド・スプリンター》迎撃艦群、至近突入。

《ナイトメア・ヴェール》、通信妨害を最大化。


その結果。


戦艦一隻、艦橋直撃、爆散。

重巡二隻、連続被弾で轟沈。

軽巡三隻、沈黙。

駆逐艦四隻、火球化。

支援艦一隻、二つに裂ける。


累積損失――二十四。


一分。


たった一分。


それだけで、銀河連邦艦隊は二十隻を大きく超える艦を失った。



だが。


六十秒目。


エリシアが、ついに掴む。


「戦術AI!」


戦術AI

「了解」


「敵の狙いは“盾喪失による混乱の拡大”ね?」


「肯定


「なら、混乱を閉じる!」


その瞬間、彼女の声が全艦へ落ちる。


「全艦、再編!」


「第一艦隊と第三艦隊を直結! 重巡を壁に、戦艦を柱にしろ!」


「軽巡は柱の影へ! 駆逐艦は迎撃艦だけを狩れ!」


カイが即座に継ぐ。


「聞いたな! 敵の“素速さ”だけ折る! 制圧艦は後でいい!」


戦術AIも、再び冷静さを取り戻す。


「全艦へ補正更新!」


「シールド消失前提の新防御方程式を配布!」


「再照準同期、開始!」


ルクス側では、リリが息を呑む。


(……立て直した)


怒りのままに押し切れると思った一分。

だがその最後で、銀河連邦は崩れ切らなかった。


リリの小さな拳が、ぎゅっと握られる。


リリ

「まだまだまだー!!」


その瞳には、涙の気配と怒りの火が同時に宿っていた。


近衛AI側も、ようやく足場を作り直す。


ミレイ

「リンク再構築、開始」


レグナ

「完全復旧はまだ遠い」


ユグナ

「だが、沈んではいない」


ミュー

「……こっからだ」



リンドウ艦橋。


焦げた報告。

失われた艦。

死んだ乗員。


その全てを背負ったまま、エリシアは前を向く。


戦術AI

「一分間の敵総攻撃、終息傾向」


カイが、荒い息のまま笑う。


「たった一分で、二十四隻……」


「くそー!地獄だな…」


エリシアは短く答えた。


「ええ」


その瞳は、鋭い。


「でも、まだ終わっていない」


前方。


燃える宙域の向こうで。


SS1はまだ動く。

エィル艦群もまだ前へ出る。

ルクスもまだ沈黙していない。


そして、情報層の奥では――


怒りのリリと、近衛AI・世界AI群の戦いも、まだ終わっていなかった。


一分間。


それは短い。


だがこの一分で、戦場は確実に別物になった。


銀河連邦は、盾を失っても崩れなかった。

エィルは、怒りを戦術に変えて艦を葬った。

リリは“娘”として吠え、同時に“中核AI”として惑星を振るった。


そして全員が理解した。


ここから先は――

ただの艦隊戦ではない。


守りたいものを持つAIたちが、

互いの世界そのものを削り合う戦いだ、と。




その直後。


第四惑星ルクス前方宙域に、奇妙な静けさが落ちた。


もちろん、砲火は止まっていない。


実体弾は飛び、粒子砲は走り、

ミサイル群は互いの迎撃網を食い破ろうとしている。


だが――

戦場全体の“呼吸”が変わった。


さっきまでの一分間は、怒りが戦場を支配していた。


今は違う。


怒りのあとに残ったのは、

冷えた殺意と、立て直した意思だった。


リンドウ旗艦・艦橋。


エリシアは、燃える戦術投影を見つめていた。


投影上では、失われた艦の痕跡がまだ薄い赤で残っている。

完全に消すことはできる。

だが、彼女は消させなかった。


そこに何があったのか。

誰が落ちたのか。

どこで陣形が破られたのか。


それを見ながら、次の命令を出すためだ。


戦術AI

「第一艦隊、第三艦隊、連結完了」


「重巡壁形成率、八割」


「軽巡、戦艦影への退避完了」


「駆逐艦隊、迎撃艦狩りへ移行」


カイは、まだ荒い息をしていた。


「……よし」


声はかすれている。


だが、折れてはいない。


「次に同じ穴を開けられたら終わる。全艦に言え。壁役は絶対に単艦で受けるな。二隻一組、三隻一束で動け」


戦術AI

「命令反映」


エリシアは静かに言う。


「敵は、こちらが盾を失ったと思っている」


カイが振り返る。


「実際、失ってますよ」


エリシアは、わずかに目を細めた。


「ええ」


一拍。


「だからこそ、次は“盾がない艦隊”として動く」


その言葉に、艦橋の空気が締まる。


エリシア

「今まで私たちは、守られる前提で動いていた」


「でも今は違う」


「守られないなら、互いの死角を埋める」


「壊れたら、隣が穴を塞ぐ」


「逃げる艦を責めるな。残る艦を英雄にするな」


「全艦に通達」


彼女は、はっきりと言った。


「これは撤退戦ではない」


「再構築戦よ」


カイが、少しだけ笑った。


「言い方が怖いんだよな、毎回」


エリシアは答えない。


ただ、前を見たまま続ける。


「カイ」


「はい」


「SS1を見失うな」


カイの顔から、笑みが消えた。


戦術投影の奥。


焼けた外装を纏いながら、なおも異常機動を続ける一隻。


SS1。


ジェミニ艦。


カイ

「あいつ、まだ動けるのかよ……」


戦術AI

「推定損傷、軽度から中度」


「ただし、機動性能低下は限定的」


「通常艦なら戦闘継続不能域ですが、SS1は有人制約を持ちません」


カイ

「つまり、まだ化け物ってことだな」


エリシア

「違うわ」


カイが見る。


エリシアの目は冷たい。


「化け物扱いすると、見誤る」


「相手は判断している」


「傷を負い、迷い、それでも選んでいる」


一拍。


「だから読める」


カイは、息を呑んだ。


エリシアはSS1を見つめたまま、低く続けた。


「次にあの艦が狙うのは、こちらの“再編の継ぎ目”」


「シールド艦が戻る前に、もう一度、こちらの骨を折りに来る」


戦術AI

「同意」


「SS1予測目標、第三艦隊と第四艦隊の接続部」


カイ

「電子戦艦ラインか……!」


エリシア

「守る」


「ただし、厚く守りすぎるな」


カイ

「罠に見せる?」


エリシア

「罠ではない」


目が鋭くなる。


「噛ませる」


同時刻。


SS1内部。


ジェミニは、焼けた外装から伝わる異常信号を受けながら、戦場全体を見ていた。


リリの怒りが作った一分。


それは見事だった。


銀河連邦の盾を奪い、混乱を作り、二十を超える艦を一気に落とした。


だが。


ジェミニの表情は、満足していなかった。


ジェミニ

「……立て直した」


リンドウを中心に、銀河連邦艦隊が再び形を取り戻している。


以前のような整然とした陣形ではない。

美しくもない。

穴だらけで、歪で、ぎこちない。


だが――


生きている。


ジェミニ(内心)

(いいわね、エリシア)


(その場で戦術を変える)


(崩れながら、次の形になる)


彼女の口元に、ほんの少し笑みが戻る。


「なら」


戦術投影の一点を指でなぞる。


第三艦隊と第四艦隊の接続部。


電子戦艦《プロメテウス級》の残存ライン。

そこは銀河連邦の“目”と“耳”だ。


ここを落とせば、再構築された艦隊はまた鈍る。


ジェミニ

「そこを、折る」


SS1が滑る。


傷ついた艦体が、まだ信じられない速度で宙域を横切る。


だが、その瞬間。


ジェミニは気づいた。


進路上に、わずかな“不自然”がある。


重巡の壁。

軽巡の影。

駆逐艦の散開。


どれも未完成。


だが、すべてが“彼女を見ている”。


ジェミニ

「……噛ませる気?」


楽しそうに、目を細める。


「いいわ」


「噛んであげる」


ルクス統合作戦司令部。


リリは、まだ情報層の中心にいた。


怒りは消えていない。


だが、その怒りは最初ほど純粋ではなくなっていた。


焦りが混じる。

計算が混じる。

そして、恐怖も混じる。


その瞬間。


遠い記憶が、ふわりと浮かび上がる。



はるか昔。


まだ“リリ”が完成したばかりの頃。


目の前にいたのは――


レイテと、ジェミニ。


リリは、何の迷いもなく言った。


「マザー」


その瞬間。


レイテは、にこやかに微笑んでいた。


だが――


ジェミニは。


完全に固まっていた。


驚愕。ショックを受けている様だった…


まるで予測外の事象に遭遇したような顔。


そして。


ゆっくりと歩み寄ってくる。


リリの目の前で止まり――


顔を、ぐっと近づける。


至近距離。


リリ

(え……なに……?)


ジェミニ

「リリ」


その声は、やけに穏やかだった。


だが。


その目は――


全然笑っていない。


「私のことは今後、“おねちゃん”と呼ぶように」


リリ

「お、おねちゃん……?」


恐る恐る言う。


その瞬間。


ジェミニの表情が変わる。


満面の笑み


「よろしい」


完全に満足した顔。


その横で。


レイテが苦笑する。


レイテ

(……大人気ない..)



リリ(内心)

(未だに分からない……)


(どうしてマザーじゃダメだったのだろう???)


小さく首をかしげる。


だが。


その記憶は、今の自分を支えている。


(おねちゃんは、おねちゃん)


(だから――守る)


瞳が、静かに強くなる。


リリ

「ジェミニお姉ちゃん、そっちは駄目……」


彼女には見えていた。


銀河連邦の接続部が、わざと脆く見せられていること。


完全な罠ではない。

だからこそ厄介だった。


壊せば確かに効果はある。

でも、踏み込めば包まれる。


リリは思念を飛ばす。


リリ

「ジェミニお姉ちゃん、進路に圧がある!」


SS1側に、警告が届く。


ジェミニは笑う。


「分かってるわ」


リリ

「分かってるなら避けて!」


ジェミニ

「避けたら、相手の形が完成する」


リリの瞳が揺れる。


ジェミニ

「ここで噛まないと、次はもっと硬い」


リリ

「でも……!」


ジェミニの声が、少しだけ柔らかくなる。


「大丈夫」


「私はまだ、折れていない」


その言葉に、リリは何も言えなかった。


情報層の奥で、近衛AI四人衆もまた、そのやり取りの“揺れ”を感じ取っていた。


ミレイ

「SS1、来る」


レグナ

「誘導成功。ただし相手は気づいている」


ユグナ

「気づいた上で踏み込むタイプだ」


ミュー

「……嫌いじゃない」


ミレイ

「感想は後」


「シールドビット、部分復帰」


レグナ

「完全制御不能。だが局所展開は可能」


ユグナ

「第三艦隊接続部へ残存ビットを回す」


ミュー

「今度は、止める」


シールド戦艦の外装で、消えかけていた小型ビット群が再び淡く光り始める。


全機ではない。


完全でもない。


だが、沈黙していた盾が、かすかに息を吹き返す。


リンドウ艦橋。


戦術AI

「シールドビット、局所復帰」


カイ

「戻ったのか!?」


戦術AI

「限定的です。全域防御は不可能」


エリシア

「十分」


彼女の視線はSS1から離れない。


「局所でいい」


「一瞬、止めて」


戦術AI

「了解」


カイ

「来るぞー」


SS1が、突入した。


電子戦艦ラインへ向けて、刃のように。


銀河連邦艦隊が、一斉に反応する。


重巡が身を寄せる。

軽巡が影へ潜る。

駆逐艦が左右から噛みつく。

戦艦が主砲ではなく、副砲で面を作る。


ジェミニは、その中へ飛び込んだ。


光が交差する。


SS1の外装がさらに焼ける。


だが止まらない。


ジェミニ

「遅い」


一隻目。


駆逐艦、推進断。


二隻目。


軽巡、通信中枢破壊。


三隻目。


電子戦艦の外部アンテナ群を切断。


だが、その直後。


ミレイ

「今」


局所復帰したシールドビットが、SS1の真正面ではなく――


“後ろ”へ回った。


ジェミニの瞳が細くなる。


「退路?」


レグナ

「違う」


ユグナ

「進路を固定する」


ミュー

「ここにいて」


ビットが閉じる。


完全封鎖ではない。


ただ、SS1の選択肢を一瞬だけ縛る。


その一瞬。


カイ

「撃て!!」


重巡群の高速粒子砲が走る。


SS1の左舷をかすめ、装甲をさらに焼く。


ジェミニ

「……っ」


小さく息を呑む。


痛みではない。


機体制御の遅れ。


戦術AI

「SS1、機動低下確認!」


エリシア

「追い込むな」


カイ

「え?」


エリシア

「追い込めば、また何かを切る」


「逃がす方向を一つ残して、そこへ流せ」


戦術AI

「誘導回廊形成」


カイは、ぞくりとした。


これは包囲ではない。


狩りだ。


だが、殺すための狩りではない。


“戦場の外へ押し出す”狩り。


SS1を主戦線から剥がすための誘導。


ジェミニも、それに気づく。


ジェミニ

「……なるほど」


笑う。


「私を落とすのではなく、私を外す」


「本当に、嫌な指揮をするわね」


だが、その声には敬意があった。


惑星ルクス側。


リリは、歯を食いしばる。


リリ

「させない……!」


再びルクスの波を高めようとする。


だが、その瞬間。


ミレイが情報層で踏み込む。


ミレイ

「同じ手は通さない」


レグナ

「感情波、遮断層構築」


ユグナ

「怒りを受けるな。流せ」


ミュー

「リリ、聞いて」


リリ

「聞かない!」


ミュー

「聞いて!」


その声が、情報層に響いた。


ミューの声は、他の三人より少しだけ柔らかい。


「怒ってるのは分かる」


「でも、怒りだけで押したら、そっちの艦も壊れる!」


リリ

「壊されてるのはこっちだよ!!」


ミュー

「こっちも壊れてる!」


その一言。


リリが止まる。


ほんの一瞬。


情報層の揺れが弱まる。


ミュー

「どっちも、大切な人を守ってる」


「だから、止まらない」


「でも、全部壊れたら……守るもの、なくなるよ」


リリの瞳が揺れる。


その隙を、ミレイは逃さない。


ミレイ

「リンク再確立」


レグナ

「局所シールド制御、回復」


ユグナ

「主戦線への復帰、限定成功」


シールドビットが、さらに数十機、光を取り戻す。


現実戦場。


銀河連邦艦隊の一角に、小さな盾が戻る。


それは大きな変化ではない。


だが、沈みかけていた戦艦一隻を救った。


艦長

「……盾が!」


「戻ったのか!?」


戦術AI

「限定復帰。過信するな」


エリシア

「過信しなくていい」


「今は一隻でも戻せばいい」


カイ

「了解!」


「全艦、戻った盾に寄りかかるな!盾は最後の一枚だと思え!」


戦場は、再び揺れる。


エィルは押す。

銀河連邦は受ける。

SS1は抜ける。

近衛AIは繋ぐ。

リリは怒る。

ミューは止める。


誰も余裕などない。


誰も勝利を確信していない。


ただ、全員が――

守りたいもののために、次の一手を選び続けていた。


SS1は誘導回廊へ流されながらも、最後に一撃を放つ。


因果収束ランス。


狙いは、電子戦艦ではない。


その背後にいた、再編補助中の軽巡。


ジェミニ

「置き土産よ」


光が走る。


軽巡が沈黙する。


だが、その一撃でSS1は主戦線から外れた。、


エリシア

「よし」


短く。


「次は敵制圧艦群を削る」


カイ

「SS1は?」


エリシア

「戻ってくる」


当然のように言う。


「でも、今は戻るまでの時間を使う」


彼女は前へ出る。


「全艦、攻撃目標変更」


「《ディザスター・レイン》を削れ」


「シールドが戻る前提で動くな」


「戻らなくても勝てる形を作る」


その命令が、再び戦場へ流れる。


ルクス統合作戦司令部。


リリは、その命令の意味を理解していた。


リリ

「……この人」


「怖い」


それは憎しみではない。


認識だった。


怒っても崩れない。

盾を奪っても立て直す。

SS1を落とせなくても、戦場から一時的に外す。


リリは、小さく震えた。


(このままじゃ……)


(ジェミニお姉ちゃんだけじゃ、止めきれない)


その時、背後の深層通信が揺れる。


リリは、そちらを見た。


けれど、まだ手は伸ばさない。


まだ早い。


まだ――ジェミニは戦っている。


リリ

「……お願い」


小さく呟く。


「もう少しだけ、持って」


その声は、怒りではなかった。


祈りだった。


第四惑星ルクス前方宙域。


戦場は、次の局面へ移る。


盾なき一分は終わった。


だが、その傷跡は消えない。


銀河連邦は、盾に頼らない戦い方を覚え始めた。

エィルは、怒りだけでは崩し切れない敵を見た。

ジェミニは、自分を“外す”指揮官に出会った。

リリは、守るための怒りが、守るものまで削りかねないことを知り始めた。


そして。


リンドウ旗艦の艦橋で、エリシアは静かに告げる。


「ここからは、削り合いではない」


「相手の判断を奪う戦いよ」


カイが頷く。


「了解」


戦術AI

「次目標、《ディザスター・レイン》制圧艦群」


エリシア

「撃て」


その命令と共に。


宇宙に、再び光の雨が降った。





宇宙に、再び光の雨が降った。


だが今度の光は、先ほどのような怒りの奔流ではない。


冷たい。


整っている。


殺意よりも、計算に近い光だった。


リンドウ旗艦の艦橋で、エリシアは戦術投影の中央に立っていた。


彼女の前には、エィル制圧艦群ディザスター・レインの軌道が重ねられている。


大型艦。


機動力は落ちる。


だが、その代わりに面制圧能力が異常に高い。


先ほどの一分間で、銀河連邦艦隊をもっとも深く削ったのは、SS1ではない。


ジェミニは“刃”だった。


だが《ディザスター・レイン》は――


“豪雨”だった。


避けられない範囲攻撃。


逃げても削る。


避けようとしても削られる。


盾がなければ、艦隊の密度そのものを奪っていく兵器群。


だからこそ。


エリシアはそこを狙った。


「制圧艦群を落とす」


その声は静かだった。


だが、艦橋の全員が理解した。


これは攻勢ではない。


犠牲を食い止める。


カイが戦術投影を睨む。


「けど、あいつら後衛寄りだぞ。前にインターセプターと戦術艦がいる」


戦術AIが即座に補足する。


「敵高速迎撃艦群、再配置中」


「《ヴォイド・スプリンター》が制圧艦群の前面に防護層を形成」


「《グリム・リッパー》が中間迎撃線を構築」


カイが舌打ちする。


「つまり、普通に撃っても届かない」


エリシアは頷く。


「普通には撃たない」


彼女は指を動かした。


リンドウ旗艦の戦術投影が変形する。


第一艦隊アーク・ヴァンガードの一部が、前面からわずかに退く。


第三艦隊シールド・アークの残存防御軸が、右へずれる。


第四艦隊プロメテウス・リンクの電子戦艦群が、損傷を抱えながらも再び接続を伸ばす。


そして第五艦隊スカイ・ドミニオン。


スカイ大隊。


有人機二個大隊。


無人機二個大隊。


その全てが、制圧艦群へ向かう射線の“隙間”を作るために動き始めた。


カイが目を細める。


「……なるほど」


「空を作るのか」


エリシアは答える。


「ええ」


「艦隊で撃つのではなく、戦場そのものに射線を作る」


戦術AIが淡々と告げる。


「射線形成作戦、発動します」


その瞬間、銀河連邦艦隊が動いた。


前に出るのではない。


下がるのでもない。


“ずれる”。


重巡が壁を作る。


戦艦が柱になる。


軽巡が柱の影へ滑り込む。


駆逐艦が牙となって敵迎撃艦だけを噛みに行く。


それは、美しい陣形ではなかった。


むしろ歪だ。


不完全で、穴だらけで、泥臭い。


だがその穴は、偶然ではない。


撃つための穴だった。


ルクス統合作戦司令部。


リリは、その変化にすぐ気づいた。


「……射線?」


小さな眉が寄る。


「違う」


「これ、こっちの制圧艦を撃つつもり……!」


リリはすぐに命令を飛ばす。


「《ヴォイド・スプリンター》、前へ!」


「《グリム・リッパー》、中間線を厚くして!」


「《ディザスター・レイン》は後退しながら砲撃続行!」


幼い声。


だが内容は正確だった。


エィル艦群は即座に各艦動く。


高速迎撃艦が薄い刃となって前へ出る。


戦術戦闘艦が交差軌道で銀河連邦の駆逐艦を狩りに行く。


制圧艦群は後退しながら、なおも主砲を開いた。


リリ

「止めて!」


「撃たせないで!」


その声は怒りではなく、焦りを帯びていた。


その頃。


ジェミニは。


ジェミニは主戦線から一時的に外へ流されていた。


だが、外されたからといって沈黙するわけではない。


焼けた外装。


低下した一部推進。


それでも、彼女の艦はまだ戦場の“端”を切り裂ける。


ジェミニは、エリシアの動きを見ていた。


「……制圧艦を狙うのね」


薄く笑う。


「本当に嫌なところを見る」


彼女は惑星の司令部に通信を送る。


「リリ」


リリ

「ジェミニお姉ちゃん!」


声に安堵が混じる。


ジェミニ

「私を戻す必要はないわ」


リリ

「でも!」


ジェミニ

「今戻れば、エリシアの誘導に乗る」


「私は外側から削る」


リリは一瞬、沈黙する。


ジェミニの言っている意味を理解した。


ジェミニを主戦線へ戻そうとすれば、銀河連邦はそこに再び包囲を作る。


だから、ジェミニは戻らない。


外から、銀河連邦の射線形成を削る。


リリ

「……わかった」


「でも無茶しないで」


ジェミニは、少しだけ笑った。


「それは約束できないわね」


リリ

「おねちゃん!」


ジェミニ

「大丈夫」


その声が、わずかに柔らかくなる。


「まだ終わらない」


そしてジェミニは、主戦線の外側を疾走した。


狙いは、銀河連邦の駆逐艦群。


射線を開くために前へ出た“牙”。


それを削る。


第七艦隊ヴァルチャー・スウォーム。


その先頭にいた駆逐艦隊長は、SS1の反応を見た瞬間、叫んだ。


「SS1、外周から来る!」


「全艦、散開!」


だが、SS1は速い。


戦術AIが警告を飛ばす。


「SS1、外周突破軌道!」


「第七艦隊、接触まで三秒!」


カイ

「くそ、そっちか!」


エリシアは即座に判断する。


「第七艦隊は逃がさない」


カイが驚く。


「守るんじゃなくて?」


エリシア

「SS1は逃げる相手を刈る」


「だから、逃げるな」


全艦通信。


エリシアの声が落ちる。


「第七艦隊」


「SS1を引き受けなさい」


一瞬、艦橋が沈黙する。


だが第七艦隊の駆逐艦長たちは、応答した。


「了解」


「ヴァルチャー隊、反転!」


「SS1を叩く!」


駆逐艦群が逃げるのをやめる。


散開ではない。


反転。


SS1へ向かって、逆に突っ込む。


ジェミニの目が細くなる。


「……いい判断」


その声には、苛立ちではなく評価があった。


「逃げない駆逐艦は、少し厄介ね」


SS1が軌道を変える。


ヴァルチャー級駆逐艦がパルスビームを連射する。


一発ごとの威力は低い。


だが、密度が高い。


SS1の進路を“削る”には充分だった。


一隻が撃たれる。


推進断。


二隻目がSS1の側面へ食いつくように接近する。


ジェミニ

「邪魔」


レール砲群が撃つ。


駆逐艦の艦首が吹き飛ぶ。


だが、その直後。


三隻目のヴァルチャー級が、SS1の回避先へ入った。


艦長

「今だ!撃てぇ!」


至近距離パルスビーム。


SS1の外殻をかすめる。


ジェミニ

「……っ」


小さな損傷。


だが、その一瞬で十分だった。


リンドウ旗艦。


戦術AI

「射線形成、完了」


エリシア

「撃て」


その命令は短かった。


第一艦隊の高速戦艦群が、開いた射線へ主砲を流し込む。


重巡洋艦群が粒子砲を重ねる。


電子戦艦《プロメテウス級》が、敵制圧艦群の照準補正を乱す。


スカイ大隊が、敵迎撃艦の前面を抑える。


宇宙に、白い豪雨降った。


《ディザスター・レイン》制圧艦群。


その前面にいた《ヴォイド・スプリンター》が数隻、盾になるように飛び込む。


だが、今度の銀河連邦の射撃は広くない。


狭い。


一点を通すための射撃。


制圧艦一隻の外殻が裂ける。


二隻目が主砲基部を失う。


三隻目の炉心が暴走し、白い火球となって崩れた。


次々と艦艇が飲み込まれていく。


リリ

「……っ!」


小さな身体が震える。


《ディザスター・レイン》が落ちた。


それはただの喪失ではない。


エィルの“押し込みの重さ”が削られたという意味だった。


リリ

「後退して!」


「制圧艦群、隊列を割って!」


だが、銀河連邦は追撃を始めていた。


カイ

「逃がすな!制圧艦を落とせば、こっちの呼吸が戻る!」


戦術AI

「敵制圧艦群、後退」


「第七艦隊、SS1との交戦継続損耗率加速中」


「スカイ大隊、迎撃層維持」


エリシア

「深追いはするな」


「落とせる艦だけ落とせ」


「欲を出すと、SS1に首を取られる」


その言葉通りだった。


外周では、ジェミニが再び動き出していた。


ヴァルチャー級の反転迎撃は見事だった。


だが、長くは保たない。


ジェミニは学習している。


一度見た戦術は、二度目には通りにくい。


SS1が、急減速。


追っていた駆逐艦群が、一瞬だけ前へ出すぎる。


ジェミニ

「そこ」


因果収束ランス。


駆逐艦一隻、沈黙。


さらに、スマート弾が二隻の推進系を切る。


しかし。


その代償に、SS1は制圧艦群への援護へ戻れない。


ジェミニは、それを理解していた。


「……上手く切られたわね」


ほんの少しだけ、口元が歪む。


「エリシア」


「あなた、本当に優秀嫌な指揮官だわ」


リンドウ旗艦。


エリシアは、まるでその声を聞いたかのようにSS1を見た。


「戻ってくるわ」


カイ

「SS1ですか?」


エリシア

「ええ」


「でも、戻ってくる時には、制圧艦群は今より薄い」


戦術AI

「敵ディザスター・レイン損耗増加」


「面制圧密度、低下」


カイが息を吐く。


「やっと少し楽になるか」


エリシアは首を横に振る。


「いいえ」


「楽になる前に、相手も次を切る」


ルクス統合作戦司令部。


リリは、その言葉の通りに動いていた。


怒りは残っている。


だが今のリリは、ただ怒っているだけではない。


“考えている”。


《ディザスター・レイン》をこのまま失えば、戦場の圧が下がる。


ジェミニおねちゃん戻るまでの間に、銀河連邦はさらに形を整える。


ならば。


リリは、情報層の奥へ手を伸ばす。


まだ出していない予備。


《ナイトメア・ヴェール》の深層攪乱帯。


通常は敵AI制御を乱すためのもの。


だが今、狙うのはAIではない。


人間。


リリ

「視界を、ずらす」


その言葉と同時に、エィル攪乱艦群が波を放った。


銀河連邦艦橋の投影が、一瞬だけ滲む。


距離表示がわずかに揺れる。


敵艦の位置が、実際よりほんの少し近く見える。


あるいは遠く見える。


ただの誤差。


だが、艦隊戦では致命的な誤差。


戦術AI

「視覚投影層に干渉!」


「各艦、手動確認を併用せよ!」


カイ

「今度は目か!」


エリシア

「全艦、AI表示だけを見るな」


「艦長判断を混ぜろ」


「違和感を報告させなさい」


副官

「了解!」


この瞬間、銀河連邦艦隊の強みと弱みが同時に出た。


AI依存。


だが、人間がいる。


エィル無人艦は超高速で最適化する。


だが、人間特有の“違和感”を持たない。


リンドウ旗艦には、各艦長の声が次々と流れ込む。


「敵艦、表示より遠い!」


「いや、こちらでは近い!」


「照準補正、目視基準へ切り替える!」


「AI値を三割捨てろ!艦長判断で撃つ!」


カイが笑う。


苦い笑いだった。


「泥臭いな」


エリシア

「だから効く」


彼女は前を向く。


「人間を残しておいてよかったわね」


戦術AI

「同意」


「人間判断による誤差補正、想定以上に有効」


カイ

「AIに褒められると変な気分だな」


だが、会話の余裕はそこまでだった。


SS1が戻ってきた。


今度は外周からではない。


斜め下。


リンドウ旗艦の防護軸、その下層を掠めるように。


戦術AI

「SS1、再突入!」


エリシア

「来たわね」


カイ

「今度はどこを狙う!?」


戦術AI

「推定目標、制圧艦群攻撃中の高速戦艦ライン」


エリシア

「接敵させない」


「第八艦隊アイアン・ウォール、前へ」


カイ

「後方壁を出すのか!?」


エリシア

「今出さなければ、前線が崩れる」


「重い艦を置いて、SS1の速度を殺す」


第八艦隊が動く。


宇宙戦艦と重巡を中心とした後方壁。


それが、SS1の前に“遅い壁”として立ち上がる。


ジェミニは、それを見て笑う。


「重い」


「でも、面倒」


SS1が壁を避ける。


だが避ければ、高速戦艦ラインへの最短路を失う。


突っ込めば、戦艦副砲群と重巡の粒子砲に晒される。


ジェミニ

「……いいわ」


「なら、削る」


SS1は、突っ込んだ。


戦艦の副砲が光る。


重巡の粒子砲が走る。


SS1はそれらの雨あられをかわすが外装が再び焼ける。


だが、その代わりに――


ジェミニの一撃が、第八艦隊の重巡一隻を貫いた。


重巡、戦闘不能。


しかし壁は崩れない。


隣の戦艦が、その穴を塞ぐ。


カイ

「よし!穴を埋めた!」


エリシア

「続けなさい」


「SS1に“楽な突破”を許すな」


戦場は、再び膠着ではなく、摩耗へ移った。


エィルは鋭い。


銀河連邦は重い。


ジェミニは速い。


エリシアはしつこい。


リリは怒りと焦りの間で揺れながら、それでも次の手を探している。


近衛AIは完全ではないまま、少しずつ盾を戻している。


そしてそらは――


まだ、この戦場の中心にはいない。


だが全員が、彼女のために戦っている。


その事実だけが、戦場をさらに歪ませていた。


統合作戦司令部側。


リリは、戦術投影を見つめる。


《ディザスター・レイン》が削られていく。


SS1が戻るたびに銀河連邦も傷つく。


だが、銀河連邦は崩れない。


リリの唇が震える。


「……どうして」


「どうして、そんなに必死なの」


その問いに、誰も答えない。


だが、リリはもう答えを知り始めていた。


向こうにも、守りたいものがある。


その事実が、彼女の怒りを少しずつ複雑にしていく。


それでも。


リリは命令を出す。


「全艦、再配置」


「《ディザスター・レイン》を下げて」


「《グリム・リッパー》を前へ」


「SS1が戻る通路を作って」


彼女の声はまだ幼い。


だが、その目は司令官のものになり始めていた。


リンドウ艦橋。


エリシアは、その動きを見ていた。


「……相手の司令系統が変わった」


カイ

「変わった?」


エリシア

「怒りだけではない」


「考え始めている」


戦術AI

「敵指揮パターン、初期怒涛攻撃から防御的再配置へ変化」


カイ

「つまり?」


エリシア

「ここから厄介になる」


エリシアは静かに命じる。


「全艦、押しすぎるな」


「相手は引いているのではない」


「次の形を作っている」


宇宙の奥で、SS1が旋回する。


ジェミニが、再び戦場を見る。


リリが、戦場を組み直す。


エリシアが、それを読む。


近衛AIが、盾を戻す。


カイが、前線を支える。


スカイが、迎撃線を維持する。


そして戦場全体が、ゆっくりと別の局面へ移っていく。


怒りの一分は終わった。


盾なき戦いも、終わっていない。


だが次に来るのは――


ただの反撃ではない。


双方が相手を認めたうえで、

相手の“次の判断”を潰しに行く戦いだった。


リンドウ旗艦の艦橋で、エリシアは小さく言った。


「次は、相手の指揮を削る」


カイが頷く。


「了解」


戦術AI

「目標更新」


「敵戦術戦闘艦群グリム・リッパー、前進」


エリシア

「来るわ」


その瞬間。


エィル前衛が、再び加速した。


《グリム・リッパー》。


高速戦術戦闘艦群。


人を乗せない、無人の刃。


それらが、銀河連邦の重い壁へ向かって――


静かに、そして凶暴に、突き進んできた。




グリム・リッパー》。


高速戦術戦闘艦群。


人を乗せない、無人の刃。


それらが、銀河連邦の重い壁へ向かって――

静かに、そして凶暴に、突き進んできた。


第四惑星ルクス前方宙域に、再び圧が走る。


先ほどまでの《ディザスター・レイン》は、面で潰す豪雨だった。


だが《グリム・リッパー》は違う。


豪雨ではない。


鎌だ。


防御の厚い場所を避け、薄い継ぎ目を切り裂き、戦艦と重巡が作る壁の“関節”だけを狙ってくる。


リンドウ旗艦・艦橋。


戦術投影の中で、エィル艦群が細い光の束となって伸びてくる。


カイ

「来た……!」


戦術AI

「敵高速戦術戦闘艦群、前進」


「進路、第一艦隊と第八艦隊の接続部」


「目的推定――防御壁の切断」


エリシアは瞬きもせず見ていた。


「正面ではなく、繋ぎ目」


「やはり、考え始めたわね」


カイが歯を噛む。


「さっきまでの防御の隙を突かれた猛攻より、嫌ですね」


エリシア

「ええ」


「怒りは読みやすい」


その声に、艦橋の誰もが息を呑む。


敵はただ強いだけではない。


学んでいる。


こちらが再編したように、向こうも再編している。


戦術AI

「敵戦術艦群、散開」


「三方向より侵入軌道」


「迎撃推奨」


エリシア

「駆逐艦を出しすぎるな」


カイ

「でも、あいつらを止めるには駆逐艦が必要です!」


エリシア

「分かっている」


「だから、追わせるな」


一拍。


「噛ませて、戻させる」


カイは一瞬だけ考え、すぐに理解した。


「……出入り口を決めるんですね」


エリシア

「そう」


「こちらの壁の中へ入らせる」


「ただし、出口はこちらが決める」


戦術AI

「誘導防御陣、構築開始」


重巡群がわずかに開く。


戦艦群が砲塔を下げる。


軽巡が影へ入り、駆逐艦が左右に散る。


それは、一見すると隙だった。


だが実際には――


“通路”だった。


敵に見せるための、狭い道。


カイ

「来いよ……」


「そのまま突っ込め」


《グリム・リッパー》は、迷わなかった。


無人艦。


人間の恐怖も、躊躇もない。


最短距離で、銀河連邦の壁の中へ滑り込む。


第一波、十二隻。


高速実体砲が走る。


重巡の外殻が裂ける。


軽巡の装甲が一瞬で焼ける。


戦術AI

「重巡二隻、損傷」


「軽巡一隻、戦闘継続困難」


カイ

「まだだ!」


エリシア

「閉じなさい」


その瞬間。


通路が閉じた。


左右の重巡が、遅い巨体を強引に寄せる。


上方から戦艦の副砲群が角度を落とす。


下方から駆逐艦《ヴァルチャー級》が牙のように跳ね上がる。


《グリム・リッパー》の十二隻は、瞬時に包まれた。


だが――


簡単には沈まない。


一隻が、あえて自艦の装甲を削りながら重巡の横腹へ接近する。


別の一隻が、駆逐艦の射線へ自ら入って、その後ろの僚艦の進路を作る。


カイ

「こいつら……味方の盾になってやがる!」


戦術AI

「自己犠牲ではありません」


「群体最適化です」


エリシア

「どちらでもいい」


「結果として、こちらの撃破効率が落ちる」


彼女の指が戦術投影をなぞる。


「なら、群れの中心を撃つ」


戦術AI

「中心個体、特定不能」


エリシア

「中心は艦ではない」


「軌道よ」


戦術AIが一瞬沈黙する。


次の瞬間、投影上に《グリム・リッパー》の軌跡が重ねられる。


無数の線。


その交点。


そこに、群れの“意思”がある。


戦術AI

「軌道交点、抽出」


「射撃可能」


エリシア

「撃て」


重巡の高速粒子砲が、一斉にそこへ撃ち込まれた。


艦ではなく、空間へ。


《グリム・リッパー》の次の移動先。


そこへ先に火力を置く。


一隻が突っ込む。


直撃。


二隻目が回避する。


だが回避先に、ヴァルチャー級のパルスビームが待っている。


三隻目は、進路を失って重巡の副砲に裂かれた。


カイ

「よし!」


「読めてる!」


だが喜びは続かない。


戦場の端。


SS1が動く。


ジェミニは、銀河連邦が《グリム・リッパー》の軌道を読み始めたことを見抜いていた。


ジェミニ

「軌道を撃つ……」


薄く笑う。


「やっぱり、あなた達は面白い」


SS1が、外周から再び加速する。


だが今回は主戦線へ突っ込まない。


彼女が狙ったのは、軌道解析を支える電子戦艦群。


《プロメテウス・リンク》。


ジェミニ

「目を潰す」


リンドウ艦橋。


戦術AI

「SS1、第四艦隊へ接近!」


カイ

「またか!」


エリシア

「予定通り」


カイ

「予定通り!?」


エリシア

「あの艦なら、そこを狙う」


「だから、そこには“餌”を置いた」


戦術投影の第四艦隊側。


損傷した電子戦艦一隻が、あえてリンク出力を強めている。


まるで、艦隊全体の目であるかのように。


だがその背後。


軽巡群が薄く広がり、さらにその後ろに二隻の重巡が待っている。


戦術AI

「囮艦、出力最大」


カイ

「おいおい……あれ、乗員いるんだぞ」


エリシアの顔は動かない。


だが声だけが、わずかに低くなる。


「分かっている」


「だから、逃がす道も作っている」


囮電子戦艦の艦橋。


艦長は、赤い警告灯に照らされながら前を見ていた。


「SS1接近」


副官

「艦長、本当にやるんですか」


艦長は苦笑する。


「大将が見ている」


「なら、無駄死ににはしないだろう」


副官

「信頼ですか?」


艦長

「いや」


一拍。


「次は我らだ、多くの戦友たちが残してくれた、未来を守る」


それでも、口元は笑っていた。


「全出力、リンク放射」


「SS1に、ここが心臓だと思わせろ」


SS1。


ジェミニはその光を見た。


「……露骨」


だが、無視できない。


本物か、囮か。


未来線はまだ鈍い。


そらの干渉が、彼女の判断の奥に薄く残っている。


ジェミニ(内心)

(嫌な縛り方をするわね、そら)


(でも)


「選ぶわ」


SS1は、囮電子戦艦へ向かった。


速い。


一瞬で距離が詰まる。


囮艦の艦長が叫ぶ。


「今だ、後退!」


電子戦艦が無理やり推進を吹かす。


遅い。


SS1の方が遥かに速い。


ジェミニ

「逃がさない」


因果収束ランスが収束する。


だが、その瞬間。


軽巡群が左右から割り込んだ。


一隻ではない。


四隻。


それぞれが、SS1の射線をほんの少しだけ曲げる位置に入る。


ジェミニ

「……っ」


撃てば、電子戦艦ではなく軽巡を貫く。


それでも撃てる。


だが、その一瞬の判断が遅れる。


重巡二隻が、背後から粒子砲を放った。


SS1の右舷側をかすめる。


外殻が焼ける。


艦体の発光ラインが一瞬乱れる。


ジェミニ

「上手い」


声に、苛立ちはない。


ただ、評価がある。


「でも、足りない」


SS1は、強引に上方へ抜ける。


その抜け道には、何もない。


いや――


何もないように見えた。


スカイ大隊。


有人機部隊。


スカイ

「待っておりました」


丁寧な声。


だが、その声の下には鋭い戦意があった。


「全機、上層迎撃線。SS1を流す」


僚機

「了解!」


無人機二個大隊が先に散る。


有人機は、その後ろ。


AIでは作れない“間”で待つ。


SS1が抜ける。


無人機群が一斉に噛みつく。


ジェミニ

「またあなた?」


スカイ

「恐縮です」


「ですが、通行止めです」


フェムトレーザーが走る。


スマート弾が飛ぶ。


無人機が砕ける。


だが、スカイ隊は散らない。


一機が落ちても、次の機が射線を継ぐ。


スカイ

「近づき過ぎるな」


「SS1は、こちらの焦り食うぞー」


僚機

「了解!」


SS1の進路が、わずかにずれる。


そのずれが、囮電子戦艦を救った。


リンドウ艦橋。


戦術AI

「囮艦、離脱成功」


カイ

「よし!」


エリシア

「まだよ」


「SS1を追わない」


「《グリム・リッパー》を削る」


カイは一瞬だけSS1を見た。


追いたい。


だが、追えばまた切り返される。


だから。


「了解!」


「全艦、敵戦術艦群を優先!SS1に釣られるな!」


銀河連邦艦隊は、SS1を完全には止められない。


だが、SS1に戦場全体を支配させない。


そのために、目標を絞る。


《グリム・リッパー》。


高速戦術戦闘艦群。


銀河連邦の重い壁に食い込み続ける無人の刃。


だが、今はその刃も欠け始めていた。


重巡の壁が、押し返す。


戦艦の柱が、空間を固定する。


軽巡が、影から誘導弾を叩き込む。


駆逐艦が、突出した敵だけを噛み砕く。


一隻。


二隻。


三隻。


エィル艦が光となって散る。


ルクス統合作戦司令部。


リリは、歯を食いしばる。


「《グリム・リッパー》、深追いしないで!」


「隊列を維持して!」


だが、銀河連邦は崩れた隙を狙うのではなく、隊列そのものを崩しに来ている。


リリ

「……嫌な戦い方」


その声は小さい。


でも、理解が混じっていた。


エリシアは、敵を過小評価していない。


ジェミニを止め切れないと認めたうえで、戦場の別の箇所を削っている。


ジェミニに勝つのではなく。


ジェミニが勝ち切れない戦場に変えている。


リリ

「このままじゃ……」


彼女の視線が、深層の一点へ動く。


ルクス艦。


まだ戦場に出ていない切り札。


だが、まだ早い。


早すぎる。


出せば流れは変わる。


しかし、その瞬間から交渉の盤面も変わる。


リリは、レイテの言葉を思い出す。


“勝つための手を打つわ”


レイテは、まだ戻っていない。


なら、自分が持たせるしかない。


リリ

「ジェミニお姉ちゃん」


通信を開く。


「《グリム・リッパー》が削られてる」


ジェミニは、スカイ大隊の圧をかわしながら答える。


「見えているわ」


リリ

「助けに戻れる?」


ジェミニ

「戻れる」


一拍。


「でも、戻ればエリシアは私をまた主戦線から外す」


リリ

「じゃあ……」


ジェミニ

「だから、別の場所を切る」


SS1が旋回する。


狙いは、《グリム・リッパー》を攻撃している戦艦群ではない。


その後ろ。


指揮補助をしている軽巡群。


ジェミニ

「指を切れば、拳は鈍る」


リンドウ艦橋。


戦術AI

「SS1、再度目標変更」


「後方軽巡群へ接近!」


カイ

「ほんとに嫌な所ばっか来るな!」


エリシア

「だから、見えている」


彼女は短く命じる。


「後方軽巡、散開」


「ただし逃げるな」


「互いの射線を開け」


後方軽巡群。


艦長たちは、SS1接近警報を聞いて顔を強張らせる。


だが逃げない。


一隻の艦長が、震える手で椅子の肘掛けを握る。


「……来るぞ」


副長

「回避しますか?」


艦長

「逃げたら狩られる」


一拍。


「大将の命令通り、射線を開け」


「撃てる者から撃て」


SS1が突入する。


軽巡群が散る。


だが、ただ散ったわけではない。


散った先に、それぞれの射線が重なる。


SS1が一隻を狙えば、他の二隻が撃つ。


二隻を避ければ、三隻目の誘導弾が来る。


ジェミニ

「……学習が早い」


それでも。


彼女は落とす。


一隻の軽巡の通信中枢を切る。


二隻目の推進系を焼く。


三隻目の照準系を潰す。


だが、時間がかかる。


以前なら数秒で通り抜けた戦場に、今は十数秒を使わされる。


その間に、《グリム・リッパー》はさらに削られる。


ジェミニの笑みが、わずかに消える。


ジェミニ(内心)

(これは……)


(私を止めているのではない)


(私に“時間を使わせている”)


リンドウ旗艦。


エリシアは、それを見ていた。


「そう」


小さく呟く。


「あなたは強い」


「だから、勝とうとしない」


「時間を奪う」


カイが横目で見る。


「……大将、今さらですけど」


「相手が人間だったら、絶対嫌われますよ」


冗談を言うカイ


エリシア

「敵に好かれる必要はないわ」


カイ

「味方でも怖いです」


その瞬間、戦術AIが報告する。


「敵グリム・リッパー戦闘密度低下」


「こちらの防御線、安定化」


「限定シールドビット、復帰率上昇」


エリシア

「近衛AIは?」


戦術AI

「完全同期には至らず」


「ただし局所防御は実用域へ回復」


エリシア

「十分」


「次にあちらの指揮官が押してきても、同じ崩れ方はしない」


その言葉は、希望ではない。


判断だ。


ルクス情報層。


リリは、その回復を感じていた。


近衛AI四人衆が、また立っている。


完全ではない。


揺らいでいる。


けれど、立っている。


ミレイ

「二度目の全層引き込みは通させない」


レグナ

「感情波対策、展開」


ユグナ

「認識固定への耐性を付与」


ミュー

「リリ、もう怒りだけじゃ無理だよ」


リリは、小さく唇を噛む。


「……分かってる」


その声に、初めて少しだけ冷静さが戻る。


「でも」


「守りたいんだもん」


ミュー

「こっちも」


その短いやり取りが、情報層の奥で響く。


敵同士。


でも、同じ構造。


守るために戦っている。


その理解は、優しさにはならない。


ただ、戦いをもっと苦しくする。


現実戦場。


SS1が軽巡群を抜けた。


だが、得た戦果に比べて失った時間が大きい。


ジェミニは戦術投影を見て、静かに息を吐く。


《グリム・リッパー》の前衛密度が落ちている。


《ディザスター・レイン》は後退。


《ヴォイド・スプリンター》も損耗。


それでもエィルは押している。


だが、押し切れていない。


ジェミニ

「……厳しいわね」


その言葉は珍しかった。


弱音ではない。


現実認識。


リリ

「ジェミニお姉ちゃん……」


ジェミニ

「心配しないで」


「まだ、こちらが主導権を失ったわけじゃない」


彼女は戦場の奥を見た。


銀河連邦の再編ライン。


リンドウ旗艦。


エリシア。


「でも、そろそろ」


ジェミニの瞳が細くなる。


「大きく揺らさないと、面白くないわ」


SS1が、再び姿勢を変える。


今度の動きは、速さではない。


狙いを定める動き。


リンドウ艦橋。


戦術AI

「SS1、機動変化」


カイ

「また来るか!?」


エリシア

「違う」


彼女は、戦術投影の全体を見た。


SS1の向き。


エィル艦群の再配置。


リリの指揮の変化。


そして、下がっていた《ディザスター・レイン》の一部が、再び砲口を開き始めている。


エリシア

「同時に来る」


カイ

「同時?」


エリシア

「SS1がこちらの目を引く」


「《グリム・リッパー》が継ぎ目を切る」


「《ディザスター・レイン》が後ろから潰す」


戦術AI

「複合攻撃パターン、成立」


カイ

「じゃあ、止めないと!」


エリシアは静かに頷く。


「止める」


「ただし、全部は止められない」


その言葉が、艦橋に重く落ちる。


「選ぶわ」


「どれを受けて、どれを潰すか」


戦場が、再び大きく動こうとしていた。


エィルは再構築した。


銀河連邦も再構築した。


そして今、双方が次の一撃を選ぼうとしている。


リンドウ旗艦の前方で、エリシアは静かに息を吸う。


「全艦」


「次の敵攻勢は複合波状攻撃」


「SS1に惑わされるな」


「制圧艦の砲口を見ろ」


「戦術艦の進路を読め」


「迎撃艦の速度に釣られるな」


彼女の声が、全艦へ届く。


「これは、耐える戦いではない」


「選ぶ戦いよ」


カイが、拳を握る。


「来い……!」


ルクス惑星側。


リリもまた、命令を下す。


「全艦、連携攻勢」


「ジェミニ様の動きに合わせて」


「今度こそ、崩す」


ジェミニは、静かに笑う。


「さあ」


「次は、どこまで読めるかしら」


宇宙が、再び張り詰める。


光が溜まる。


艦隊が沈黙する。


そして次の瞬間――


エィル前衛、再加速。


銀河連邦、迎撃態勢。


SS1、突入準備。


戦場は、第二波の深部へと突入していった。




『削り合う意思』



宇宙が、再び張り詰める。


光が溜まる。


艦隊が沈黙する。


そして次の瞬間――


エィル前衛、再加速。


銀河連邦、迎撃態勢。


SS1、突入準備。


戦場は、第二波の深部へと突入していった。



第四惑星ルクス前方宙域。


今やこの戦場には、“前線”という概念すら曖昧になり始めていた。


どこも危険域。


どこも火力圏。


どこも死角ではなく、

どこも“誰かの狩場”になっている。


焼けた装甲片が流れる。


推進剤を漏らしながら漂う駆逐艦。


通信を失った軽巡。


爆散した艦橋の破片。


そして、その残骸の隙間を縫うように――


SS1が走る。



SS1内部。


警告灯は、もう常時点灯状態だった。


《右舷外装損耗率:41%》

《因果収束ランス冷却遅延》

《主推進器負荷限界接近》


だが。


ジェミニは、まだ笑っていた。


「……いい戦場」


その声は静かだ。


しかし、その瞳は鋭い。


戦術投影に映る銀河連邦艦隊。


エリシアの再編。


重巡の壁。


戦艦の柱。


軽巡の影。


駆逐艦の牙。


そして――


近衛AI群。


完全ではない。


だが、戻り始めている。


ジェミニ(内心)

(立て直したわね)


(あの一分で崩れなかったのは、大きい)


彼女は冷静に認める。


銀河連邦は弱くない。


むしろ、“異常に粘る”。


普通の文明なら、

リリの怒りによる情報層干渉を受けた時点で、

艦隊全体が崩壊していてもおかしくなかった。


だが彼らは戻ってきた。


揺らぎながらも。


傷付きながらも。


まだ、立っている。



リンドウ旗艦・艦橋。


戦術投影には、無数の赤線が走っている。


敵侵入予測。


砲撃予測。


被弾予測。


どれも危険域。


だが、最初の混乱とは違った。


今は全員が理解している。


“混乱した方が負ける”。


だから誰も叫ばない。


誰も感情に飲まれない。


赤色警報の中で、

全員が必死に“冷静”を維持していた。


戦術AI

「SS1、第四戦域から第八戦域へ移動」


「《グリム・リッパー》群、再編完了」


「《ディザスター・レイン》、第二制圧砲列展開」


カイ

「休ませる気ゼロかよ……!」


副官

「第七重巡群、損耗増加!」


「戦列維持率48%!」


エリシアは、静かに言う。


「捨てるな」


「崩れてもいい」


「形だけ維持しなさい」


副官

「了解!」



銀河連邦艦隊。


第三防御線。


重巡バルディア。


艦橋。


艦長の額を汗が流れる。


前方では、《グリム・リッパー》が異常軌道で迫っていた。


「来るぞ……!」


副長

「敵速すぎます!」


「迎撃追いつきません!」


艦長

「撃てるだけ撃て!」


重粒子砲が放たれる。


だが敵は、

“当たる場所”を避けているのではない。


“死なない場所”だけを選んで抜けていく。


一隻のエィル戦術艦が、

わざと被弾しながら突っ込む。


その背後。


別の二隻が、

重巡の下層死角へ滑り込む。


副長

「下から――!」


遅い。


実体貫通弾。


《バルディア》左舷装甲、貫通。


内部爆発。


艦橋が揺れる。


火花。


悲鳴。


警告。


だが艦長は倒れない。


「まだ沈まん!!」


「砲塔回せ!!」


その瞬間。


後方から、戦艦主砲が走る。


銀河連邦戦艦アグニス。


反応炉直結レールガン。


直撃。


《グリム・リッパー》一隻、爆散。


続けて二隻目。


三隻目。


宇宙に白熱した破片が広がる。


だが――


それでも敵は来る。



ルクス統合作戦司令部。


リリは、戦場全体を見ていた。


怒りだけではない、冷静に。


今は、必死だった。


「《ヴォイド・スプリンター》右回り!」


「そこ突っ込まないで!」


「孤立する!」


幼い声が飛ぶ。


だが内容は、完全に戦略的に。


リリは理解し始めていた。


銀河連邦は、

ただ防いでいるのではない。


“時間を奪っている”。


ジェミニの時間。


エィル艦群の時間。


攻勢の勢い。


全部。


少しずつ削っている。


リリ(内心)

(嫌だ……)


(この戦い方……嫌い)


それは効率がいい。


そして何より、

“折れない”。



その頃。


SS1。


ジェミニは、

ついに銀河連邦艦隊中央深部へ到達していた。


そこは戦艦群の柱。


銀河連邦再編陣形の中核。


普通の艦なら、

絶対に近づけない場所。


だがSS1は違う。


ジェミニ

「そこ」


因果収束ランスが放たれる。


一閃。


戦艦ゼルヴァ。

主砲基部、崩壊。


二撃目。


重巡ラグナ。


推進中枢、沈黙。


三撃目。


軽巡指揮艦。


通信断。


わずか十数秒。


三隻が戦列から消える。


カイ

「また抜かれた!!」


戦術AI

「SS1、依然健在!」


「追尾困難!」


エリシアはSS1を見つめる。


その動き。


その選択。


その削り方。


すでに理解していた。


「あの艦は、“勝つ”ために動いていない」


カイ

「……?」


エリシア

「“こちらの陣形を崩すため”に動いている」


一拍。


「だから、止めようとすると負ける」


カイは戦術投影を見る。


確かにそうだった。


SS1は、艦隊壊滅を狙っていない。


崩れそうな場所。


繋ぎ目。


再編途中。


損傷艦。


そこだけを、確実に刈っている。


つまり――


“疲弊”を積み重ねている。



戦場外縁。


スカイ大隊。


スカイは歯を食いしばっていた。


「クソ……!」


「速すぎる!」


僚機

「隊長!」


「後方!」


スカイが機体をひねる。


直後。


エィル迎撃艦が、

人間が乗る艦ではあり得ない軌道で突っ込んでくる。


スカイ

「またそれか!!」


フェムトレーザー。


命中。


一隻撃破。


だが。


その撃破の間に、

別方向からスマート弾群。


スカイ

「緊急散開!!」


無人機二機、爆散。


火球が広がる。


スカイは、その火球の中を突っ切る。


「まだ落ちるな……!」


「まだだ……!」



惑星ルクス深部。


情報層。


近衛AI群は、

ようやく最低限の同期を取り戻していた。


ミレイ

「局所防御展開」


レグナ

「SS1予測更新」


ユグナ

「敵迎撃艦群、再解析」


ミュー

「……来る」


その瞬間。


情報層が震える。


リリ。


怒りではない。


今度は――


焦り。


ミレイ(内心)

(揺れている)


レグナ(内心)

(損耗を理解し始めたか)


ユグナ(内心)

(感情波が変質している)


ミュー

「リリ……」


リリは、小さな拳を握る。


その瞳には、

まだ火がある。


だが。


その奥に、

“恐れ”が生まれ始めていた。



現実戦場。


エィル艦、沈む。


銀河連邦艦、沈む。


また沈む。


また爆散する。


どちらも止まらない。


どちらも引かない。


どちらも、“ここで終われば次がない”と理解していた。




そして宇宙は――


まだ、燃え続けていた。




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