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空襲、そして

1300時


 エリーは戦場にいた。


 雲霞(うんか)のごとく襲ってくる敵の大編隊。

 洋上は炎と黒煙を噴きあげる艦船が逃げまどっている。

 逆ガルの液冷単発機が、つぎつぎ急降下してくると、恐怖感を煽る不快な轟音に、エリーは精神を鷲掴みされそうになる。

 ルーベ軍ご自慢のウーデット急降下爆撃機Ud187が、500キロ爆弾をたずさえ、遥か上空から迫ってくる。

 通称『悪魔の叫び』と呼ばれる風切り音。

 気味悪い轟音。



減衰(げんすい)20、取舵20」

 女海賊は矢継ぎ早に

「弾幕射撃、貨物船を防御、相互連携射撃」

 10・2センチ両用砲と40ミリ機関砲が素早く旋回する。

「敵ウーデット(急降下爆撃機)、距離5000、射撃指揮装置連動」

 ヤトヴィカは叫ぶ。

「攻撃始め!」



 一斉に射撃がはじまる。

 主砲と40ミリ機関砲が連射すると、対空砲弾の黒い花が次々と咲きほこって、その間隙を40ミリ機関砲の弾道が詰めていく。

 だが、敵機は超然と猛烈な速さで突っ込んでくると、ふところから500キロ爆弾を投弾して、颯爽と突き抜けていく。

 巨大な水柱に囲まれる貨物船。

 そして情けない機銃の後手な弾道。

 ルイに言わせるとこの「しょんべん弾」という当たりもしない無駄撃ちに、敵機はやすやすと飛び去って行く。

 すると間隙を突いたかのように、新たな刺客が低空から忍び寄ってくる。



「雷撃機接近!フォークトPt194」

「転進、針路065。貨物船に信号、右舷に急速転舵、針路065、急いで」

 それは胴体と操縦席が分離した奇妙奇天烈な飛行機で、その左右非対称な奇怪さが、かえって不気味に思える攻撃機。

 それが海面スレスレ迫ってくる。



「攻撃目標変更、左舷095、敵雷撃編隊に指向、時限信管の計測、間違えんじゃないよ」

「射撃指揮装置、諸元入力」

「完了次第、発砲許可」

「攻撃始め!」

 駆逐艦と水雷艇、たった4隻で20機ばかしの雷撃機と対峙する。

 たまったものではない。

 貨物船の盾になって、弾幕射撃を浴びせる。

 むろん、相手も機首から20ミリ機銃を放ってくる。



「伏せろ!」

 副官は怒号でエリーは床に張り付けた。

 銃撃が露天艦橋をかすめて、皆伏せる。

 次々放たれてくる魚雷に

「こりゃ手のほどこしようがねぇぞ」

 長年、ルーベ軍と渡り合ってきたヤトヴィカでさえ、何が最善か判然しかねるほど、状況は最悪。

 とにかく逃げることで手一杯になる。

 そこらじゅう、爆弾の水柱と雷撃機が放つ魚雷の航跡が立ち込めている。

 もはや絶望的。

 けれども船団を全滅させる訳にはいかない。

 エリーは作戦方針を分遣艦隊司令官として厳命した。



「難民船団を脱出させます。援護を」

「できるかよ、これで」

 ヤトヴィカは吠える。

 至近弾の衝撃と水しぶきを盛大にエリーは浴びる。

 それでも冷徹に叫ぶ。

「戦闘旗を掲げてください。王立軍艦旗です。商船には撤退信号。片っ端から発進しますよ。ヤトヴィカさん」

「ったく、狂ってやがる」



1305時。

 〈ヴァンダ〉のマストにウェストリア王立軍艦旗が掲げられる。

『ウェス軍命令、難民船、撤退セヨ、引キ返セ』

 居合わす商船片っ端からエリーたちは信号を放ち続けた。

『難民船、撤退セヨ、引キ返セ』

 敵の攻撃が大型艦に集中する隙に、貨物船たちを逃走させようとする。

 だが敵も見逃してはくれない。

「ヴァルターエーザウAt180T8」

 鈍重な貨物船相手に戦闘機の群れが機銃掃射を浴びせてくる。

 無数の水柱に取り囲まれ、砕け散る破片をまき散らす貨物船が何隻もいる。

 あの一隻一隻に難民がひしめいている。



 エリーは悔しく思う。

 防空戦闘機の加護さえあれば、こんな悲痛な思いをしないで済むというのに。

 敵は難民の存在を知って攻撃している。

 自由フサリスカ戦隊の4隻は防護射撃を浴びせる。

 けれども戦闘機はカラスのように図太くかわして弾幕に当たらない。

 持ち前のヒース製40ミリ連装機関砲の弾道をかいくぐって、敵の戦闘機は猛烈な速さで機銃掃射をあびせてきた。

 そこかしこで、貨物船が破片と噴煙をまき散らす。



 あの一隻一隻で、いったい何十人が犠牲になったことだろうか。

 死傷者が出ていない訳がない。

 たまらず副官にだけ聞こえる小声で、エリーは込みあげた思いを呻いてしまう。

「こんな悔しい思いは嫌だよルイ」

「今は———」

 ルイは慎重に間をおいて

「———耐えるしかないんだエリー」

 副官は少女に覆いかぶさる度し難い重責をおもんばかる。

 エリーは自分が無力な現状に悲痛な気持ちを抑え込んで平静を装うしかない。

 それすらも敵はあざとく打ち崩してこようとは、このときエリーは知る由もない。


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