衝撃
1400時
「いたぞっ、あれだ」
ルイがさし示す先。
左舷前方。
二本の煙突から黒煙。
鈍重そうな白い巨体。
〈ウィレム・ガスコーニュ〉号。
エリーも確信する。
目的の船に違いない。
「至急、連絡を。撤退信号を」
巨大客船は発光信号に応じる。
「撤退しかと受諾す。本船旅客満載につき、護衛を要請す」
聞けば一万人ちかく難民がいるらしい。
諸手をふるう難民で遊歩甲板があふれている。
エリーは見つける。
諸手を振る老若男女に、小さな子供たちが混じっている。
見ていられない。
「即刻、撤退してください」
エリーの命令に〈ウィレム・ガスコーニュ〉号は鈍重な巨体をだらしなく反転しはじめた。
まさにその時。
「雷跡多数、数不明、極めて多数!」
突然、右舷から無数の雷跡が迫ってきた。
何本?数えきれない。
雷撃機はいない。
どうして?エリーは緊張する。
「流れ弾?」
「違うっ。多すぎる」
同行者兼副官の見立ては恐るべき事態を意味している。
ゼーヴォルフの群れに遭遇した。
エリーもルイもヤトヴィカも瞬時に左舷を進む客船〈ウィレム〉の存在を悟る。
間に合わない。
エリーは覚悟を決め、ルイとヤトヴィカに目配せする。
「〈ウィレム〉を守ります」
副官は頷く。
艦長は了承する。
「針路保持、まっすぐ進め!総員何かにつかまれ!右舷に魚雷、衝撃に備えよ!」
ヤトヴィカが通話機に叫ぶ間もなく、〈ヴァンダ〉を魚雷のまっしろい航跡が4発つらぬいた。
強烈な衝撃と、巨大な水柱に艦体があっさりとへし折れる。
かに思えたのに———
エリーはこれしかないと覚悟していた。
それなのに———
なにも起きない。
とっさに小さな海軍士官は飛び上がって、左舷の梁に飛びついた。
「ダメっ、いっちゃダメっ、曲がってっ」
エリーは悲鳴をあげてしまう。
その先に魚雷の薄い航跡が〈ヴァンダ〉の艦底をすり抜け、大型客船のどて腹一直線に喰い込んでいく。
地響きのような衝撃波。
腹に響く衝撃音と巨大な水柱が6本、エリーの目の前で、巨大客船から噴きあがった。
すると客船〈ウィレム〉は船首と船尾が軋むように呻いて、船体が膨れあがる。
鋼鉄が風船のように膨れた瞬間、真っ白いほど黄色い火球ができあがって、真っ黒い爆煙とともに大型客船は木っ端みじんに吹き飛んだ。
「そんな、うそよ———」
〈ヴァンダ〉の露天艦橋にいる誰もが転倒するほどの大爆発である。
衝撃波に突き飛ばされる瞬間まで、エリーはその一部始終を目に見ていた。
左舷600、海上は巨大な黒煙が空高くできあがっていた。




