第九章 夕食への誘い
バトルアリーナ部の活動が始まりました。レオはエマと一緒に、競技の基本を教わります。
翌週、授業を終えたレオは、教室棟の地下へ向かった。
階段を下りると、廊下の両側に扉がずらりと並んでいた。それぞれに、部の名前が書かれている。
チェス部、体力鍛錬部、魔物研究部、魔法決闘部。
案内の紙を確かめながら奥へ進むと、突き当たりに目当ての扉があった。
『バトルアリーナ部』
レオは一度鞄を掛け直し、扉を開けた。
「失礼します」
「おっ、来たね」
声をかけてきたのは、入部の受付をしてくれた先輩だった。
部室は、思っていたより広かった。
中央には大きな卓があり、その上に森や塔の模型が置かれている。入部のときに説明を受けた、バトルアリーナの競技場だろう。
右側には机と椅子がいくつか並び、壁際の本棚には本や書類が隙間なく詰まっていた。左側には、仕切りで区切られた小部屋が二つある。
中央の卓のさらに奥には、透明な箱が二つ並んでいた。
遊戯室で見た、魔法決闘の設備によく似ている。
レオがそちらを見ていると、机に座っていた先輩たちが近づいてきた。
「君が新入部員?エマって名前だから、女の子だと思ってたんだけど」
「そんなわけないだろ」
受付をしてくれた先輩が吹き出した。
「こっちはレオ。レオ・ライオンハートだよ。エマさんは、まだ来てない」
「あ、そうなのか。ごめん、ごめん」
勘違いした先輩は頭をかいた。
「僕は二年のハリー・ボーンズ。よろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された手を、レオは握った。
「僕はルカ・モドリッチ。同じく二年だよ」
受付の先輩とも改めて挨拶をしていると、背後で扉が開いた。
「失礼します」
「おっ、来たね」
ルカが入口へ迎えに行った。
「こちらが、もう一人の新入部員。エマ・ローゼンデールさん」
「ああ、君がエマさんか。よろしく」
先ほどまでレオの周りにいた先輩たちが、今度は入口へ集まった。
エマは一人ずつ、丁寧に挨拶を返していた。
レオはその様子を見ながら、声をかける機会を待った。挨拶がひと段落すると、少し近づいた。
「こんにちは。僕はレオ、レオ・ライオンハートです」
「はい。エマ・ローゼンデールです。よろしくお願いします」
エマがこちらを見た。
レオは一瞬、次に何を言うのか忘れかけた。
「あの、この前は、本当にありがとうございました」
「この前……?」
エマは少し考え、それから思い出したようにうなずいた。
「食堂のことですね。お礼を言っていただくほどのことではありません。むしろ、知り合いがご迷惑をおかけしてしまって……」
「いえ。ボブとアリアも、助かったので」
「それなら、よかったです」
また謝らせてしまった。
もう少しうまく言えればよかったと思いながら、レオも頭を下げた。
「二人とも、ひとまずこっちに座って」
ルカに呼ばれ、レオとエマは右側の机へ向かった。
*
ルカは本棚から同じ本を二冊取り出し、二人へ一冊ずつ渡した。
「試合に出る前に、まずはルールと基本の動きを覚えてもらうよ。その本にひと通り書いてあるから、早めに読んでおいて」
表紙には『バトルアリーナ競技規則』と書かれていた。
レオがめくると、細かな説明の間に、競技場や塔の図が載っていた。
「今日は、大まかな役割から説明しようか」
ルカは二人を中央の卓へ連れていった。
近くで見ると、競技場の模型はよくできていた。
両端に本陣塔があり、その間を森が埋めている。三本の道と、そこに並ぶ戦闘塔も、入部のときに聞いたとおりだった。
「プロの競技場とは、少し違うんですね」
エマが言った。
「そうだね。プロの試合では、基本の規則を守る範囲で、ホーム側のチームが競技場を造り替えられるんだ。だから、競技場ごとに特徴がある。それも見ていて面白いところだね」
ルカは模型の縁へ手を置いた。
「ただ、学生同士の試合を含めて、アマチュアの競技場は規格が厳しく決まってる。だいたい、この形だと思っていいよ」
レオは黙って聞いていた。
競技場が場所によって違うことも、初めて知った。
「エマさんは、よく試合を見るの?」
「はい。何度も見ています」
「それなら、知っていることもあると思うけど。まずは基本的な配置を説明するね」
ルカは卓の端から、赤と青の駒を取り上げた。
チェスの駒より少し大きく、それぞれ一から五までの数字が書かれている。
両方の本陣塔に、四の駒が置かれた。
続いて、上の道に一、中央に二、下の道に三。
残った五の駒は、赤が上と中央の道の間にある森へ、青が中央と下の道の間にある森へ置かれた。
「これが、基本的な初期配置。一がトップランナー、二がミドルランナー、三がボトムランナー。四はディフェンダー。そして五が――」
「リベロ」
エマが答えた。
「そう。よく知ってるね」
レオは駒の番号と、今聞いた名前を頭の中で合わせた。
「三人のランナーは、それぞれの道にある戦闘塔を巡って、相手と攻防を繰り返す。ここには、個人で戦う力が高い選手を置くことが多いね。道を簡単に押し込まれると、ほかの選手も動きにくくなるから」
ルカは一、二、三の駒を、少しずつ前へ進めた。
「ディフェンダーは、本陣塔を守る役目。ただ、本陣塔の前で待っているだけでは、守りきれない」
今度は、自陣の奥にある三基の戦闘塔を指した。
「それぞれの道で、本陣塔に一番近い塔。この三つにも注意が必要なんだ。相手に取られると、その攻撃範囲が本陣塔の近くまで届いてしまう。そうなったら、守るのがずっと難しくなる」
レオは模型へ顔を寄せた。
本陣塔だけを見ていればよいわけではない。守る側も、三本の道を見なければならないらしい。
「そして、試合を面白くするのが、このリベロ」
ルカは森の中にある五の駒を持ち上げた。
「森を使って相手に居場所をつかませず、必要なところへ顔を出す。例えば、ここ」
赤い五の駒が、上の道へ出た。
そこには赤と青の一の駒が向かい合っていたが、これで赤が二人になった。
「ランナーに合流すれば、二対一になる。相手を下がらせ、その間に戦闘塔を取って、さらに前へ進めるかもしれない」
駒は再び森へ戻った。
「そのまま森を抜けて、相手の本陣塔を狙うこともある。逆に、自分たちの本陣塔が襲われたら、戻って助けることもある。決まった道にとどまらず、戦場を自由に動いて状況を変える役目だから、リベロと呼ばれているんだ」
レオは、赤い五の駒を目で追った。
森へ入れば、どこへ向かうのか相手にはわからなくなる。上の道へ出てくるかもしれないし、本陣塔へ向かっているかもしれない。
けれど、森には魔物もいる。
自由に動ける分、考えることも多そうだった。
*
「さて。二人のことも、少し聞いておこうか」
駒を置いたルカが顔を上げた。
「一番得意な魔法は何かな?」
レオは少し考えた。
「自然魔法なら、まだ上手ではないですけど、ひと通りは使えます」
「水砲や火球、それに雷を飛ばす魔法も?」
「はい。一応は……」
「一年生なのに、たいしたものだね。それなら、早い時期に試合へ出てもらえるかもしれないな」
レオは慌てて手を振った。
「でも、戦うのは、そんなに慣れていません」
「そこは練習していけばいいよ。エマさんは?」
「私も、ひと通りは使えます。ただ、召喚魔法と防御魔法の方が得意です」
「召喚魔法?」
ルカの目が大きくなった。
「手紙を運ぶ鳩とかだけじゃなくて、精霊も呼べる?」
「下級精霊でしたら」
ルカは、くるりと後ろを向いた。
「おーい!精霊を召喚できる一年生が入ったぞ!」
机の方が、急に騒がしくなった。
「本当に?」
「一年で、もう精霊を?」
先輩たちが顔を上げ、こちらを見ていた。
エマは少し困ったように、持っていた本を両手で抱え直した。
「それなら、ディフェンダーに向いていそうだね。防御魔法が得意って言ってたけど、シールドかな?」
「はい。シールドと、ディスペルマジックを……」
「ディスペルマジック?」
レオも、エマを見た。
やっぱり、そうだったのだ。
教授に聞いた名前と、同じだった。
ルカは再び先輩たちへ振り返った。
「ディスペルマジックも使えるって!」
「ルカ、いちいち大声で言わなくても聞こえてるよ」
ハリーが笑いながら答えた。
エマの頬が赤くなっていた。
いつも落ち着いているのに、今は少しうつむき、周りの視線を避けている。
レオはつい、その顔を見てしまった。
「……まだ、失敗することもありますから」
「いや、それでもすごいよ。今度、ぜひ見せてほしいな」
ルカが言うと、エマは小さくうなずいた。
*
そのあとは、最近行われた試合を例に、選手がどう動いたのか教えてもらった。
ルカが駒を動かすたびに、エマはうなずいたり、質問したりしていた。
レオは最初、五つの駒を追うだけで精いっぱいだった。
一つの道を見ている間に、森の駒が別の場所へ動いている。味方の塔を守ろうと一人が下がると、今度は別の道で人数が足りなくなる。
「ここでリベロが戻ったのは、どうしてだと思う?」
そう尋ねられるたび、レオは模型全体を見直した。
説明を聞くと、なるほどと思う。けれど、自分で考えるとなかなかわからなかった。
ようやく一試合分の説明が終わった頃、夕食の時間を知らせる鐘が鳴った。
「今日はここまでにしよう。次までに、さっき渡した本を読んでおいてね」
「はい。ありがとうございました」
レオとエマは先輩たちに挨拶をし、一緒に部室を出た。
廊下には、ほかの部室から出てきた学生たちもいた。
レオは隣を歩くエマを見た。
魔法について聞こうかと思ったが、その前に、別のことが気にかかった。
「あの、エマさん」
「はい?」
「この前の食堂では、一人で食べていましたけど……いつも一人なんですか?」
聞いてから、少し立ち入りすぎただろうかと思った。
エマは気にした様子もなく、少し考えてから答えた。
「そうですね。入学してからは、一人で食べています」
「もし、よかったら、今日は一緒に食べませんか?」
エマがこちらを向いた。
レオは慌てて言葉を足した。
「あ、二人で、ということではなくて。この前、食堂にいた友達と、いつも一緒に食べているんです。そこへ、エマさんも来てもらえたらと思って」
説明するほど、かえっておかしくなっている気がした。
「その……食事は、みんなで食べた方がおいしいって言いますし」
エマは少し黙っていた。
やはり、急に誘って迷惑だっただろうか。
レオが返事を待っていると、エマはうなずいた。
「はい。ご一緒します」
「本当ですか?」
「二人でも、皆さんとでも、私は構いませんよ」
「じゃあ、行きましょう。みんな、もう来ていると思うので」
レオは階段へ向かって歩き出した。
数段上がってから少し足を緩め、エマが隣へ来るのを待った。
*
食堂では、ボブたちがいつもの席に座っていた。
最初にレオを見つけたボブが、片手を上げた。
「あ、レオ。こっち――」
その手が途中で止まった。
隣を歩くエマに気づいたらしい。
アリアも、マックスも、デイビッドも、こちらを見ていた。
「今日は、エマさんも一緒でいいかな?」
「こんばんは。ご一緒してもよろしいですか?」
エマが尋ねると、アリアがすぐに椅子を引いた。
「もちろん。ここ、空いてます」
「ありがとうございます。では、先に料理を取ってきますね」
エマは本の入った鞄を椅子へ置き、トレーを取りに向かった。
その背中を見送ってから、ボブがレオへ顔を寄せた。
「どういうこと?」
「どうって?」
「いつも一人でいる、あのエマさんが、僕たちと食事するんだよ?」
ボブはエマの方をちらりと見て、さらに声を落とした。
「もっとこう……僕たちみたいなのとは、一緒に食べないと思ってた」
「部活が終わって、一緒に食べませんかって聞いたら、いいって」
「それだけ?」
「うん」
四人は、そろって料理の台へ目を向けた。
エマは皿を手に取り、並んだ料理を見ていた。
「……誘えばよかったのか」
ボブが小さくつぶやいた。
アリアが、その前に空のトレーを押し出した。
「それより、あなたたちも料理を取ってきたら?待たせることになるわよ」
「あ、そうだね。行ってくる」
レオはトレーを持ち、まだエマの方を見ているボブを促した。
ようやくお礼を伝えられたレオ。今日の夕食は、いつもより一人多くなりました。




