第七章 部活
防御魔法の授業が始まります。レオには、教授に聞いてみたいことがありました。
翌日の午前は、防御魔法の授業だった。
「おはようございます。防御魔法を担当する、アントニウスです」
教壇に立った教授は、学生たちの顔をひと通り見渡した。
「本校には、防御魔法という科目があります。しかし、それと対になる攻撃魔法という科目はありません。なぜだと思いますか?」
挨拶が終わったばかりなのに、もう質問だった。
レオが考えていると、前の席にいた学生が手を挙げた。
「慈悲深い国王陛下は、争いを嫌い、平和を愛しておられます。その陛下がお建てになった学校ですから、攻撃魔法は教えないのだと思います」
「なるほど。陛下への忠誠心が伝わってくる、たいへん聞こえのよい答えですね」
学生が少し胸を張った。
「ですが、違います」
教室のあちこちから、忍び笑いが漏れた。
「ほかに意見はありませんか?」
今度は誰も手を挙げなかった。
アントニウスはしばらく待ってから、レオに目を向けた。
「では、首席合格者の意見を聞いてみましょう。レオ君、どうですか?」
「えっ……はい」
レオは慌てて立ち上がった。
昨日の授業では、座って話を聞いていればよかった。今日もそうだと思っていたので、うまく言葉が出てこなかった。
「正しいかどうかは、わかりませんけど……」
「構いません。あなたの考えを聞かせてください」
「どんな魔法でも、人を傷つけるために使えば、攻撃魔法になるからでしょうか」
アントニウスは何も言わず、続きを促した。
「例えば、自然魔法で作った炎や雷を人に向ければ、それが攻撃になります。召喚魔法でも、人を襲う魔物を呼び出して戦わせれば、同じだと思います。存在そのものが人への脅威になるような闇魔法なら、なおさらです。だから、わざわざ攻撃魔法という種類を作る必要がないのかなと……」
話し終えると、アントニウスが二度、手をたたいた。
「そのとおりです。座ってください」
レオは少しほっとして腰を下ろした。
「魔法は、使い方によって人を攻撃する手段になります。ですから、科目として攻撃魔法を分ける必要はないのです。ただし、防御については事情が違います」
教授は黒板に、炎と水滴を簡単に描いた。
「炎を水で消す。土の塊を風で崩す。魔法の相性を利用して、相手の攻撃を防ぐこともできるでしょう」
レオは、昨夜の食堂を思い出した。
自分が使ったのは、まさにその方法だった。
「しかし、熟練した戦闘魔法使いは、相手が防ぎやすい攻撃ばかりしてくれません。炎を使うと見せかけて土を飛ばすこともあれば、別の方向から攻撃を重ねることもあります。そのたびに適した魔法を選んでいては、対応が遅れる場合があるのです」
炎と水滴の横に、大きな六角形が描かれた。
「そこで必要になるのが、防御に特化した魔法です。代表的なものが、魔力で保護膜を作るシールドですね」
アントニウスは六角形の内側に、人らしい棒の絵を描き足した。
「全身をシールドで包めば、どこから攻撃されても防げます。前も後ろも、頭の上も足元も。たいへん安心ですね」
そこで振り返り、学生たちを見た。
「ところが、戦闘魔法使いたちは、いつもそうしているわけではありません。なぜでしょう?」
また質問だった。
今度も、すぐに手を挙げる学生はいなかった。
レオが黒板を見ながら考えていると、教授の視線がこちらへ向いた。
また自分だろうか。
「レオ君の隣の学生。立ってください。名前は?」
「ボブ、ボブ・ガルシアです!」
ボブは勢いよく立ち上がった。
「ガルシア君は、どう思いますか?」
「よくわかりません!」
教室に笑い声が広がった。
レオも、思わず口元を押さえた。
「おや、驚きました。わからないという返事を、そこまで大きな声でする必要はありませんよ」
アントニウスも笑っていた。
「座ってください。では、その隣の学生。名前と、あなたの考えを」
今度はアリアが立った。
「アリア・ガルシアです。全身を包むと、相手が攻撃に使うより、たくさん魔力を使ってしまうからでしょうか。……その、損になるので」
「正解です。損、ですか。少々くだけた言い方ですが、よく本質を捉えていますね」
アリアが座ると、ボブが小声で話しかけた。
「わかってたなら、教えてくれればよかったのに」
「あなたが聞かれてたでしょう」
「そこ。話はあとにしましょう」
二人はそろって前を向いた。
アントニウスは、黒板の人を囲む六角形を指した。
「熟練した者同士の戦いでは、互いに隙を見つけられず、長期戦になることがあります。そうなると、残っている魔力量が勝敗を左右します」
教授はそこで、一度言葉を切った。
「ただし、最初から魔力量の多い者が必ず勝つ、という意味ではありません。同じ攻撃を防ぐなら、少ない魔力で済ませた方が有利だということです」
レオはノートに書き留めた。
「魔力を使い切れば、魔法で戦うことはできません。ですから、攻撃でも防御でも、必要な効果をできるだけ少ない魔力で得ることが大切になります。全身を包むより、攻撃が当たる場所にだけシールドを出せば、消費を抑えられますね」
アントニウスの左手が、黄土色に光った。
手の上に丸い土の塊が生まれ、軽く上へ放られた。
「例えば、こうです」
土の塊が落ち始める。
その下で、教授の右手が青く光った。
現れたのは、手のひらほどの六角形の膜だった。落ちてきた土の塊はそこへ当たり、膜の中へ吸い込まれるように消えた。
「おお……」
ボブが声を漏らした。ほかの席からも、感嘆の声が上がる。
レオは土の塊が消えた場所を見つめていた。
昨夜と少し似ている。
けれど、エマの前には、あの青い膜は見えなかった。
「これが、防御魔法の基礎となるシールドです。今学期はまず、狙った場所に正しく出せるようになることを目指します」
アントニウスは土の魔法を使った左手を下ろし、再び黒板へ向かった。
*
その後は、シールドを作るための呪文と術式の説明が続いた。
黒板に図形が増えるにつれて、レオのノートも埋まっていく。
膜を作るだけでは足りない。位置、大きさ、向き。それぞれを定めなければ、守りたい場所に出せないらしい。
ようやく最後の図を書き写したところで、授業終了の鐘が鳴った。
「今日はここまでにしましょう。質問はありますか?」
学生たちが教科書や筆記具を片づけ始めた。
「なければ、これで――」
レオは手を挙げた。
近くの席から、小さなため息が聞こえた。昼食へ行きたいのだろう。けれど、これだけは聞いておきたかった。
「レオ君。何でしょう?」
「シールドを使わずに、相手の魔法そのものを消してしまう魔法もあるんですか?」
アントニウスは顎に手を当てた。
「シールドを使わず、魔法そのものを……。ディスペルマジックのことを言っているのでしょうか」
レオは、その名前を急いでノートに書いた。
「三年生で学ぶ上級魔法です。相手の魔法の術式に干渉し、その働きを失わせます」
「それなら、シールドより少ない魔力で防げるんですか?」
「うまく使えれば、そういう場合もあるでしょう。ただし、たいへん難しい魔法です。相手がどのような術式を使ったか読み取り、それに応じた干渉をしなければなりませんからね」
教授は、黒板に残った六角形を軽くたたいた。
「飛んでくるものを、ひとまずこれで防ぐ方が、よほど簡単です。戦闘中に相手の術式を調べている余裕など、普通はありません」
「そうなんですか……」
「術式をきれいに解きほぐす様子は、実に優雅なのですが。使いどころに困るという意味では、宝の持ち腐れになりやすい魔法ですね」
アントニウスは教卓の上の本を閉じた。
「興味があるなら、図書館で調べてみるとよいでしょう。ただ、午後の実習ではシールドを使ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
レオは頭を下げ、ノートを閉じた。
ディスペルマジック。
教室を出てからも、その名前が頭から離れなかった。
*
午後は、実習場でシールドを作る練習をした。
教授がやってみせたときには簡単そうだったのに、実際には思った場所へ出すだけでも難しかった。
レオは何度も位置を確かめ、呪文を唱え直した。
すべての授業が終わる頃には、ボブは肩を回しながら、大きく息を吐いていた。
「今日は、もう十分だよ。腕まで疲れちゃった」
「力を入れすぎなのよ」
アリアに言われ、ボブは両手をだらりと下げた。
マックスとデイビッドは、いつものように仮宿舎の地下にある遊戯室へ向かうらしい。
二人と別れたあと、レオは図書館の方を見た。
ディスペルマジックについて調べたかった。
ただ、午前も午後も新しいことばかりで、今から難しい本を読む気にはなれなかった。
「僕たち、カフェテリアに行くけど。レオは?」
「うん。一緒に行く」
三人は、中央校舎に併設されたカフェテリアへ向かった。
ところが、校舎の前まで来ると、朝にはなかった机がいくつも並んでいた。
その向こうに座った上級生たちが、通りかかる学生へ声を張り上げている。
「チェス部に入りませんか!王国一を目指して、先輩たちが丁寧に教えます!」
「魔法使いにも体力は必要です!体力鍛錬部で、一緒に体を鍛えましょう!」
「魔物研究部です!魔物の生態に興味がある方、話だけでも聞いていってください!」
机には案内の紙や、活動の様子を描いた絵が置かれていた。足を止めて説明を聞く新入生も多い。
「部員の募集かあ」
ボブが面白そうに机を眺めた。
レオも隣を歩きながら、あちこちに目を向けていた。
「バトルアリーナに挑戦する新入生はいませんか!目指すは魔法ワールドカップ、王国代表です!」
聞き慣れない言葉に、レオは足を緩めた。
「バトルアリーナ?」
ボブが振り返った。
「えっ、知らないの?すごく人気のある魔法スポーツだよ」
「名前は聞いたことがあるような……。でも、見たことはないよ」
「面白いのに。カインハスト・ジャイアンツが強くてさ」
「何を言ってるの。ホストン・タイガースの方が強いでしょう」
アリアがすぐに口を挟んだ。
「この前、勝ったのはジャイアンツだよ」
「ずっと守って、最後にやっと勝った試合じゃない。見ていて気持ちがいいのは、タイガースの攻撃よ」
「守るのだって大事だろ。今日、習ったばかりじゃないか」
「授業の話はしてないでしょう」
二人は、どの試合の誰がよかったのか、レオにはわからない話を始めてしまった。
「……僕、ちょっと説明を聞いてくるね」
レオは二人を置いて、バトルアリーナ部の机へ向かった。
*
「興味ある?」
机の向こうにいた先輩が、身を乗り出した。
「はい。でも、どんな競技なのか、よく知らなくて」
「じゃあ、これを見て」
先輩は机の上に、競技場を描いた図を広げた。
両端に大きな塔が一つずつあり、その間を広い森が埋めている。森を横切るように、上、中央、下の三本の道が通っていた。
「五人の魔法使いで一組になって、二つのチームで戦うんだ。こっちと、こっちが、それぞれの本陣塔」
先輩の指が、両端の塔を順番に示した。
「自分たちの本陣塔から出発して、相手の本陣塔を壊せば勝ち。勝つための条件は、それだけ」
「それなら、みんなで相手の塔へ向かうんですか?」
「そうしたいところだけど、道には戦闘塔があるんだよ」
三本の道には、それぞれ六つずつ、小さな塔が描かれていた。
「全部で十八基。試合が始まったときは、どちらのものでもない。ここへ決められた量の魔力を注ぐと、自分たちの塔になる。そうすると、近づいてきた相手チームの選手を自動で攻撃してくれるんだ」
「じゃあ、先に取った方が有利ですね」
「そう。だから、最初にどう動くかが大事になる」
レオは図をのぞき込んだ。
三本の道は、それぞれ離れている。五人で全部を押さえるのは難しそうだった。
「森を通って、塔を避けることはできないんですか?」
「できるよ。ただし、森には魔物がいる。道には出ないけど、森を抜けようとすると邪魔されるんだ」
「相手の選手だけじゃなくて、魔物とも戦うんですね」
「そうなることもある。けど、森から回り込めば、相手の予想していない場所へ出られるかもしれない。道を進むか、森へ入るか。仲間と一緒に動くか、別れるか。相手がどこにいるかでも変わる」
レオは、道と森を交互に見た。
一つの道に集まれば、ほかの道が空く。塔をたくさん取ろうとすれば、それだけ魔力も使う。
午前の授業で聞いた話が、ここでも関わってきそうだった。
「同じ試合は二度とない、なんて言われるくらいだからね。やっても面白いし、見るのも面白い。世界中で人気があるんだ」
「……面白そうですね」
「だろう?」
先輩は嬉しそうにうなずいた。
「ただ、ある程度は戦闘用の魔法が使えないと、試合に参加するのは難しい。だから、一年生の部員はあまりいないんだ」
レオは顔を上げた。
「そうなんですか」
今の自分に、どれくらいできるだろう。
シールドも、今日習い始めたばかりだ。上級生ばかりなら、練習についていけないかもしれない。
迷っていると、先輩が一枚の紙を差し出した。
「でも、心配しなくていいよ。基礎から教えるし、さっきも一年生が一人入ったところだから」
「一年生が?」
「うん。きれいな女の子だったよ。君も入れば、同じ学年の仲間ができる」
差し出された入部届の下に、もう一枚、記入済みの紙があった。
名前の欄が、目に入った。
エマ・ローゼンデール。
レオは、もう一度その名前を読んだ。
「……ペン、借りてもいいですか?」
「もちろん!」
先輩が、すぐにペンを渡してくれた。
レオは入部届を手元へ引き寄せ、自分の名前を書いた。
*
入部届を受け取った先輩は、嬉しそうに案内の紙を渡してくれた。
「部室は教室棟の地下。場所と活動日程は、ここに書いてあるよ。来週から活動を始めるから、授業が終わったら来てね」
「はい。よろしくお願いします」
レオは紙を折らないように持ち、カフェテリアへ向かった。
ボブとアリアは、先に席を取っていた。
「ずいぶん話してたね。入部したの?」
向かいの椅子を引きながら、レオはうなずいた。
「うん」
「いいなあ。僕も入りたいけど、まだ戦う魔法なんて、ほとんど使えないからなあ」
「基礎から教えてくれるって言ってたよ」
「うーん。でも、僕は来年くらいかな。もう少し使えるようになってからにする」
ボブはそう言って、レオの持つ紙へ目を落とした。
「試合に出ることになったら、教えてよ。見に行くから」
「僕が出られるかどうか、まだわからないよ」
「だから、出ることになったら、だよ」
アリアが、机の上のメニューをレオの方へ滑らせた。
「その前に、何を頼む?私たちも、まだ待ってたの」
「あ、ごめん」
レオは案内の紙を鞄へしまい、メニューを開いた。
バトルアリーナ部への入部を決めたレオ。活動は来週から始まります。




