第六章 エマの魔法
図書館から食堂へ向かったレオ。そこでは、ボブたちが面倒な相手に絡まれていました。
夕食を取ろうと食堂へ入ると、言い争う声が聞こえてきた。
入り口に近い窓際のテーブルを、数人の学生が囲んでいる。
近づいてみると、座っているのはボブたちだった。アリア、マックス、デイビッドもいる。四人の前には、料理を載せたトレーが置かれていた。
「だから、ここは僕たちドラゴンクラブの専用席だって言ってるだろ。さっさとどけよ」
立っている少年の一人が、大きな声を出した。
ボブは食べる手を止め、入り口の壁にある案内板を指さした。
「あそこに、食堂は自由席って書いてあるじゃないか。好きな席で食事をしてくださいって」
「そんな決まりはどうでもいいんだよ。ここは僕たちの席なの。あっちが空いてるだろ」
「だから、どうして僕たちが移らなきゃいけないの?」
「この田舎者が……僕の父上が誰だか、知ってるのか?」
「知らないけど。誰?」
ボブが聞き返すと、少年の顔が赤くなった。
「王国の伯爵で、大魔法使いでもあるサルカン様だぞ!」
レオは周りを見た。
少し離れた場所に食堂の職員がいたが、困った顔で様子をうかがっているだけだった。
「あの、ここは本当に、あの人たちの専用席なんですか?」
レオが近づいて尋ねると、職員は首を振った。
「いいえ。食堂に専用席はありません」
「それなら、止めてもらえませんか?」
「先ほどから、何度もお伝えしているのですが……聞いていただけなくて。私どもが無理に追い出すわけにもいきませんし」
職員は、ちらりと少年の方を見た。
伯爵の息子だから、強く言えないのだろうか。
レオはテーブルのそばへ行った。
「食堂の方も、専用席はないと言っていますけど」
少年が振り向いた。
「何だよ、君は」
「ここの友達です。何を根拠に、席を移れと言っているんですか?」
「さっきから言ってるだろ。僕の父上は伯爵なんだ。君たちみたいな田舎者とは、身分が違うんだよ」
「それはわかりました。でも、それと専用席に、何の関係があるんですか?」
「本当に、話のわからないやつだな」
少年は苛立たしげに足を踏み鳴らした。
「父上に言えば、君たちくらい、この学校から追い出せるんだぞ。席を移るのが嫌で、退学になりたいのか?」
レオは返事に困った。
話を聞いてもらおうとしても、父親の話に戻ってしまう。
ボブの方へ顔を寄せ、声を落とした。
「……話が通じそうにないよ。悔しいけど、席を移さない?」
「嫌だ」
ボブは即答した。
「移るくらい、別にいいよ。でも、理由もなく怒鳴られて、言うことを聞くのは嫌だ」
「私も。普通にお願いされたなら、考えたけどね」
アリアも椅子に座ったまま、少年を見上げた。
レオにも、その気持ちはわかった。
同じ席で食べたい理由があるなら、そう言えばいい。それを、いきなりどけと言われたのでは、誰だって嫌になる。
「言葉で言っても、わからないようだな」
少年の右手が、黄褐色に光り始めた。
レオは息をのんだ。
土の魔法だ。
手の中に生まれた土が、硬い塊になっていく。
隣にいた四人も、それにならって魔力を集め始めた。
「ちょっと、ここで魔法を使うつもり?」
アリアが立ち上がった。
ボブも続き、マックスとデイビッドが椅子を引く。
マックスは、なぜか少し楽しそうな顔をしていた。
レオは五人の手元を見た。
止めなければ。
土の塊が放たれる寸前、両手に魔力を集め、鋭い風を飛ばした。
一つ、二つ、三つ。
三人の手元で土が崩れ、狙いを外れた塊が床へ落ちた。
しかし、残る二つは、すでに飛び出していた。
ボブとアリアへ向かっている。
――間に合わない。
レオが手を向け直した、そのときだった。
ぴしっ、と短い音がした。
二つの土の塊が、空中で消えた。
砕けたのではない。
そこにあったはずのものが、跡形もなく消えていた。
「……え?」
何が起きたのかわからず、レオは一瞬動きを止めた。
向こうの五人が、一斉にこちらを見た。
驚きと怒りの混じった顔だった。
「君がやったのか?」
「僕がやったのもありますけど、全部じゃ……」
「何をわけのわからないことを――」
「みっともないわよ、ウラジミル・サルカン」
背後から、よく通る少女の声がした。
「いつまで、そんな子供じみたことを続けるつもり?」
レオが振り向くと、エマが立っていた。
図書館で見たときと同じ黒いドレス姿で、腕を組み、少年を冷たく見据えている。
「エ、エマ……いや、これは、この田舎者たちが、僕の席を……」
「あなたの席ではないでしょう」
エマが遮った。
「ここは、あなたの言うことが何でも通った、お父様の学校ではないの。国王陛下の王立魔法学園よ」
ウラジミルは口を開きかけたが、何も言わなかった。
「これ以上、迷惑をかけないで。あちらが空いているのだから、座るならそちらへどうぞ」
エマが食堂の隅へ目を向けた。
五人は、つい先ほどまでの勢いを失っていた。
ウラジミルがうつむいて歩き出すと、ほかの四人も黙ってあとに続いた。
レオはその背中を見送り、それからエマへ目を戻した。
エマはこちらへ向き直り、頭を下げた。
「お食事の邪魔をして、申し訳ありませんでした。知り合いが、皆さんにご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
アリアが答えた。
「エマさんが謝ることではないと思います」
エマはもう一度、軽く頭を下げた。
それだけで、空いているテーブルへ歩いていった。
*
しばらく、誰も何も言わなかった。
ボブはエマの方を見たまま、両手を組んだ。
「きれいなだけじゃなくて、あんなに立派なんだなあ……。僕、好きになっちゃったかも」
「はいはい。まず座って、食事の続きをしたら?」
アリアが言うと、ボブは唇を尖らせた。
「本気で言ってるんだけど」
「聞こえてるわよ」
マックスが椅子へ腰を下ろし、エマの方をちらりと見た。
「伯爵家の息子が、あんなに小さくなるなんてね。あの子、相当な家の出なんだろうな」
デイビッドもうなずいた。
レオも席に着いたが、頭から離れないことがあった。
あの土の塊は、どうやって消したのだろう。
相手の魔法を、相性のいい別の魔法で防ぐ。それならレオにもわかる。
炎に水を当てたり、土を風で崩したり。
だが、さっきは違った。
何かがぶつかったようには見えなかった。土が散ることも、床へ落ちることもなく、そのものが消えた。
エマが使った魔法なのだろう。
「レオ、料理を取ってこないの?」
ボブに声をかけられ、レオは自分の前にトレーがないことに気づいた。
「あ、うん。行ってくる」
立ち上がり、料理の並んだ台へ向かった。
皿に料理を取りながらも、考えるのはエマの魔法のことばかりだった。
召喚魔法を、すでに使える。
それだけでもすごいと思っていたのに、今度は、何をしたのかさえわからなかった。
それなのに、試験では自分が一位で、エマが二位だった。
レオは皿を持ったまま、少しだけ足を止めた。
試験の成績と、本当の実力は同じではないのだろう。
自分は、たまたま得意な問題が多かっただけなのかもしれない。
*
その夜は、なかなか眠れなかった。
ベッドに入って目を閉じると、一日の出来事が次々と思い出された。
マリー教授の説明。
初めて放った水砲。
ノートを取るだけでも大変だった、召喚魔法の授業。
図書館で難しそうな本を読んでいたエマ。
食堂で二つの土の塊を消してしまったエマ。
そして、知り合いの失敗なのに、丁寧に謝ってくれたエマ。
魔法のことを考えていたはずなのに、いつの間にかエマのことばかり考えていた。
まだ知らない魔法を使うエマに、ますます興味を引かれるレオです。




