第三章 新しい友人たち
王都に到着したレオたちは、入学式まで仮宿舎で過ごすことに。食堂や遊戯室で、ほかの新入生たちと顔を合わせます。
飛竜船が山頂を越えると、目の前に巨大な王都が現れた。
東西南北にそびえる四つの塔。その間をつなぐ城壁の内側に、数えきれないほどの家々がひしめいている。
中央にあるのは王城だった。そこから四つの塔へ向かって、まっすぐな大通りが伸びている。空から見ると、大きな十字のようだった。
「すごいな……」
レオはつぶやいた。
建物が途切れたと思えば、その先にもまた街が続いている。故郷では遠くまで畑を見渡せたが、ここでは屋根ばかりが目についた。
王立魔法学園は、南の塔と王城の中ほどにあった。
街の中に広く残された平地。その湖畔に、いくつもの校舎が並んでいる。
飛竜船はゆっくり高度を落とし、湖沿いの飛竜船港に入った。
*
両手にトランクを提げた子供たちが降りていくと、学校の職員が待っていた。
「皆さんは、入学式まで学校が用意した仮宿舎で過ごしていただきます。正式な寮と部屋は入学式で決まりますので、それまではこちらの指示に従ってください」
職員の説明が終わると、子供たちは用意されていた馬車へ案内された。
レオはボブ、アリアと同じ馬車に乗った。
仮宿舎は、教室棟の西側に建つ背の高い建物だった。中に入ると、部屋番号を伝えられ、男女に分かれて階段を上がった。
部屋は二人一室で、レオはボブと同室になった。アリアは別の女の子と一緒らしい。
扉を開けると、二段ベッドと二つの机があった。
飾り気はないが、きれいな部屋だった。レオはトランクを机の脇に置き、下のベッドに腰を下ろした。
「僕、上でいい?」
「うん。じゃあ、僕は下を使うね」
ボブは荷物を置くなり、はしごを上がった。
レオも靴を脱いで横になる。ようやく落ち着いたせいか、急に体が重く感じられた。
しばらく天井を眺めていると、上から声がした。
「お腹、すかない?」
「あ……そういえば、もう夕食の時間だね」
そのとき、扉の横の壁が淡く光った。
『新入生の皆さん、仮宿舎へようこそ。地下一階の食堂で夕食をご用意しております。どうぞご利用ください』
レオは起き上がった。
ボブも上のベッドから顔を出し、光の消えた壁を見ている。
「壁に魔道具がついてるのかな?」
「たぶん。転移魔法の一種じゃないかな。声の音波だけを、別の場所に送って……」
「へえ」
ボブはうなずくと、さっさとはしごを下りた。
「とにかく、食べに行こう!」
「待って。僕も行くよ」
レオは慌てて靴を履いた。
*
地下一階には、広い食堂があった。
大皿に盛られた料理が、長い台の上に並んでいる。すでに多くの子供たちがトレーを手に取り、好きな料理を皿へ移していた。
「これ、好きなだけ食べていいの?」
ボブが近くの職員に尋ねた。
「ええ。食べきれる分だけ取ってくださいね」
「はい!」
元気よく返事をしたボブは、次々と料理を盛り始めた。
肉に芋、パン、それからまた肉。
隣の皿にも手を伸ばす。
レオはその後ろで、少しずつ料理を取った。
「そんなに食べられるの?」
「もちろん。食べ終わったら、また取りに来るよ」
あまりにも迷いのない答えに、レオは笑ってしまった。
二人は空いているテーブルを見つけ、向かい合って座った。
温かい料理を口にすると、思っていた以上にお腹がすいていたことに気づいた。レオも、しばらくは食べることに夢中になった。
「ここ、空いてる?」
声をかけられて顔を上げると、二人の少年が立っていた。
一人は背が高く、細身だった。もう一人は肩幅が広く、がっしりしている。
「うん。どうぞ」
「じゃあ、失礼」
二人が隣の席に座った。
少し食べ進めたところで、レオから声をかけた。
「僕たちはコンサス州から来たんだ。僕はレオ・ライオンハート。こっちはボブ・ガルシア」
ボブは顔を上げ、口に物を入れたまま軽く頭を下げた。そして、また皿に目を戻した。
「コンサス州?ああ、あの田舎の」
細身の少年が笑った。
「僕たちはカリオナ州から。僕はマックス・グレゴリア」
「デイビッド・ホルスタインだ。よろしく」
がっしりした少年が続けた。
カリオナ州は、王都の西方にある海沿いの州だ。
大洋に面した港がいくつもあり、貿易が盛んだと、レオも学校で習っていた。莫大な財産を持つ豪商が多いことでも知られている。
商業に携わるのは主に中級以下の貴族だったが、その財力によって、上級貴族にも劣らない暮らしや影響力を手にする者もいるという。
レオは食堂を見回した。
「ここにいるのは、みんな地方から来た子なのかな。王都の子もいる?」
「いや。王都の連中は、仮宿舎には来ないよ」
「そうなの?」
「自分の家があるのに、わざわざこんなところに泊まらないだろ。入学式の日に来るんだ」
「ああ、そっか」
それなら確かに、自宅から来た方が楽だろう。
レオが納得すると、マックスはパンをちぎりながら続けた。
「僕たちだって、こんな部屋に泊まりたくはないんだけどね。決まりだから仕方ない」
「決まり?」
「地方から来た新入生は、入学式まで仮宿舎で過ごすことになってるんだ。近くにいいホテルがあっても泊まれない。ひどい決まりだよ」
「ホテルって、何?」
レオが尋ねると、マックスの手が止まった。
それから、声を上げて笑い出した。
「ホテルを知らないの?さすがコンサスの田舎者だな」
「豪華な宿屋みたいなものだよ」
デイビッドが横から説明した。
「部屋も料理も、普通の宿よりずっと上等なんだ。その分、高いけどね」
「へえ。そんな宿があるんだ」
「カリオナには有名なホテルがいくつもある。世界一豪華だっていうホテルも、うちの州にあるんだ。あれに比べたら王都のホテルは大したことないけど、まあ、悪くはないかな」
そこへ、皿を空にしたボブが口を挟んだ。
「ホテルかあ。一度、泊まってみたいな」
マックスとデイビッドが、そろって笑った。
「泊まるだけなら、いつでも泊まれるよ。金さえ払えばね」
「いくらくらい?」
「場所によるけど、まともなところなら一泊一ゴールドくらいかな」
「一ゴールド!?」
ボブの声に、近くの席の子供が振り向いた。
マックスは面白そうにボブを見た。
「コンサスじゃ、一ゴールドでそんなに驚くの?」
レオも、声に出さなかっただけで同じくらい驚いていた。
一ゴールドは百シルバーだ。
故郷の村では、稼ぎのいい大人でも、ひと月の給金は数十シルバーほどだった。それ以上のお金を、たった一晩泊まるために払う。
豪華な宿だと聞いても、どんな部屋なのか、レオにはうまく想像できなかった。
「君たちみたいに金のない子のために、仮宿舎を用意するのはいいと思うよ。でも、余裕のある人間まで泊まらせる必要はないだろ」
「もう、その話はいいじゃないか。決まりは決まりなんだから」
デイビッドが言い、食事に戻った。
ボブは空のトレーを持って立ち上がった。
少しして戻ってきたときには、皿がまた山盛りになっていた。
「君、食べ終わったんじゃなかったの?」
マックスが目を丸くした。
「まだ、これからだよ」
ボブは席に着き、さっそく肉にかぶりついた。
マックスもデイビッドも、しばらく自分の料理に手をつけず、その食べっぷりを眺めていた。
*
翌日は、仮宿舎に入った新入生への説明会があった。
王都の地理と、生活するうえで守らなければならない規則を教わる。
日用品を買える市場や、飲食店の集まる通り。休日に過ごせる公園、音楽堂や画廊といった施設についても説明があった。
レオは配られた地図に、教えられた場所を書き込んでいった。
「そして、ここからが立ち入り禁止の区域です」
職員の口調が変わった。
「特に、魔法研究所と魔物研究所には近づかないでください。中に入らなければよい、という意味ではありません。周辺にも用事なく立ち寄らないように」
「近くを通るだけでも、駄目なんですか?」
誰かが尋ねた。
「事故の影響が、建物の外に及ぶことがあるからです」
レオは地図に伸ばしていたペンを止めた。
研究所という名前に少し興味を引かれていたが、近づくだけでも危ないらしい。
その二か所には、目立つように印をつけておいた。
説明会が終わると、地下二階の遊戯室が開放された。
中にはビリヤード台やチェス盤があり、奥には魔法で一対一の勝負ができる、魔法決闘の設備まで置かれていた。
「レオ、ビリヤードやったことある?」
「ないよ」
「じゃあ、教えるよ。僕もそんなにうまくないけど」
ボブに教わり、レオはキューを握った。
決められた球を狙い、穴に落とす。
説明を聞くと簡単そうだったが、実際にやってみると、思ったところに球が飛ばない。
「あれ?」
球の端を狙ったつもりが、ほとんど真ん中に当たってしまった。狙っていた球は、穴とは別の方へ転がっていく。
「もう少し、こう……キューをまっすぐに」
「まっすぐ動かしてるつもりなんだけどな」
何度か試したが、なかなかボブのようにはいかなかった。
一方、チェスは少し違った。
駒ごとに動きが違うので、最初は覚えるのに苦労した。それでも、ひと通り動かしてみると、何をすればいいのかはわかってきた。
初めの数局は負けたが、慣れるにつれて、ボブの狙いが見えるようになった。
「……負けた」
ボブが自分のキングを倒した。
駒を並べ直し、もう一局指す。
「ああ、また負けた」
「じゃあ、次は私」
いつの間にか、アリアが横に立っていた。
ボブの肩を軽く押して席を空けさせると、さっさと腰を下ろす。
「私とやりましょ」
「うん、いいよ」
アリアはボブより強かった。
早くからクイーンを前に出し、あちこちへ動かしてくる。うっかり駒を進めると、別の駒を取られそうになった。
レオは何度も盤面を見直しながら、守りを固めた。
クイーンが動く先を考え、そのたびに自分の駒を少しずつ進めていく。
やがてアリアの手が止まった。
「……ちょっと待って」
「うん」
「こっちへ逃げても……駄目か」
アリアは盤面に顔を近づけたあと、椅子の背にもたれた。
「負けたわ」
レオが息をつくと、アリアは不満そうに盤を見たまま尋ねた。
「あんた、チェスも強いのね。いつからやってるの?」
「今日から。さっき、ボブにルールを教わったんだ」
「今日!?」
アリアがレオを見た。
「あんた、天才なの?」
そこまで言って、自分で思い出したらしい。
「……そうだった。天才でしたね、首席様は」
「その呼び方、やめてよ」
レオが苦笑すると、アリアは唇を尖らせて駒を並べ始めた。
少し拗ねたその顔がかわいらしくて、レオは笑いそうになるのをこらえた。
*
「また僕の勝ちだ!やっぱりデイビッドじゃ、相手にならないな」
奥から聞こえた声に、レオは顔を上げた。
マックスが、透明な箱のような設備から出てくるところだった。その後ろに、悔しそうな顔のデイビッドが続く。
魔法決闘の設備は、一辺が二メートルほどの透明な区画を、二つ並べたものだった。
それぞれの中に一人ずつ入り、相手に向かって魔法を使う。攻撃が当たったと判定されると、壁面に描かれた生命線が短くなり、先になくなった方が負けになるらしい。
マックスが、見物に来たボブに目を向けた。
「一勝負、どう?」
「いいよ」
ボブが空いた方へ入った。
勝負が始まると、マックスは次々に炎を放った。
ボブが水の魔法で防ぐ。その水が広がったところへ、今度は雷の魔法が飛んだ。
「あっ」
ボブの生命線が短くなった。
次の勝負では、ボブは土の壁で雷を防いだ。しかし、マックスは風で土を吹き散らすと、水でボブを包み、すぐに凍らせた。
ボブが何かを防ぐたび、別の魔法が待っている。
レオは隣で、その流れを目で追った。
魔法を使うのがうまいだけではない。相手がどう防ぐかまで考えて、次の攻撃を選んでいるのだ。
ボブも攻撃しようとしたが、そのたびに先手を取られた。
十回ほど続けて負けたところで、ようやく外へ出てきた。
「参った。君、本当に強いね」
いつもの元気が、少しなくなっていた。
マックスは胸を張った。
「当然。僕はカリオナ州の初級学校魔法決闘大会で優勝してるからね」
「へえ、優勝かあ」
ボブが感心すると、マックスはますます得意そうになった。
そして、レオへ顔を向けた。
「君もやる?」
「一度もやったことがないんだけど。使い方を教えてもらえるなら、やってみたい」
「簡単だよ。こっちに来て」
区画に入ると、内側には小さな魔法陣が三つ並んでいた。
「最初のが初期化。これで生命線を満タンにする。二つ目は準備完了。二人とも触ったら、勝負が始まる」
「三つ目は?」
「降参。触ったら、その場で負けだよ」
レオは透明な壁に手を当てた。
「魔法は、本当に相手へ撃っていいんだよね?」
「魔法が当たっても、設備の保護魔法がダメージを吸収して、その分だけ生命線を減らすんだ」
「へえ……」
レオは壁面の生命線を見上げた。
攻撃の威力だけでなく、防御できたかどうかまで判定するらしい。ずいぶん複雑な魔道具だった。
「じゃあ、始めるよ」
「あ、うん」
レオは慌てて初期化の魔法陣に触れた。
最初の勝負は、何もできないまま終わった。
マックスが炎を放つ。
レオは水で防ごうとしたが、その前に次の攻撃が来た。
自分も何か撃たなければと思い、手を上げる。
けれど、向こうにはマックスが立っていた。
当たらないと聞いていても、人に向かって攻撃魔法を使ったことなどない。ほんの少しためらった間に、生命線が削られた。
二回目も負けた。
「遠慮してたら、勝負にならないよ」
向こう側からマックスが言った。
「うん。わかってる」
レオは返事をして、初期化の魔法陣に手を置いた。
負けはしたが、二回見ているうちに、少しわかってきたことがあった。
マックスは、まず炎で攻めてくる。
水で防げば雷。土を使えば風。
そして、魔法を切り替える直前に、手元の光が変わっていた。
三回目の勝負が始まった。
マックスは、今度も両手から火球を放った。
レオは水を広げて受け止める。
炎が消える。
続けて飛んできた火球も防いだ。
マックスの手が、赤から黄色に変わった。
――雷だ。
レオは防御に使っていた水とは別に、細い水流をマックスの手元へ飛ばした。
雷の光と水が重なった。
直後、マックスの生命線が半分近くまで縮んだ。
「えっ?」
マックスが自分の生命線を見た。
すぐに向き直り、再び火球を作る。
その間に、レオは風を起こしていた。
狙う場所は、マックスの区画全体。
狭い範囲で風を回し、その中心に火を生み出す。
炎が巻き上がった。
透明な壁に沿うように、炎の竜巻が区画を包む。壁面が強く光り、残っていた生命線が一気に消えた。
勝負が終わった。
レオは手を下ろした。
「……勝った?」
消えた生命線を、もう一度確かめる。
外へ出ると、ボブが駆け寄ってきた。
「やったな、レオ!」
差し出された手に、レオも手を合わせた。ぱん、と大きな音がした。
一方、マックスはうつむいたまま出てきた。
誰とも目を合わせず、そのまま遊戯室の出口へ向かう。
「あ……」
レオは声をかけようとしたが、何と言えばいいかわからなかった。
マックスは振り返らずに出ていった。
「気にしなくていいよ」
デイビッドが近づいてきた。
「ちょっと、プライドが傷ついたんだと思う。同い年くらいの相手には、このところ負けたことがなかったから」
「……そっか」
レオは出口を見たまま答えた。
「雷を使う瞬間に、手元へ水をぶつけたろ。あれは、うまかった」
デイビッドも、マックスの出ていった方へ一度目を向けた。
「まあ、あいつも調子に乗ってたな。次に何を使うか、あんなにはっきり見せるのはよくない。決闘じゃ、手元を隠すことも大事なんだけど……」
そこで言葉を切り、レオを見る。
「あの炎の竜巻には驚いたよ。同い年で、あんな魔法を使うやつがいるなんて」
「狭い場所だったから、囲めるかなって思って」
「思いついても、普通はできないって」
横からボブが言った。
なぜか、勝ったレオよりも嬉しそうだった。
「僕なんか十回も負けたのに。やっぱり、レオはすごいよ」
「でも、最初は二回負けたし……」
「三回目には勝っただろ?」
ボブは笑って、レオの背中を叩いた。
初めての魔法決闘で一勝を挙げたレオ。ボブは、自分のことのように喜んでくれました。




