第二章 王都への旅
入学を諦めかけていたレオのもとに、王立魔法学校から手紙が届きます。
数日後、王立魔法学園から手紙が届いた。
母に呼ばれたレオは、届いた封筒を見て足を止めた。返事が来るとは思っていなかった。
二人で並んで、開いた手紙に目を通す。
『レオ・ライオンハート様
あなたは王立魔法学園の首席合格者として、入学金ならびに四年間の学費、寮費、その他在学にかかる諸費用の全額免除を受ける資格を得られました。
ただし、卒業後は親衛魔法騎士団において、五年以上の任務に就くことが条件となります。
上記の条件に同意される場合は、同封の書類に署名のうえ、ご返送ください』
レオは最後まで読み終えると、もう一度、最初から読み直した。
「母さん。これ……」
「ええ」
「学校に、行けるんだよね」
母は答えようとして、口元を押さえた。何度もうなずくその目から、涙がこぼれた。
「行けるのよ。レオ」
母に抱き寄せられると、レオも我慢できなくなった。
学費が払えないと分かってからは、学校のことを考えないようにしていた。母の前では、なるべくいつもどおりに過ごしていたつもりだった。
「よかった……」
それだけ言うと、あとは言葉にならなかった。
しばらくして、二人は机についた。
卒業後、五年以上は親衛魔法騎士団で働くことになる。その条件も、母と一緒に確かめた。
「本当に、いいの?」
「うん。僕、行きたい」
母は目元を拭き、書類をレオの前に置いた。
レオは空欄に、自分の名前を丁寧に書き入れた。
*
出発の日は、朝早くから村の人たちが見送りに来てくれた。
ロバの背に荷物をくくりつけ、レオは最後に母を振り返った。
「忘れ物はない?」
「昨日、一緒に確かめたでしょ」
「そうだけど……。手紙は、すぐに出すのよ」
「うん。王都に着いたら書く」
母はまだ何か言いたそうだったが、荷物のひもを確かめると、ようやく手を離した。
「気をつけてね」
「行ってきます」
レオはロバにまたがり、村を出た。
振り返ると、母も村の人たちも手を振っていた。レオも大きく手を振り返した。
まず向かうのは、コンサス州の州都トピアだ。
そこで領主が開く新入生の祝賀会に出席し、翌日、用意された飛竜船で王都へ向かうことになっていた。
トピアに着いたのは、夕方のまだ明るさが残る頃だった。
道を尋ねながら領主の城まで来ると、城門の前には、レオと同じ年頃の子供たちが集まっていた。付き添いの大人たちと別れ、一人、また一人と中へ入っていく。
どの子も、仕立てのよい服を着ていた。
袖口に刺繍のある上着や、光沢のある生地のドレス。旅の間にほこりをかぶった自分の服を見下ろして、レオは手で軽く払った。
ロバから降り、その手綱を引いて城門に近づく。
「おい、そこのお前」
門番の兵士が、行く手をふさいだ。
「なんだ、その汚い格好は。さっさと帰れ。ここは領主様のお城だぞ。お前のような平民が入る場所じゃない」
「あの……。僕は、今年、王立魔法学園に入学するレオ・ライオンハートといいます」
兵士は眉を寄せた。
「入学生?」
「はい。それと、一応、平民ではなくて……貴族、です」
最後の方は、少し声が小さくなった。
兵士はレオを上から下まで眺めると、四角い魔道具を取り出した。
「ここに手を当ててみろ」
言われたとおりにすると、魔道具が一度光った。表面に青白い文字が浮かび上がる。
『レオ・ライオンハート
十二歳
コンサス州ウィチア郡在住
身分―下級貴族』
兵士は文字とレオの顔を見比べた。
「……入っていい。ただし、ロバは連れていくな」
隣の兵士に手招きすると、そちらの兵士がレオから手綱を受け取った。
「厩舎で預かる。引き取るときに、これを出せ」
渡された札を、レオはなくさないようにしまった。
「よろしくお願いします」
ロバの首をひとなでしてから、城門をくぐった。
*
門の先には、広い庭園があった。
道の両側に花壇が続き、色とりどりの花が咲いている。歩いていくと、風に乗って甘い香りがした。
先を行く子供たちについていくうちに、庭園の中央に設けられた宴会場へ着いた。
いくつものテーブルが並び、その上には果物やケーキ、焼き菓子が置かれている。透き通った器に入ったジュースまであった。
レオは案内された席に座った。
同じテーブルには、すでに二人の子供がいた。
一人は、茶色い髪のふっくらした男の子。もう一人は、同じ茶色い髪をきれいに整えた、かわいらしい顔立ちの女の子だった。
「初めまして。レオ・ライオンハートといいます」
二人はこちらをちらりと見たものの、ちょうど話の途中だったらしい。女の子が、男の子のお腹を見ながら言った。
「あんたまで合格するとは思わなかったわ。そのお腹で王立魔法学園に通うつもり?」
「これは魔法の袋なんですけど。魔法の袋がついてるから、魔力量が多いんですけど」
男の子は、得意そうに自分のお腹をたたいた。
「ぷっ」
レオが吹き出すと、女の子がこちらを向いた。
「……これ、面白い?」
「あ、ごめん。つい」
そこで男の子も、レオに向き直った。
「僕はボブ。ボブ・ガルシア」
「僕はレオ。レオ・ライオンハート」
「私はアリア・ガルシア。この子とは双子よ。似てないでしょうけど」
アリアはそう言って、ボブを指した。
レオは二人の顔を見比べた。同じ茶色い髪だが、なるほど、言われなければ双子とは気づかなかったかもしれない。
「そのお腹、本当に魔法の袋なの?」
「もちろん。この袋のおかげで、魔力量は初級学校で一番だったんだぞ」
「まだ言うの、それ」
アリアが呆れた顔をした。
ボブは気にする様子もなく、菓子の載った皿をレオの方へ寄せた。
「これ、おいしいよ。食べてみて」
こんがり焼けた小さなクッキーに、クリームと生の果物が載っていた。
レオは一つ取り、崩さないように口へ運んだ。
さくりとしたクッキーのあとから、甘いクリームと果物の酸味が広がる。
「……おいしい」
「だろ?」
「こんなの、初めて食べた。ありがとう」
「こっちも食べてみなよ」
勧められるまま別の菓子にも手を伸ばすうちに、レオはいつの間にか、ボブと味の感想を言い合っていた。
甘すぎるとか、こっちの果物の方がおいしいとか。アリアも時々、横から口を挟んだ。
「レオは、どんな魔法が得意なの?」
ボブに聞かれ、レオは少し考えた。
「特にこれが得意っていうのはないけど……。風とか水とか火とか、自然系の魔法なら、だいたい使えるよ」
「自然系かあ。あれ、基本ばっかりで地味じゃない?僕は召喚魔法の方が好きだな」
「召喚魔法?」
「うん。王立魔法学園でしっかり勉強して、いつか大精霊アフロシアを召喚するんだ」
「変態」
隣から、すぐに声が飛んできた。
レオはアリアを見た。
「召喚魔法って、魔法使いなら誰でも憧れる上級魔法でしょ?どうして?」
「召喚魔法が悪いんじゃないの。この子がアフロシアを選ぶ理由が問題なのよ」
アリアは手に持っていた菓子を皿に戻した。
「アフロシアは、精霊の中でもすごくきれいな女の人の姿をしてるんだけど……服を着てないの」
「えっ」
「だから、それを見たいんだって。昔から、ずっとそればっかり」
レオがボブを見ると、彼は両手で頬を支え、にこにこと笑っていた。
「……そうなんだ」
「その顔、やめなさいよ」
アリアが言っても、ボブは笑ったままだった。
しばらくすると、会場に案内役の声が響いた。拡声魔法を使っているらしく、離れたテーブルにまで、はっきりと届く。
「領主様がお見えになります。皆様、拍手でお迎えください」
レオたちは話をやめ、入口に目を向けた。
拍手の中を入ってきたのは、背の高い黒髪の男性だった。四十歳くらいだろうか。壇上に上がると、集まった子供たちを見渡した。
「皆さん、王立魔法学園への合格、おめでとう。私がコンサス州領主、シオドール・コンサスです」
レオも手を止め、姿勢を正した。
「今日は、我が州を代表して王立魔法学園へ進む皆さんを祝うため、この席を設けました。今年の合格者は十五名。過去最多です」
領主はそこで一度、言葉を切った。
「しかも今年は、我が州で初めて、首席合格者が出ました。これほど喜ばしいことはありません」
会場がざわついた。
「コンサス州から、首席?」
アリアも驚いた声を上げた。
「そんなに珍しいの?」
レオが小声で尋ねると、アリアは勢いよくこちらを向いた。
「当たり前でしょう。あの学校の入学試験よ?頭がいいとか、勉強を頑張ったとか、それだけで首席になれるような試験じゃないもの」
「そうなの?」
「王都には、代々優秀な魔法使いを出している家がたくさんあるの。小さい頃から専門の家庭教師に教わって、試験対策の学校にも通うんだから。才能があるうえに、勉強する環境までそろってるのよ」
アリアは周囲の席をちらりと見た。
「毎年、合格者の半分は王都の子だし、首席だって、ずっと王都出身だったんだから」
「へえ……」
レオはうつむいた。
知らなかったとはいえ、今になって顔が熱くなってきた。できれば、このまま名前を呼ばれずに済んでほしかった。
「それでは、我が州初の王立魔法学園首席合格者をご紹介しましょう。レオ・ライオンハート君。こちらへ」
ボブとアリアが、同時にレオを見た。
「え?」
「……君?」
レオは小さくうなずき、椅子から立った。
あちこちから視線が集まる。自分の席から壇上までが、妙に遠く感じられた。
領主の隣に立ち、レオは頭を下げた。
「今年、王立魔法学園に入学する、レオ・ライオンハートです。よろしくお願いします」
拍手が起こった。
差し出された手を握ると、領主はそのままレオを力強く抱き寄せた。
「コンサス州の領主として、本当に誇らしく思う。よく頑張ったね」
「は、はい」
「ぜひ、我が州が誇れる大魔法使いになってくれ」
「はい。頑張ります」
ようやく席に戻ると、二人はまだ目を丸くしていた。
レオは何と言えばいいのか分からず、椅子を引いて座った。
「……首席ってことはさ」
最初に口を開いたのはボブだった。
「僕たちくらいの年で、一番魔法がうまいってこと?」
「どうだろう。試験の成績だから……」
「でも、すごいじゃない。だったら、さっき言ってくれればよかったのに」
アリアに言われ、レオは困って笑った。
「自分から言うのも、なんだか恥ずかしくて」
ボブが身を乗り出した。
「じゃあさ、もしかして、大精霊アフロシアも召喚できる?」
ぺしん、と音がした。
アリアがボブの後頭部を軽くはたいていた。
「あんたは、もうそれを忘れなさい!」
「まだ聞いただけだろ!」
二人のやり取りに、レオはとうとう声を上げて笑った。
壇上から戻ってきて以来、肩に入っていた力が抜けた。
そのあとは、また菓子を食べながら話した。
初級学校でどんな授業を受けたのか。王立魔法学園では、最初に何を習うのか。召喚魔法の話になるたびアリアがボブをにらみ、そのたびにレオが笑った。
気がつけば、庭園の外はすっかり暗くなっていた。
*
その夜は、領主が城に用意してくれた部屋に泊まった。
翌朝、子供たちは州都の外れにある乗り場へ向かい、王都行きの飛竜船に乗り込んだ。
船が浮かび上がると、レオは手すりを握った。
足元が落ち着かず、最初は少し怖かった。それでも、眼下に広がる景色から目を離せなかった。
城が小さくなり、トピアの町並みが見渡せるようになる。
その向こうには広い平地が続き、川が曲がりくねって流れていた。森も、上から見ると一つの大きな塊のようだった。
「レオ、あっちを見て」
ボブが指した先に、雪をかぶった山々が見えた。
「あの山脈を越えたら、王都だって」
「あんなに高い山を越えるんだ……」
レオは手すりから少し身を乗り出した。
「落ちないでよ」
隣に来たアリアに言われ、慌てて足を引いた。
「分かってるよ」
「その割には、ずいぶん前に出てたけど」
ボブが笑い、レオもつられて笑った。
飛竜船は、王都カインハストへ向かって進んでいく。
レオは二人と並び、少しずつ近づいてくる雪山を眺めていた。
ボブとアリアに出会い、レオも少し緊張がほぐれたようです。次はいよいよ王都です。




