第二十八章 剣魔交流戦・下編
いよいよ、五対五の対抗戦が始まります。
「これより、五対五の対抗戦を始めます。相手の選手五人を先に脱落させた学園の勝利です」
レオたちは横に並んだ。
中央にレオ。その左右に、仲間の四人が立っている。
向かいでは、剣術学園の選手たちが木剣を構えていた。
レオは手を上げた。
開始の合図が響く。
目の前に、大きなシールドが広がった。
競技区画の端から端までを塞ぐ壁。その向こうで、五人の剣士が一斉に踏み込んだ。
レオはすぐに、次の魔法へ移った。
剣がシールドへ届く。
ほとんど同時に五本の木剣が振られ、壁が砕け散った。
稼げたのは、ほんのわずかな時間だった。
それでも、予定どおりだ。
剣士たちは再び踏み込み、それぞれ目の前の相手へ剣を向けた。
レオも、そのうちの一人を見ていた。
避けない。
木剣が迫った。
レオを覆ったシールドが、斬撃を受けて砕ける。
エマの魔法だった。
その直後、新たなシールドが現れた。
ルカのものだ。
間に合った。
レオは、用意していた魔法を解き放った。
左右では、四人のライフゲージがなくなっていた。脱落を知らせる音が続けて鳴る。
炎が立ち上がる。
激しい風がそれを巻き込み、レオを中心に大きな火炎竜巻が広がった。
近くにいた剣士たちの姿が、赤い炎に隠れる。
風にあおられた火は、試合区画のほとんどを覆った。
剣士たちのライフゲージが、一斉に尽きた。
剣術学園五人の脱落を示す音が鳴った。
レオは魔法を止めた。
炎が収まり、風が弱まる。
レオを包んでいたシールドは砕けたが、ライフゲージはまだ残っていた。
一瞬、会場が静かになった。
続いて、観客席から大きな歓声が上がった。
生徒たちが立ち上がり、手をたたいている。今日、最も大きな拍手だった。
「五対五の対抗戦は、王立魔法学園の勝利です!」
剣術学園側の席では、生徒たちが言葉を失っていた。
魔法決闘部の面々も、似たような顔でこちらを見ている。
レオはようやく、下ろした手を握り直した。
できた。
考えたとおりに、練習したとおりに。
それでも、うまくいったのは、運にも恵まれたからだと思った。
*
席へ戻るなり、ルカに肩をつかまれた。
「やったな、レオ!」
ハリーも反対側から寄ってきた。
「本当に勝ったぞ。お前、すごいな!」
二人に頭や背中をたたかれ、レオは少しよろめいた。
「先輩たちとエマが、守ってくれたおかげです」
「その作戦を考えたのは、お前だろ!」
エマも、すぐそばで笑っていた。
「間に合って、よかった」
「うん。ありがとう」
少し離れたところでは、ジョイが試合区画とレオたちを交互に見ていた。
「……勝っちゃったの? 私、本当に立っていただけなんだけど」
「ちゃんと五人目として出てくれただろ」
ハリーが答えると、ジョイもようやく笑った。
そこへ、場内放送が入った。
「一対一、五対五の対抗戦を終え、両校一勝一敗となりました。規定により、十分間の休憩の後、総合優勝を決める代表決定戦を行います。出場するのは、両チームの主将が選出した代表選手です」
レオは顔を上げた。
「王立剣術学園、リアム・オルソン選手。対するは、王立魔法学園、レオ・ライオンハート選手です」
レオはルカを見た。
「あの……最後に一対一をするって、聞いていないんですけど」
ルカの笑顔が止まった。
「あ……ごめん」
「あるんですか、そういう決まりが」
「うん。ただ、その……二つとも負けるものだと思っていたから。説明するところまで、頭が回らなかった」
レオは、二十メートル四方の試合区画を見た。
先ほど、魔法決闘部の五人が倒された場所だ。
一対一の準備は、何もしていない。
ハリーが、レオの肩へ手を置いた。
「無理はするなよ。団体戦で勝っただけでも十分だ。あれだって、学園で初めてなんだから」
「……はい」
レオは返事をしたが、そのまま諦める気にはなれなかった。
レオは、それまでの試合を最初から思い返した。
真っすぐ逃げても追いつかれる。シールド一枚では、一振りしか防げない。
ウラジミルは、最初の攻撃を避けていた。
あのとき、どう動いていたか。
レオは自分の足元を見ながら、残りの時間を使って考え続けた。
*
試合区画へ入ると、リアムがすでに待っていた。
二人のライフゲージが、満タンになっている。
レオは両手を軽く開いた。
開始の合図が響いた。
土魔法と風魔法を、同時に使う。
細かな土が風に巻き上げられ、リアムの顔へ飛んだ。
だが、彼はすでに走り出していた。
迅速剣法。
一気に距離が縮まる。
レオは魔法を放つと同時に、横へ駆け出した。
リアムの顔に土ぼこりがかかる。
目を細めた彼の剣先が、わずかにぶれた。
レオは肩を引いた。
木剣が、服のすぐそばを通り過ぎる。
避けられた。
そう思う間もなく、リアムがこちらへ向き直った。
レオは走りながら手を向ける。
彼の両足へ水をまとわりつかせ、続けて冷たい風を吹きつけた。
靴を覆った水が凍り、床に張りつく。
リアムの動きが止まった。
その瞬間、リアムは剣を下ろし、左手へ持ち替えた。
右手で柄を握り、引き抜く。
木の外装の中から、鋼の刃が現れた。
真剣だった。
「リアム・オルソン選手、真剣の使用により失格です! 直ちに試合を中止してください!」
場内に放送が響き、試合用の魔法陣が光を失った。
リアムは聞いていないかのように、レオへ剣を振った。
刃が青く光る。
放たれた剣気が、まっすぐ飛んできた。
魔法剣。
レオはとっさにシールドを広げた。
青い光がぶつかり、目の前で激しくはじける。レオは一歩下がりながら、両手を上げ直した。
「リアム、やめろ!」
剣術学園の選手たちが、木剣を手に競技区画へ駆け込んできた。
リアムは振り返り、近づいた一人の木剣を切り払った。
乾いた音を立てて、切れた先が床へ落ちる。
別の選手が構えた木剣も、一振りで断ち切られた。
リアムはその間を抜け、レオへ向かってきた。
横から火球が飛んだ。続いて、雷が走る。
魔法学園の生徒たちも、リアムを止めようとしていた。
だが、リアムはそちらを見もしなかった。
左手を上げる。
火球も雷も、届く前に消えた。
ディスペルマジック。
レオが次の魔法を考えるより先に、リアムは左手をさらに高く掲げた。
足元から、黒い煙が噴き出した。
瞬く間に広がり、周囲の姿を覆い隠していく。
誰かが激しくせき込んだ。
レオも口元を押さえた。息を吸うと喉がひりつき、胸まで苦しくなる。
リアムが見えない。
後ろへ下がろうとした、そのときだった。
黒い煙の中から、剣を振り上げたリアムが現れた。
レオは横へ転がった。
すぐそばで、鋭い音がした。
さっきまで立っていた場所を剣気が走り、床に傷が刻まれていた。
レオは片膝をついたまま、手を向けた。
雷が走る。
けれど、リアムへ届く前に、また消えた。
リアムが剣を上げる。
逃げても、次は間に合わない。
レオは床を蹴った。
後ろではなく、リアムの懐へ飛び込む。
リアムはわずかに身を引き、左手をレオへ向けた。
レオの右手には、拳ほどの紫色の球が生まれていた。
そのまま、目の前の相手へ放つ。
リアムの口元が緩んだ。
だが、球は消えなかった。
リアムが目を見開いた直後、竜力球が胸へ命中した。
鈍い音がして、リアムの体が大きく後ろへ押しやられた。
足を踏ん張り、胸元へ目を落とす。裂けた服に血がにじんでいた。
まだ、剣を持っている。
レオは両手へ魔力を集めた。
せきがこみ上げたが、止める余裕はなかった。
もう一つ、紫色の球を作る。
リアムが顔を上げた。
レオは竜力球を放った。
二発目を受けたリアムの体が揺れた。
剣先が下がり、そのまま前へ倒れる。
レオは手を向けたまま、動かなくなった相手を見ていた。
*
黒い煙が、少しずつ薄れていった。
レオは両膝をつき、床へ片手を置いた。
息をしようとするたびに、せきが出る。立ち上がろうとしても、足に力が入らなかった。
リアムは目の前に倒れたままだった。
周りでは、両校の生徒たちが口元を押さえ、せき込んでいる。
「こちらにも生徒がいます!」
「医務室へ! 歩けない者には手を貸してください!」
職員や、観客席から下りてきた教授たちが駆け回っていた。
一人がリアムのそばにしゃがみ、別の一人がレオの肩を支えた。
「レオ君、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
答えた途端、またせきが出た。
「無理に話さなくていい。立てますか?」
レオは支えられながら、どうにか立ち上がった。
運ばれていくリアムを振り返ったが、人に遮られて、すぐに見えなくなった。
そのまま職員に付き添われ、医務室へ向かった。
*
医務室のベッドに寝かされると、僧侶がレオへ治療魔法をかけた。
胸の苦しさが、少しずつ和らいでいく。
「闇魔法の『闇の霧』に侵されたようですね。治療は済んでいますから、一時間ほど休めば、だいぶ楽になると思います」
レオはうなずいた。
近くのベッドからも、せき込む声が聞こえていた。
「みんなは……大丈夫ですか?」
「ええ。リアムという生徒を除いて、命に別状はありません」
レオは僧侶を見た。
「リアムは?」
僧侶は少し間を置いた。
「……亡くなりました」
レオは何も言えなかった。
さっき、目の前に立っていた。
剣を持って、こちらへ走ってきた。
その相手が、もう死んでいる。
自分が放った魔法で。
レオは毛布の上の手を見た。
二発目を撃ったときの感覚が、まだ残っていた。
「君は、自分の身を守ったんです」
僧侶が静かに言った。
「相手は真剣で襲ってきたのでしょう。君が自分を責める必要はありません」
レオは小さくうなずいた。
何もしなければ、自分が斬られていたかもしれない。
それは分かっている。
けれど、分かったからといって、気持ちが落ち着くわけではなかった。
倒れたリアムの姿を思い出し、レオは毛布を握った。
*
霧を吸った生徒たちは、その晩は医務室に泊まった。
翌日、もう一度診察を受け、回復を確かめてもらってから、それぞれ退室した。
午後には、剣術学園の生徒たちが帰ることになった。
飛竜船港へ行くと、すでに船が待っていた。
昨日、旗を掲げて降りてきたときとは違い、誰も大きな声で話していなかった。
剣術学園の生徒会長マーカスが、ダイアナの前へ進み出た。
「本校の生徒が、あのような行為に及んだことを、深くお詫びします」
頭を下げてから、言葉を続ける。
「リアムの件は騎士団に調査を依頼しました。本校でも詳しく調べ、分かったことは必ずお伝えします」
「承知しました。ですが、そちらの生徒の皆さんも被害を受けています。どうか、お大事になさってください」
ダイアナが答え、二人は握手を交わした。
剣術学園の生徒たちが二列に並ぶ。
「一同、礼!」
全員が頭を下げた。
「二日間、ありがとうございました!」
魔法学園の生徒たちも礼を返した。
乗船が始まり、レオもボブたちの隣で見送っていた。
そのとき、列から一人の女子が離れ、こちらへ小走りに近づいてきた。
シャーロットだった。
「レオ・ライオンハートさん」
「は、はい?」
シャーロットはレオの前で立ち止まり、まっすぐ顔を見た。
「私、あなたに惹かれました」
レオは返事をしようとして、口を開けたまま止まった。
「お顔も素敵だと思います。でも、それ以上に、あなたの勇気と強さに心を奪われたんです」
「……え?」
「もし、私でよければ、お付き合いしていただけませんか?」
レオはシャーロットを見つめた。
何を言われたのかは分かる。
けれど、どうして今、自分がそんなことを言われているのか、頭が追いつかなかった。
「シャーロット! そろそろ乗るぞ!」
船の方から、マーカスが呼んだ。
シャーロットは一度そちらを振り返り、またレオへ向き直った。
「今すぐ、お返事をいただきたいわけではありません。お手紙を送りますね」
「あの……」
「それでは、失礼します」
シャーロットは丁寧に頭を下げた。
「はい、今行きます!」
マーカスへ答え、船へ向かって駆けていく。
途中で一度振り返り、レオへ手を振った。
レオは、ようやく片手を上げた。
隣でハリーが、ぽつりと言った。
「……いいなあ。うらやましい」
エマは不満そうな顔で、そんなレオを見つめていた。
お読みいただき、ありがとうございます。交流戦は終わりましたが、レオの心には重いものが残りました。




