第二十七章 剣魔交流戦・上編
剣魔交流会の当日。王立剣術学園の代表たちが、優勝旗を携えてやってきます。
剣魔交流戦の当日、学園東側の飛竜船港へ、一隻の船が下りてきた。
船体には剣と盾の紋章が描かれ、その横に「王立剣術学園」と大きく記されている。
船が停泊すると、制服姿の生徒たちが十数人、二本の旗を先頭に降りてきた。
一本は、船体と同じ剣と盾の紋章が入った学園旗。
もう一本には、「剣魔交流戦優勝旗」と書かれていた。
「整列、礼!」
号令に合わせ、生徒たちが一斉に頭を下げる。
「王立剣術学園です。本日は、よろしくお願いします!」
よくそろった声が、発着場に響いた。
出迎えの列から、生徒会長のダイアナが進み出る。
相手の代表は、茶色の髪をした背の高い男子生徒だった。肩幅も広く、制服の上からでも体格のよさが分かる。
「王立魔法学園、生徒会長のダイアナ・エリザベスです。本日は、よろしくお願いいたします」
「王立剣術学園、生徒会長のマーカス・ルイジアナです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人が握手を交わし、続いて両学園の生徒たちも挨拶をした。
レオも順番に手を差し出した。相手の生徒たちは、どの手も硬く、握る力が強かった。
*
試合会場の魔法実習場には、すでに観戦する生徒たちが集まっていた。観客席には、教授の姿もいくつか見える。
選手たちが両側の席へ分かれると、場内放送が始まった。
「本日の試合は、指定された区画内で行います。一対一は二十メートル四方の正方形、五対五は直径五十メートルの円形区画を使用します。区画の外へ出た選手は、その時点で脱落となります」
床には、一対一用の線と、実習場を大きく囲む円が引かれていた。
「剣術学園の選手は競技用の木剣を、魔法学園の選手は魔法を用いて攻防を行ってください。真剣および杖の使用は禁止です」
レオは、自分の両手を見た。
練習してきたとおりにやればいい。
そう思いながらも、向かいの席に並ぶ剣士たちが気になった。
「なお、今回は通常の魔法決闘用の設備に加え、木剣による攻撃にも対応した保護装置を使用します。区画内で受ける損傷は装置が吸収し、その大きさに応じて各選手のライフゲージが減少します。ゲージがなくなった選手は脱落です」
説明が終わると、両学園の選手が中央へ並び、観客席に向かって一礼した。
拍手が起こる。
「それでは、一対一の対抗戦を始めます。敗れた選手は脱落し、勝った選手は次の相手と対戦します。先に五人全員が脱落した学園の敗北です。なお、各試合の開始時には、ライフゲージを全回復させます」
選手たちが席へ戻る中、剣術学園側から一人の女子生徒が試合区画へ進み出た。
短く切りそろえた銀髪に、きちんと着こなした制服。片手には、ほかの選手のものより細い木剣を持っている。
反対側に立ったのは、ウラジミルと一緒にいるドラゴンクラブの生徒だった。
「第一試合は、王立剣術学園、シャーロット・アルマニ選手。対するは、王立魔法学園、ブラント・ブラウニー選手です」
拍手の中、二人が構えた。
ブラントは両手を胸の前へ上げている。シャーロットは細い木剣を片手に持ち、もう片方の手を腰の後ろへ回していた。
レオはその構えを見つめた。
父や、その知り合いが剣を使うところは見てきたが、あの形の剣も、あの立ち方も初めてだった。
開始の鐘が鳴った。
シャーロットが踏み込む。
レオがそう思ったときには、ブラントのライフゲージが消えていた。
細い木剣の先が、胸元へ突き出されている。
ブラントは両手を上げたまま、自分の胸と、目の前のシャーロットを見比べていた。その手には、まだ魔法の光さえ現れていない。
「ブラント選手、脱落。勝者、シャーロット選手!」
剣術学園側の席から拍手が起きた。
シャーロットは剣を引き、軽く一礼した。ブラントは何か言いかけたが、結局、そのまま区画を出ていった。
「……迅速剣法、恐ろしいな」
ルカのつぶやきに、誰も答えなかった。
レオも、何が起こったのかを目で追うのが精いっぱいだった。
練習で見たウラジミルも速かった。だが、今の踏み込みは、それ以上に見えた。動き出したと気づいてから魔法を使っても、間に合わないかもしれない。
あれを相手に、本当に勝てるのだろうか。
レオは膝の上で、両手を握った。
団体戦は、もっと広い。少なくとも、今の試合よりは時間があるはずだ。
円形区画の端へ目を向け、自分にそう言い聞かせた。
*
第二試合の選手は、区画へ入る前に床を確かめていた。
開始位置に立ってからも、視線をシャーロットと地面の間で動かしている。
何か考えているらしい。
鐘が鳴ると、すぐに地面へ両手を向けた。
シャーロットも動いた。
床に魔法の光が走ったが、彼女は立ち止まらなかった。その上を駆け抜け、相手が顔を上げるより早く、木剣を突き出した。
脱落を知らせる音が鳴る。
少し遅れて、区画の中央付近がぬかるみに変わった。
相手の足を止めるつもりだったのだろう。だが、魔法が完成する頃には、シャーロットはそこを通り過ぎていた。
選手はぬかるみを見つめ、肩を落とした。
シャーロットは帰り道でそこを避け、元の位置へ戻っていく。
レオは、その足取りを見ていた。
作戦が悪かったわけではない。魔法を使うのが、わずかに遅かったのだ。
けれど、そのわずかな差で、何もできないまま試合が終わってしまう。
第三試合の選手は、両手を前へ突き出して構えた。
開始の鐘とほぼ同時に、シールドが広がる。
今度は間に合った。
レオは少し身を乗り出した。
シャーロットは、シールドの前で剣を振った。
乾いた破裂音とともに、輝く膜が砕ける。
その向こうで、魔法学園の選手が片手を引いた。次の魔法を使おうとしたのだろう。
だが、シャーロットの剣は、すでに次の動きへ移っていた。
一歩踏み込み、胴を突く。
選手の手に集まりかけていた光が消え、ライフゲージが尽きた。
レオは、握っていた手を開いた。
シールドを作るところまでは間に合っても、その次が続かない。
相手は、一度攻撃したら待ってくれるわけではないのだ。
*
第四試合の選手は、開始と同時に火球を放った。
シャーロットの進む先へ、真っすぐ飛んでいく。
今度は、彼女が近づく前に届いた。
観客席から声が上がる。
しかし、シャーロットは避けなかった。
火球を正面から受けながら、そのまま走り込んだ。
魔法学園の選手が、慌てて後ろへ下がる。
シャーロットは腕を伸ばした。
細い木剣が胸を捉え、脱落を知らせる音が響いた。
彼女のライフゲージは、半分ほど減っていた。だが、相手のものは、すべてなくなっていた。
「避けなくても、一発なら耐えられるってことか……」
ルカが低い声で言った。
レオは、両方のライフゲージを見比べた。
魔法は当たった。それでも、相手が止まらなければ、そのまま剣が届いてしまう。
シャーロットは制服の胸元へ目を落とし、何事もなかったように開始位置へ戻っていった。
「ああ……見ているのがつらい。公開処刑じゃないか、これ」
ハリーが顔をしかめた。
「噂どおり、ずいぶん野蛮な試合なのね……」
隣に座るジョイ・ヒルが、小さくつぶやいた。
今日になって合流した、五人目の代表選手だった。二年生の女子で、試合には人数をそろえるために出ると聞いている。
ジョイは自分の出番を思い出したのか、膝の上で手を重ね直した。
レオも何か言いたかったが、うまく言葉が出てこなかった。
足を止めようとしても、間に合わない。
シールドを張っても、次の攻撃を防げない。
火球を当てても、倒しきる前に剣が届く。
試合に出た四人は、それぞれ違う方法で戦った。それなのに、シャーロットは一度も、長く足を止められていなかった。
魔法決闘部の席から、ウラジミルが立ち上がった。
レオはその姿を目で追った。
練習では、彼も迅速剣法を使っていた。あの速さを知っているなら、何かできるかもしれない。
ウラジミルは仲間と言葉を交わさず、試合区画へ入った。
シャーロットのライフゲージが、再び満タンになる。
「次の試合は、シャーロット・アルマニ選手と、ウラジミル・サルカン選手です。シャーロット選手が勝利した場合、一対一の対抗戦は王立剣術学園の勝利となります」
魔法学園側から、まばらな拍手が起こった。
レオも手をたたきながら、区画の中の二人を見つめた。
今度は、拍手がほとんど起きなかった。
ウラジミルが試合区画へ入り、シャーロットと向かい合う。
静かな会場に、開始の鐘が響いた。
シャーロットが踏み込む。
ウラジミルは、わずかに横へ体をずらした。木剣をかわし、そのまま離れながら火球を放つ。
シャーロットは身を低くして避けた。
すぐに向きを変え、ウラジミルへ剣を伸ばす。
ウラジミルも転がるように逃れ、起き上がりながら手を向けた。
電撃が走った。
シャーロットの体に当たり、ライフゲージが半分ほど失われる。
観客席から声が上がった。
だが、シャーロットは止まらなかった。
低く身をかがめたまま懐へ入り、木剣を続けて突き出す。
ウラジミルは一度、二度と身をよじった。しかし、距離が近すぎた。
胴へ剣先が当たる。
続く突きも避けきれず、ライフゲージが尽きた。
「勝者、シャーロット・アルマニ選手!」
シャーロットが両手を上げた。
剣術学園側の席から、生徒たちが立ち上がる。拍手に混じって、口笛まで聞こえてきた。
ウラジミルは床に座ったまま、しばらく動かなかった。
「……でも、今のはよく戦ったよ」
ルカが言った。
「負けたけどな」
ハリーの声も、いつもより小さかった。
「あそこまでやっても勝てないのは、見ているこっちまで悔しくなるね」
誰も笑わなかった。
魔法学園側の席は、静かなままだった。
*
「一対一の対抗戦は、王立剣術学園の勝利です。二十分間の休憩の後、五対五の対抗戦を始めます」
レオたちは席を寄せ、もう一度作戦を確認した。
「やることは、練習したとおりです。途中で相手が近づいてきても、僕の方をお願いします」
ルカとハリーがうなずく。エマも、レオを見てうなずいた。
ジョイが、少し遠慮がちに手を上げた。
「私は、本当に何もしなくていいの?」
「はい。来てくださっただけでも助かりました。木剣が当たっても痛くないので、驚いて区画の外へ出ないようにだけ、お願いします」
「分かったわ。それなら、できると思う」
レオは試合区画へ目を向けた。
床の線が整理され、直径五十メートルの円だけが明るく浮かび上がっている。
一対一より広いとはいえ、相手は迅速剣法を使ってくる。
一度でも手順がずれたら、魔法が完成する前に倒されるかもしれない。
「レオ」
隣からエマに呼ばれた。
「練習どおりにやるから」
「……うん。お願い」
初めて手にした優勝旗と、思いがけない申し出。レオには、落ち着かない一日になりました。




