第二十六章 交流戦準備
剣魔交流会へ向けて、代表選手の練習が始まります。
「闇魔法は、命を奪い、物を破壊することにかけては、ほかの魔法よりも恐ろしい力を発揮します。そのため、黒龍教をはじめとする、各地で襲撃や破壊を繰り返す組織に使われているのです」
闇魔法担当のマーク・シュナイダー教授の言葉に、レオはノートを取る手を止めた。
森で騎士たちへ降り注いだ、黒い光を思い出す。
「皆さんは、そうした相手と戦うためにも、闇魔法を学ばなければなりません。ただし、知ることと、自ら使うことは別です。使用は慎まなければなりません」
教授は教室を見渡し、続けた。
「闇魔法は、使えば使うほど術者の魔力を変質させます。その影響は精神にも及び、やがては魂まで蝕まれ、闇に堕ちることになるのです」
教室が静かになった。
「実を言えば、私もかつて闇魔法に傾倒し、危うく戻れなくなるところでした」
レオは顔を上げた。
教授はいつもと変わらない調子だったが、冗談を言っている様子ではない。
「幸い、自分の過ちに気づき、踏みとどまることができました。こうして皆さんに教えられるのも、そのおかげです」
教授は黒板へ向き直り、「魔力変質」と書いた。
「闇魔法は特殊な魔法です。皆さんの体を流れる通常の魔力では、そのまま発動させることができません。まず、魔力を闇の魔力へ変える必要があります。この過程を、魔力変質と呼びます」
レオも同じ言葉をノートへ書き込んだ。
「そのひと手間があるため、通常はほかの魔法より発動に時間がかかります。しかし、すでに闇に蝕まれた魔法使いは違います。体内の魔力そのものが、闇の魔力へ変質しているのです」
「では、すぐに使えるんですか?」
生徒の一人が尋ねた。
「そのとおりです。相手にも魔力変質の時間が必要だと思い込んでいると、対応が遅れます。よく覚えておいてください」
教授は黒板の文字の下に線を引いた。
「それでは、まず魔力変質の仕組みから説明しましょう」
*
午後の授業が終わると、レオとエマはバトルアリーナ部へ向かった。
部室では、ルカとハリーが待っていた。
「剣魔交流戦の代表が、五人そろったよ」
ルカがそう言ったので、レオは部屋の中を見回した。ほかに部員の姿はない。
「最後の一人は、今日は来ないんですか?」
「それが……顔を出すのは、当日だけだそうだ」
ルカが言いにくそうに答えると、ハリーが続けた。
「どうせ結果は分かっているから、人数をそろえるだけなら協力するってさ」
「そうなんですか……」
五人で戦うのに、一度も一緒に練習しなくて大丈夫なのだろうか。
「ともかく、今日からは僕たち四人で作戦を考えて、練習を進めよう」
ルカはテーブルに置いてあった紙を広げた。
「交流戦までは、午後の授業が終わってから夕食までの三時間、魔法実習場を使えることになった。魔法決闘部と時間を分けて、実戦形式の練習もするつもりだよ」
「あの、何か考えている作戦はありますか?」
レオが尋ねると、ルカは大きく息を吐いた。
「向こうが何をしてくるかは、分かっているんだけどね」
「毎年、同じなんですか?」
「ここ何年も変わっていないそうだよ。試合が始まったら、迅速剣法で一気に近づいて、一人ずつ倒す。それで勝ち続けているんだから、変える必要もないんだろうね」
迅速剣法。
名前からして、素早く間合いを詰める技なのだろう。魔法を使う余裕があるだろうか。
「これまでの先輩たちも、いろいろ試しているんだ。魔法で攻撃を受け止めたり、足元をぬかるみにしたり、床を凍らせたりね」
「それでも、駄目だったんですか?」
「多少は足止めできたらしい。でも、実習場の中では、いつまでも距離を取れない。結局、近づかれてしまうんだ」
ハリーが椅子の背にもたれた。
「向こうは毎日、走ったり剣を振ったりしてるんだぞ。逃げ回っていたら、先にこっちが疲れるよ」
「だから、長引けば長引くほど不利になる」
ルカが言葉を継いだ。
「まあ……参加することに意味があるってことで」
ハリーがそう言うと、ルカもため息をついた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
レオはテーブルの紙へ目を落とした。
近づかれてからでは、遅い。
逃げ続けることもできないなら。
「それなら、できるだけ早く決着をつけるしかないですね」
「早く?」
ルカが顔を上げた。
「はい。」
レオは紙を自分の方へ寄せ、考えた手順を説明した。
ルカは途中で何度か質問したが、最後まで聞くと、もう一度紙を見た。
「……うまく合わせられれば、いけるかもしれないね」
「まず、試してみたいんです。間に合うかどうか、確かめないと」
「分かった。実習場へ行こう」
*
魔法実習場では、魔法決闘部が一対一の練習をしていた。
木剣を持った生徒と、杖を構えた生徒が向かい合っている。
合図とともに木剣の生徒が走り出したが、相手へ届く前に魔法で押し戻された。
次の組も、その次の組も、魔法を使う側が勝っていた。
レオは練習の邪魔にならない場所に立ち、木剣を持つ生徒の動きを見ていた。
剣を大きく振り上げたまま走っている。避けられると足が止まり、振り直すまでにも時間がかかる。
これまで見てきた父の動きとは、まるで違っていた。
「迅速剣法も使えない相手で、練習になるのか?」
ハリーが小声で言った。
「仕方ないよ。うちの学園で、剣術までできる生徒なんて、そういないだろうし」
ルカが答えたとき、ウラジミルが木剣を受け取った。
相手の生徒が杖を構える。
開始の合図が響いた。
ウラジミルの姿が、急に前へ飛び出したように見えた。
速い。
相手の手が光るより先に、木剣が胴へ打ち込まれた。
「……迅速剣法だ」
ルカがつぶやいた。
「えっ。うちにも使える奴がいたのか?」
ハリーが身を起こした。
相手を替えても、結果は変わらなかった。三人続けて倒したウラジミルは、木剣を下ろしてこちらを向いた。
その視線が、エマのところで止まる。
ウラジミルは得意そうに胸を張ったが、エマはいつもの静かな表情で見ているだけだった。
しばらく待っても反応がないので、ウラジミルは木剣を持ち直し、仲間の方へ戻っていった。
レオは、試合区画に引かれた線を見た。
あの距離を、あんなに短い時間で詰めてくる。
実際に見ておいてよかった。頭の中で想像していたよりも、ずっと速かった。
*
魔法決闘部が練習を終えると、実習場にはレオたち四人だけが残った。
「まず、みんなの魔法が、どれくらいの速さで出せるか確かめたいんです」
レオが言うと、ルカたちが横に並んだ。
「最初はシールドでお願いします。一、二、三で使ってください」
エマがうなずき、ハリーも構えた。
「一、二、三!」
レオの前に、シールドが現れた。
少し遅れてエマのシールドが現れ、続いてルカ、最後にハリーのシールドが展開された。
レオは隣を見た。
「僕が合図を出していたから、少し早くできたのかもしれません。今度はルカ先輩にお願いしてもいいですか?」
「いいよ。全員、一度消して」
シールドが消える。
レオは杖を持ち直し、ルカの声を待った。
「一、二、三!」
合図が終わると同時に、レオの前へシールドが広がった。
少し遅れてエマ、続いてルカのシールドが現れ、最後にハリーのものが完成した。
「……やっぱり、レオが一番早いな」
ハリーがそれぞれのシールドを見比べた。
レオはシールドを消し、少し考えた。
同時に始めても、これだけ差がある。
誰が何を担当するか。どの順番で魔法を使うか。
先ほど話した作戦の手順を、頭の中でもう一度組み直した。
「僕の考えた速攻の作戦……通用するかもしれません」
ルカもうなずいた。
「少なくとも、逃げ回るだけよりは勝ち目がありそうだ。やってみよう」
四人は立つ位置を決め、合図に合わせて魔法を使い始めた。
「ハリー、今のは少し遅かった」
「分かってるよ。もう一回だ」
ハリーが構え直す。
レオも元の位置へ戻り、次の合図を待った。
*
それから毎日のように練習を重ねるうちに、剣魔交流戦の日が近づいてきた。
五人目は当日だけの参加。まずは四人で、作戦を形にしていきます。




