第二十五章 新学期の始まり
秋学期が始まり、レオも友人たちと再会します。
秋学期が始まった。
レオは、母に買ってもらった新しい服に袖を通した。
今までは、着るものをあまり気にしていなかった。けれど、ロレンス家の門番に身なりだけで追い払われそうになったことを思い出すと、きちんとした服を持たせようとした母の気持ちが、少し分かる気がした。
昨日まで静かだった学園は、戻ってきた生徒たちでにぎわっていた。廊下のあちこちで、休暇中の出来事を話す声が聞こえる。
レオも一か月ぶりの教室へ入り、友人たちと挨拶を交わした。
「久しぶり、レオ!」
ボブが手を上げた。
「うん。ボブも、アリアも元気だった?」
「見てのとおりよ。レオも元気そうね」
レオがうなずくと、ボブが少し声を落とした。
「そういえば、聞いた? 恐ろしいドラゴンがトピアを襲ったって」
「うん、聞いた」
「街が大変なことになったらしいよ。怖いよな」
「……そうだね」
レオは短く答え、席へ着いた。まだ話したいことはあったが、教授が入ってきたので、鞄から教科書を取り出した。
最初の授業は、教養科目の魔法史だった。
「太古の人間は、槍や弓を使って狩りをし、木の実や果物を採って暮らしていました」
教授は教壇に本を置き、生徒たちを見渡した。
「まだ魔法を知らず、火や水を自由に扱うこともできなかった時代です。現在のような魔法文明は、存在していませんでした」
レオは教科書の挿絵を見た。簡素な服を着た人々が、巨大なドラゴンを見上げている。
「空を飛び、火や水、風を操るドラゴンは、人間にとって神にも等しい存在でした。恐れられると同時に、崇拝の対象でもあったのです」
教授は黒板へ、一人の名前を書いた。
マーリン。
「その関係を変えたのが、人類最初の魔法使いと伝えられるマーリンです」
レオは少し身を乗り出した。
「彼はドラゴンと交流し、魔法を学びました。しかし、ドラゴンの魔法は、そのままでは人間に使えません。そこで彼は古代竜魔法の構造を理解し、分解して、人間にも扱える術式へ組み直したとされています」
ドラゴンの魔法を、人間の使えるものにする。
レオはノートに名前を書きながら、ファントムの描いていた魔法陣を思い出した。
「マーリンは、生まれたときから魔法の存在を知っていたとも伝えられています。あまりにも優れた才能を持っていたため、前世の記憶を持つ転生者だったのではないか、という説まであるほどです」
教室のあちこちから声が上がった。
「本当に、前世の記憶があったんですか?」
「それを確かめることはできません。マーリンについては、史実と伝説を分けて考える必要があります」
教授はそう答えてから、話を続けた。
「魔法で火を起こし、水を生み出せるようになった人間社会は、大きく発展しました。しかし、それを喜ばないドラゴンもいたのです」
「どうしてですか?」
「人間が、自分たちの魔法を盗んだと考えたからです」
教授は黒板へ、新たな言葉を書き加えた。
「そうしたドラゴンたちが、人類の絶滅を目的として起こした戦争。それが、竜人大戦です。ただし、すべてのドラゴンが人間を敵視したわけではありません」
難しい術式を解く授業とは違い、今日は次々に質問が出た。ドラゴンの数や当時の魔法について、生徒たちは興味を隠さず尋ねていた。
*
午後の授業を終えると、校内放送が流れた。
「生徒会からお知らせします。来月、オルディスの月に、伝統行事である剣魔交流戦を開催します。今年は王立剣術学園の生徒を本学園へ迎えての開催となります」
鞄を持ち上げかけたレオは、手を止めた。
「魔法決闘部とバトルアリーナ部を中心に運営委員会を設置し、代表選手の選考を行います。参加を希望する方は、いずれかの部へお問い合わせください。皆さんのご協力をお願いします」
剣魔交流戦。
初めて聞く行事だった。名前からすると、剣術学園の生徒と何かを競うのだろうか。
バトルアリーナ部の部室へ行けば、詳しい話を聞けるかもしれない。
レオが部室に入ると、ルカとハリーがテーブルを挟んで話し込んでいた。二人とも、難しい顔をしている。
「お久しぶりです、先輩」
「ああ、レオ。久しぶり」
ルカは片手を上げたが、すぐにハリーとの話へ戻った。
レオが荷物を置いていると、少し遅れてエマも入ってきた。
「こんにちは」
二人の先輩は挨拶を返したものの、やはり話をやめなかった。
エマは部屋を見回し、レオに気づくと、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「レオ」
「久しぶり、エマ」
答えた途端、手を握られた。
エマはレオの顔をじっと見つめていた。
「無事だったのね。コンサス州をシャドウドラゴンが襲ったって聞いて、ずっと心配していたの」
「うん。何とか、無事だったよ」
久しぶりに会えたことも、心配してくれていたことも嬉しかった。
けれど、握られた手が気になって、それ以上の言葉がうまく出てこない。
「あれ?」
すぐ横から声がした。
三年生のヤコブ先輩が、二人の手を見ていた。それからレオとエマの顔を交互に眺め、にやりと笑う。
「お邪魔だったかな」
「い、いえ」
レオが答えるのと同時に、エマが手を離した。
エマの頬が赤くなっている。自分も同じような顔をしている気がして、レオは鞄を置き直すふりをした。
ヤコブはそれ以上何も言わず、部屋の前方にある壇へ上がった。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
部員たちが話をやめる。
「さっきの放送でもあったとおり、来月は剣魔交流戦だ。正直、あまり気は進まないが、長く続いている行事だからな。やるからには準備しよう」
ルカとハリーも、ようやく話を切り上げた。
「これから大講堂で、生徒会と魔法決闘部、それからうちの部で合同の集まりがある。全員、移動してくれ」
*
大講堂では、魔法決闘部の生徒たちが先に集まっていた。
バトルアリーナ部も、その隣に並ぶ。
向こうの列には、見覚えのある顔があった。ウラジミル・サルカン、それにドラゴンクラブの面々だ。
壇上には、生徒会副会長のグレゴリーが立っていた。
「会長は所用で不在のため、私から説明します」
手元の紙を確かめ、グレゴリーは顔を上げた。
「来月の剣魔交流戦では、例年どおり、一対一と五対五の対抗戦を行います。優勝した学園は、優勝旗を一年間保有することになります」
大講堂は静かだった。
学園祭の説明を聞いたときとは、ずいぶん雰囲気が違う。
「厳しい対戦になるとは思いますが、今年は少しでもよい結果を残せるよう、力を尽くしてください」
グレゴリーは一度言葉を切った。
「現在、王国非常令に伴い、上級生は自警団の活動に参加しています。そのため、今年は両学園とも、一、二年生を中心に代表を組むことで合意しました」
レオは近くにいる先輩たちを見た。
「魔法決闘部とバトルアリーナ部は、予備候補を含め、それぞれ五名ずつを選んで報告してください。なお、部員以外でも、実力のある参加希望者を代表に選ぶことは可能です」
説明が終わると、ヤコブが後ろを振り返った。
「それじゃ、上級生は先に行く。あとはよろしくな」
魔法決闘部の上級生たちも、それに続いて大講堂を出ていった。
残った一、二年生は、まず互いに挨拶をすることになった。
レオの前へ来たウラジミルは、顔をしかめた。
「お前……」
何か言いかけたところで、レオの隣にいるエマへ目を向ける。
ウラジミルは口を閉じ、少し姿勢を正した。
「……よろしく」
「うん。よろしく」
短く挨拶を済ませると、ウラジミルは次の生徒の方へ移った。
その後は二年生同士で役割分担について話し合い、レオたち一年生は少し離れた場所で待っていた。
話がまとまる頃には、窓から入る日差しが傾き始めていた。
*
部室へ戻るなり、ハリーが椅子に腰を落とした。
ルカも向かいに座り、レオたちへ顔を向ける。
「さっきの話し合いで、一対一は魔法決闘部、五対五は僕たちバトルアリーナ部が担当することになった。それぞれの部で代表を選んで、練習を進めるよ」
「僕たちは、五人で一緒に戦うんですね」
「そういうこと。ただ、剣魔交流戦は百年近く続いているのに、うちの学園は一度も優勝していないんだ」
「一度も、ですか?」
レオが聞き返すと、ルカはうなずいた。
「だから、みんな気が重いんだよ。結果が分かっていても、参加しないわけにはいかないからね」
「そもそも、剣士と魔法使いを近い距離で戦わせるのが間違ってるんだ」
ハリーが口を挟んだ。
「剣士の得意な条件で勝負して、剣術と魔法のどっちが強いかなんて言われてもな」
魔法を使う時間と距離があれば、戦い方はいくらでもある。けれど、その時間を与えてもらえなかったら。
「ともかく、代表を決めよう」
ルカはテーブルに紙を置いた。
「学年に関係なく、実力ならレオとエマだね。あとは僕とハリー。それで四人になる」
名前を書きかけたところで、ルカが顔を上げる。
「レオ、エマ。出てもらえるかな?」
「はい。頑張ってみます」
レオが答えると、隣のエマも小さくうなずいた。
「レオが出るなら……私も」
「ありがとう。そうすると、あと一人か。ベラとルナはどう?」
声をかけられた二年生の女子二人は、そろって首を横に振った。
「ほかの試合ならともかく、剣魔交流戦だけは嫌よ」
「剣を持って追いかけてくるんでしょう? あんな野蛮な試合、出たくないわ」
「そうか……」
ルカが紙へ目を落とす。
その横で、ハリーが手を上げた。
「僕の意思は聞かないのか?」
「最後の一人をどうしようかな」
「聞こえてるよな?」
ルカはペンを指で回しながら考えていた。
ハリーが不満そうに背もたれへ体を預ける。
「仕方ない。部の外から、希望者を募るしかないね」
ルカがそう言ったところで、レオは気になっていたことを尋ねた。
「あの、剣魔対決って、具体的にはどうやって戦うんですか?」
「ああ、まだ説明していなかったね」
ルカはペンを置いた。
「ルールは単純だよ。一対一は、五人ずつの勝ち抜き戦。負けたら退場して、勝った方はそのまま次の相手と戦う。どちらかの五人全員が負けるまで続けるんだ」
「一人で何人も相手をすることがあるんですね」
「そういうこと。五対五の方は、最初から全員で戦う。こちらも、片方の五人全員が退場したら終わりだ」
レオはうなずきながら聞いていた。
「ただし、剣術学園の生徒が使えるのは剣術だけ。僕たちは魔法だけだ。向こうが魔法を使ったり、こちらが剣を使ったりしたら反則負けになる。あくまで、剣術と魔法の対決なんだ」
「場所は、どこですか?」
「魔法実習場だよ。五対五では全体を使うけど、一対一は二十メートル四方に区切った中で戦うんだ」
「二十メートル四方ですか……。すぐに近づかれてしまいそうですね」
「そうなんだよ。」
「それじゃ、剣術学園の方がずっと有利ですよね。ちょっと不公平な気がします」
ルカは大きくうなずいた。
「僕たちも、そう思ってる」
*
部活動を終え、食堂へ向かいながら、レオはこの一か月にあったことをエマに話した。
エマはときおり驚いた顔をしたり、笑ったりしながら聞いてくれた。気のせいだろうか。以前よりも、表情が豊かになったように見える。
一か月も離れていたのに、前より少し、エマと近づけた気がした
次の学園行事は、王立剣術学園との交流会。先輩たちは、あまり乗り気ではないようです。




