第二十二章 ヒドラのダンジョン・上編
父とともにマントロを訪れたレオ。魔法について話を聞くはずが、ダンジョン攻略を手伝うことに。
翌朝、レオと父は村を出て、州境を越えた。
クアントロ州へ入っても、しばらくは畑と林の続く道だった。父が先を走り、レオはその後についていった。
夕暮れが近づいた頃、低い城壁に囲まれた街が見えてきた。
「あれがマントロだ」
門の前には、荷物を積んだ馬や、武器を背負った人々が並んでいた。
二人も列に加わり、警備兵の魔道具で身分の確認を受けてから、街へ入った。
マントロは、周辺に小さなダンジョンがよく発生する街だという。
建物は王都ほど高くなかったが、通りは冒険者たちでにぎわっていた。剣を腰に差した者。大きな盾を背負った者。大きな荷物を担いで歩く者もいる。
「宿は、こっちだったな」
父は手紙を確かめ、通りを曲がった。
*
エステバンが泊まっている宿屋を訪ねると、まだ戻っていないと言われた。
二人は馬を預け、食堂のテーブルで待つことにした。
レオが飲み物を半分ほど飲んだ頃、入り口の扉が開いた。男女三人が、話しながら入ってくる。
「エステバン!」
父が呼ぶと、背の高い男がこちらを向いた。
「リチャード! 本当に来たのか!」
笑いながら、足早に近づいてくる。
三十代ほどに見える、すらりとした男だった。父と握手を交わすと、その隣に座るレオへ目を向けた。
「それで、こっちが息子か?」
「ああ。レオだ」
レオは立ち上がった。
「初めまして。レオ・ライオンハートです」
「エステバン・ロレンスだ。よろしくな」
差し出された手を握ると、エステバンは後ろの二人を振り返った。
「仲間を紹介しておこう。こっちはミア・カノン。魔法弓使いだ」
「よろしく、レオ君」
ミアは二十代ほどの女性だった。肩に掛けていた弓を下ろし、気さくに手を振った。
「火でも水でも、矢に乗せて飛ばせる。遠くの敵は、彼女に任せている」
「盾役がいないから、近くの敵まで私に任せてるでしょう?」
「だから、今日はリチャードに来てもらったんじゃないか」
エステバンは笑い、もう一人の少年の肩へ手を置いた。
「こっちはチコ・ロペス。短剣で戦うのも、鍵を開けるのも得意だ。罠や細工にも詳しい」
「よろしく」
チコは短く答えた。
レオより年上だが、エステバンたちよりは若い。腰には短剣を下げていた。
全員が席に着くと、父がレオのことを話し始めた。
「今は王立魔法学園に通っているんだ」
「へえ。あそこに?」
エステバンがレオを見た。
「はい。一年生です」
「それなら、俺の後輩じゃないか」
「エステバンさんも、王立魔法学園に?」
「そうだ。親父に勧められてな。」
エステバンは椅子の背にもたれた。
「ただ、親父の決めた道をそのまま進むのは、どうも性に合わなくてな。冒険者の仕事の方が面白かった。それで今は、好きにやっている」
それから、思い出したように身を乗り出した。
「そうだ。アントニウスのじいさん、まだ教えてるか?」
「はい。授業を受けています」
「元気そうか?」
「元気です。よく質問されます」
「やっぱりか!」
エステバンが声を上げて笑った。
「教えるより、学生に質問している時間の方が長いんじゃないか、あの人」
「答えると、また別のことを聞かれます」
「昔から変わってないな」
つられて、レオも笑った。
しばらく学園の話をした後、エステバンは飲み物を置いた。
「さて。聞きたいことがあるんだったな」
「はい」
レオは、森での戦いについて説明した。
相手の魔法で騎士たちのシールドが消えたこと。その後は、新しく展開することさえできなかったこと。放った攻撃魔法まで、途中で消えてしまったこと。
「ディスペルマジックかと思ったんです。でも、本には、シールドにはその干渉を防ぐ仕組みもあると書いてあって……」
エステバンの笑みが消えた。
「シールドを消された上に、張り直せなかった?」
「はい」
「……なるほどな」
顎に手を当て、しばらく考え込む。
レオが返事を待っていると、エステバンは父へ目を向けた。
「リチャード。二人で、俺たちのダンジョン攻略を手伝わないか?」
「おい。話が違うぞ」
父が眉を寄せた。
「話を聞きに来たんだ。ダンジョンに潜るためじゃない」
「分かってる。手伝ってくれたら、その魔法についても、知っている限りのことを話す」
「レオは、まだ子供だぞ」
「王立魔法学園に入れるだけの腕があるんだろう? 俺も一年の頃から、休みのたびに潜ってた。小さなダンジョンだし、いい経験になる」
チコがレオを見た。
「十二歳だろ。まだ子供じゃないか」
「十七歳も、俺からすれば子供だがな」
「俺はもう大人だ」
「はいはい」
エステバンは笑って受け流した。
ミアはレオの顔をのぞき込んだ。
「学園って、かわいい女の子もいるんでしょう? 気になる子はできた?」
「え?」
長い金髪と、カフェテリアでこちらを見上げた顔が浮かんだ。
慌てて飲み物へ手を伸ばしたが、ミアは見逃してくれなかった。
「あ、いるのね」
「い、いえ……」
「ほう。お前も、そんな年になったか」
父まで嬉しそうに笑っている。
レオは何も答えず、コップを両手で持った。
「それで、分け前は?」
父がエステバンへ聞いた。
「宝の四分の一。二人合わせてだ」
「五人のうち二人だぞ。五分の二だろう」
「見つけるのも、調査するのも、ただじゃない。ギルドから調査の許可を取って、独占攻略権まで買ってあるんだ。それに、レオがどれだけ戦えるか、俺たちはまだ知らない。その手間と費用も考えて、二人で四分の一。それでどうだ?」
「……確かに、こいつはダンジョンに入るのも初めてだ。分かった。二人で四分の一、それでいい」
父は腕を組んだ。
「本当に小さいんだろうな?」
「ああ。まずは説明を聞いてくれ」
エステバンはテーブルの空いた場所へ、簡単な見取り図を広げた。
「ギルドに協力してもらって、魔力探知で調べた。地下二層の小規模なダンジョンだ。一層目には罠と、小型から中型の魔物。二層目には、中型のヒドラがいるらしい」
「ヒドラか」
「だから、盾役が欲しかったんだ。ところが、あちこちの州で召集がかかって、腕のいい冒険者が持っていかれてしまってな。人が集まらない。そこへ、お前から連絡が来た」
「都合のいいところへ手紙を出したわけだ」
「そういうことだ」
エステバンは悪びれずにうなずき、レオへ顔を向けた。
「お前の父さんは、こう見えて腕のいい騎士なんだぞ」
「こう見えて、は余計だ」
「明日は、それを見せてやれるじゃないか」
父はレオを見てから、もう一度見取り図へ目を落とした。
「……分かった。ただし、無理だと思ったら引き返す。レオを危険な場所に残すつもりはないからな」
「もちろんだ」
二人は手を打ち合わせた。
その後も、父とエステバンの話は続いた。
道を間違えて一日余計に歩いた話。討伐の報酬より、壊した装備の修理代の方が高くついた話。
レオは初め、面白くて身を乗り出して聞いていた。
けれど、父たちが何度目かの酒を頼む頃には、目を開けているのが難しくなっていた。
*
目を覚ますと、隣で父が寝ていた。
レオが体を起こすと、父も目を開けた。
朝食を済ませると、エステバンが剣と盾、それから小ぶりな杖を持ってきた。
「リチャードには、これだ」
父へ渡されたのは、黒っぽい金属の剣と盾だった。
「黒鉄製か。いい物じゃないか」
「前のダンジョンで手に入れた。ミスリルには及ばないが、上等な品だ。今回なら十分だろう」
続いて、レオへ杖を差し出した。
「これは元素魔法向きだ。小さいから、お前にも扱いやすい」
レオは受け取って、握り具合を確かめた。
「ありがとうございます」
「大した物じゃないが、役には立つさ」
鞄にしまってある竜の杖は、竜力球にしか効果がない。普通の元素魔法の威力は変わらないので、こちらの杖を借りられるのはありがたかった。
準備を終えると、五人は馬に乗り、街を出た。
*
ダンジョンへ入って、いくらも進まないうちだった。
暗がりから、矢が飛んできた。
「後ろへ!」
父が盾を上げた。ほぼ同時に、エステバンのシールドが通路を覆う。
矢が弾かれ、床へ落ちた。
その向こうで、小さな影が動いていた。ゴブリンだ。
ミアが弓を引くと、炎をまとった矢が飛んだ。一匹が倒れる。
レオも杖を向け、火球を放った。
「その調子だ。前は任せろ」
父が盾を構えたまま進む。
チコは脇の壁を調べ、床の一角を指した。
「そこ、踏むなよ。罠だ」
レオは出しかけた足を引っ込めた。
「ありがとう」
「前ばっかり見てると、引っかかるぞ」
言いながら、チコはしゃがみ込み、仕掛けを外し始めた。
*
さらに奥へ進むと、通路の先から騒がしい声が聞こえた。
数匹のバグベアを先頭に、ゴブリンの群れが押し寄せてくる。後ろには、ほかより大きなホブゴブリンの姿もあった。
「数が多いな」
父はそう言ったが、声は落ち着いていた。
盾で最初の一撃を受け、バグベアの足元へ踏み込む。剣が振られると、大きな体が横へ倒れた。
レオは杖を上げたが、父が敵へ近すぎて、どこを狙えばよいか迷った。
「右の奥だ。弓を持ってる奴を頼む」
エステバンに言われ、そちらへ火球を放つ。
隣では、ミアが次々に矢を射ていた。チコは父の横へ回り込み、抜けてきたゴブリンを短剣で仕留める。
父の剣は、ほとんど止まらなかった。
盾で押し返し、斬る。一歩進んでは、また斬る。
ほどなく、最後のホブゴブリンが倒れた。
「……すごい」
思わず漏らすと、父がこちらを振り返った。
「けがはないか?」
「うん」
「なら、よし」
戦いの後、使えそうな物を拾い集めながら、少し休むことになった。
エステバンが、父の肩を軽く叩いた。
「ゴブリン退治なら、お前が王国一かもしれないな。ゴブリンスレイヤーとでも呼んでやろうか」
「聞いたか、レオ」
父が得意そうに言った。
「ただなあ。こいつは弱い魔物を片づけるのは抜群なんだが、強い奴には弱い。弱い者いじめが得意というか」
「余計なことまで教えるな」
ミアが声を立てて笑った。チコも、拾った物を袋へ入れながら肩を揺らしている。
レオも笑ったが、さっきの剣の動きは、まだ目に残っていた。
*
通路の壁に、白い糸が目立ち始めた。
進むにつれ、天井から垂れ下がる糸も増えてくる。
「ジャイアントスパイダーだな」
父が剣で糸を切った。
「足を取られたくない。邪魔な糸は片づけながら進もう」
エステバンが小さな火球を放ち、通路を塞ぐ糸を焼いた。レオも反対側の糸を焼いていく。
少し先で、通路が広くなっていた。
向こうの壁に、八つの光が見えた。
レオが立ち止まると、光が一斉に動いた。
目だ。
「いたぞ」
父が盾を前へ出した。
巨大なクモが壁を這い、高い天井へ移っていく。レオも杖を向け、その動きを追った。
突然、クモが脚を縮めた。
「散れ!」
父の声に、レオは横へ飛び退いた。
さっきまでいた場所へ、重い音を立ててクモが落ちた。
避けたミアが弓を上げる。その体を、長い脚が横からさらった。
「ミア!」
白い糸が巻きつき、彼女の腕と弓をまとめて包んでいく。
クモはそのまま壁へ取りつき、ミアを抱えて天井へ上がった。
レオは反射的に火球を作りかけた。
「待て!」
エステバンが杖を押さえた。
「今、火を撃てば、ミアまで巻き込む」
レオは魔力を止めた。
天井で、ミアが体をよじっている。けれど、糸は外れない。
「チコ、リチャードの足元を空けてやれ。リチャード、下で受けられるか?」
「任せろ」
二人が動く。
レオも前へ出ようとしたが、エステバンに止められた。
「お前はここだ。水砲は使えるな?」
「はい」
「俺に合わせろ。合図をしたら、目を狙って撃つんだ」
レオは杖を握り直した。
クモが、糸に包んだミアを口元へ運ぼうとする。
頭が傾き、こちらから八つの目がはっきり見えた。
「今だ!」
エステバンとレオの水砲が、クモの顔へ命中した。
クモが激しく脚を動かす。ミアを押さえていた脚が離れ、その体が糸一本で宙づりになった。
エステバンが杖を振った。
鋭い風が糸を断ち切る。
落ちてきたミアを、父が両腕で受け止めた。膝を曲げ、そのまま床へしゃがみ込む。
「よし、火を撃て!」
エステバンの声に、レオは天井へ杖を向けた。
火球を放つ。
クモが逃げようとしたので、その先へもう一つ。脚が掛かった場所へ、さらに撃つ。
何発も続けて命中し、クモの体が燃え上がった。
レオは撃つのをやめなかった。
焦げた脚が天井から外れ、巨体が床へ落ちる。そこでようやく、杖を下ろした。
「……お前、何発撃った?」
エステバンが、クモとレオを交互に見た。
「数えていませんでした」
「そうだろうな。あれだけ続けざまに……」
父がミアを下ろしながら笑った。
「俺の息子だからな」
「お前は火球を一発も作れないだろう」
ミアの糸を切っていたチコが、顔を上げた。
父は何も聞かなかったように、レオへうなずいた。
ミアは自由になった腕をさすり、レオを見た。
「ありがとう。助かったわ」
「エステバンさんが教えてくれたからです」
「ちゃんと狙ってくれたでしょう。それに、お父さんも。ありがとう」
父は腕を回し、少し顔をしかめた。
「受け止められてよかったよ」
休憩を取る間に、チコたちはクモの体から魔石を取り出した。
心臓の近くに埋まっていたという石を、チコが明かりにかざす。
「これは、なかなかいい物だぞ」
父までのぞき込んだ。
「帰ってからのお楽しみだな」
エステバンは満足そうに言い、石を袋へ収めた。
お読みいただきありがとうございます。次回は地下二層へ。宝を守るヒドラに挑みます。




