第十七章 招かれざる訪問者
からくり展示会の結果が発表されます。
学園祭の翌日、午後の授業が終わったところで、校内放送が流れた。
『魔法からくり展示会の審査結果を発表します。一年生の第一位は、一年一組の「コンサスの平原とドラゴン」です。仕掛けと魔法の調和、そして作品としての美しさが高く評価されました』
レオは顔を上げた。
ボブが、隣の席から勢いよく振り向く。
『第二位は、一年二組の「決闘」です。楽しい発想と、精巧な仕掛けが印象的な作品でした。続いて、二年生の第一位は――』
「やった!」
ボブが差し出した手に、レオは手のひらを打ち合わせた。
アリアも笑顔で近づいてくる。マリウは椅子に座ったまま、大きく息を吐いていた。
「よかった……本当によかった」
「父さんにも、自慢できるね」
レオが言うと、マリウは嬉しそうにうなずいた。
放送の最後に、代表者は生徒会室へ賞品を受け取りに来るよう案内があった。
「私、ちょうど生徒会に用があるから、受け取ってくるね」
ソフィアが申し出た。
レオたちは礼を言い、それぞれ荷物をまとめた。
飛竜船の乗船券が手に入る。
レオは鞄を肩に掛けながら、もう一度、口元を緩めた。
*
「そこの生徒、少しいいかね」
バトルアリーナ部へ向かう途中で、呼び止められた。
レオは振り返り、足を止めた。
昨日、保護者交流会でこちらを見ていた男だった。
今日は隣に、もう一人の男がいる。二人とも黒い服を着ていた。
「王国魔法部の捜査官、ロナルド・ロドリゲスだ」
男は小さな石板を取り出し、レオへ見せた。
『身分証明書
所属:王国魔法部
役職:捜査官
氏名:ロナルド・ロドリゲス
本証明書の所持者は、王国魔法部の捜査権限を有する。
提示を受けた者は、誠意をもって捜査に協力する義務を負う。
正当な理由なく拒否した場合、相応の処罰を受けることがある』
レオは文字を読み、男の顔へ視線を戻した。
「少し話を聞きたい。外へ出ようか」
何を聞かれるのだろう。
レオは戸惑いながらも、二人についていった。
連れていかれたのは、カフェテリアだった。
向かい合う席に座ると、ロナルドが尋ねた。
「何か飲むかね?」
「牛乳を……お願いします」
「牛乳か。体にいいからね」
男は笑い、店員へ顔を向けた。
「コーヒーを二つと、牛乳を一つ」
もう一人の男は、レオの斜め横に座った。
注文を済ませると、ロナルドは笑みを消した。
「単刀直入に聞こう。幼竜を見たことはあるかね?」
レオの指が、膝の上で止まった。
「……幼竜、ですか?」
「そうだ」
「前に、魔物研究所から逃げたという……?」
「大変危険な魔物だ。何か知っているなら、話してくれた方が君のためにもなる」
心臓が速く打ち始めた。
幼竜の顔が浮かぶ。
レオは膝の上で手を握った。
「いえ。何も知りません」
ロナルドは、しばらくレオを見ていた。
「知らない、か。それも仕方ない。確かに、あれは普通の人間の目には見えないからね」
運ばれてきたコーヒーへ、男が手を伸ばす。
レオは牛乳に触れなかった。
「では、別のことを聞こう。昨日の決闘で使った魔法は、どこで覚えた?」
今度は、魔力球のことだった。
レオは口を開きかけ、言葉を探した。
「図書館の本を見て……試してみたら、できたんです」
「図書館?」
「はい」
「本の名前は?」
「あの……『猿でもできる魔力球』、だったと思います」
言った途端、自分でも苦しい言い訳だと思った。
ロナルドは杯を置いた。
昨日と同じ、鋭い目だった。
「君。見え透いた嘘はやめたまえ」
レオはうつむいた。
「この王国に、古代竜魔法の使い方を書いた本など存在しない」
古代竜魔法。
聞き慣れない言葉に、レオは顔を上げた。
あの魔法が、そうなのだろうか。
ロナルドは黙って返事を待っていた。
「……本当は、教室棟の前の庭で見たんです」
「何を?」
「何か、揺らいでいるようなものがあって。近づいたら、小さな魔法陣が見えました。その上に紫色の球ができていて……それを写して、試してみたら」
「揺らいでいた?」
ロナルドが身を乗り出した。
「幼竜の姿が見えたということかね?」
「姿というか……その、揺らいでいるところが、少し」
男はレオの顔をじっと見た。
「わかった。一緒に来てもらおう」
隣の男へ目配せする。
男が立ち上がり、レオの腕をつかんだ。
「えっ?」
腕の周りに光が走った。
細い線が絡み合い、輪の形の魔法陣になる。
レオは反射的に手を引こうとした。
動かなかった。
拘束魔法だ。
「立ちたまえ」
「待って、僕は――」
「あなたたち、何をしているのですか」
鋭い声がした。
振り返ると、副校長のクリスティーナが立っていた。
ロナルドが腰を浮かせる。
「私どもは、魔法部の捜査官でして」
「誰の許可を得て、この学園の生徒に接触しているのですか」
クリスティーナは、レオの腕へ目を落とした。
そして、もう一度ロナルドを見た。
「許可した者の名前をお答えなさい」
「それは……」
男は隣へ視線を送った。
レオの腕をつかんでいた手が離れる。
「失礼します」
二人が急に席を離れた。
クリスティーナは店員へ顔を向けた。
「不審者警報を。今の二人です」
そう告げると、二人のあとを追って外へ出た。
レオは椅子から立とうとした。
だが、両腕の周りの魔法陣は消えていなかった。
ほどなく、サイレンが鳴った。
『校内に不審者が侵入しました。王国魔法部の捜査官を名乗る、黒い服の成人男性二名です。警備員は発見次第、身柄を確保し、職員室へ連絡してください。生徒の皆さんは近づかず、警備員または教職員へ知らせてください』
窓の向こうを、二人の男が走っていった。
正門へ向かっていたが、警備員の姿を見ると向きを変えた。
仮宿舎の方だった。
レオは席に座ったまま、その先を見ようとした。
しばらくして、建物の陰から二つの人影が飛び上がった。
空を斜めに横切り、遠ざかっていく。
*
「逃げられましたね……」
戻ってきたクリスティーナが、窓の外を見て言った。
すぐにレオのそばへ来て、腕の魔法陣へ手をかざす。
光の輪がほどけ、消えた。
レオは両手を動かし、ようやく息を吐いた。
「けがはありませんか?」
「はい」
「何を聞かれたのですか。初めから話してください」
レオは、幼竜について尋ねられたことを話した。
決闘で使った魔法のことも。
庭で揺らぐものを見つけ、その近くにあった魔法陣を写したと説明した。
幼竜が部屋へ来ていることは、言わなかった。
ノートの魔法陣を直してくれたことも。
クリスティーナは、口を挟まず聞いていた。
自分を気にかけ、助けてくれた先生だった。
その人にまで隠し事をしていると思うと、胸が苦しかった。
全部を話していないだけだ。
レオはそう考えようとしたが、先生の顔をまっすぐには見られなかった。
「古代竜魔法を使う幼竜、ですか」
クリスティーナが、考え込むように言った。
「それは、興味深いですね」
「あの……古代竜魔法って、何なんですか?」
「古い時代の竜たちが使っていた魔法です。人間が使う魔法とは、術式の組み立て方が大きく異なります」
クリスティーナはレオを見た。
「あなたには、私が考えていた以上の才能があるのかもしれませんね」
「そんな……魔法陣を写しただけで」
「写すだけで使えるなら、秘術とは呼ばれません」
レオは口を閉じた。
「古代竜魔法は、人間が学べるものではありません」
クリスティーナはそこで言葉を切った。
少し考えてから、言い直す。
「……学べるものではなかった、と言うべきでしょうか」
レオには、その違いがよくわからなかった。
先生はしばらく黙っていたが、やがてレオの背を軽くたたいた。
「今日は驚いたでしょう。部活動は休んで、部屋で落ち着きなさい」
「はい……」
「あの魔法については、明日、改めて話を聞かせてください。不審者の件は、騎士団にも連絡しておきます」
「わかりました。ありがとうございました」
レオは頭を下げ、席を立った。
牛乳は、ほとんど飲めないままだった。
*
部屋へ戻ると、幼竜の姿がなかった。
居間を見回し、寝室ものぞく。
いつも寝ているベッドの上にもいない。
あの男たちに見つかったのではないだろうか。
レオは窓へ近づいた。
ちょうどそのとき、小さな影が飛び込んできた。
口に、大きなイモリをくわえていた。
「……いた」
レオの前を通り過ぎ、幼竜は居間へ降りた。
床にイモリを置くと、その下に小さな魔法陣が現れる。
イモリは脚を動かしていたが、円の中から出られなかった。
幼竜は首を傾け、その尻尾を前脚でつついた。
「君を捜している人がいたよ」
幼竜が、ちらりとレオを見た。
それだけだった。
またイモリへ向き直り、動く脚を眺めている。
「危険な魔物だって、言ってた」
返事はない。
レオはソファへ腰を下ろした。
しばらく遊んだあと、幼竜はイモリをくわえ、ひと口で飲み込んだ。
満足そうに口を閉じる。
レオはその顔を見ながら、ふと思い出した。
「そういえば、名前は?」
幼竜がこちらを向いた。
『名前?』
「うん。今さら聞くのも、変だけど」
こうして話すのは、久しぶりな気がした。
「ドラゴンにも名前はあるんでしょう。ケルタウスとか、シリウスとか」
頭の中に、声が響いた。
いくつもの音が重なっているようだった。
聞こえているのに、言葉として受け取れない。
「……何て?」
幼竜は答えず、床へ顔を向けた。
魔法陣が現れ、その上に小さな紫色の点が生まれた。
点は膨らみ、いつもの魔力球になる。
「人間の言葉じゃ、呼べないのかな」
幼竜は球を鼻先で突き上げた。
レオはその姿を目で追った。
「じゃあ、僕が呼べる名前をつけてもいい?」
球が落ちてくる。
幼竜は飛び上がり、口で受け止めた。
「ドラゴンだから、格好いい名前がいいよね……」
誰にも見えない。
目の前にいても、人には気づかれない。
「幽霊みたいだから……ファントム、はどう?」
幼竜が球をくわえたまま、こちらを見た。
「これから、ファントムって呼ぶよ」
返事はなかった。
ファントムは球を放り上げ、また追いかけ始めた。
*
翌日の放課後、レオは中央校舎の副校長室を訪ねた。
クリスティーナに促され、右手に魔法陣を描く。
その上に紫色の点が生まれ、少しずつ丸く膨らんでいった。
レオは魔力を注ぐのをやめ、小さな球を浮かせた。
「こうして、周りから魔力を加えると動かせます」
球をゆっくりと左右へ動かす。
クリスティーナは、その動きと魔法陣を注意深く見ていた。
レオは球を消してから、これまでにわかったことを話した。
直接触れると、焼けるような痛みがあること。
シールドを当てても球は消えず、そのまますり抜けたこと。
そして、球を作るのには時間がかかること。
「なるほど……」
話を聞き終えたクリスティーナは、少し考えてから口を開いた。
「まず、この魔法は魔力球ではありません。竜力球と呼ばれるものです」
「竜力球……ですか?」
「ええ。魔力球というのは、こちらです」
クリスティーナが右手を上げた。
手のひらの上に、青い球が現れる。
見た目は、レオの作ったものとよく似ていた。
それを軽く上へ放る。
球は少し浮き上がったあと、落ちてきた。
クリスティーナが左手に小さなシールドを作ると、球はその表面へ吸い込まれるように消えた。
「魔力に属性を与えず、ただ一つの塊にしたもの。それが魔力球です。属性がないため、相性を利用した防ぎ方はできませんが、このようにシールドで受け止められます」
レオは、球の消えた手元を見た。
幼竜が遊んでいたものも、自分が作ったものも、これと同じだと思っていた。
「ですが、竜力球は通常のシールドでは防げません。そもそも、シールドの術式が防御の対象として想定していない魔法なのです」
レオは決勝でのウラジミルを思い出した。
あれほど大きなシールドを張っても、竜力球はそのまますり抜けた。
「ほかに、止める方法はないんですか?」
「ディスペルマジックという魔法があります。授業では、まだ習っていませんね」
「はい。でも、図書館で少し調べました。相手の術式に干渉して、魔法を無効にするんですよね」
クリスティーナはうなずいた。
「そのとおりです。ただし、使うには対象の術式を理解し、適切な干渉魔法を組み立てなければなりません。竜力球も、例外ではありません」
そこで言葉を止め、レオを見た。
「そもそも、その術式を知っている人間が、どれほどいるか……」
レオは自分の右手へ目を落とした。
魔法陣を写し、使えるようになった。
けれど、その仕組みを説明しろと言われても、できない。
クリスティーナは、静かな声で続けた。
「秘術と呼ばれる魔法を身につけた、その幸運と才能は喜ばしいことです。ただ、使い方によっては大変危険な魔法でもあります。どうか、慎重に扱ってください」
「……はい。よくわかりました」
レオは頭を下げた。
部屋の本棚に残った、黒い焦げ跡が頭に浮かんだ。
*
話が終わり、レオは椅子から立ち上がった。
「ありがとうございました」
挨拶をして扉へ向かおうとすると、クリスティーナに呼び止められた。
「それから、もう一つ」
振り返ると、先生は真剣な顔をしていた。
「昨日の者たちの身元は、まだわかっていません。あなたを狙って、また接触してくる可能性があります」
レオは鞄の持ち手を握り直した。
「学園でも警備を強化します。ですが、不審な者に声をかけられたら、一人でついていかず、すぐに教職員へ知らせてください」
「はい。気をつけます」
「少しでも気になることがあれば、私のところへ来て構いませんからね」
「ありがとうございます」
レオはもう一度頭を下げ、副校長室を出た。
お読みいただき、ありがとうございます。




