第十五章 学園祭・上編
学園祭当日。展示会に決闘大会と、忙しい一日が始まります。
学園祭当日の朝、正門の前には、馬車や魔力自動車が列を作っていた。
東の飛竜船港にも、各地から船が次々と到着している。
広い校庭は、家族を案内する生徒たちでいっぱいだった。
「あれが僕の教室だよ」
「まあ、こんなに大きな校舎なのね」
楽しそうな声が、あちこちから聞こえてくる。
レオは親子連れから目をそらし、生徒会から配られた案内を開いた。
『王立魔法学園 学園祭公式プログラム
一、魔法からくり展示会
会場:大講堂
時間:午前九時〜午後三時
二、魔法決闘大会
会場:魔法実習場
時間:対戦表をご確認ください
三、バトルアリーナ大会
会場:バトルアリーナ競技場
時間:対戦表をご確認ください
四、保護者交流会
会場:大講堂
時間:午後六時〜午後十時
このほか、生徒による屋台もお楽しみいただけます』
続いて、魔法決闘大会の対戦表を確認した。
午前九時から、午後四時の決勝まで、試合の予定が並んでいる。
「最初は十時か……」
バトルアリーナの方にも目を通した。
ボブたちの初戦も十時。決勝は午後五時だった。
自分の試合が早く終われば、応援に行けるかもしれない。
まだ少し時間がある。
レオは案内を畳み、大講堂へ向かった。
*
大講堂には、すでに大勢の見物客が入っていた。
特に人が集まっているのは、上級生たちの展示だった。
魔力を注ぐと、人形の職人が菓子を作ってくれるからくりには、親子連れが列を作っている。
別の展示では、チェスの駒が盤上を歩いていた。相手の駒を取ると、小さな騎士が剣を掲げ、勝ち誇ったように胸を張る。
レオも足を止めかけたが、まずは自分たちの作品が気になった。
一年生の展示区画へ向かう。
上級生の方と比べると、人は少なかった。
四つの作品が、間隔を空けて並べられている。
最初に目に入ったのは、一年四組の『魔法ネズミ』だった。
丸い箱の中に、ネズミの形をしたからくりが入っている。箱の外側には小さな魔法陣があり、その横に説明が添えられていた。
『少量の魔力を注いでください』
レオが魔力を流すと、ネズミが淡く青く光った。
小さな脚を動かし、箱の中を走り出す。
壁にぶつかりそうになると向きを変え、また別の方へ走っていく。
単純な動きだったが、鼻先や尻尾まで揺れていて、つい目で追ってしまった。
隣は、一年三組の『セイレーン』だった。
大人の前腕ほどの大きさの人魚が、岩を模した台に腰掛けている。
見物客が魔力を注ぐと、人魚は腕を揺らし、口を開いた。
細い笛のような音が流れ始める。
歌声とは少し違ったが、きちんと旋律になっていた。
レオは横から仕掛けを眺めた。
体の中に笛のようなものがあり、風魔法で音を出しているのだろうか。音の変わり方に合わせて、内側の小さな部品が動いている。
面白いことを考えるものだと思った。
その隣、一年二組の展示には、少し多くの人が集まっていた。
作品名は『決闘』。
四角い舞台の両端に、馬に乗った騎士の人形が立っている。長い槍を上へ向け、その中央には、ラッパを持つ人形がいた。
魔法陣は、騎士の後ろに一つずつあった。
二人の見物客がそれぞれ魔力を注ぐ。
中央の人形がラッパを吹き、後ろへ下がった。
両端の騎士が槍を倒す。
次の瞬間、馬が走り出した。
だかだかと蹄の音まで聞こえる。
二騎は中央でぶつかり、互いの槍を受けて、そろって後ろへ倒れた。
「あっ」
レオが声を漏らすと、周囲で笑いが起きた。
倒れた騎士は、しばらくすると馬の後ろから起き上がり、再び鞍へ収まった。馬も元の位置へ戻っていく。
動きが細かい。
落馬したあと、乗り直すところまで作ってあるとは思わなかった。
これなら、自分たちの優勝も簡単ではないかもしれない。
レオは最後に、一年一組の展示へ向かった。
『コンサスの平原とドラゴン』
ガラスの箱の中に、見慣れた平原と森が広がっていた。
森の木は、マリウとボブが小枝を一本ずつ削って作ったものだ。平原には、短く切った草を貼りつけてある。
その間を川が通り、小さな水車が置かれていた。村の家々や風車には、アリアが丁寧に色を塗った。
上空には、ドラゴンのからくりが浮かんでいる。
まだ動いていなかった。
何人かがのぞいていたものの、魔力を注ぐ場所に気づいていないらしい。
「すみません」
レオは人の間へ入り、台の魔法陣に手をかざした。
魔力を流すと、内部の魔法陣が順に光った。
川の上流から水が流れ始める。
水車が回り、平原を吹く風が風車の羽根を動かした。
その上で、ドラゴンが翼を広げる。
実際には、腹の下から細い鉄の支柱が伸び、台の中の仕掛けにつながっていた。その支柱が動くことで、決められた道筋を飛ぶようになっている。
ただ、ずっと羽ばたくわけではない。
何度か翼を動かしたあと、しばらく広げたまま滑る。その繰り返しが、思った以上に本物らしく見えた。
「おお……」
立ち去りかけていた見物客が、足を止めた。
「きれいね」
「動く風景画みたいだ」
レオは説明札を直すふりをしながら、その声を聞いていた。
やがて、模型の上空に小さな雲が集まった。
雨が降り始める。
風車が速く回り、川の水面が波立った。
雨にかすむ森の上を、ドラゴンが飛んでいく。
風が弱まり、雨がやむ。
雲の間から出てきたドラゴンの口元が赤く光った。その前へ煙が噴き出し、炎を吐いたように見えた。
「わあ!」
「これはよくできてるな」
拍手が起きた。
レオは、緩みそうになる口元を引き締めた。
何度も水があふれた。ドラゴンが途中で止まったこともあった。
それが今は、最後まで動いている。
「父さん、どう?」
向こう側から、マリウの声がした。
顔を上げると、マリウが一人の男性を見上げていた。
男性は顎に手を添え、作品を眺めている。
「これを、本当にお前が作ったのか?」
「一人じゃないよ。……あっ、レオ!」
マリウが手を振った。
レオは展示の周りを回り、二人のところへ向かった。
「父さん、こっちがレオ。魔法陣を作ってくれたんだ。学園に首席で入ったんだよ」
「初めまして。レオ・ライオンハートです」
レオが頭を下げると、マリウの父は笑顔になった。
「首席の子か。それは大したものだ。息子がお世話になっているね」
「いえ、仕掛けはほとんどマリウが考えてくれたので……」
「いやいや、見事な作品だよ。よくここまで作ったね」
褒められて、レオは少し顔を赤くした。
「レオ、やっぱりここにいた!」
振り向くと、マックスとデイビッドが立っていた。
二人とも、大きな鞄を抱えている。
「ずいぶん探したよ。ちょっとお願いがあるんだけど」
マックスが鞄を開いた。
甘く、香ばしい匂いがした。
中には、色とりどりの菓子がぎっしり詰まっている。
「ここに、少し魔力を流してくれない?」
鞄の内側に、小さな魔法陣が縫いつけられていた。
「少しでいいの?」
「うん、少しだけ」
レオが魔力を注ぐと、菓子が淡く光り始めた。
青、橙、赤、黄色。
それぞれの菓子が、異なる色を帯びている。
デイビッドの鞄にも同じように魔力を注ぐと、二人は満足そうにうなずいた。
「助かった。ありがとう!」
「試合、頑張ってね」
二人は鞄を閉じ、足早に出ていった。
何に使うのだろう。
レオは少し気になったが、そろそろ試合の時間だった。
マリウの父へ挨拶をし、魔法実習場へ向かった。
*
実習場の前に、見覚えのある二人がいた。
テーブルに菓子を並べ、通りかかる人へ声をかけている。
その上の看板を見て、レオは足を止めた。
『王立魔法学園首席合格者の祝福入り
頭のよくなる魔法菓子』
「これを食べると、頭がよくなるの?」
「ぜひ、お子さんへのお土産にどうぞ!」
マックスが笑顔で袋を差し出す。
その隣では、デイビッドが銀貨を受け取り、手際よく釣り銭を渡していた。
レオに気づいたマックスが、片目をつぶった。
「まだまだありますよ! 順番にお並びください!」
レオは何か言いかけたが、受付から選手を呼ぶ声が聞こえた。
仕方なく小さく手を振り、実習場へ入った。
*
一回戦の相手は、同じクラスの生徒だった。
開始と同時に、相手が火球を放ってきた。
レオは横へ動いてかわした。
火球、水砲、雷。
間を置かず、もう一度同じ順番で放つ。
「うわっ、ちょっ……!」
相手は最初の火球を防いだが、次の水砲で体勢を崩した。
雷が当たり、さらに続いた魔法が命中する。
生命線が消えた。
その後の二試合も、レオは連続した攻撃で押し切った。
午前中の試合を終え、掲示された対戦表を見上げる。
残っているのは八人だった。
次の相手も、その先で当たる可能性のある相手も、知らない名前だった。
反対側を目でたどる。
そこに、見慣れた名前があった。
ウラジミル・サルカン。
二人とも勝ち進めば、決勝で当たる。
レオがその名前を見ていると、昼食の案内が流れた。
『本日は学生食堂に加え、中央校舎の職員食堂も開放しております。なお、カフェテリアでは有料の特別料理をご用意しております。皆様、どうぞご利用ください』
急に空腹を感じた。
レオは対戦表から離れ、学生食堂へ向かった。
*
食堂の外まで、列が延びていた。
中では、生徒とその家族が同じテーブルを囲んでいる。
レオも列の最後尾に並んだ。
「レオ!」
ボブの声だった。
振り向くと、ボブとアリアが一人の女性と歩いてきた。
「母さん、こっちがレオ」
レオは慌てて姿勢を正した。
「初めまして。レオ・ライオンハートです」
「初めまして。オリビア・ガルシアです。二人の母です」
オリビアは、柔らかな笑顔で頭を下げた。
「ボブとアリアから、よくお話を聞いています。いつも仲よくしてくださって、ありがとう」
「いえ、僕の方こそ、二人には助けてもらってばかりで……」
「そういえば、レオのご両親は来てないのか?」
ボブが食堂の中を見ながら尋ねた。
「うん。用事があって来られなかったんだ」
「そっか」
ボブはそれ以上は聞かず、うなずいた。
アリアは少し気まずそうにレオを見た。
「一人でお昼を食べるの? よかったら、私たちと一緒にどう?」
「ありがとう。でも、もう並んでるし、大丈夫だよ」
「そう? 何かあったら声をかけてね」
「うん、ありがとう」
「母さん、午後の試合までに、ほかも見ておこうよ」
ボブが母の袖を引いた。
「そうね。それでは、また」
「レオも、午後の試合頑張ってね」
アリアが手を振った。
三人を見送ってから、レオは列へ向き直った。
少しだけ、うつむく。
母が来ていたら、何を見せただろう。
からくりは、きっと驚いてくれた。
決闘は、怖がって見られなかったかもしれない。
列が動いた。
レオは顔を上げ、一人分の食器を受け取った。
*
準々決勝、そして準決勝。
レオは相手の動きを見ながら魔法を重ね、どちらも勝ち進んだ。
午後四時。
決勝の相手は、ウラジミルだった。
『これより、一年生魔法決闘大会、決勝戦を行います。レオ・ライオンハート選手、ウラジミル・サルカン選手です!』
拍手の中、レオは決闘設備の所定の位置へ立った。
『優勝者には、王都の魔法服飾店より、女神の祝福を受けたローブと杖が贈られます。準優勝者にも、杖が贈呈されます』
客席から、ひときわ大きな声が飛んだ。
「ウラジミル! サルカン家の名にかけて、勝つのだぞ!」
ウラジミルは客席へ手を振った。
それからレオへ向き直り、口元をゆがめた。
「お前が決勝まで来るとはな。運がよかったじゃないか」
レオは何も答えなかった。
「勉強はできるようだが、実戦は別だ。教えてやるよ」
開始の合図が鳴った。
レオは両手に魔力を集めた。
火球を二つ。
その間を通すように、水砲を放つ。
ウラジミルは一つ目をかわし、二つ目をシールドで受けた。水砲も体をひねって避け、すぐに雷を返してくる。
レオはシールドを作った。
黄色い光が散る。
続けて相手の手が赤く光り、レオは慌てて横へ動いた。
火球がすぐそばを通り過ぎた。
今までの相手とは違う。
レオは火球、水砲、雷と、種類も狙う場所も変えて放った。
ウラジミルは必要な場所にだけシールドを出し、足を止めずに防いでいた。
攻撃が途切れたところへ、反撃が来る。
レオは水砲をかわし、次の火球を受け止めた。
その直後、反対の手から雷が飛んできた。
シールドが間に合わない。
体を衝撃が走った。
生命線が、半分ほど減っていた。
歓声が上がる。
ウラジミルが笑った。
「どうした。さっきまでの勢いは?」
レオは距離を取り、呼吸を整えた。
連続して撃てば、どこかで防ぎ損ねる。
そう考えていた。
けれど、ウラジミルは防いでいた。こちらが次の魔法を作る間も、見逃さない。
簡単に勝てると思っていた自分が、恥ずかしくなった。
違う方法が必要だった。
レオは右手をわずかに下げた。
あの魔法なら、どうだろう。
幼竜から覚えて以来、毎日練習してきた魔力球。
今は片手で魔法陣を作り、小さな球を生み出せるようになっていた。
左手に雷を集める。
右手では、魔法陣を描いた。
紫色の点が生まれる。
レオは左手から雷を放ち、その間も右手へ魔力を注いだ。
ウラジミルがシールドで雷を受ける。
レオはもう一度、雷を撃った。
右手の球が、少しずつ大きくなる。
ウラジミルの視線が、一瞬そちらへ動いた。
それでも前へは出てこなかった。シールドを構え、反撃の機会を待っている。
球は、拳の半分ほどになっていた。
レオが左手の魔法を切った瞬間、ウラジミルが動いた。
両手から火球が飛んだ。
一つ目は胸へ。
二つ目は、横へ逃げる先をふさぐように。
レオは足を止め、低く身をかがめた。
熱を帯びた光が頭上を通る。
その姿勢から、右手を前へ出した。
魔力球が走った。
ウラジミルがシールドを展開する。
これまでより大きく、強く光る盾だった。
球はシールドをすり抜け、そのままウラジミルに命中した。
生命線が消える。
レオは右手を伸ばしたまま、相手を見ていた。
勝った。
『勝負あり! 優勝は、レオ・ライオンハート選手です!』
拍手と歓声が押し寄せた。
レオは息を切らしながら、両手を上げた。
ウラジミルは、信じられないという顔で立ち尽くしていた。
その後ろ、客席の一角から、鋭い視線がレオへ向けられていた。
学園祭編の上編をお読みいただき、ありがとうございます。
いつもとは違う学校の雰囲気を、レオたちと一緒に楽しんでいただけたらうれしいです。




