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第十四章 白龍の飛ぶ朝

幼竜から贈り物をもらった朝、レオは空を横切る巨大なドラゴンを目にします。学園祭の準備も始まりました。

ボブたちと朝食を食べていると、外が騒がしくなった。


窓際の学生たちが、一斉に空を見上げている。


食堂へ差し込んでいた朝日が、急に弱くなった。


「何だろう?」


ボブが窓へ顔を向けた。


明かりはさらに薄れ、食堂の中まで暗くなっていく。


何人かの学生が、席を立って外へ向かった。


レオたちも、そのあとに続いた。


外では、みんな東の空を見上げていた。


レオも顔を上げた。


大きな翼が見えた。


その間に長い胴体があり、さらに長い尾が続いている。


ドラゴンだった。


けれど、画廊で見た絵とも、話に聞いた魔物園のドラゴンとも、大きさが違った。


朝日を背にした巨体が、空をゆっくり横切っていた。


やがて太陽がすっかり隠れ、周りが夜のように暗くなった。


誰かが悲鳴を上げた。


レオは動けず、その姿を見ていた。


翼が一度動く。


ただそれだけの動きが、ひどくゆっくり見えた。


しばらくすると、巨体の向こうから太陽が少しずつ現れた。


光が戻り、白い鱗が輝いた。


ドラゴンは、そのまま遠くへ飛んでいった。


「……何、あれ。ドラゴンみたいだったけど」


ボブがつぶやいた。


「ドラゴンみたいなんだから、ドラゴンなんだろうね……」


マックスも、空を見たまま答えた。


あれほど大きな生き物が、本当に存在している。


レオは姿が小さくなってからも、しばらく空を見上げていた。


*


授業が始まる時間になっても、教室は落ち着かなかった。


どこを向いても、朝のドラゴンの話をしている。


「静かに。今日は、どうしてこんなに騒がしいのですか?」


教室へ入ってきたマリー・フォレスネ教授が尋ねた。


一番前の席の生徒が、今朝見た巨大なドラゴンについて話した。


「ああ、白龍シリウスですね」


マリーは黒板へ、その名を書いた。


「五大ドラゴンの一体です。人間に友好的で、こちらから危害を加えなければ、恐れる必要はありません」


レオは黒板を見た。


白龍シリウス。


あれが、五大ドラゴンなのだ。


「王都も縄張りに含まれているようで、ときどき上空を通ります。初めて見ると驚くでしょうが、そのうち慣れますよ」


慣れるものなのだろうか。


レオがそう思っていると、マリーが大きく手をたたいた。


「では、ドラゴンの話はここまで。授業を始めます」


レオはノートに白龍の名を書き留め、教科書を開いた。


*


「皆さん、少しだけ待ってください」


午後の授業が終わったところで、前の席にいた女子生徒が立ち上がった。


教壇へ上がり、帰り支度をしていた生徒たちへ声をかける。


「生徒会の指名で、一年一組の学園祭準備を担当することになりました。ソフィア・ローレンスです」


アリアと同じ部屋の子だった。


マンティコアに襲われたとき、アリアの隣にいた顔を、レオも覚えていた。


「まず、クラスを代表して魔法からくりを制作する五名を決めたいと思います。やってみたい方はいますか?」


教室が少しざわついた。


近くの席同士で顔を見合わせる。


けれど、手を挙げる者はいなかった。


「勉強をしながら準備をするのは、大変だと思います。ただ、展示会で学年最高得点を取ったチームには、賞品が出ます」


ソフィアは持っていた紙へ目を落とした。


「王立飛竜船協会の協賛で、飛竜船の乗船券が五枚、贈られるそうです」


レオは手を挙げた。


自分でも、驚くほど早かった。


魔法からくりをどう作ればいいのか、まだ何も知らない。


それでも、乗船券が欲しかった。


母が学園祭に来られないのも、王都までの旅費が高いからだった。乗船券があれば、休みに故郷へ帰るお金も節約できる。


母に会えるかもしれない。


「レオさんですね。ありがとうございます」


「レオがやるなら、僕も手伝うよ」


ボブが、いつもの人のよい笑顔で手を挙げた。


「……もう。仕方ないわね」


アリアも続いた。


「ごめん、レオ。手伝いたいけど、僕とデイビッドは、今回は屋台で物を売ってみるつもりなんだ」


マックスが言った。


「うん。大丈夫。ありがとう」


レオが答えたとき、後ろの席でも一人、手を挙げた。


「四名ですね。ほかには、いませんか?」


ソフィアは少し待った。


それ以上、手は挙がらなかった。


「では、ほかの皆さんは解散して構いません。立候補した方は残って、顔合わせと今後の相談をしましょう」


*


生徒たちが教室を出ていき、レオたちは前の席へ集まった。


後ろから来た男子生徒が、先に口を開いた。


「マリウ・ロングステイン。父が王都で魔道具店をやっていて、魔法からくりのことも、少しはわかるよ」


レオ、ボブ、アリアも、それぞれ名前を告げた。


ソフィアが紙へ書き込む。


「規定では五人なので、私も制作班に入れておくね。ただ、準備委員の仕事があるから、あまり手伝えないと思う。その代わり、賞品は辞退するわ」


「でも、何もしてもらわないわけじゃないし……」


レオが言うと、ソフィアは首を振った。


「気にしないで。まずは、展示するものを決めましょう」


「じゃあ、もし優勝できたら、余った一枚を売って、その代金を五人で分ける。それくらいで手を打たない?」


マリウが提案した。


「それなら、ソフィアも受け取れるし」


ソフィアは少し迷ってから、うなずいた。


「……わかった。ありがとう」


レオたちも賛成した。


「今日はひとまず解散して、明日から案を出し合おうか」


マリウが言った。


「ただ、何ができるか知らないと、案も考えにくいと思う。図書館で、魔法からくりの本を読んでおいてもらえる?」


「うん。僕、まだ全然わからないから」


レオが答えると、ボブとアリアもうなずいた。


今日から学園祭までは、部活動が休みになる。


レオは二人と一緒に、図書館へ向かった。


*


魔法からくりの本は、何冊も並んでいた。


『魔法からくりの基礎動作原理』

『魔法からくり深層解析』

『魔法からくり――人型ゴーレムを作ろう』

『猿でもできる魔法からくり』


「これ、簡単そうじゃない?」


ボブが『猿でもできる魔法からくり』を抜き出した。


レオは隣の『魔法からくりの基礎動作原理』を開いた。


こちらも図が多く、部品の形や魔法陣の位置がわかりやすく描かれている。


「こっちも、読めそうだよ」


「じゃあ、まずはそれを見てみましょう」


アリアに言われ、レオは本を持って閲覧席へ向かった。


三人で並び、最初のページを開く。


『魔法からくりとは、魔法と機械仕掛けを組み合わせた魔道具の一種である。


風、火、雷などの自然魔法を蓄える魔法陣を用い、仕掛けを動かす力を与えたり、さまざまな効果を生み出したりする』


レオは隣の図を見た。


羽根車のそばに、小さな魔法陣が描かれていた。蓄えた風の魔法で羽根を回し、その動きを歯車へ伝えるらしい。


「ずっと手を当てて、魔力を送らなくても動くんだね」


ボブが図を指した。


「うん。でも、どのくらい動かせるんだろう」


「続きに書いてあるんじゃない?」


アリアが次のページへ手を伸ばした。


レオはノートを開いた。


まずは仕組みを知らなければ、何を作るかも決められない。


三人で図をのぞき込みながら、少しずつ読み進めた。


*


翌日の放課後、レオたちはカフェテリアに集まっていた。


テーブルの上には、図書館で借りた魔法からくりの本が開かれている。


「飛んでるドラゴンなんて、格好よくない? ときどき口から火を吐くんだ」


最初に提案したのはボブだった。


マリウは本の挿絵を見ながら考えた。


「飛ぶ姿は、仕掛けと風魔法を組み合わせれば再現できそうだね。ただ、本物の火を吐かせると、からくりまで燃えるかもしれない」


「そっか……」


「口元を光らせて、煙を出すくらいならできると思う」


「それでも格好よさそうだな」


ボブは満足そうにうなずいた。


「水魔法で回る水車とか、風魔法で動く風車も、きれいだと思うんだけど」


アリアの案には、マリウもすぐにうなずいた。


「それは作りやすいと思う。基本的な仕掛けだしね」


「僕は、広い平原に村と森があるようなものがいいな。雨が降ったり、やんだりして……風景画みたいな」


レオが言うと、マリウは少し困った顔をした。


「雨か。雨を降らせるには、降雨魔法を組み込まないといけないけど」


「それなら、僕ができるよ」


「降雨魔法が使えるの?」


マリウが顔を上げた。


「それ、二年生で習う魔法じゃなかった?」


「うん。でも、使えることは使えるから……」


レオは少しばつが悪くなり、頭をかいた。


マリウは感心したようにレオを見ていたが、やがてテーブルの本へ目を落とした。


「せっかく考えてくれたのに、こんなことを言うのも悪いんだけど」


三人が彼を見る。


「僕たち、出品するだけじゃなくて、優勝を目指すんだよね。今の案を一つずつ作っても、少し普通すぎる気がするんだ」


レオはボブと顔を見合わせた。


どれも、出来上がったらきっとすごいと思っていた。けれど、魔法からくりを知っているマリウには、そうでもないらしい。


「うーん……」


マリウは頬杖をつき、しばらく本を眺めていた。


「ああ、でも。全部合わせたら、結構いいかもしれない」


「全部?」


レオが聞き返すと、マリウは紙を一枚引き寄せた。


「平原と森、それから村と川を作る。川には水を流して、水車を回す。平原では風車が動いて、その上をドラゴンが飛ぶんだ。ときどき雨も降る」


話しながら、簡単な図を描いていく。


「大きくなるし、手間もかかるけど、一つの風景として見せられれば、かなり見栄えがすると思う」


「雨だけじゃなくて、嵐になったらどう?」


アリアが身を乗り出した。


「王立画廊で見た、嵐の絵がすごく印象に残ってるの。あんなふうにできたら、もっと迫力が出そう」


マリウがレオを見る。


「降雨魔法と風魔法を組み合わせれば、できると思う。嵐の中をドラゴンが飛んで、雨がやんだら火を吐くように見せるとか」


「いいね、それ!」


ボブの声が弾んだ。


マリウも笑ったが、すぐに紙の図を見直した。


「いいんだけどさ……これ、学園祭までに作れるかな」


四人は、描きかけの図を囲んで黙った。


水車も風車も、ドラゴンも動かす。そのうえ天気まで変えるのだから、簡単にはいかないだろう。


やがて、マリウが鉛筆を持ち直した。


「でも、これなら父さんにも自慢できそうだ。やってみようか」


「うん!」


レオたちは笑顔でうなずいた。


まず、下絵と色塗りは、絵を描くのが少し得意だというアリアが担当することになった。


レオは魔法の組み合わせと魔法陣の作成。マリウは仕掛けの設計と製作を受け持ち、ボブがその作業を手伝う。


「アリアは、今週中に全体図を描いてくれる?」


「わかった。上から見た図と、横から見た図があればいい?」


「うん。それがあると助かる。僕は仕掛けを考えて、レオと魔法陣の配置を相談するよ」


マリウは次に、ボブへ顔を向けた。


「ボブは今週、アリアを手伝って。来週からは僕と製作をお願い。一人だと、組み立てるのが大変そうだから」


「任せといて」


「レオは、使う魔法陣を考えておいてくれる?」


「うん。調べながらやってみるよ」


役割が決まると、四人は本と紙を片づけた。


明日また集まる約束をして、その日は解散になった。


*


宿舎へ戻ったレオは、居間の机に向かっていた。


川の水を流す魔法陣と、雨を降らせる魔法陣。それぞれをどこへ置けば、ほかの仕掛けを邪魔しないだろう。


図を描いては消し、借りた本をめくる。


しばらくすると、あくびが出た。


背伸びをして振り向いたレオは、ソファの前で遊んでいる幼竜に気づいた。


紫色に輝く球を、鼻先でぽんと突き上げている。


球が落ちてくる前に飛び上がり、口で受け止める。床へ降りると、また上へ放った。


レオはその球をじっと見た。


表面が、かすかに揺らいでいる。


物でできた球には見えなかった。魔力そのものを丸く固めたような、不思議なものだった。


「それ、魔力で作ったの? どうやって?」


幼竜は球を突き上げてから、レオを振り返った。


そして、落ちてきた球を口で受け、そのまま飲み込んだ。


「あっ」


幼竜は何も言わず、床へ目を向けた。


小さな魔法陣が現れた。


その上に紫色の点が生まれ、少しずつ膨らんでいく。やがて、先ほどと同じ球になった。


幼竜はそれを鼻先で転がし、また遊び始めた。


レオは慌ててノートを取った。


床の魔法陣は、もう薄くなり始めている。


消える前にと、円と線を急いで写した。


「こう、かな……」


描き終えた魔法陣へ、魔力を流し込む。


何も起きなかった。


それどころか、注いだ魔力が外へ漏れていくような感覚がある。


線を確かめていると、幼竜が羽を震わせて飛んできた。


ノートをのぞき込み、前脚を伸ばす。


爪が、紙の上をさっと走った。


「えっ、ちょっと」


幼竜はもう背を向けていた。魔力の球を追いかけ、ソファの方へ飛んでいく。


レオはノートを見下ろした。


三つ目の円と四つ目の円の間に、爪の跡が残っていた。


そこをつなげということだろうか。


レオは跡に沿って線を引き、もう一度、魔力を注いだ。


今度は漏れる感じがしなかった。


魔法陣の中へ、魔力が次々と吸い込まれていく。


その上に、小さな紫色の点が現れた。


「できた……」


点はゆっくりと大きくなり、やがてレオの拳より一回り大きな球になった。


魔力を注ぐのをやめても、球は魔法陣の上に浮かんでいた。


レオは指先を近づけた。


触れかけた途端、焼けるような痛みが走った。


「熱っ!」


慌てて手を引く。


指を確かめたが、赤くもなっていない。火傷をした様子もなかった。


それでも、痛みはしばらく残っていた。


決闘設備の中で攻撃を受けたときとは違う。保護魔法のないところで、魔法に触れてしまったのだ。


レオは幼竜を見た。


幼竜は、自分の球を平気で口にくわえていた。


「どうして、それに触れるの?」


返事はなかった。


球を放り上げ、楽しそうに追いかけている。


レオは自分の球へ向き直った。


このまま机の上へ置いておくのも怖い。


小さなシールドを作り、そっと押し当ててみた。


魔力の球は、まるで何もないかのようにシールドをすり抜けた。シールドは消えることなく、その場に残っていた。


では、この球は何で止めればいいのだろう。


ディスペルマジックなら、消せるのかもしれない。


けれど、そのためには球の術式を理解して、対応する干渉魔法を使わなければならない。


レオはノートの魔法陣を見つめた。


自分で写して作ったのに、どういう仕組みなのかは、まだほとんどわからない。


それでも、うまく使えれば、強力な攻撃になる気がした。


問題は、触ることさえできない球を、どうやって動かすかだった。


*


レオは、もう一度球を作った。


今度は少し小さくして、両手をその左右へ構えた。


直接触らず、両側から魔力で押さえる。


片側が強すぎると、球が横へずれた。慌てて反対側からも力を加える。


何度か失敗した末に、球がふわりと持ち上がった。


「……よし」


レオは慎重に手を動かした。


球もついてくる。


次に、支えている魔力を少しずつ後ろへ回してみた。


球が前へ進んだ。


もっと強く押せば、速くなるのだろうか。


レオが魔力を増やした瞬間、球が手元を離れた。


紫色の光が走り、本棚にぶつかった。


ばちん、と火花が散った。


「あっ、ああっ……!」


レオは椅子を蹴るように立ち上がった。


本棚の一部が、黒く焦げていた。


近づくと、焦げた臭いがする。手をかざせば、まだ熱かった。


慌てて濡れ布巾を持ってきた。


何度もこすってみたが、黒い跡は落ちなかった。木の表面そのものが焼けてしまっている。


どうしよう。


職員に見つかったら、何と説明すればいいのだろう。


レオは布巾を握ったまま、しばらく焦げ跡を見つめていた。


背後で、小さく羽音がした。


振り向くと、幼竜が魔力の球を鼻先へ載せていた。


落ちそうになるたびに、首を傾けて支えている。


レオはその動きを目で追った。


自分は、後ろから押すことばかり考えていた。


上下からも支え続ければ、もっと安定するのだろうか。


布巾を脇へ置き、ノートを引き寄せる。


今度は、ごく小さな球を作ってみよう。


レオは椅子に座り直し、再び魔法陣へ魔力を流し始めた。

飛竜船の乗船券を目指し、制作班へ立候補したレオ。まずは友人たちと、魔法からくりの勉強です。

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