第十三章 母への思い
学園祭の開催が決まりました。家族を招待できると知ったレオは、母へ手紙を書きます。
『本日、生徒会より学園祭についての説明を行います。全校生徒は、大講堂へ集合してください』
授業が終わったところで、校内放送が流れた。
レオたちも教科書を片づけ、ほかの生徒たちと大講堂へ向かった。
席に着いて待っていると、一人の女子生徒が壇上へ進み出た。
背が高く、赤い髪をしていた。整った顔立ちの上級生だった。
「皆さん、こんにちは。王立魔法学園、生徒会長のダイアナ・エリザベスです」
大講堂が静かになった。
「来月、ネリウスの月の第二金曜日に、学園祭を開催します」
あちこちから歓声が上がった。
隣のボブも、嬉しそうに身を乗り出していた。
「今年は、例年以上に充実した企画と、豪華な賞品を用意する予定です。詳しい内容は、副会長から説明します」
会長が一歩下がると、副会長のグレゴリーが立ち上がった。
「まず、生徒会主催の企画について説明します」
グレゴリーは手元の紙を開いた。
「一つ目は、各学年、各クラスによる魔法からくりの展示会です。作品の形式に特別な制限は設けません。皆さんの想像力と魔法の腕を生かし、来場者を驚かせる作品を作ってください」
レオは、王立画廊で見た動く絵を思い出した。
魔法からくりなら、絵だけでなく、もっといろいろなものが作れそうだった。
「二つ目は、魔法決闘大会です。学年ごとにトーナメントを行い、優勝者を決定します。」
近くの席で、さっそく出場について相談する声が聞こえた。
「三つ目は、アマチュア・バトルアリーナ大会です。同じ学年の五名でチームを組み、こちらも学年ごとに優勝チームを決定します。複数のチームに所属しての出場は認めません。また、魔法決闘大会とバトルアリーナ大会の両方に出場することもできません」
ボブがマックスを見た。
マックスも、何か考えるようにうなずいていた。
「運営は、魔法決闘部とバトルアリーナ部が、それぞれ担当して補助します。なお、公平を期すため、魔法決闘部員は魔法決闘大会に、バトルアリーナ部員はバトルアリーナ大会に出場できません」
レオは少し残念に思ったが、初心者のための大会なら、そういうものなのだろう。
「以上の生徒会主催企画では、優秀な成績を収めたクラスや出場者に賞品を贈呈します。ぜひ積極的に参加してください」
グレゴリーは紙を一枚めくった。
「そのほか、希望者は屋台を出すことができます。生徒の皆さんが自分たちで作った料理や飲み物を販売し、来場者をもてなしてください。出店を希望する方は、販売する品目を決めたうえで、生徒会へお申し込みください」
グレゴリーが席へ戻ると、ダイアナが再び前へ出た。
「最後に、ご家族を招待したい方は、生徒会へ申し込んでください。人数分の招待券を発行します。説明は以上です」
拍手が起こった。
レオは手をたたきながら、母の顔を思い浮かべていた。
*
「レオはバトルアリーナに出られないから、魔法決闘の方かな?」
大講堂を出ると、マックスが尋ねた。
「……うん。出るなら、そっちかな」
「じゃあ、レオを抜いた僕たちで、バトルアリーナに出てみる?」
「いいね。でも、一人足りないよ?」
ボブが指を折って数えた。
マックス、デイビッド、ボブ、アリア。
四人だった。
「同室の子に聞いてみようか?」
アリアが言った。
「それなら五人になるね。頼める?」
「うん。あとで話してみる」
マックスは楽しそうにうなずいた。
「大会もいいけど、屋台で少し稼いでみたいな」
「さすが、商人の息子」
デイビッドが言った。
「君もだろう?」
マックスに返され、デイビッドは照れたように笑った。
何を売るか話し始めた二人の隣で、レオは招待券の申し込み方を思い返していた。
母が来てくれたら、学園を案内したい。
*
夕食を終えて特別室へ戻ると、レオは居間の机に向かった。
紙を取り出し、母への手紙を書き始める。
『お母さんへ
お元気ですか。レオです。
僕は、変わらず元気に過ごしています。
ネリウスの月の第二金曜日に、学園祭があります。家族を招待できるそうなので、お母さんにも来てほしいです。
クラスで魔法からくりを作って展示したり、魔法決闘の大会をしたりするそうです。僕も大会に出てみようと思っています。
友達も紹介したいし、学園も案内したいです。
会えるのを楽しみにしています。
レオ』
書き終えた手紙を、もう一度読み返した。
最後に一行、付け足す。
『お母さんに会いたいです』
レオは手紙を畳んだ。
習った術式を確かめ、魔力を集める。
机の上に小さな召喚陣が浮かび、一羽の鳩が現れた。
手紙をくわえさせ、窓を開ける。
「お母さんのところへ、お願いね」
鳩が羽ばたき、夜空へ飛び立った。
見えなくなるまで見送ってから、レオは寝室へ入った。
幼竜は、今日もベッドで眠っていた。
レオはその顔をのぞき込み、背中を何度かなでた。
「今日は、追いかけなくてよかったね」
幼竜の尾が、少し動いた。
レオは隣へ横になり、布団を掛けた。
*
数日後の夕方、母から返事が届いた。
レオは寝室へ入り、ベッドの端へ腰を下ろした。
隣では、幼竜が丸くなって眠っている。
封を開くと、見慣れた母の字があった。
『レオへ
元気で過ごしていると聞いて、安心しました。
お母さんも、変わりなく暮らしています。近所のおばあさんも、いつもレオは元気かと尋ねてくれます。
学園でお友達ができて、勉強も頑張っているようですね。手紙を読むのが、いつも楽しみです』
レオは少し笑い、続きを読んだ。
『学園祭に招待してくれて、ありがとう。
お母さんも、久しぶりにレオの顔を見たいです。どんなところで勉強しているのか、お友達はどんな子たちなのか、見てみたいと思っています。
でも、レオも知っているとおり、今は王都まで行く旅費を用意できません。
せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。
魔法決闘の大会、応援しています。けがをしないように気をつけてください。
楽しかったことを、また手紙で教えてね。
ごめんね、レオ。
お母さんより』
下の方の紙に、少し波打っているところがあった。
ぬれて、乾いたような跡だった。
レオはそこへ指を置いた。
王都まで来るには、お金がかかる。
自分が旅立ったときにも、わかっていたことだった。
それなのに、来てもらえる気になっていた。
学園を案内して、友達を紹介して、大会を見てもらう。
そんなことばかり考えていた。
文字がにじんだ。
レオは目をこすった。
もう一度読もうとしたが、最後の「ごめんね」が目に入ると、喉が詰まった。
母に、謝ってほしかったわけではなかった。
ただ、会いたかった。
「……うっ」
声が漏れた。
手紙をぬらさないよう、膝の横へ置いた。
両手で顔を覆っても、涙は止まらなかった。
肩が震え、息を吸おうとすると、また声が出た。
その音に気づいたのか、幼竜が頭を上げた。
喉の奥で、くるる、と鳴く。
ベッドから浮き上がり、レオの顔の前へ飛んできた。
首を傾け、泣いている顔をじっと見ていた。
レオは何か言おうとしたが、言葉にならなかった。
幼竜は逃げずに、その場で羽ばたいていた。
やがてレオが手を下ろすと、ベッドへ降り、そばへ寄ってきた。
レオはその背中へ手を置いた。
何度かなでているうちに、また涙が落ちた。
*
泣き疲れたレオは、いつの間にか横になっていた。
腕の中に、幼竜が収まっていた。
レオが眠ったあとも、しばらくその顔を見上げていたが、やがて頭を伏せた。
ベッドの端には、開いたままの手紙が置かれていた。
*
朝、顔にぬるりとしたものが触れた。
レオが目を開けると、幼竜が頬をなめていた。
「うわっ……!」
慌てて体を起こし、袖で顔を拭った。
幼竜は枕元に座り、こちらを見ていた。
『やる』
「え?」
幼竜が、下へ視線を向けた。
ベッドの上に、大きなイモリがいた。
小さな魔法陣の上で脚をばたつかせている。逃げようとしているようだが、見えない何かに押さえられ、一歩も動けない。
『やる。うまいぞ』
レオはイモリと幼竜を交互に見た。
食べろということらしい。
困ったが、幼竜はじっと待っていた。
昨夜、泣いていたから持ってきてくれたのだろうか。
「……ありがとう。でも、僕はイモリは食べられないんだ」
『そうか。それは残念だ』
幼竜は前脚でイモリを押さえ、口へくわえた。
そのまま、一口で飲み込む。
満足そうに口を動かす顔を、レオは眺めていた。
「僕のために、持ってきてくれたんだね」
幼竜は答えなかった。
少しの間レオの顔を見つめると、翼を広げ、開いた窓から出ていった。
レオは窓の方を見送り、それから枕元へ目を戻した。
イモリを食べることはできなかったけれど、少し笑えた。
会いたい気持ちは、母も同じでした。返事を読んだレオのそばには、幼竜がいました。




