第十二章 幼竜
マンティコアとの遭遇について、騎士団から話を聞かれるレオたち。その帰り道から、レオは不思議な気配を感じ始めます。
翌日の放課後、レオたちは騎士団から事情を聞きたいと呼び出された。
向かったのは、仮宿舎の一室だった。
入口には騎士が立ち、扉の向こうでは何人もの騎士が書類を広げていた。幼竜の捜索が続いている間、ここを臨時の拠点にしているらしい。
レオ、ボブ、エマ、マックス、デイビッドの五人は、机の前に並んで座った。
「つまり、君たちがマンティコアを倒したということか?」
向かいの騎士は、手元の記録から顔を上げた。
「火球を当てたのは、僕たちですけど……倒したのは、エマが召喚した精霊です」
レオが答えると、騎士はエマへ目を向けた。
「召喚した精霊で?」
「はい」
エマはいつものように無表情で答えた。
隣で聞いていた別の騎士が、腕を組んだ。
「王立魔法学園の学生とはいえ、まだ一年生だろう。上級魔物のマンティコアを、一年生が……」
疑われているのだろうか。
昨日の出来事を話せば話すほど、自分でも、よく無事だったと思えてくる。騎士たちが信じられないのも、仕方がないのかもしれなかった。
「ともかく、現場で何があったか、順を追って書いてくれ。覚えている範囲で構わない」
騎士が、紙とペンをレオの前へ置いた。
レオは紙を引き寄せ、警報が鳴ったところから書き始めた。
大講堂へ避難したこと。
アリアがいないと知り、宿舎へ向かったこと。
悲鳴を聞いたこと。
*
話を終えて部屋を出ると、アリアと合流し、六人で夕食へ向かった。
エマとアリアが前を歩き、その後ろでボブが大きく息を吐いた。
「何もしてないのに、緊張した……」
「何もしていないことはないだろう」
デイビッドが言った。
「昨日、魔物のいる庭へ走っていったんだから」
「そうだけど。ああいう部屋って、落ち着かないよ」
ボブの言葉を聞きながら、レオはふと後ろを振り返った。
何かがいたような気がした。
仮宿舎の壁と、道沿いの植え込みがある。
学生が二人、反対側から歩いてきた。それ以外に、変わったものは見当たらなかった。
「レオ?」
マックスに呼ばれ、レオは前を向いた。
「ううん。何でもない」
歩き出してからも、少しだけ背中が気になった。
*
「……あれ?」
食事の途中で、ボブが声を上げた。
皿を見下ろし、それから机の周りを見回す。
「アリア。僕の肉、食べた?」
「はあ?」
アリアのフォークが止まった。
「どうして、あなたの食べかけを私が食べるのよ」
「いや、まだ半分くらい残ってたと思ったんだけど……」
ボブの皿には、付け合わせの野菜しか残っていなかった。
皿の端をフォークで探り、ボブは首をかしげた。
「いつ食べたんだろう」
「もう、食べたことにも気づかないの?そんなふうに食べてるから太るのよ」
「そうかなあ……」
ボブは納得しきれない顔で、自分の腹を見た。
それから椅子を引いた。
「もう一枚、取ってこよう」
「結局、食べるのね」
アリアが呆れたように言った。
レオも少し笑いかけた。
けれど、そのとき、また同じ感じがした。
誰かが、すぐそばにいるような。
レオはボブの椅子の下を見た。続いて、机の向こう側へ目を向ける。
何もいない。
「どうしたの?」
エマが尋ねた。
「何か……いたような気がして」
そう答えてから、レオはもう一度、足元を見た。
やはり、何も見つからなかった。
*
翌朝、校内放送が流れた。
『騎士団による校内全域の捜索が終了しました。幼竜は発見されず、現在、校内にはいないものと判断されました。これに伴い、注意警報を解除します』
朝食を終えた学生たちが、放送を聞きながら教室へ向かっていた。
『カフェテリア、遊戯室を含む各施設は、通常どおりの利用を再開します。捜索へのご協力、ありがとうございました』
「結局、学校の外へ行っちゃったのかな」
ボブが言った。
「そうかもしれないね」
レオは答えた。
あのマンティコアと一緒に逃げた幼竜。
どんな姿なのかも知らないまま、捜索は終わった。
*
授業を終えたあと、レオは一人で教室棟へ向かっていた。
部室へ行くつもりだった。
前庭へ差しかかったところで、足を止めた。
また、あの感じがした。
レオはゆっくり周囲を見た。
道の脇には、低い木々がまとまって植えられている。
その上で、何かが揺れた。
風で葉が動いたのかと思った。
けれど、葉の動きとは少し違った。
木々の手前の景色が、そこだけゆがんでいる。
レオは目を細めた。
ゆがみの中に、小さな輪郭が見えてきた。
細長い尾。
小さな脚。
背中では、二枚の翼がせわしなく動いている。
ドラゴンだった。
「……え?」
レオの声に、その生き物が顔を向けた。
大きな目が、こちらを見た。
思っていたより、ずっと小さい。丸みのある顔には、どこか愛嬌があった。
『お前、私が見えるのか?』
レオは息をのんだ。
口は動いていなかった。
耳から聞こえたのでもない。
言葉が、直接、頭の中へ入ってきた。
「今……」
『やはり、見えているのだな』
幼竜が近づいてきた。
レオは思わず一歩下がった。
幼竜はその前を横切り、今度は反対側へ回った。顔をのぞき込むように首を伸ばし、レオの頭から足元まで眺めている。
レオも、その動きにつられて顔を動かした。
「君は……」
尋ねかけると、幼竜はふいに身をひるがえした。
低い木々の間へ飛び込み、姿が見えなくなる。
レオは植え込みの前まで歩いた。
葉の間をのぞいたが、何もいなかった。
さっきまで、確かにそこにいた。
レオはしばらく待ってから、教室棟へ向かった。
*
夜になり、特別室へ戻ってからも、レオは庭で見た姿を思い返していた。
あれは、研究所から逃げた幼竜なのだろうか。
騎士団は、校内にはいないと言っていた。
レオは寝室へ入った。
着替えを済ませ、ベッドへ横になる。
目を閉じても、あの幼竜の顔が浮かんできた。
しばらくして、また気配を感じた。
目を開ける。
ベッドの上に、幼竜が浮いていた。
小さな翼を動かし、こちらを見下ろしている。
「……君が、魔物研究所から逃げた幼竜なの?」
レオは上体を起こして尋ねた。
幼竜は答えなかった。
レオの前を右へ左へ飛び、昼間と同じように、じろじろと眺めている。
『人間。なぜ、お前には私が見える?』
「わからないよ」
幼竜が、レオの目の前で止まった。
『おかしい。人間には決して見えない隠身魔法なのだが』
レオは、ぼんやり透けて見える翼を見た。
昼間、最初に景色がゆがんで見えたのも、その魔法のせいなのだろうか。
『お前、本当に人間か?』
「人間だよ」
『本当か?』
「ほかに何だっていうの」
レオが答えると、幼竜は首を傾けた。
それから、レオの周りを一周した。
肩の後ろへ回られ、レオも体をひねる。
幼竜は頭の上を通り、また正面へ戻ってきた。
『人間ではあるようだが……。それで私が見えるとなると……』
考え込むように、翼の動きが少しゆっくりになった。
『選ばれし者か。あるいは、呪われし者か』
「選ばれた?呪われたって、何に?」
レオは身を乗り出した。
幼竜は答えず、寝室の中をゆっくり飛び回った。
ベッドの足元まで行くと、掛け布団の端へ鼻先を近づけた。
「ねえ、どういう意味?」
呼びかけても、幼竜はレオへ顔を向けなかった。
やがて窓の方へ飛んでいく。
換気のために開けてあった隙間を抜けると、その姿は暗がりへ紛れてしまった。
レオはベッドから下り、窓へ近づいた。
外には庭と、宿舎を結ぶ道が見えるだけだった。
しばらく眺めていたが、小さな翼も、長い尾も見つからなかった。
*
翌日の放課後、レオはあの気配を探して校内を歩いた。
何となく、近くにいるかどうかはわかるようになっていた。
仮宿舎の脇へ回ると、壁際に幼竜がいた。地面を逃げるイモリのあとを、小さく跳ねながら追いかけている。
レオが近づくと、一度だけ顔を上げた。
けれど、すぐにイモリへ目を戻してしまった。
レオは昼食のときに取っておいた肉の包みを開き、近くへ置いた。
幼竜の鼻先が動いた。
肉を見つけると、素早く近づき、一口で飲み込む。
それからレオを少し見て、またイモリを追い始めた。
「昨日言ってた、選ばれし者とか、呪われし者って、どういう意味?」
幼竜は答えなかった。
イモリが石の下へ逃げ込むと、頭を低くして隙間をのぞいている。
「ねえ、聞いてる?」
今度は、前脚で石を引っかき始めた。
レオは少し待っていたが、部活の時間が近づいていた。
「……また来るね」
返事はなかった。
レオは包みを片づけ、教室棟へ急いだ。
*
部活を終えたあと、もう一度気配を探してみた。
けれど、今度は何も感じなかった。
あの壁際にも寄ってみたが、幼竜の姿はなかった。
夕食を済ませ、特別室へ戻った。
中へ入ったところで、レオは足を止めた。
いる。
寝室だった。
扉を開けると、幼竜がベッドの上で眠っていた。
腹ばいになり、前脚の間へ頭を載せている。
「あっ!」
思わず声が出た。
幼竜は起きなかった。
小さな背中が、寝息に合わせて動いている。
ドラゴンといえば、画廊で見た恐ろしい姿が思い浮かぶ。けれど、目の前で眠っている生き物は、それとはずいぶん違っていた。
レオはベッドへ近づき、そっと手を伸ばした。
硬く、ごつごつしていると思っていた肌は、意外に柔らかかった。
頭から背中へ、尾の付け根までなでてみる。
幼竜は尾をゆっくり振った。
少しだけ体の向きを変え、また眠り続けた。
レオはしばらく眺めてから、起こさないように寝室を出た。
*
居間の机に座り、レオはノートを開いた。
今日は召喚魔法の授業で、手紙を運ぶ鳩について習った。
まずは、自分で整理した術式を読み直す。
書き写した図を指でたどっていると、また気配を感じた。
レオは顔を上げた。
左右を見ても、何もいない。
ふと上を見ると、頭のすぐ上に幼竜が浮いていた。
小さな翼を動かしながら、ノートをのぞき込んでいる。
「召喚魔法のこと、わかるの?」
レオは声を落として尋ねた。
幼竜は何も言わず、机へ降りた。
ノートへ鼻先を近づけ、じっと見つめる。
その足元に、小さな魔法陣が現れた。
「えっ?」
光の中から、一羽の鳩が現れた。
授業で見た、手紙を運ぶ鳩だった。
レオが顔を近づけようとした瞬間、幼竜が大きく口を開けた。
鳩へ飛びつく。
鳩は羽をばたつかせ、机から飛び立った。
幼竜もあとを追った。
「ちょっと……!」
レオが立ち上がった。
鳩は居間を横切り、幼竜がその後ろを飛ぶ。
口でくわえようとしてはかわされ、前脚を伸ばしても届かない。
鳩が急に向きを変え、幼竜は大きく回って追いかけた。
レオは二匹の動きを目で追った。
自分で呼び出しておいて、捕まえたいのだろうか。
鳩が窓へ向かった。
そちらは閉まっている。
「そっちは――」
止めようとしたが、鳩は厚い窓ガラスをすり抜け、そのまま外へ飛んでいった。
続いて、鈍い音がした。
幼竜は、すり抜けられなかった。
窓ガラスに顔からぶつかり、空中でよろめいた。
顔をしかめ、前脚で鼻先をこする。
レオは慌てて近づいた。
「大丈夫?」
幼竜は返事をせず、ゆっくりこちらへ飛んできた。
「すごいね。召喚魔法も使えるんだ」
レオが言っても、顔を向けなかった。
そのまま、開いていた寝室へ入っていく。
あとを追ってのぞくと、もう姿がなかった。
レオは外を見たが、暗がりに幼竜の姿を見つけることはできなかった。
*
翌日、部活を終えたレオは、エマと一緒に食堂へ向かっていた。
昨日から気になっていたことを、歩きながら尋ねた。
「ドラゴンも、魔法を使うのかな?」
エマは少し考えてから答えた。
「うん。そもそも、魔法を生み出したのは、古代のドラゴンたちだと言われているよ」
「ドラゴンが?」
「昔は、ドラゴンだけが使うものだったんだって。それを人間が学んで、使うようになったの。ドラゴンの方は、人間に盗まれたと思っているらしいけど」
「そうなんだ……」
レオは、昨夜、机の上に現れた小さな魔法陣を思い出した。
ノートを少し見ただけで、幼竜は鳩を呼び出した。
ドラゴンが召喚魔法を使うことに驚いたけれど、あちらにしてみれば、当たり前のことだったのかもしれない。
「エマは、本当に何でも知ってるね」
感心して言うと、エマは少しだけ笑った。
*
その日の夜も、特別室へ戻ると、幼竜がレオのベッドで眠っていた。
今度は驚いて声を上げずに済んだ。
レオはそっと扉を閉め、居間で復習を始めた。
昨日と同じように、のぞきに来るかと思ったが、幼竜は現れなかった。
勉強を終え、風呂から戻って寝室へ入っても、まだ寝ていた。
レオはベッドの前に立った。
真ん中を使われていて、このままでは寝られそうになかった。
「少し、寄ってね」
幼竜の体へ手を添え、ゆっくり端へ動かした。
尾が一度揺れた。
起きたかと思って待ったが、目は閉じたままだった。
レオは空いた場所へ横になり、布団を掛けた。
すぐ隣から、小さな寝息が聞こえる。
体を動かすと尾に触れそうだったので、少しだけ向きを変えた。
幼竜は気にする様子もなく、眠っていた。
*
それからも幼竜は、毎日のようにレオの寝室へやってきた。
まるで自分の部屋のように、ベッドの上で眠っている。
レオも夕食の肉を少し持ち帰り、寝室の窓の下へ置くようになった。
朝、目を覚ますと、幼竜の姿はなかった。置いておいた肉も、きれいになくなっていた。
幼竜との秘密の暮らしは、いつの間にかレオの日常になっていた。
見つからなかった幼竜が、レオの前に現れました。聞きたいことはありますが、なかなか答えてくれないようです。




