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森のカフェしっぽっぽ  作者: 森のカフェしっぽっぽ


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第55話 技の継承

 午後の森のカフェしっぽっぽは、いつもと変わらぬ穏やかな空気に包まれていた。

 窓から差し込む光はやわらかく、コーヒーの香りが店内に静かに広がっている。


 トラは床で大の字になり、チビはその上を飛び跳ねている。

 きなはソファと完全に同化し、もはや背景の一部だった。

 イチは棚の上から店内を見渡し、ジルはカーテンの陰から慎重に様子をうかがっている。

 ロンは入口で丸くなりながら、時折耳を動かしていた。


 カウンターではサトルが静かに茶を飲んでいる。

 みどりはノートを見ながら、少し首を傾げた。


「最近、異世界の注文増えてません?」


「増えてる。」


「包丁セット、まだ問い合わせ来てますよ。」


「想定内だ。」


「供給追いつきます?」


「追いつかせる。」


「怖い。」


 チビがノートの上に乗る。


「チビ、どいて。」


「仕事できない。」


「にゃ。」


「かわいいけど邪魔です。」


 トラが「にゃ」と鳴く。

 ジルは静かにその様子を見ている。


 その時、地下から軽い衝撃音が響いた。


「また来ました?」


「来たな。」


「今日は何ですかね。」


「流れ的に。」


「大きい。」


「嫌な予感しかしません。」


 サトルは静かに立ち上がる。


「行ってくる。」


「いってらっしゃい。」


「無事に戻ってきてくださいね。」


「たぶん大丈夫だ。」


「その“たぶん”怖いです。」


 サトルは地下へ降りる。


 扉を開けると――

 そこには、いつも以上の人数が集まっていた。


 森猫族(フォレストキャット)魔導士族(メイジ)蜥蜴人族(リザードマン)鉱人族(ドワーフ)に加え、

 新たに鳥人族(ハーピー)獣人族(ビースト)などもいる。


 だが、今日は様子が少し違った。


 “買いに来た”空気ではない。


「サトル。」


 ドワーフが前に出る。


「教えろ。」


「何をだ。」


「技術だ。」


 周囲が一斉に頷く。


「包丁の使い方。」


「研ぎ方。」


「扱い方。」


「全部だ。」


 サトルは静かに全員を見る。


(来たな)


「道具だけじゃ足りないか。」


「当たり前だ。」


「使いこなせなければ意味がない。」


「その通りだ。」


 森猫族(フォレストキャット)が耳をピンと立てる。


「料理も知りたい。」


「どう使えば美味しくなるのか。」


「それもか。」


 魔導士族(メイジ)が頷く。


「技術とは知識の集合だ。」


「道具だけでは不完全だ。」


 蜥蜴人族(リザードマン)も低く言う。


「戦いでも同じだ。」


「使い方がすべてだ。」


 サトルは小さく息を吐く。


「いいだろう。」


「教える。」


「ただし。」


「ただし?」


「無料ではない。」


「やっぱり!」


「商人だ!」


「いくらだ!」


 サトルは少し考えた。


「金貨二十枚。」


「安い!」


「今回は安い!」


「良心的だ!」


 ざわめきが広がる。


 サトルは静かに続ける。


「だが条件がある。」


「条件?」


「広めろ。」


「学んだ技術を。」


「それが対価だ。」


 一瞬の沈黙。


 そしてドワーフが笑った。


「面白い。」


「乗った。」


「俺もだ。」


「俺も!」


「私も!」


 即決の嵐だった。


(これで文化が広がる)


 サトルは包丁と砥石を取り出す。


「まずは研ぎだ。」


「刃は使えば鈍る。」


「それを戻す。」


 実演が始まる。


 石に刃を当て、一定の角度で滑らせる。


 シャッ、シャッと規則的な音が響く。


「力は入れない。」


「角度を維持する。」


「感覚で覚えろ。」


 全員が真剣な目で見ている。


 ドワーフはすでに再現を始めていた。


「なるほど……こうか。」


「いい。」


「筋がいい。」


 次にサトルは食材を取り出す。


「次は使い方だ。」


 野菜を軽く置き、刃を滑らせる。


 音もなく、均一な薄さに切れる。


「うおおお……」


「美しい……」


「これは芸術だ……」


 森猫族(フォレストキャット)が目を輝かせる。


「やってみたい!」


「やれ。」


 少しぎこちない手つきで切る。


「難しい!」


「だが楽しい!」


「それが大事だ。」


 魔導士族(メイジ)が静かに呟く。


「これは……魔法とは違う。」


「だが同じくらい奥深い。」


 蜥蜴人族(リザードマン)は刃を構える。


「戦いにも応用できる。」


「やめろ。」


「料理しろ。」


「両方やる。」


「欲張りだな。」


 笑いが起こる。


 その空気は、前とは違っていた。


 “奪い合い”ではなく、“学び合い”。


 静かに、確実に――文化が根を張っていく。


 サトルはその様子を見て、小さく頷いた。


(これでいい)


(長く続く形だ)


 しばらくして講習は終わる。


「またやる。」


「次は応用だ。」


「楽しみだ!」


「絶対来る!」


 人々は満足した顔で帰っていく。


 サトルは地上へ戻る。


「おかえりなさい。」


「どうでした?」


「売るのをやめた。」


「え?」


「教えた。」


「またすごいことしてますね。」


「そっちの方が儲かる。」


「結局そこ。」


「だが今回は違う。」


「何がですか。」


「残る。」


「……ああ。」


「文化ですね。」


「そうだ。」


 トラが「にゃ」と鳴く。

 チビが飛びつき、ジルが静かに見守る。

 きなは動かず、イチは棚の上からすべてを見ている。

 ロンは入口で尻尾を振る。


 サトルは静かに茶を飲む。


(道具は売った)


(技も渡した)


(次は――)


 その視線は遠くを見ていた。


 異世界に広がる、日本の技。

 それはやがて一つの流派となり、

 新たな価値を生み出していく。


 そしてその始まりは――

 この小さな猫カフェだった。

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