第56話 刃の伝道師
午後の森のカフェしっぽっぽ。窓から差し込む柔らかな光に、店内はいつもと変わらぬ落ち着いた空気が流れていた。
トラは床の真ん中で寝転がり、チビはその尻尾にじゃれついては飛び跳ねる。
きなはソファに沈み込んで動かず、まるで家具の一部になっていた。
イチは棚の上から店内を見渡し、ジルはカーテンの陰から少し怯えながら周囲を観察している。
ロンは入口で丸まって寝ていたが、客の気配を察するとすぐに耳を立てる。
カウンターでサトルが静かに帳簿をめくる横で、みどりはスマホを覗き込みながら小さな声を出した。
「サトルさん、今日も異世界から注文来てます。」
「見た。」
「でも今日は、いつもと少し違います。」
「違う?」
「なんというか……問い合わせが殺到してます。」
「想定内だ。」
「でも数が半端ないですよ。」
「だから俺がここにいる。」
チビが突然帳簿に飛び乗る。
「チビ!どいて!」
「にゃー。」
「かわいいけど邪魔だ!」
トラが床で「にゃ」と伸びをし、ジルは怯えた目でチビの暴走を見つめる。
ロンは静かに尻尾を振った。
その瞬間、地下から軽く衝撃音が響いた。
「また来ましたかね。」
「来たな。」
「今日は……間違いなく大規模だ。」
「嫌な予感しかしません。」
サトルは帳簿を閉じ、静かに立ち上がる。
「行ってくる。」
「気をつけてください。」
「大丈夫だ。」
「たぶん大丈夫……?」
扉を開けると、地下の倉庫兼販売スペースはすでに人と異世界種族で溢れていた。
森猫族、魔導士族、蜥蜴人族、鉱人族、鳥人族、獣人族――
見たこともない種族たちが列を作っている。
サトルは深く息をつき、ゆっくりと前に出た。
「皆、落ち着け。」
「新商品だ。」
「おおおお!」
サトルが箱を開けると、そこには最新の日本伝統包丁セットが整然と並んでいた。
包丁、砥石、手入れ道具――ただの道具ではなく、長く使い続けられる技術が詰まっている。
「これは……」
ドワーフが目を光らせる。
「研ぎ石付き……?」
「刃を維持できる。」
「戦士にも料理人にも使えるな。」
森猫族が興味津々で前足をかき鳴らす。
「使いこなせたら楽しいにゃ。」
「うむ、だが手入れも大事だ。」
魔導士族が静かに呟く。
「魔法と違い、物理の世界でこれだけの精度を出すとは……」
「研究対象に最適だ。」
蜥蜴人族が低く唸る。
「戦場で役に立つ。」
「料理でも役立つ。」
「両方か。」
サトルは箱を取り出しながら微笑む。
「今回はセット販売だ。」
「セット?」
「包丁+砥石+手入れ道具。」
「豪華すぎる!」
「金貨八十枚だ。」
「たっけー!」
「価値はある。」
「でも高い!」
すぐに列はざわつき、異世界種族同士で小競り合いが始まった。
だがサトルは冷静だ。
「整理券を配る。」
「順番を決める。」
「公平だ。」
「なるほど。」
並ぶ間、サトルは短く研ぎ方の説明を始める。
「刃の角度を一定に保て。」
「力は入れすぎるな。」
「感覚で覚えること。」
種族たちは真剣な目で聞き、手を動かす。
ドワーフはすぐに角度を再現し、メイジは細かく観察していた。
蜥蜴人族は戦闘用の力を計算しながら研ぎ始める。
「これは……面白い!」
「まるで儀式だな。」
「芸術的だ!」
森猫族が小さく「にゃー」と声をあげる。
「私もやりたい!」
ジルは慎重に周囲を見ながら、恐る恐る手を出す。
「大丈夫、ジル。」
「にゃ……」
チビとトラも巻き込まれ、店内は笑い声と歓声で満ちる。
やがて研ぎと実演が終わると、サトルは包丁セットを配り始める。
「各自一本ずつだ。」
「もっと欲しい!」
「後日追加する。」
「楽しみだ!」
列が落ち着くと、サトルは地下の一角で一息つく。
(今回も完璧だ)
(だが次は……もっと広める)
異世界での評判は、すぐに地球の森のカフェしっぽっぽまで波及していく。
店内では、包丁セットを手にした異世界種族たちが、技術を学び、文化を交換する光景が広がっていた。
サトルはカウンターで静かにコーヒーを飲む。
「これが……文化の伝道か。」
「刃を通して人を繋ぐ。」
「面白い世界になったな。」
トラが「にゃ」と鳴き、チビが跳び上がる。
ジルは安心した顔でソファに座り、きなは相変わらず動かず、イチは棚の上から全体を見守っていた。
ロンは入口でゆったりと尻尾を振る。
サトルは微笑みながら、次の計画を頭の中で組み立てる。
(次は――異世界レシピとのコラボか……)
そう思いながら、森のカフェしっぽっぽには、今日も異世界と人々をつなぐ新たな物語が静かに生まれていた。




