第52話 異包丁大商戦
午後の森のカフェしっぽっぽは、いつもより少しだけ忙しかった。
とはいえ、慌ただしいというよりは「猫が増えて仕事が進まない」という意味での忙しさである。
トラは厨房前で堂々と寝転がり、完全に通行の邪魔になっていた。
チビは棚に登っては物を落とし、みどりに回収される作業を繰り返している。
きなはソファの上で一切動かず、存在だけで場を和ませていた。
イチは棚の上から店内を監視し、ジルはカーテンの陰から様子をうかがう。
ロンは入口で寝ているが、誰か来ると一応起きるフリだけはする。
カウンターの中ではサトルが何やら箱を開けていた。
中には、布に丁寧に包まれた細長い物がいくつも並んでいる。
みどりが興味津々で覗き込む。
「それ、何ですか?」
「包丁だ。」
「普通のじゃないですよね。」
「日本の伝統包丁だ。」
「おお……なんか高そう。」
「実際高い。」
「それをどうするんですか?」
サトルは静かに言う。
「異世界で売る。」
「出ました。」
「今回はガチで儲けに行く。」
「いつもじゃないんですか。」
「今回はさらに上だ。」
「怖い。」
サトルは一本取り出す。
細身で美しい刃。
光を受けて静かに輝いている。
「切れ味は?」
「紙も音もなく切れる。」
「それは怖い。」
「異世界では貴重だ。」
「確かに。」
「職人の技術はどこでも通用する。」
「でも高いですよね。」
「高く売る。」
「強気ですね。」
「価値があるものは高くていい。」
トラが「にゃ」と鳴いた。
チビが包丁の箱に手を出そうとしてみどりに止められる。
「チビ、それはダメ。」
「命に関わる。」
「猫でもダメなんですね。」
「特にダメだ。」
サトルは箱を閉じる。
「行ってくる。」
「異世界ですね。」
「仕入れじゃない。」
「売り込みだ。」
「いってらっしゃい。」
サトルは店の奥、地下へと向かう。
重い扉を開け、階段を降りると――
そこは異世界へと繋がる倉庫兼店舗。
ひんやりとした空気。
石造りの壁。
そして異世界の住人たちの気配。
今日もすでに何人かが訪れていた。
まず目に入ったのは、森猫族の商人。
耳をピンと立て、興味深そうにサトルを見る。
「サトル、何か新しいの持ってきた?」
「持ってきた。」
「今回は本命だ。」
「ほう。」
次に近づいてきたのは、魔導士族の男。
ローブをまとい、目を細めている。
「珍しく強気な顔だな。」
「儲かる時はそうなる。」
「信用できるのか不安だ。」
「信用しろ。」
さらに奥から、蜥蜴人族の戦士が現れる。
腕を組み、じっとサトルを見ている。
「武器か?」
「違う。」
「だが武器にもなる。」
「ほう。」
最後に、鉱人族の職人が近づいてきた。
目が完全に“道具を見る目”になっている。
「見せろ。」
「分かるやつが来たな。」
サトルは箱を開ける。
中の包丁を一本取り出し、布を外す。
その瞬間、周囲の空気が少し変わった。
「……美しいな。」
ドワーフが低く呟く。
「ただの刃物じゃない。」
「分かるか。」
「鍛え方が違う。」
「これはどこの技術だ。」
「日本だ。」
「知らん。」
「そのうち有名になる。」
森猫族が興味津々で覗き込む。
「切れるの?」
「試すか。」
サトルは薄い布を取り出す。
軽く刃を当てる。
音もなく、布が二つに分かれた。
「え?」
「今切れた?」
「見えなかった。」
魔導士族が目を細める。
「魔法ではないな。」
「純粋な技術だ。」
「それが一番怖い。」
蜥蜴人族が腕を組む。
「戦いに使えるか。」
「使える。」
「だが本来は料理用だ。」
「料理でこの切れ味か。」
「贅沢だな。」
サトルは静かに言う。
「だから高い。」
全員が一瞬沈黙する。
「いくらだ。」
ドワーフが聞く。
サトルは迷わず言った。
「金貨三十枚。」
「高っ!」
「正気か。」
「ふざけてるのか。」
総ツッコミが入る。
サトルは動じない。
「価値を見ろ。」
「長く使える。」
「切れ味は維持できる。」
「手入れも教える。」
ドワーフがじっと包丁を見る。
「……欲しい。」
「買うのか。」
「職人として興味がある。」
「研究したい。」
「なら買え。」
「値下げは?」
「しない。」
「強気だな。」
「当たり前だ。」
少しの沈黙。
そしてドワーフはため息をついた。
「……買う。」
「毎度あり。」
周囲がざわつく。
「マジで買った。」
「職人怖い。」
「こうなると他も欲しくなる。」
森猫族が手を挙げる。
「私も一本欲しい。」
「料理用に。」
「金貨三十だ。」
「高いけど……買う!」
「また売れた。」
サトルは内心で静かに頷く。
(よし、いける)
魔導士族も口を開く。
「魔力伝導の実験に使えるかもしれん。」
「一本くれ。」
「金貨三十。」
「分かっている。」
次々と売れていく包丁。
蜥蜴人族も最後に一本を手に取った。
「これは戦場でも使える。」
「買う。」
「料理しろ。」
「両方やる。」
「欲張りだな。」
気がつけば、持ってきた包丁はすべて売れていた。
サトルは静かに箱を閉じる。
(大成功だな)
異世界の空気は、少しだけ熱を帯びていた。
「サトル。」
ドワーフが声をかける。
「また持ってこい。」
「次はもっとだ。」
「用意する。」
「値段は?」
「上げる。」
「鬼だな。」
「商人だ。」
サトルは軽く手を振り、地上へ戻る。
そして再び、森のカフェしっぽっぽへ。
ドアを開けると、いつもの空気が迎えてくれる。
「おかえりなさい。」
「どうでした?」
「完売だ。」
「えっ。」
「全部売れた。」
「すごい!」
「高値でだ。」
「さすがです。」
「まだいける。」
「次もやります?」
「やる。」
「怖い。」
トラが「にゃ」と鳴き、チビが飛びついてくる。
ジルは少し離れて見守り、きなは動かない。
イチは棚の上からすべてを見ていた。
ロンは入口で静かに尻尾を振る。
今日もまた、
この小さな猫カフェから、
異世界へと繋がる大きな商売が動き出していた。
そしてサトルは、静かに次の一手を考えていた。
(次は……さらに高くいくか)
その目は、完全に商人のそれだった。




