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森のカフェしっぽっぽ  作者: 森のカフェしっぽっぽ


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第50話 すれ違う縁

 午後の森のカフェしっぽっぽは、いつもより少しだけ賑やかだった。

 とはいえ、騒がしいわけではない。猫たちの動きに合わせた、ゆるやかな時間の流れは変わらない。


 トラは床の真ん中で堂々と寝転がり、チビはそのしっぽを全力で追いかけている。

 きなはソファで完全に沈黙し、もはや呼吸しているかどうかも怪しい。

 イチは棚の上から店内を見渡し、ジルはカーテンの陰から静かに様子をうかがっていた。

 ロンは入口で丸くなりながら、時折片目を開けて周囲を確認している。


 カウンターではサトルがコーヒーを淹れている。

 みどりはテーブルを拭きながら、少しだけ楽しそうに言った。


「この前のカップル、いい感じでしたね。」


「そうか。」


「彼氏さん、最初は緊張してましたけど。」


「猫に試されてた。」


「チビが面接してましたね。」


「ジルも通した。」


「合格ですね。」


「今のところはな。」


「厳しいですね。」


「人間関係はそんなもんだ。」


 その時、ドアベルが鳴った。


 カラン。


 入ってきたのは、その“彼氏”だった。

 だが今日は一人だ。少しだけ困ったような顔をしている。


「いらっしゃいませ。」


「こんにちは。」


 男性はゆっくり席に座る。


 チビがすぐに膝に飛び乗った。


「また来ましたね。」


「覚えられてる……」


「営業担当だからな。」


 トラも足元に来てゴロンと寝転がる。

 きなはちらっと見てまた寝る。

 ジルは少し距離を取りながら様子を見ている。


 サトルがコーヒーを置いた。


「どうした。」


 男性は少し黙った後、口を開く。


「相談、いいですか。」


「雑談くらいなら。」


 男性は苦笑した。


「彼女と、少し揉めまして。」


「早いな。」


「ですよね。」


「原因は?」


「結婚の話です。」


 みどりが静かに聞く。


「どういうことですか。」


「彼女は前向きなんです。」


「でも僕は……」


「迷ってる。」


「はい。」


 チビが膝の上で丸くなる。

 男性はその背中を撫でながら続ける。


「嫌じゃないんです。」


「むしろ一緒にいたいです。」


「でも。」


「でも?」


「自信がなくて。」


「自分が相手を幸せにできるのか。」


「それが不安で。」


 サトルは静かに頷く。


「よくあるな。」


「そうなんですか。」


「大体そうだ。」


 男性は少しうつむく。


「彼女は決めてるのに。」


「僕だけ迷ってて。」


「申し訳なくて。」


 その時、ジルがゆっくりと近づいてきた。

 少し迷うように足を止め、そして男性の膝の端に乗る。


「お。」


「ジルが来ました。」


「珍しい。」


 男性は少し驚きながら撫でる。


「この子……優しいですね。」


「臆病だがな。」


「でも来る。」


「迷ってるやつにもな。」


 男性は小さく笑った。


「バレてますね。」


「猫にはな。」


 サトルはカウンターの奥から、小さな鏡を持ってきた。


「これを使うか。」


「これは?」


「本音の鏡だ。」


「またすごいの出てきましたね。」


 みどりが小さく笑う。


「この店、なんでもありますね。」


「地下にある。」


 サトルは鏡をテーブルに置く。


「これを見ると。」


「自分の本音が映る。」


「言葉じゃない。」


「感覚で分かる。」


 男性は鏡を見つめる。


「怖いですね。」


「そうだな。」


「でも。」


「知りたいです。」


「なら見ろ。」


 男性はゆっくり鏡を手に取る。


 しばらく沈黙が流れる。


 チビが膝の上で静かに丸まり、ジルも動かずに寄り添っている。


 やがて男性は小さく息を吐いた。


「……分かりました。」


「何がだ。」


「僕。」


「結婚したいです。」


 みどりが少し驚く。


「え?」


「怖いだけでした。」


「責任とか。」


「失敗とか。」


「でも。」


「本音は一緒にいたいです。」


 サトルは小さく頷く。


「それでいい。」


「はい。」


「迷いは消えない。」


「でも。」


「選ぶことはできる。」


 男性は鏡をテーブルに置いた。


「ありがとうございます。」


「これ、借りてもいいですか。」


「一週間だ。」


「分かりました。」


 男性は立ち上がる。


「ちゃんと話してきます。」


「それが一番だ。」


「逃げないで。」


「いい判断だ。」


 チビが名残惜しそうに降りる。

 ジルも静かに離れる。

 トラが「にゃ」と鳴いた。


 ドアベルが鳴る。


 カラン。


 男性は外へ出ていった。


 みどりがサトルを見る。


「今度は逆でしたね。」


「そうだな。」


「すれ違いって難しいです。」


「だから面白い。」


「やっぱりそれ言いますね。」


「事実だ。」


 イチが棚の上から「にゃ」と鳴いた。


 店内には再び穏やかな時間が流れる。

 猫たちはそれぞれの場所でくつろぎ、

 コーヒーの香りがゆっくりと広がっていた。


 すれ違った想いは、

 そのまま離れることもあれば、

 再び重なることもある。


 その答えがどうなるのか――

 それはまだ、誰にも分からなかった。

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