第42話 重石の答え
雨上がりの午後。
**森のカフェしっぽっぽ**の前の路地には、まだ水たまりが残っていた。
空気は少しひんやりとしていて、店内にはコーヒーの香りがゆっくりと広がっている。
トラは窓際で伸びをしている。
チビはその尻尾にじゃれついて遊んでいる。
きなはソファの上で完全に溶けたように寝ていた。
イチは棚の上から外を眺め、ジルはカーテンの陰から慎重に店内を見ている。
ロンは入口の前であくびをしていた。
カウンターではサトルがコーヒーを淹れている。
みどりは窓を拭きながら話しかける。
「昨日の雨、すごかったですね。」
「静かでよかった。」
「お客さんは少なかったですけど。」
「その分休めた。」
「猫たちも寝てました。」
「今も寝てる。」
「きなはいつもです。」
その時、ドアベルが鳴った。
カラン。
入ってきたのは、先日“嘘が重くなる石”を持って帰った男性だった。
今日はどこか吹っ切れたような顔をしている。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
男性は席に座る。
チビが迷いなく膝に飛び乗った。
「また来ましたね。」
「覚えられてる。」
「チビはそういうやつだ。」
トラも足元に来てゴロンと転がる。
きなはちらっと見るだけでまた寝る。
ジルは少し離れて様子を見る。
サトルがコーヒーを置いた。
「どうだった。」
男性はカップを持ち、ゆっくり息を吐いた。
「すごかったです。」
「石か。」
「はい。」
「最初は面白がってたんです。」
「軽いか重いかで遊んでました。」
「だが。」
「仕事で使ったら。」
「笑えなくなりました。」
みどりが少し身を乗り出す。
「どうなったんですか。」
男性は苦笑した。
「お客さんに説明してる時。」
「石がどんどん重くなるんです。」
「そんなに嘘ついてたか。」
「思ってた以上に。」
「自分でもびっくりしました。」
チビが膝の上で丸くなる。
男性はその背中を撫でながら話す。
「全部嘘じゃないんです。」
「でも少し盛ってたり。」
「都合よく言ってたり。」
「それが全部反応するんです。」
「便利だろ。」
「便利ですけど。」
「逃げ場がない。」
サトルは静かに頷く。
「それでどうした。」
男性は少し笑った。
「途中でやめました。」
「営業を?」
「その日の嘘をです。」
「ほう。」
「正直に言ってみたんです。」
「そしたら石が軽いままで。」
「なんか安心しました。」
みどりが驚く。
「それで売れました?」
男性は少し肩をすくめる。
「半分くらいです。」
「半分も売れたか。」
「むしろ前より納得して買ってくれる人が多かったです。」
「それはいいな。」
「クレームも減りました。」
サトルは小さく笑う。
「嘘は短期向きだ。」
「本音は長期向きだ。」
「まさにそれでした。」
その時、ジルがそっと近づいてきた。
そして男性の膝の端に乗る。
「お。」
「ジルが来ました。」
「珍しい。」
男性は優しく撫でる。
「この子、やっぱり分かるんですね。」
「嘘が減ったからだ。」
「なるほど。」
男性は少し考える。
「全部正直は無理です。」
「でも。」
「どこまで正直にするかは決められる。」
「いい答えだ。」
男性はバッグから石を取り出した。
「返します。」
「もういいのか。」
「はい。」
「基準は分かりました。」
「これがなくても判断できます。」
サトルは石を受け取る。
「一週間経てばただの石だ。」
「その前に卒業か。」
「そんな感じです。」
男性は立ち上がる。
「仕事、少し楽になりました。」
「それは良かった。」
「また来ます。」
「いつでもどうぞ。」
「猫たちにもありがとう。」
チビが名残惜しそうに降りる。
ジルもゆっくり離れる。
トラが「にゃ」と鳴いた。
ドアベルが鳴る。
カラン。
男性は外へ出ていった。
みどりがサトルを見る。
「いい変化でしたね。」
「そうだな。」
「異世界の道具、やっぱりすごいです。」
「道具はきっかけだ。」
「決めるのは人間だ。」
「猫も関係ありますか。」
「かなりある。」
「そこ重要なんですね。」
イチが棚の上から「にゃ」と鳴いた。
店内には再び穏やかな時間が戻る。
猫たちはそれぞれの場所でくつろぎ、
コーヒーの香りが静かに漂っていた。
今日もまた、**森のカフェしっぽっぽ**には、誰かの迷いが訪れ、
そして少し軽くなって帰っていくのだった。




