第41話 嘘と本音
午後の**森のカフェしっぽっぽ**は、雨の音に包まれていた。
しとしとと降る雨が窓を叩き、店内にはいつもより静かな時間が流れている。
トラは丸くなって寝ている。
チビはその上に乗ってさらに丸くなっている。
きなはソファの上で微動だにせず、完全に置物化していた。
イチは棚の上から雨を眺め、ジルはカーテンの陰からそっと外を見ている。
ロンは入口で丸くなり、時折耳をピクピクさせていた。
カウンターの中ではサトルがコーヒーを淹れている。
みどりは窓の外を見ながらつぶやいた。
「雨の日はお客さん少ないですね。」
「その分、静かだ。」
「こういう日もいいです。」
「猫も寝てる。」
「全員寝てますね。」
その時、ドアベルが鳴った。
カラン。
入ってきたのは、三十代くらいの男性だった。
濡れた傘を畳み、少し疲れたような顔で店内に入る。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
男性は静かに席に座る。
チビがすぐに近づき、膝に乗った。
「お。」
「いきなり来ました。」
「人懐こいですね。」
トラも起き上がり、のそのそと近づいてくる。
きなは動かない。
ジルは遠くから様子見。
ロンは一瞬目を開けてまた寝た。
サトルがコーヒーを置く。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
男性はカップを持ったまま、しばらく黙っていた。
そしてぽつりと言う。
「相談……いいですか。」
「雑談くらいなら。」
男性は少し笑う。
「嘘をつくの、疲れました。」
みどりが驚く。
「嘘ですか。」
「仕事で。」
「営業なんですが。」
「本音を言うと売れないんです。」
「だからずっと無理してて。」
「なるほど。」
「お客さんにも。」
「会社にも。」
「自分にも嘘ついてる感じで。」
チビが膝の上で丸くなる。
男性はその背中を撫でる。
「正直に生きた方がいいって思うんです。」
「でも。」
「それじゃ仕事にならない。」
サトルは静かに言う。
「全部本音は無理だ。」
「やっぱりそうですか。」
「だが全部嘘も無理だ。」
男性は苦笑した。
「その通りです。」
「どこかで歪む。」
「今がそれだろ。」
「はい。」
店内は雨音だけが響く。
しばらくしてサトルが立ち上がる。
カウンターの奥から、小さな石を持ってきた。
「これを使うか。」
「これは?」
「異世界の品だ。」
「またですか。」
みどりが小さく笑う。
「この店らしいですね。」
サトルは石をテーブルに置く。
「これは“嘘が重くなる石”だ。」
「重くなる?」
「嘘をつくと。」
「手の中で重くなる。」
男性は目を丸くする。
「そんなものが。」
「本当だ。」
「本音を言えば軽いままだ。」
男性は石を手に取る。
「試していいですか。」
「やってみろ。」
男性は少し考えてから言った。
「今日は楽しいです。」
石は変わらない。
「軽いままです。」
「本音だな。」
次に男性は少し迷う。
「仕事、楽しいです。」
その瞬間、石が少し重くなる。
「うわ。」
「本当ですね。」
「それが嘘だ。」
男性は苦笑した。
「分かりやすい。」
「便利だが。」
「怖いですね。」
「自分の本音がバレる。」
「それが狙いだ。」
ジルがそっと近づいてきた。
そして男性の膝の端に乗る。
「お。」
「ジルが乗りました。」
「珍しい。」
男性は優しく撫でる。
「この子、臆病なんですね。」
「でも逃げない。」
「嘘つかない人には来る。」
男性は少し黙った。
そして石を見つめる。
「……これ、借りてもいいですか。」
「一週間だ。」
「それ以上は効かない。」
「十分です。」
「仕事で使ってみます。」
「全部正直になる必要はない。」
「だが。」
「どこまで嘘をつくかは決めろ。」
男性は深く頷いた。
「ありがとうございます。」
「また来ます。」
「結果を聞かせてくれ。」
男性は立ち上がる。
チビが名残惜しそうに降りる。
ジルも静かに離れた。
ドアベルが鳴る。
カラン。
男性は雨の中へ出ていった。
みどりがサトルを見る。
「また変わった道具ですね。」
「必要なやつには刺さる。」
「今回もそうなりそうですね。」
「どうなるかは本人次第だ。」
トラが「にゃ」と鳴く。
ロンがのびをする。
雨はまだ静かに降り続いている。
今日もまた、**森のカフェしっぽっぽ**には、誰かの迷いと、少しの答えが交差していた。




