第39話 鈴の余韻
午後の**森のカフェしっぽっぽ**には、静かな時間が流れていた。
窓の外ではやわらかな春の風が木々を揺らしている。
店内では猫たちが思い思いに過ごしていた。
トラは床の真ん中で大の字になって寝ている。
チビはテーブルの脚をよじ登り、途中で落ちてまた登るという謎の遊びを繰り返していた。
きなはソファの上で丸くなり、尻尾だけゆっくり揺れている。
イチは棚の上から店内を見渡している。
ジルはカーテンの陰に隠れているが、今日は少し顔を出していた。
ロンは入口の前でのびをしてから、また寝転がる。
カウンターの中ではサトルがコーヒー豆を挽いていた。
みどりはカップを並べながら話しかける。
「この前のお婆さん、良い結果になりましたね。」
「鈴の人か。」
「はい。」
「息子さん二人とも優しかったですね。」
「本音ってのは案外そんなもんだ。」
「でも聞ける機会ってないですよね。」
「だから悩む。」
みどりは少し笑った。
「サトルさん、あの鈴どこで仕入れたんですか?」
「地下だ。」
「異世界ですね。」
「そうだ。」
地下倉庫の奥には、小さな扉がある。
そこを抜けると異世界の市場へつながっている。
もちろん行き来できるのは**サトルだけ**。
その市場には様々な種族がいる。
森猫族
魔導士族
蜥蜴人族
鉱人族
彼らが作る品を、サトルは地球へ持ち帰り、必要な人に渡している。
その時、ドアベルが鳴った。
カラン。
若い女性が入ってきた。
二十代後半くらいだろうか。
「いらっしゃいませ。」
みどりが声をかける。
「こんにちは。」
女性は少し緊張した様子で店内を見回した。
「ここ……猫カフェですよね。」
「そうです。」
「どうぞ。」
席に案内されると、チビがすぐに膝に乗る。
「わっ。」
「いきなり乗りました。」
「人懐こい子なんです。」
「かわいい。」
女性は少し笑った。
トラも足元にやってくる。
きなは椅子の横に座る。
ジルは遠くから様子を見ている。
サトルがコーヒーを持ってくる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
女性はカップを持ったまま、少し迷うような顔をした。
「実は……」
「相談できますか。」
「まあ雑談くらいなら。」
女性は深く息を吐いた。
「人の本音って……分からないですよね。」
「そうだな。」
「友達と喧嘩してしまって。」
「何が原因だ。」
「小さなことです。」
「でも今は話してくれません。」
チビが膝の上で丸くなる。
女性は少し撫でながら言った。
「この子、あったかいですね。」
「それが仕事だからな。」
みどりが少し笑う。
「猫は名カウンセラーです。」
「そうかもしれません。」
女性は少し落ち着いた様子だった。
「この前、ここで不思議な道具を使った人がいるって聞きました。」
「鈴のことか。」
「はい。」
「もうないんですか。」
サトルは少し考えた。
「鈴はもうただの鈴だ。」
「一週間で力は消える。」
「そうなんですね。」
「だが。」
「だが?」
「似たような物ならある。」
みどりが目を丸くする。
「また出てきましたね。」
「地下の品だ。」
サトルはカウンターの下から、小さな袋を取り出した。
「これは?」
「心の声じゃない。」
「本当の気持ちを引き出すお茶だ。」
女性は驚く。
「そんなのあるんですか。」
「ある。」
「ただし。」
「ただし?」
「飲んだ本人も本音を言う。」
女性は少し笑った。
「それはちょっと怖いですね。」
「本音は大体怖い。」
「でも知りたいなら使えばいい。」
ジルがそっと近づいてきた。
そして女性の膝の端にちょこんと乗る。
「えっ。」
「ジルが乗りました。」
「珍しい。」
女性は驚きながら撫でる。
「この子、臆病なんですね。」
「そうだ。」
「でも優しい人には来る。」
女性は少し考えた。
「じゃあ……」
「使ってみます。」
「友達と仲直りできるなら。」
サトルは袋を渡した。
「一回分だ。」
「ありがとうございます。」
女性は袋を大事そうにバッグへ入れた。
「結果、報告します。」
「いつでも来い。」
女性は立ち上がる。
「猫たちにもありがとう。」
トラが「にゃ」と鳴く。
ロンが尻尾を振る。
ドアベルが鳴った。
カラン。
女性は外へ出ていった。
みどりがサトルを見る。
「また相談ですね。」
「そうだな。」
「不思議な店ですね。」
「猫カフェだからな。」
「あと異世界貿易。」
「それは秘密だ。」
イチが棚の上から「にゃ」と鳴いた。
今日もまた、**森のカフェしっぽっぽ**には、
誰かの悩みがふらりと訪れ、
そして少し軽くなって帰っていくのだった。




