第38話 本音の鈴
午後の**森のカフェしっぽっぽ**は、いつものように穏やかな空気に包まれていた。
窓から柔らかな光が差し込み、店内にはコーヒーの香りが漂っている。
トラは床で転がりながら尻尾を振り、チビはテーブルの脚をよじ登って遊んでいる。
きなはソファの上で丸くなり、イチは棚の上から店内を見渡している。
ジルはカーテンの陰から顔だけ出し、様子をうかがっていた。
ロンは入口の近くで気持ちよさそうに寝ている。
カウンターではサトルがコーヒーを淹れていた。
みどりはカップを拭きながら店内を見回す。
「今日は静かですね。」
「平日の午後だからな。」
「この前のお婆さん、どうなりましたかね。」
「鈴を持って帰った人か。」
「はい。」
「一週間でただの鈴になる。」
「それまでに答えが出るといいですね。」
その時、ドアベルが鳴った。
カラン。
入口に立っていたのは、先日相談に来たお婆さんだった。
今日はどこか安心したような表情をしている。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
お婆さんはゆっくり席へ向かう。
チビがすぐに膝に飛び乗った。
「まあ、また来たのが分かったのね。」
「チビは覚える。」
「本当に賢いですね。」
トラも足元へ来てゴロンと転がる。
きなは椅子の横に座った。
ジルは少し離れて様子を見ている。
サトルがコーヒーを持ってきた。
「どうだった。」
「聞こえました。」
「ちゃんと。」
みどりが身を乗り出す。
「本当に?」
「ええ。」
「最初はびっくりしました。」
お婆さんはコーヒーを一口飲んだ。
「長男のところへ行ったんです。」
「家を継ぎたいって言ってる人か。」
「はい。」
「鈴を持って話をしていたら。」
「心の声が聞こえました。」
「何て?」
お婆さんは少し笑った。
『母さんが元気ならそれでいい。』
『遺産なんていらない。』
『でも弟が困らないようにしてほしい。』
「そう思ってました。」
みどりが驚く。
「優しいお兄さんですね。」
「ええ。」
「でも本人は言わないんです。」
「言うと弟が遠慮するからって。」
サトルは頷く。
「次男は?」
「次男にも会いました。」
「鈴を持って。」
「そしたら聞こえたんです。」
「何て?」
お婆さんは少し苦笑した。
『兄ちゃんに全部任せるのが一番だ。』
『俺は自由に生きたい。』
『でも母さんが寂しくならないようにしたい。』
「そう思ってました。」
みどりは目を丸くする。
「二人とも優しいですね。」
「ええ。」
「でも言葉にはしないんです。」
「兄弟だからな。」
トラがテーブルの下で伸びをする。
チビは膝の上で丸くなる。
お婆さんはゆっくり話を続けた。
「三日目くらいから。」
「だんだん分かってきました。」
「二人とも遺産じゃなくて。」
「私のことを心配してたんです。」
ジルがそっと近づいてくる。
そしてお婆さんの膝の端に乗った。
「まあ。」
「ジルが乗りました。」
「珍しい。」
お婆さんは優しく撫でる。
「ありがとう。」
「それで決めました。」
「何を?」
「家は長男に。」
「貯金は二人で半分。」
「それが一番自然でした。」
サトルはコーヒーを飲む。
「いい判断だ。」
「そう思います。」
「鈴がなくても。」
「本当は分かってたのかもしれません。」
「背中を押しただけだ。」
お婆さんはバッグから鈴を取り出した。
「昨日で一週間でした。」
「もう聞こえません。」
「ただの鈴です。」
みどりが笑う。
「役目を終えましたね。」
「はい。」
「でも宝物です。」
お婆さんは静かに言った。
「息子たちの本音を聞けたから。」
トラが「にゃ」と鳴く。
ロンがのびをする。
お婆さんは立ち上がった。
「今日はお礼を言いに来ました。」
「猫たちにも。」
「特にこの子。」
ジルを撫でる。
「また来ます。」
「いつでもどうぞ。」
「ありがとうございました。」
ドアベルが鳴る。
カラン。
お婆さんはゆっくり帰っていった。
みどりがサトルを見る。
「いい話でしたね。」
「そうだな。」
「異世界の道具も役に立つ。」
「猫も役に立ちます。」
「それが一番だ。」
イチが棚の上から「にゃ」と鳴いた。
今日もまた、**森のカフェしっぽっぽ**には、
誰かの心を少し軽くする時間が流れていた。




