第37話 遺産の悩み
午後の**森のカフェしっぽっぽ**は、穏やかな空気に包まれていた。
窓から入るやわらかな光の中で、猫たちが思い思いに過ごしている。
トラは床で伸びをして転がり、チビはテーブルの脚にしがみついて遊んでいる。
きなはソファの上で丸くなり、イチは棚の上から店内を見守っていた。
ジルはカーテンの陰から顔だけ出し、様子をうかがっている。
ロンは入口の近くでのんびり昼寝中だ。
カウンターの中ではサトルがコーヒー豆を挽いていた。
みどりはカップを並べながら店内を見回す。
「今日はのんびりですね。」
「平日の午後はこんなもんだ。」
「猫たちもまったりしてます。」
「トラだけ元気だな。」
「チビも元気です。」
その時、ドアベルが鳴った。
カラン。
入ってきたのは、小柄なお婆さんだった。
少し不安そうな表情をしている。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
お婆さんはゆっくり店内を見回す。
「ここが……猫カフェですか。」
「そうです。」
「どうぞ、こちらへ。」
みどりが席へ案内する。
するとチビがすぐに膝に乗った。
「まあ。」
「いきなり乗りました。」
「この子、人懐こいんです。」
「かわいいですね。」
トラも足元にやって来る。
きなは椅子の横に座った。
ジルは遠くから見ている。
サトルがコーヒーを持ってきた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
お婆さんはカップを両手で包むように持つ。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「実は……相談があるんです。」
「うん。」
「遺産のことなんです。」
「遺産?」
「主人が亡くなりまして。」
みどりが静かに頷く。
「そうだったんですね。」
「家と少しの貯金があるんです。」
「うん。」
「息子が二人いるんですが。」
「ほう。」
「どちらに残すべきか迷っていて。」
トラが椅子の下でゴロンと転がる。
チビは膝の上で丸くなった。
「長男は真面目です。」
「次男は自由人です。」
「長男は家を継ぎたいと言ってます。」
「次男は何も言いません。」
「でも……」
「でも?」
「本当はどう思っているのか分からなくて。」
サトルは少し考えた。
「本人に聞けばいい。」
「それが出来たら悩まないです。」
「そうか。」
「兄弟仲が悪くなるのも嫌で。」
「なるほど。」
ジルが少し近づいてきた。
そしてテーブルの下に座る。
サトルはカウンターへ戻り、小さな箱を持ってきた。
「一つ、試してみるか。」
「試す?」
箱の中には、小さな銀色の鈴が入っていた。
「これは?」
「異世界の品だ。」
「え?」
みどりが少し笑う。
「サトルさん、時々そういうの出すんです。」
「この鈴はな。」
「一週間だけ、人の心の声が聞こえる。」
お婆さんは驚いて目を丸くする。
「そんなものが?」
「本当ですか。」
「試したことはある。」
「ただし一週間だけだ。」
「それ以上は効かない。」
お婆さんは鈴を見つめる。
「それを持っていれば?」
「相手の本音が分かる。」
「……」
「長男も。」
「次男も。」
「本当は何を思っているか聞こえる。」
お婆さんはしばらく黙った。
チビを撫でながら考える。
「怖いですね。」
「そうだな。」
「でも知りたい。」
「なら持っていくといい。」
「返却はいらない。」
「一週間でただの鈴になる。」
お婆さんは小さく笑った。
「不思議なお店ですね。」
「猫カフェだからな。」
「猫も相談に乗る。」
その時、ジルがそっと膝に乗った。
「まあ。」
「ジルが乗りました。」
「珍しい。」
お婆さんは優しく撫でる。
「ありがとう。」
「頑張ってみます。」
「一週間後にまた来ます。」
「結果を聞かせてくれ。」
「はい。」
お婆さんは鈴を大事そうにバッグへ入れた。
ドアの前で振り返る。
「今日はありがとうございました。」
「また来てください。」
「猫たちにもありがとう。」
ドアベルが鳴る。
カラン。
お婆さんはゆっくり帰っていった。
みどりがサトルを見る。
「あの鈴、本当に聞こえるんですか?」
「聞こえる。」
「ただし。」
「ただし?」
「聞こえすぎる。」
「人間は本音が多いからな。」
トラが「にゃ」と鳴く。
ロンがのびをする。
ジルはまたカーテンの陰へ戻った。
サトルはコーヒーを一口飲む。
一週間後、あのお婆さんがどんな顔で戻ってくるのか。
それはまだ、誰にも分からなかった。




