第35話 久々の相談
週末の午後。
**森のカフェしっぽっぽ**は、いつものように猫たちののんびりした空気に包まれていた。
トラは床で腹を出して転がり、チビはテーブルの脚にしがみついてぶら下がっている。
きなはソファで丸まり、イチは棚の上で店内を見守る王様ポジション。
ジルはカーテンの陰から顔だけ出して、周囲を警戒していた。
ロンは入口で昼寝中だ。
カウンターの中では、サトルがコーヒーを淹れている。
みどりがテーブルを拭きながら言った。
「今日は落ち着いてますねぇ」
「まあ、たまにはこういう日もいいさ」
サトルは静かに笑う。
最近は異世界の品がバズって客が増えていた。
光る毛玉。
魔法ランプ。
猫用干し魚。
どれも地下の倉庫を通して、異世界から仕入れたものだ。
ただし――
異世界へ行き来できるのは**サトルだけ**。
地下倉庫の奥には、小さな扉がある。
その先が、異世界の市場だ。
そこでは、森猫族、魔導士族、蜥蜴人族、鉱人族たちが商売をしている。
だが、その話は今は置いておこう。
午後三時。
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
みどりが声をかける。
入ってきたのは、三十代くらいの男性だった。
スーツ姿だが、ネクタイは緩み、どこか疲れた顔をしている。
男は店内を見回した。
「ここ……猫カフェですよね」
「はい。どうぞ」
みどりが席に案内する。
男が座ると、すぐにチビが膝に飛び乗った。
「うおっ」
男が驚く。
みどりが笑った。
「チビは接客担当なんです」
「そうなんですか……」
男は少し戸惑いながらも、チビの頭を撫でる。
トラも寄ってきた。
ロンも匂いを嗅ぎに来る。
しばらくして、男はぽつりと言った。
「……ここ、相談とかできるって聞いたんですが」
サトルがコーヒーを持ってきた。
「まあ、雑談くらいならな」
「ありがとうございます」
男はコーヒーを一口飲んだ。
そして深く息を吐く。
「仕事、辞めようか迷ってるんです」
みどりが少し驚く。
「そうなんですか」
「会社がブラックで……毎日終電です」
チビが男の膝の上で丸くなる。
トラはテーブルの上でゴロン。
きなはゆっくり近づき、男の足元で座った。
男は苦笑した。
「猫に囲まれて相談って、初めてです」
サトルは椅子に座る。
「別に答えを出す店じゃない」
「……え?」
「話してるうちに、自分で決めるもんだ」
男は黙る。
イチが棚の上から「にゃ」と鳴いた。
ジルはカーテンから顔を出し、少しだけ近づく。
男が言った。
「でも……辞めたら生活できないし」
「ほう」
「続けても、体が持たない気がして」
サトルは少し考えた。
そして言った。
「一つ試してみるか」
「試す?」
サトルはカウンターに戻り、小さな袋を持ってきた。
中には香り袋が入っている。
異世界の品だ。
「これは?」
「気分を落ち着かせる香りだ」
「アロマですか?」
「まあそんなもんだ」
本当は、森猫族の市場で仕入れた“心落ち着く香り袋”なのだが、そこまで説明すると話がややこしい。
男が袋を開ける。
ふわっと、森のような香りが広がった。
男の肩が少し下がる。
「……いい匂いですね」
「だろ」
その時。
ジルがそっと男の膝に乗った。
「え?」
みどりが小声で言う。
「ジルが乗るの珍しいんですよ」
ジルは臆病猫だ。
知らない人には近づかない。
男は驚きながら撫でた。
「……かわいい」
しばらく沈黙が流れる。
猫たちが静かに寄り添う。
男はゆっくり言った。
「……もう少し考えてみます」
「それでいい」
「いきなり辞めるんじゃなくて、転職先探してから」
サトルは頷く。
「それが無難だな」
男は笑った。
「久々に、まともに話した気がします」
チビが「にゃ」と鳴く。
トラはテーブルで伸びをする。
きなは足元で寝始めた。
男は立ち上がる。
「また来ます」
「いつでもどうぞ」
男は香り袋を買って帰っていった。
ドアベルが鳴る。
みどりが言った。
「久々でしたね、お悩み相談」
「そうだな」
サトルはコーヒーを飲む。
地下倉庫の扉の向こうでは、異世界の商人たちが今日の仕入れを待っている。
森猫族
魔導士族
蜥蜴人族
鉱人族
だが地上では、今日も猫カフェの時間がゆっくり流れていた。
サトルは猫たちを見てつぶやく。
「お前らの接客の方が、よっぽど効くな」
イチが棚の上から一言。
「にゃ」
こうして**森のカフェしっぽっぽ**は、久しぶりのお悩み相談を終え、静かな午後を迎えるのだった。




