モンキー・マジック。
―― 三月一五日 先勝 壬申
恭一は、ナンバーを貰い納車を済ませ、晴れてモンキーのオーナーとなった――
〝 シュルッ! スットットットット、ブルル――――――――――ンッ! トンットンットンッ、トンットンットンッ、トンットンットンッ、スットットッ ″
「一発ですね。綺麗なエンジン音……」
「カブ系は掛かりが良いですよ。それで、家の店のパッケージは、スイッチ・ボックスがグロム用のハザード・スイッチ付きに変えて有ります。それから、シフトインジケーターとクロックにタコ・メーター、ミニ・フォグが標準ですから」
「有難う御座います」
「それでは、何か有ったら、乗って来て頂ければ何なりと。お気を付けて、有難う御座いました――ぁ」
恭一は、数年前に大型免許を取得していたが、社長と云う立場からバイクに乗る事を諦めていたので、小さなバイクでも嬉しかった――
「おっとっと、クラッチ操作は慣れるのにちょっと時間が居るなぁ……でも、これは乗り易い。いきなり大型を買わなくて正解だったな。軽快で、取り回しが良くて、何と言っても楽しいっ!」
恭一は、遂に社会的責任から解放されて自由になれたと実感すると、笑いが止まらなかった。そして、笑わない自分が笑っている事に驚きつつ、気が付けば横浜まで走っていた――
「仕事で来ると灰色の街だったのに……全てが日差しに輝いているなぁ……」
みなとみらいから山下公園に向かっていると信号が青から黄色、赤へと変わり停車した――
〝 ブルルゥ――――ンッ! トンットンットンッ、トンットンットンッ、トンットンットンッ、ストットッ、スットットットット ″
「信号の変わり方が早いな……慌てて急ブレーキを掛けそうになったけど、軽いから良く止まるなぁ。良いバイクだ」
すると、聞き覚えのあるエクゾースト・ノートが聞こえて来た――
〝 ヴァオン、ヴォン、ヴォンッ! ドッドッドッドッ、ドッドッドッドッ、ドッドッドッド ″
恭一の隣にアマテラスのV-MAX が並んだ――
「あぁっ! あなたは………あの時の……」
〝 スチャッ! ″
アマテラスは、シールドを上げて恭一の方を向いた――
「フッ。『生きている』な」
「はい……」
「それで良い。振り返るなよっ!」
〝 スチャッ! ″
アマテラスがシールドを下げると、信号が一斉に青になった――
〝 ギュルルルッル―――――――――ッ! ヴァオォ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ォン ″
「消えた!? まるで、カタパルトから射出された戦闘機の様だ……スピード違反も、あれだけ速ければ警察も捕まえる事が出来ないだろう……しかし、恐ろしく度胸の有る女だな……」
〝 トンットンットンッ、トンットンットンッ、ストットッ、ストットット、ブルルゥ――――ンッ! ″
「今の僕には、これで充分だ。あはははは」
恭一は、横須賀を過ぎ三浦半島で折り返して、帰路に就いた。アパートの駐車場でヘルメットを脱ぐと、良太が帰って来た――
「お帰りなさいっ!」
「あぁ、良太君。ただいま」
「僕も、今帰って来たんだよ。ねぇ、お兄ちゃん、コレ買ったの?」
「あぁ」
「ふ――ん。もっと、凄い高性能で速いヤツ、格好良いのを買えば良いのにぃ」
「えぇ、格好良いだろ? 125だけど、リッター60㎞以上走るんだ。凄いだろ?」
「うーん、まぁ、燃費も性能だけどさ…僕は、凄い奴が良いなぁ」
「あはは。これは、乗り物として、とっても楽しいんだ。面白いからそれで良いんだよ」
「そっかぁ。う――ん、可愛いけど、格好良いね」
「だろ?」
「うん。お兄ちゃん、僕は、お腹が空いてペコペコなんだ。もう夕飯だから、一緒に行こう」
「あぁ、もう、そんな時間かぁ……」
滝沢家 ――
「ただいまっ!」
「お邪魔します」
「良太、お帰り。あ、恭一さん。そこへ座って下さいな」
「母さん、お兄ちゃんバイク買ったんだよ」
「あら? そうですか」
「駐車場に置かせて貰ってます」
「どうぞどうぞ。家賃に含まれていますから、遠慮なく使って下さい。はっはっは」
良太も実も、恭一が居る事で男らしくなっていた。そして、沙織が帰宅をして、家族全員揃って夕飯を食べ始めた――
「お替り」
「まぁ、珍しい事が有るものねぇ? あなたが、お替りだなんて」
「何だ。仕事をしていれば腹が減るんだよ。ねぇ、恭一君」
「はい。僕は仕事をしていませんが、やっぱり、腹は減りますよ」
「あ―—はっはっは、いやぁ、私の仕事もこのところ忙しくてねぇ。寮を借りて貰え、安定した家賃収入が入って来たお陰で、やっと、新しいプロジェクトに着手出来ますよ。ようやく自分にも運が向いて来た様な感じがしますよ」
「微力ながら、お役に立てて嬉しいです。僕も今が絶好調と云うか、自分の判断で好きな事が出来るので、最高に幸せなんですよ」
「そうですか? なら、祝杯だっ! おい、雅美、ビールを持って来いっ!」
「はい」
何時もの雅美なら怒鳴り出す所だが、仕事に行き詰まり、資金繰りに苦しみ、鬱々とした日々を過ごしていた実が、若い頃の様に元気を取り戻している姿が嬉しかった――
「あれ? 何だか、何時もの母さんじゃないみたい……ね?」
良太は、同意を求めて沙織の顔を見たが、沙織は恭一の顔をじっと見つめていた――
「お姉ちゃん、そんなに見つめて。さては、恭一さんに惚れてるなっ!」
「え?」
振り向いた恭一と目が合った沙織は、ハッとして正気に戻った――
「馬鹿ねぇ。大人を揶揄うんじゃないのっ!」
「だって、僕の話なんか聞かずに、さっきから、ずっと見てたじゃん」
「うるさいなぁ、子供は黙りなさいよっ!」
「まぁまぁ、僕の事で喧嘩しないで下さいよ」
「でも……」
「は? どうかしましたか?」
「何だか恭一さんが、会社で会っていた時と、別人に見えるんですよね……」
「僕が、ですか? そう、ですか……?」
沙織は、恭一の事をやる気のない契約社員だと思っていた。それもそのはず、会社に居た頃の恭一は、顔色は悪く表情筋は動かず、死んだ魚の様な目をしていた。それが今、目の前にいる恭一は、浅黒く日に焼け、肌に艶が有り、表情は豊で、瞳の奥はキラキラと輝いて、わんぱくな少年の様なオーラに包まれていたので、ジロジロと恭一を見つめていたのだった――
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