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優しい悪魔

「ちょ、ちょっと待った。名前と電話番号教えてよ」

 少女はちらりと冷たい一瞥をくれただけで立ち止まろうとはしなかった。後ろ姿が小さくなっていく。

「悪魔さん、聞いてる? あの子と付き合いたいんだ」

「無料お試しセットはこれで終わりだ」

 瓶の中から、からかうような声がそう宣告した。

 一瞬の躊躇のあとに、彼はガラス瓶を地面に向けて叩きつけていた。

 碧のきらめく音の破片が夏の空気のなかに弾けとぶ。

 と同時に悪魔の巨大な姿が現れた。強靭そうな腕の筋肉がしなやかに動き、拓郎の頭をなでた。

「さあ、なんでもいいから願い事を言ってみろ」

「あの子と……、ちょっと待てよ。もしかして願い事はひとつしかダメなの? それともよくある三つの願いってヤツ?」

「三つだけでいいのか」

「えっ?」

「本来なら三つなのだが、実はな、わしにとってお前は一万人目の客なのだ。特別サービスで無限回だ。お前が死ぬ日までどんな願い事でも叶えてやる」

「無限!」

 すごい。こんなおいしい話があっていいんだろうか。しかも死ぬ日までどんな願い事でもって。

 ここで気がついた。

「どんな願い事でもって、やっぱり限度があるよね。もしかして無茶な願い事をした途端死ぬとか」

「よく気がついたな。まあそんなところだ。お前が死んだら願い事を遂行する必要がなくなるからな。わしを困らせるような願い事をした日が、お前の人生の最後の日になることだろう」

「そ、そんなぁ」

 その場にへたりこみそうになる。一時の衝動にまかせてとんでもないことをしてしまったらしい。

 拓郎の様子を見て、どんな気まぐれをおこしたのか悪魔が言った。

「よし、わかった。安心しろ。今回は一万人目の客への特別サービスとして、事前警告制度を取り入れてやる。お前が口にした願い事が、わしの能力を越えているとき、わしの信念に反するとき、あるいはわしのイメージを損なうときは警告してやろう。もちろん、お前がその警告を無視してどうしても願い事を叶えてくれといった場合どうなるかわかるな」

 悪魔は口の両端が裂けるような笑みを浮かべた。


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