過去と生き方と
平戸は死んだ。
あの後、すぐに担架で平戸は運ばれ、都内の病院に搬送されたらしい。何でも心不全だったそうだ。なぜか、目の前で死んだはずなのに現実を受け止められずにいた。昨日は平戸の引退試合であいつが完全試合を達成した。その後も最後のヒーローインタビューを受け、ファンに感謝の意を表して二度とマウンドには戻ってこないと思っていた。
あまりに急すぎた。
歯車の配置が悪いなったかのように、頭で分かっているのに心で納得できていない。おかしかった。ただただ、心の整理ができていなかった。
あの後はへんぴな医者に平戸の話を聞いた。いや、聞かされた。
もともと、あの投げ方だと体に負担がかかりすぎていたらしく、今年を最後の年にすることを無理強いした。それでも、まだ投げる彼は年内すら投げることすら危うくなった。このまま続けるなら、死ぬといったが、平戸は投げた。ただそれだけだと。
何かに勝ちたかったのか、ただマウンドの上で死にたかったのか。真意は分からない。
自分にとっては確かにライバルだった。ただそれだけだ。ましてや自分からのこじつけのようなもの。相手にどう思われていたのかすらあまり知らない。そう思うと焦りに似た悲しみのような想いに襲われた。
気を紛らわそうと、テレビをつけると休日の午後の番組は全て平戸の特集だった。
高校時代の投球から、完全試合の投球、オールスターでの9者連続3球9奪三振。平戸との対戦もあった。一日前に戻れば生きていたのに、既に死んだということが世間に知れ渡っていた。自分だけが世界に置いてかれているような孤独感に苛まれていた。
平戸は死んだ。
それだけなのだ。もう二度と勝負ができないだけだ。思えば思うほど後悔のような自責の念に駆られた。
『平戸選手と平河選手といえばライバルの名勝負というにふさわしい戦いでしたね。』
不意にテレビからややしゃがれた男の声が聞こえてきた。きっと、元プロの解説者かそういった評論家だろう。
懐かしい応援と若き日の自分がそこに映っていた。そして字幕には対平戸戦通算29本塁打、打率3割1部5厘(473-149)、打点79、三振67。
約20年のことを簡単にまとめられていた。
ただ、その場に泣き崩れていた自分がいた。
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平戸の死。
事前に分からなかった球団は無能。平戸がかわいそう。そんな無能な球団だったから、平とが死んだんだ!
世間では、ヤクルトを叩く声が日に日にメディアに取り上げられていく。明治神宮球場には花が押し寄せ、ヤクルト本社に平戸のファンが押し寄せていた。
日本中で、選手に人権はない。死ぬまで客寄せパンダだなどと言われ始めたころ。
ある男がヤクルトで会見を開いた。
その男が提示したものは起訴でも逮捕状でもない。平戸本人の遺書だった。
平戸編の終わりまであと、少しです。次は、高校生を主人公にした続編(?)です。




