遺言と語り継がれる伝説
この遺書が読まれているとき、僕はこの世にもう居ないはずです。
まずはじめに、皆さんごめんなさい。
球団職員の皆様、無理言って投げさせてもらってすいません。
監督、最後に日本シリーズで胴上げできなくてごめんなさい。監督は僕にとって、もう一人の父さんです。父さんより早く死んでごめんなさい。
吉河さん、医者として止めるべき所を、僕が無視して無茶して投げてすいませんでした。でも、あなたのおかげで、後悔無く死ねます。
平河さん、自分の心の中ではライバルでした。勝手な思い込みなら、すいません。でもあなたとの勝負はいつまでも忘れられません。
父さん、今まで育ててくれてありがとう。父さんのおかげで、本当に好きなものをずっと続けることができたよ。でも、何も返せなくてごめんなさい。
耀子、いつも迷惑ばかりかけてごめん。子供たちをちゃんと育ててほしい。だから、僕のことは気にしないで子供たちの新しい父親を捜して、君もちゃんと幸せになってくれ。
本当にごめん。それと今までありがとう。
将太、博樹、優子
ちゃんとお母さんの言うことを聞くんだぞ。
お父さんとはもう会えないけど、いつも空から見ているからな。みんなで仲良くしてるんだぞ。真実を知っても、野球だけは憎んじゃダメだからな。
最後に、もし僕が死んだことを責められている人が居るのなら、それは間違いです。
これは僕が選んだ道です。誰にも強制されることも無く自ら選んだ道です。だから、誰も責めないでください。
皆は僕の最後のわがままを聞いてくれたのですから。
平戸誉
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遺書が公開され、二日たった日。平戸は生前の成績が認められ、日本野球界の名誉、殿堂入りを果たした。現役のまま試合中になくなった選手として、異例の措置が取られすぐに殿堂入りを認められた。
そして、野球の母国・アメリカでも、試合中に無くなった選手として有名となり、野球にかける真摯な態度、日本での傑出した成績、さらに国際大会ですら無安打試合達成などの実力を認められ、アジアに野球を広めた投手、ジャパニーズレジェンド・ヒラトとしてMLBの殿堂入りをも果たした。野球を知っているものなら、誰しもが平戸のことを知っていた。
この時代最高の打者フランク・トーマスも
「彼は天才かバケモノだ。あれほどの投手がなぜMLBに来ないんだ?来たら間違いなくサイヤング(サイヤング賞)の常連だ。」
と答えたほどだった。
野球に死ぬまで尽くした男の人生は終わったが、記録はいつまでも消えない。安易にそう語っていた。
―――そして、未だかつてない野球の全盛期が日本に訪れた―――
これで平戸編(野球界革命編)は終わりです。次回からはその後(約10年後)の話です。駄文に付き合っていただきありがとうございます。




