表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

決着と決別と



 気が付けば肩で息をしていた。無我夢中で何球も放っていた。

 縫い目に引っ掛け続けた人差し指は痺れ始め、徐々に感覚が無くなっていく。そんな状態の利き手に鞭を打ち、ひたすら投げた。

 


 もう限界だった。



 体の節々は悲鳴を上げ、通常ではありえないほど心音も高まっていた。

 ある意味での限界はとうに超えていた。体力は果てているが、気力だけでなんとかしのいでいた。


 完全試合ペ-スだったことも、頭から離れていた。なんとしても、平河をねじ伏せる。これだけが頭の中にあった。

 いや、それ以外頭の中に無かった。


 ゆっくりと視界もぼやけ、古田の出すサインを見るのが辛くなってきた。

 肘に軽く触れ、ミットを叩き、そのミットの下でグーを出し、その流れで人指し指を立てる、最後にもう一度グーをだす。


―――内角低めスライダー―――


 考える時間もなくすぐさま、首を振る。打たれるにしろ投げ勝つにしろ、これが最後の一球。

 

 なら、直球でねじ伏せたい、得意球で打ち取りたい。

 

 自然とそう思っていた。

ライバルとの『最後』の野球、いや、真剣勝負。何よりも代えがたい、自分が心のそこから楽しめること。

 

 

 馬鹿な行為だった。


 ボールをストレートの握りで持ち、その手を前に出し、軽く頷く。

 

 ―――簡単に言えば、『直球を投げる』と宣言した―――


 球場が一瞬でどよめき、すぐに静かになる。手の内は明かした、できる限りのことをするだけ。そう、完全試合を達成するだけ。


 急に自分の体が自分の体じゃないような、違和感を感じた。猛烈な気分の悪さが襲ってくると同時に、感覚が研ぎ澄まされた。未練など無かった。この勝負こそ、自分の冥土の土産にちょうどいい。いや、これ以上ない土産と胸を張って言える。

 

 踏ん切りがいつの間にかついていた。


 右足のスパイクの歯でプレートの硬い感触を確かめながら、深呼吸をする。ゆったりと左足を上げ、胸元に両手を持ってくる。左手を突き刺すように前に出すと、後は流れるようにモーションが続く。強く腕を振り、ボールに自分の全てを乗せるように投げる。


 投げ終えた。それと同時に苦しさがこみ上げてきた。思い出に浸るなどとは違う、『物理的な』痛み。ついに、体が限界を迎えたのだ。自分の全てを乗せた『ストレート』


はどこまでも響く風切音を出しながら、古田の構えるミットへ突き進む。



 自分の目で確認できたのはここまでだった。

 


 ところどころ抉れてる緑の芝が目に入るだけだった。すでに、呼吸はできなくなって、つらいだけだった。聴覚は一番最後に無くなるから、死んでも少しの間は、音は聞こえると聞いたことはあったが、これが死なのかと。かんがえた。ゆっくりとじぶんのからだが、じぶんじゃなくなっていく。じぶんのテイギがナくなっていく。ワからなくなっていく。


 そこに思考など存在していない。


 これが、伝説の終わりだった。野球に囚われ続けた男は、最後まで現役のまま、きれいに死んでいった……。


    *                  *

 今までに見たことの無いような直球だった。高音の風切音が大きく聞こえた。その高音の塊は、手元でホップした。平戸が最後に投げるのはストレートと分かっていた。

 

 本物のストレートを見た気がした。


 そのストレートは手が出なかった。

球審ははっきりと腕を掲げ、高らかに言い放った。

「ットラィィク!! バッターアウッ!」

完全に抑えられた。その瞬間、ボールに釘付けだった観客は声を挙げた。喜びを分かち合うかのように、すでにナインはマウンドに駆け寄っていた。だがソレは違った。平戸


はマウンドの前に倒れていた。さっきまで過呼吸なくらいだった心臓の動きは無く、何も動いてなかった。


 平戸はそこに倒れていた。

平戸編はほぼ終わりです。読んでくれている方々は長い駄文にお付き合いいただき感謝しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ