病院の中で
多くの人が行き交う場所。しかし、必要最低限の声や音しか聞こえてこない、不自然な静けさを持っている。そして何より、清潔感が不吉とした静けさを感じさせる。
ここは病院。都内の心臓外科。いうなれば、末期患者が多いところ。何よりも死が身近に感じられる場所
「無理をしなければ問題ないが、完投するなり全力投球し続けたら……」
言葉を濁すように語尾を言うのをとめる。医者になってから、人の命を預かる仕事に就いたときから、いつかは言わないといけないと覚悟していた言葉。いざという時になると、宣告するのが怖くなってしまった。
「投げます。」
彼はわかっていて言っている、自らの死を早めているということに。それほどの覚悟がその一言に感じられた
「君の投球は寿命を削りながら投げてるようなものだ。これから先のことを考えなさい。」
患者にとって最善の道を導く。それが自分にできること。どんな患者にとっても死とは最悪の結果だ。そう思ってきた。
その考えを打ち破るかの声だった。
「一度は決めたこと。後悔はありません。」
今まで見てきた患者の中で死を分かっていながら、自らの道を進むものは誰一人としていなかった。ここまでキッパリといわれてしまっては、何も言い返せなくなる。
彼の想いを確かめるかのように、もう一度聞いた。
「本当に後悔しないかい?」
少しの間、返事が無かった。
「……好きなことをしないほうが、後悔すると思うから。」
どんな人間も生と死なら、生をとるだろう。だが、彼は違った。
死を恐れて、好きなことを続けられないならそのほうが彼にとっては『死』なのだ。
「僕はただの医者だ。君を捕まえたり監禁なんかして無理強いをすることはできない。」
素直に思ったことだった。医者にとっての大前提を押し付けるより、患者の意思を尊重する。
相手の意思を尊重しない善なんか、偽善に等しい。
不思議とすぐに頭に浮かんだ。
「ありがとうございます。」
少しだけはにかむような、やさしめの顔だった。
私の思いが通じたのだろう。そう思いたい。
診察も終わり、話すべきことはすべて話した。
その患者もまた、診察室から去ろうとした。
ひとつだけ質問をした。
「死ぬのが分かっていて続けるなんて、君にとって野球はなんだい?」
これはただの好奇心だった。
くだらない、分からないことがあったら何でも聞いてしまう子供のような、無垢な好奇心。
彼は少し考え、歩みを止め振り返った。
「周りの人を繋いでくれるもの、自分がいるという証明。なにより自分が本気になれるもの、本当に好きなものです。」
そんな幼稚な質問に愚直なほど純粋な、それでいてなかなか見つからないような『答え』だった。
それが『彼』との最後の会話だったのだ。
二日遅れです……。次は一週間以内に出します。




