⑨
――南門・地下尋問室
厚い鉄扉が閉じられると、外界の音は完全に遮断された。天井から吊るされた魔導灯が淡い光を放ち、その光は中央の椅子に座らされ、後ろ手に縛られた男――先程の路地裏の件で捕らえられた男の顔を、容赦なく照らし出していた。
机の上には、彼の所持品が整然と並べられている。
擦り切れた革袋、奇妙な刻印の入った銀バッジ、そして魔導通信機。どれも一見すればただの小物だが、騎士団にとっては重要な手がかりだ。
「…この銀バッジ、見覚えは?」
涼やかな、しかし落ち着いたよく通る声で問いかけたのは、南門の副守衛長――エリオット・ランサム。
背中の中ほどまである銀髪を後ろでひとつに束ね、鋭い眼差しで男を見据えている。
「…拾ったんだよ」
縛られている状態のため大きく動くことは叶わないが、せめてもの抵抗に男は視線を逸らしてみせた。
「この通信機は?」
「…し、知り合いから預かったんだ」
エリオットは無言のまま魔力を込めた指先で通信機を弾く。淡い青い光が瞬き、通信履歴として残留魔力が空中に文字の影を描き出す。
《R・C》
それは隣町ダスクヘイブンに拠点を置く裏組織『クロノワール』の幹部の一人を示す符号名だった。この名を知る者は限られており、偶然で済ませられる話ではない。
「…偶然にしては、できすぎているね」
エリオットは机に肘をつき、わざとゆっくりとした口調で続けた。
「お前の仲間の一人は、もう向こうで全部話してくれたよ。あとはお前がどこまで正直になれるかだ」
男は唇を固く結び、無言を貫いている。だが、その肩がわずかに上下しているのをエリオットは気づいていた。
沈黙を破るように、部屋の隅で押収物の簡易的な検証をしていた査問騎士が小声で報告する。
「副長、この銀バッジ…合金の成分が、ダスクヘイブンの鋳造所と一致しました。刻印はクロノワールの内部専用の符印です」
エリオットは微かに笑みを浮かべ、そのまま背もたれに寄りかかった。椅子がぎしりと鳴る。
「ふぅん…つまりお前は、裏の組織の幹部と連絡履歴のある通信機をわざわざ預かり、偶然、彼ら専用の銀バッジを、どこかで拾ったわけだ」
皮肉と確信がないまぜになった声が冷たい石壁に反響する。
男は唇を噛み、視線を床に落とした。
どんどん追い詰められていく。すでに余裕などない男の額から、汗が一筋伝い落ちた。
「…話すか、話さないか。選べ」
その言葉は短く、重く、ひどく簡潔で、そして逃げ場のない言葉。
部屋の空気がさらに冷え込み、魔導灯の光がわずかに揺れる。
尋問するエリオットの圧に押され、男の喉が上下する。ごくりと鳴るその音が、尋問室に不気味なほどはっきりと響いた。
カツカツカツ…
南門の石造りの長い廊下に足音が響く。地下の尋問室から出たエリオットは、その足で守衛長室に向かっていた。
歩きながら先程の尋問に使用した記録版を眺め、深く息をつく。時間をかけた割には得られた情報は少ない。
二階へ続く廊下に差し掛かったところで横の扉が開き、女性騎士が姿を現した。
セリーヌ・アシュフォード。この南門のもう一人の副守衛長だ。短く切りそろえられた髪は風に煽られるでもなく、彼女の動きに合わせて小さく揺れる。簡易の騎士服には南門副守衛長の徽章が輝いていた。
「…顔色は悪くないわね。長引いた割には」
セリーヌは横目でエリオットを一瞥しながら、歩調を合わせて並ぶ。
「大した相手じゃなかったですから。末端の末端ですね、あれは」
「つまり、黒幕は別にいると」
エリオットは記録版を軽く持ち直し、視線を前に向けたまま答えた。
「指示を出していたのは隣町の裏組織クロノワールの幹部、R・Cらしいです。名前までは吐かせましたが…巡回ルートを探って何をするつもりなのかは、結局分からずじまいです」
「脅しでも懐柔でも駄目だった?」
「ん~…吐かなかったとゆうか、重要なことは何も知らされてないって方が正解ですかね」
セリーヌは小さく鼻を鳴らし、腕を組んで窓の外に視線をやった。
そこには夜に沈んだ街並みが広がっており、中央広場を含めた町の中心部は魔導灯の明りが煌々と灯っている。いつもと変わらぬ、見慣れた夜の景色だ。
「巡回ルートを知って何を狙うか…。物資の強奪か、要人の襲撃か。どちらにせよ、放ってはおけないわね」
「そうですねぇ。でも今は証拠も動機も足りない。下手に動けば、こちらの手の内を晒すだけでしょう」
「…慎重に、でも遅れずに。守衛長に急いで報告して、今後の指示を仰ぎましょう」
エリオットは小さく頷き、その歩みを速めた。
「嵐の前の静けさ、かもしれませんね」
「なら、嵐が来る前にこちらの盾を磨いておきましょう」
二人の視線が交わる。それ以上の言葉はなくとも、互いの胸に同じ決意が灯っていた。




