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⑧



 バタンッ!


 詰所の扉が大きく開き、勢いよく壁にぶつかる音とともに、長身の男が飛び込んできた。

 ブラン・フェルナード。アルトの父である。


 入ってくるなり室内をぐるりと視線で一巡し、息子の姿を見つけるや否や声を張り上げた。


「アルト!」


 その大声にアルトはびくりと肩を震わせ、弾かれるように立ち上がる。

「と、父さん」

 ブランは一足飛びで距離を詰め、がしりと息子の肩を掴んだ。

「ケガはないか!? 腕は? 足は? 痛むところは!?」

「だ、大丈夫」

「そうか、よかった…」

 幾分かほっとしたように父ブランの表情がわずかに緩む。そのままカイルの方へ視線を移し、同じように確認する。

「カイルも無事なようだな」

「はい…心配かけてすいません」

 カイルは素直に小さく頭を下げた。



 安堵の吐息が漏れた瞬間、ブランの表情が一変する。


「――馬鹿者ッ!」


 詰所の空気が震えるほどの怒声に、その場にいた面々は思わずびくりと肩を震わせ、目を見開いた。


「無茶をしてどうする! お前たちはまだ12だ! まだ騎士でもないのに、荒事に首を突っ込むなど…!」

「だ…だって、放っておけなかったんだ!」

 反射的に反論をするが、その声はすぐにブランに上書きされる。

「なぜ自分たちだけで解決しようとした! 子供だけで何とかなるような状況ではなかったんだろう!」

「だ、だって…」

 それ以上は言葉が続かず、そのまま視線を下に落とし、唇を嚙んだ。

 横でカイルも「ごめんなさい」と小さく呟き、肩を縮こまらせている。


「あ、あのっ、でも二人とも立派でしたよ。あのままだったら、こちらの商人さんはどうなっていたか…」

 二人を弁護するようにエリシアが一歩前に出る。実際二人に助けられたセリオも、エリシアの言葉に同意するように何度も力強く首を縦に振った。


 ブランはエリシアとセリオを交互に見やり、眉間にしわを寄せたまま一つ息を吐いた。

「助けてくれたことには礼を言う」

 低いが、しかしはっきりした声でそう告げる。

「だが――」

 再びアルトに向き直り、言い聞かせるように続けた。


「いいか、アルト。守るべき時に守れるようになるには、もっと強くならなくてはならない。技術面や身体面だけじゃない、心もだ」

 聞きながら、アルトが悔しそうに拳を握る。

 その小さな拳を、ブランの大きな手が包み込んだ。

「人を助けるということは確かに素晴らしい行いだ。だがそれでお前がケガをしてしまっては意味がない」

 ブランは膝をつき、アルトの目線に合わせて覗き込む。

「お前が傷ついたら悲しむ人間がたくさんいるんだ。父さんもそうだし、母さんもそうだ。お前が助けた商人の人だって、きっとそうだ」

 アルトは視線を上にあげ、すぐそばにある父の顔を見つめる。

「お前だってそうだろう。もし、お前のために誰かがケガをしたら、悲しいし、嫌じゃないか?」

 胸の奥が熱くなり、アルトの目からたまらず涙があふれ出す。

「焦るな。お前の時は必ず来る」

 その言葉は、厳しさの奥に確かな信頼と深い愛情が込められていた。


「~~~っ、ごめんなさいっ……!」


 絞り出すような声。

 心からの「ごめんなさい」にブランは小さく苦笑し、その手をアルトの頭の上にぽんと乗せた。その掌の重みと温もりが、アルトの震えをゆっくり鎮めていった。


「家に帰ったら母さんからも叱ってもらうからな」

「っ…それはやだ…」

「いやでも叱られなさい。…カイルもだぞ」

「う…はぃ…」

「言っておくが、ヴァレリアは俺よりも怖いぞ」

「わかってます…」

 カイルの母・ヴァレリアは、元騎士団所属の女性騎士だった。

 カイルの妊娠を機に退職したのだが、騎士時代はブランを凌ぐほどの腕前を誇っていた。余談だが、実は剣術でも口論でもブランはヴァレリアに勝ったことはない。



「あ、あの…フェルナード隊長、殿」

 子供たちとのやり取りが一段落するのを待っていたセリオが、遠慮がちに声をかけてきた。ブランの視線が静かにセリオに向けられる。

「この度は…お子さんたちが私を助けてくれたこと、本当に感謝しています。そして、危険な目に遭わせてしまったこと、大変申し訳ありません…!」


 ブランは一瞬驚いたように目を瞬かせ、そして、ゆっくりと首を横に振った。

「いや…謝るのはこちらだ。町の警備が至らず、あなたを危険に晒してしまった。旅の方に不安な思いをさせてしまったのは、我々の落ち度だ」

 その声音には責める色も軽んじる色もなく、ただ真摯な気遣いが込められていた。まっすぐに返された言葉に、その懐の深さに、胸の奥がじんと熱くなる。

「…そう言っていただけて救われます。お気遣い、ありがとうございます」

 深く頭を下げるセリオの表情は、安堵と感謝が入り混じったものだった。



「…それじゃあ帰るか。守衛長、この子らはもう帰っても大丈夫ですね?」

 ブランが奥に控えていた守衛長を振り返り、帰宅していいか問う。

「ああ、はい。被害者としての聴取はすでに終わらせています。…そちらの商人とお嬢さんも帰宅してもらって構わない」

 前半はブランに、後半はセリオとエリシアに向けての言葉だ。

「よし、ほら帰るぞ。カイルも送っていくからな」

 父に促され、アルトは袖口で涙を拭い、椅子の横に置いていた鞄とコートを手に取った。同じようにカイルも荷物を手にし、帰り支度を始める。



 子供たちの支度を待つ間、ブランはそばに立つ若い冒険者の少女に目を向けた。

「…君にも、お礼を」

 ブランは一歩近づき、まっすぐに頭を下げた。

「息子とその友を守ってくれてありがとう。君がいなければ、どうなっていたか」

「え…えっ、お、お礼なんてっ」

 まさかの騎士隊長殿に頭を下げられるという想定外の事態に、エリシアがわたわたと手を振り、挙動不審な動きをする。


「困ってたら助けるのが普通ですしっ、あ、アルトとは知らない仲でもないですしっ」

「? アルトとは知り合いだったのか?」

「えと、ちょっと前からの友達ですっ」

「…そうか」

 ブランは短くうなずき、しかしその目は一瞬だけ鋭く細められた。その視線に何か(父親フィルター)を感じたアルトが慌てて声を上げる。

「父さん、変な勘ぐりしないでよ!」

「別に勘ぐってはいない。ただ、息子の交友関係は気になるものだ」

「だから、ただの友達だってば!」

「なんだよ、あのお姉さんとアルト知り合いだったのか」

「ここで入ってくんなカイル!」

 ついさっきまでシュンとなっていた少年二人が、今度は小競り合いのようにわちゃわちゃと騒ぎ出した。ブランはそんな二人を見て、ふっと口元を緩める。


「…まあいい。よければ、これからもアルトと仲良くしてくれると嬉しい」

「え? あ、は、はい」

 よく分からないが何やらお願いされた。エリシアは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔を返した。

「はいっ、任せてください!」

 そしてよく分かっていないまま元気に返事をした。





「さて、帰り支度も済んだようだな」

 ブランは詰所の扉を押し開けた。外気は冷たく、ひんやりとした風が頬をかすめる。

「フェルナード隊長」

 子供たちを先に部屋から出し、自らも出ようとしたその時、守衛長が足早に近づき、少々ひそめた声で告げる。

「今回の件で捕縛したチンピラども、どうやら騎士団の巡回ルートを探っていたようです」

 ブランの眉がわずかに動き、表情が険しくなる。

「巡回ルートを?」

「今、部下が奴らを尋問中です」

「…そうですか。詳しくは後で伺います。今はこの子らを家に送ってきますので」

 守衛長は「承知した」とだけ答え、元の席へと戻っていった。おそらくブランが戻ってくる頃には尋問は終わっているだろう。

 

 ブランは今度こそ詰所を後にした。





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