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アルトは今年の春、初等アカデミーを卒業し、辺境伯領立中等部アカデミーへ進学する。
とはいえ、中等部アカデミーはグレイスフィールドに隣接する形で建てられているため、通学環境はこれまでと特に変わらない。アルトは今までどおり自宅から通うことになる。
アイゼンヴァルト辺境伯家が運営を支援しているこの中等部アカデミーは、領内の人材育成を目的として設立された、地域の教育の中核を担う教育機関だ。
生徒の大半は平民で、近隣の町や村からも多くの子供たちが通ってくる。一方、領主一族や地元貴族の子供たちも在籍しているため、安全面への配慮は欠かせない。そのため、王国騎士団の支部が置かれているグレイスフィールドのすぐ傍に校舎が建設されたのだった。
進路を決めるための手続きは、秋頃にアカデミーから進学希望調査書が配布されるところから始まる。その後、願書の提出や進学先の選択などを経て、生徒たちはそれぞれの進路を決めていく。
卒業後、中等部へ進学する生徒は、毎年全体の7割~8割ほどだ。
残る2割~3割の生徒が進学しない理由はさまざまである。家業を継ぐために進学を断念する者もいれば、学費をはじめとする経済的な事情から、卒業後すぐに奉公へ出る者もいる。もちろん、勉強そのものが苦手で、自ら就職を希望する生徒も少なくない。
アカデミー側も、そうした事情を抱える生徒たちを放置しているわけではなかった。家柄を問わず、優秀な成績を収めた生徒には成績優秀者奨学金が支給される制度もあるし、経済的に困窮している家庭には、教材費や制服代を免除する生活支援制度も用意されている。それでも、すべての生徒が進学できるわけではないのが現実だった。
そんな辺境伯領立中等部アカデミーの特徴は、入学時点で将来の進路を無理に決める必要がないことにある。
生徒たちはまず、全員が共通の基礎教育を受け、その後、自らの才能や適性、そして本人の希望に応じて専門学部を選択する仕組みになっている。
貴族の子弟だけでなく、商人や職人、農村出身の生徒も数多く通うアカデミーだ。魔法使いや騎士の育成に特化するのではなく、卒業後の職業に直結する専門学部も幅広く設けられているのである。
入学後、最初の半年ほどは共通課程に充てられる。読み書きや計算、歴史、地理といった一般教養に加え、魔法の基礎や身体能力の育成など、すべての生徒が共通の科目を学ぶ。これは単に基礎学力を身につけさせるためだけの期間ではない。生徒によって異なる家庭環境や出身地の事情から生じる教育格差を、できる限り埋めるための期間でもあった。
共通課程を終える頃になると、いよいよ本格的な適性判定が始まる。
日々の授業や実習での様子に加え、魔力量や魔力の制御能力、身体能力、知識、手先の器用さ、観察力、協調性など、さまざまな観点から生徒一人ひとりの資質が評価される。教師たちはその結果をもとに、それぞれの得意分野や適性を見極めていくのだ。
もちろん、本人の希望も重要な判断材料となる。面談を通じて将来何をしたいのか、どのような分野に興味があるのかを確認し、教師は適性判定の結果と照らし合わせながら、進むべき道を提案していく。
そうして最終的に、生徒たちは中等部の専門課程へと進んでいくのだ。
基本的には本人が希望する学部を選択でき、適性判定はあくまでも進路を考えるための参考として扱われる。たとえ優れた才能を持っていたとしても、それだけを理由に進路を強制されることはない。
また、一度選んだ学部が合わなかった場合には、一定の条件を満たせば別の学部へ転籍することも可能だ。複数の分野に興味を持つ生徒のために、複数学部の履修も認められている。
生徒たちが自分の可能性を見極め、将来の道を選び取れるように。
それが、辺境伯領立中等部アカデミーの教育方針だった。
積もっていた雪もようやく解け始め、広葉樹の枝先では花の蕾が少しずつ膨らみ始めている。春の訪れを感じさせる、そんな季節。
辺境伯領立中等部アカデミーでは、今年度の入学希望者を対象とした学力試験と魔力測定、そして面接が行われていた。グレイスフィールドの初等アカデミーからはもちろん、アイゼンヴァルト辺境伯領内の町や村からも大勢の子供たちが集まっている。普段は静かな学び舎も、今日ばかりは朝から賑わいを見せていた。
入学にあたっては、一応、学力試験や魔力測定、面接などが課されているものの、これらは主に入学後の指導方針を決めるためのものだ。よほどの問題がない限り、不合格になることはない。
そんな中、アルトもカイルと連れ立って、中等部アカデミーへ試験を受けにやって来ていた。
普段から通い慣れている初等アカデミーとは建物の規模も敷地の広さも比べものにならない。目の前に広がる大きな校舎や、行き交う大勢の子供たちを目にして、二人は落ち着かない様子であちこちに視線を向けていた。
近隣の町や村から集まってきたのだろう、見慣れない顔も多く目につく。
これだけ大勢の生徒たちが、これから同じ場所で学ぶことになるのだ。そう考えると、少しばかり胸が躍った。
「それにしても、人が多いな。これ、全員が今日の試験を受けるのか?」
そう言いながら、カイルは落ち着かない様子で辺りを見回す。
「たぶんな。領内の町や村からも来てるって話だったし」
「うわぁ…。俺、こんな大勢の中で試験を受けるの、初めてだ」
「試験そのものは、初等アカデミーでも受けてきただろ?」
「そういうことじゃなくて! 知らない奴ばっかりだし、会場も広そうだし…なんかオレ緊張してきたよ…」
カイルのその様子がおかしくて、アルトは思わず小さく笑った。他人が必要以上に緊張していると、かえって落ち着いてくるのが不思議だ。
「とりあえず、早いとこ入学願書を提出しなきゃな。受付、急ごうぜ」
「だな」
アルトが促し、それにカイルも頷く。
二人はほかの生徒たちに交じり、人の流れに沿って歩き出した。広い敷地内には案内板が設置されており、願書受付の場所も示されている。どうやら、校舎の一角に受付窓口が設けられているらしい。
やがて、二人は受付と書かれた看板の前にたどり着いた。窓口にはすでに何人もの生徒たちが並んでいたが、職員たちが手際よく対応しているおかげで、列は少しずつ進んでいた。
「次の方、どうぞ」
順番が回ってくると、アルトはカイルとともに窓口へ進み、用意していた書類を差し出した。
「それでは、入学願書、保護者同意書、身分証明書をお預かりします」
受付の女性職員は書類を一枚ずつ受け取り、記載内容に不備がないか確認し、名前や住所、出身校などを、事前に準備していたリストと照らし合わせて照合していく。
「不備はありませんね。ではこのあと魔力測定室で検査を受けていただきます。測定結果によって入学資格を失うことはありませんので、ご安心ください」
「わかりました」
アルトが頷くと、職員は手元の書類に受付印を押していく。慣れた手つきで書類をまとめると、預かっていた自治区発行の刻紋札と、受験票と書かれた一枚の紙をアルトへ差し出した。
「書類等はこれで受理いたしました。魔力測定を行った後は学力試験と面接になります。試験は10時からの開始となりますので、それまでに測定を終わらせるよう注意してください。魔力測定室は向こうの渡り廊下を進んだ突き当りにありますので」
「はい。ありがとうございます」
「それから後日、入学証書と学生証を発行いたします。入学式の際には、忘れずにお持ちください」
「わかりました」
説明を聞き終えたアルトは、受験票を受け取って窓口を離れた。
そのまま少し歩いたところで、手元の受付票に目を落とす。
「思ったより、いろいろあるんだなー…」
「そうか? 願書を出して、試験を受けて、面接して…って、普通そんなもんじゃないのか?」
隣から覗き込んできたカイルが、不思議そうに首を傾げた。
「いや、そうなんだけどさ。入学証書や学生証って後から発行されるみたいだし。今日一日で全部終わるわけじゃないんだなって」
「ああ、なるほどな。まあ、受験生がこんだけいるんだし。全部まとめてやろうとしたら大変なんじゃないか?」
「それもそうか」
願書の提出を終えた受験生たちは、魔力測定室へすぐ向かう者や、案内板の前で場所を確認している者、トイレに行く者など、それぞれに動き始めている。
「じゃ、さっさと魔力測定やっちまうか」
「そうだな。渡り廊下の先って言ってたな」
二人は受験票を手に、受付の女性に示された方向へと歩き出した。




