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「なんだよ。ギルドに全然顔出してないってゆうから心配してたのに。全然元気そうじゃん」
「う…。ちょ、ちょっとギルドには行きづらくて…」
おもいがけず心配してくれていたらしい。
それが嬉しいような、気恥ずかしいような。エリシアはますます複雑な気分になった。
「Xデーってやつのせい?」
「…なにそのXデーって」
「ミーナさんが言ってた。エリシアが引きこもった原因の事件があった日」
「事件て…いや、ある意味事件か」
「やっぱ事件なんだ」
「いや、そこは深く追及しないで」
思わず口を滑らせたエリシアは、慌てて話を打ち切った。
あの一件が事件扱いされているのは、どう考えてもおかしい。おかしいのだが、否定しきれないのがまた腹立たしい。そんなエリシアの内心など知る由もなく、アルトは「ふーん」と首を傾げるだけだった。
やがて、商店街の人波に押されるようにして、二人は自然と並んで歩き出す。
「なに? アルトあっちに行くんじゃないの」
「いーじゃん。今ヒマだし。エリシアはどこ行くの」
「魔力石買いにいくとこ」
「ふーん。じゃあ、おれもついて行こうかな」
「…え?」
何気ない調子で言われた一言に、エリシアの心臓が跳ねた。
いやいやいや、落ち着け。
ただ一緒に歩くだけだ。行き先が同じ方向なだけ。何もおかしなことはない。
そう自分に言い聞かせながら、エリシアは隣を歩くアルトをちらりと見た。
自然に振舞おうと思っても、コハクの予言を無意識に思い出してしまう。以前ほど動揺しなくなったとはいえ、こうしてアルトと二人で歩いていると、どうにも落ち着かなかった。
「……」
「……」
二人の間の会話が途切れたまま、時間だけが過ぎる。
このままでは気まずい。そう思ったエリシアは、とりあえず周囲の景色に目を向けた。目に映るのは、新年らしい華やかな雰囲気に包まれた商店街。
「賑やかだね」
「うん。新年だしね」
「こういう雰囲気、いいよね」
「だね。なんかみんな楽しそうだし」
なんとか自然に言葉を交わせて、エリシアは少しだけほっとした。会話さえ始まってしまえば、あとはどうにかなる。たぶん。
「そういえばアルト、きみ、今年の春で初等アカデミー卒業なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「騎士団に入るの?」
「ううん。中等部に上がる」
「え! てっきりすぐ入団するものとばっかり思ってた」
思わず声が大きくなった。
「ん~、おれとしても、すぐ従騎士試験受けてもいいんだけど。父さんと母さんが、ちゃんと中等部行けって」
「…なるほど」
「まあ、兄さんも中等部卒業してから騎士団入りしてるし。おれもおんなじコースかな」
アルトは特に気負った様子もなく、さらりと答えた。
その話を聞きながら、エリシアは改めて彼の将来に思いを巡らせる。
(そっか…上のアカデミーに進学かぁ…)
半年前に出会った頃は、まだまだ年下の男の子という印象が強かった。もちろん、今だって年下に違いない。けれど、話していると驚かされることも多いし、剣を振るう姿は年齢以上の頼もしさがある。
すぐに従騎士試験を受けてもいいと言えるほどの実力がありながら、両親の勧めに従って進学する。自分の実力を過信しすぎることもなく、かといって向上心がないわけでもない。
アルトらしいといえば、アルトらしい選択なのかもしれない。
そんなことを考えながら、エリシアは隣を歩くアルトの横顔をそっと見た。
…いけない。また意識してしまっている。
エリシアは慌てて前を向き、何事もなかったかのように商店街を歩き続けた。
そのまま二人で歩いていると、エリシアの目に小さな露店が留まった。
「あ、あのお店、かわいい!」
店先には、髪飾りやブローチ、細工の施された小さなペンダントなどの小物が並んでいる。魔石をあしらった品もあり、色とりどりの商品が目を楽しませてくれる。
「ちょっと見てってもい?」
「どーぞ」
アルトが気軽に頷いたので、エリシアは嬉しそうに露店へ近づいた。
「わ、これかわいい」
並んだ髪飾りをひとつずつ眺めながら、エリシアは楽しそうに目を輝かせる。
そんな彼女の様子を、アルトは隣で興味深そうに眺めていた。
「エリシアもこーゆうの興味あったんだ。意外」
「あのね。あたしだってちょっとはお洒落くらいするんだからね」
「ふーん」
「その反応、なんか失礼じゃない?」
「別にそんなことないだろ」
悪びれもせずに答えるアルトに、エリシアはムッと頬を膨らませた。
まったく、これだから年下の男の子というのは。
小さくため息をつき、エリシアは再び商品へと目を戻した。
「ちょうど髪紐が古くなってきてたから。ここで新しいの買おうかな」
商品を見比べながら、気に入るものがないか探し始める。
自身の髪色に合うものがいいだろうか。それとも、普段あまり使わない色に挑戦してみるのもいいかも知れない。ただ、あまり戦闘の邪魔にならないものを選ばなくては。
あれこれと悩みながら品物を手に取っていると、不意に隣から声がした。
「これなんか、エリシアに似合いそうじゃん」
「えっ?」
アルトが指差したのは、小さな白い花をあしらった髪紐だった。
紐には淡い色の飾り糸が編み込まれ、結び目のそばに添えられた白い花が、さりげない可愛らしさを演出している。派手過ぎず、けれど地味でもない。素朴なデザインながら、ぱっと目を引く。
「そ、そうかな?」
「うん。エリシアの髪、赤いから合ってると思う」
何気ない口調で言われ、エリシアは思わず視線を逸らした。
ただ似合いそうだと言われただけだ。それ以上の意味などあるはずがない。そもそも、アルトにとっては何気ない一言なのだ。深く考えるようなことではない。
わかっている。わかっているのだけれど。
(な…なんでそんなこと、さらっと言えるのよ…!)
胸の奥が妙にそわそわする。
赤い髪に似合う。
たったそれだけの言葉なのに、なぜだかいつもより自分の髪が気になってしまう。ついつい髪を無意味に触ってしまうのはご愛敬だ。
「…じゃあ、これにしようかな」
結局、エリシアは白い花の髪紐を手に取った。
買ったばかりのそれを手のひらに乗せ、改めて眺めていると自然と頬が緩んでしまう。大切にしまい込むように買い物袋に納めると、エリシアはアルトと一緒に露店を離れた。
普段使いの髪紐を自分で買っただけなのに、なんだか少しだけ特別な買い物をしたような気分だった。
魔力石を買いに来ただけのはずなのに、思いがけず楽しい寄り道になってしまった。
新しい髪紐も買えたし、アルトと普段通りに話せるようになってきた。最初こそ妙に意識してしまっていたけれど、こうして他愛のない会話を交わしていると、少しずついつもの調子が戻ってくる。
「そういえば、エリシア。昼飯はもう食べた?」
「うん。今日はかぼちゃグラタンを食べたよ」
「へえ、うまそうだな」
「すっごくおいしかったよ。年始限定なんだって」
エリシアは、グラタンのおいしさを思い出して笑顔になる。
「どこの店?」
「マリーさんのお総菜屋さん」
「あそこか」
「マジおすすめです」
美味しかった料理の話に、商店街で見かけた珍しい商品。それから、年始の催し。
そんなふうに他愛のない話しているうちに、エリシアの中にあった気まずさもいつの間にか薄れていく。
(…うん、やっぱり、いつも通りが一番だよね)
新年の賑やかな商店街を、気の置けない相手と一緒に歩く。そんな何気ない時間が思っていた以上に楽しい。
コハクの予言など関係ない。
商店街の賑やかな通りを並んで歩いている二人は、もういつも通りだった。
商店街の大通りから少し外れた路地に、甘い香りが漂っていた。
「うーん…どれにしようかしら」
露店の前で足を止めたコハクは、並べられた新年限定のお菓子を前に真剣な顔で悩んでいた。
これから手土産を持って、エリシアの家に行く予定だ。
ふっくらと焼き上げられた焼き菓子に、色とりどりの砂糖菓子。なかには、この時期にしか手に入らない珍しい菓子まである。どれもおいしそうで、ひとつに絞るのはなかなか難しい。
「…よし! 全部買っちゃいましょう!」
悩んだ末に、コハクは実に潔い結論を出した。
そうして、買ったばかりのお菓子を大切そうに抱えて再び商店街へと歩き出した、その時だった。
「あら?」
ふと、見覚えのある赤い髪が視界の端をよぎった。
人波の向こう。賑やかな通りを、二人の少年少女が並んで歩いている。
「…エリシアちゃん?」
少女の方は見間違えるはずもない、自身の妹分。そして、その隣にいるのは見覚えのある黒髪の少年。
「…あらあら」
コハクの口元が、じわりと緩んだ。
エリシアは何か楽しそうに話していて、アルトもそれに応じて笑っている。時折、エリシアが身振りを交えて説明し、アルトが面白そうに相槌を打つ。エリシアの表情は明るく、隣を歩くアルトとの会話を心から楽しんでいるように見えた。
それはまるで、仲の良い姉弟のようでもあり、気の合う友人同士のようでもあり。なんとも微笑ましい光景である。
「うんうん。いい感じ」
コハクは満足げに頷き、頬を緩めた。
別に、二人が今すぐどうこうなることを期待しているわけではない。いや、ちょっとは期待しているかもしれない。けれど何より嬉しいのは、エリシアが楽しそうに笑っていることだった。
にこにこと笑いながら、コハクは二人の後を追いかける…ということはせず、距離を保ったまま見守ることに徹する。
(今、声をかけたら、二人の邪魔になっちゃうものね)
コハクは、うんうんとひとり納得した。
邪魔をするつもりなど毛頭ない。ただ、もう少しだけ見守っていたいと思っただけだ。
そう、ほんの少しだけ。
もちろん、エリシア本人は恋路など歩んでいるつもりはないだろう。けれど、そんなことはコハクにとって些細な問題だった。
「うふふ…龍皇覚醒♡恋愛大作戦、順調に進行中ねっ」
小声で宣言すると、コハクは再び二人の背中に目を向けた。
未来がどうなるかは、まだ誰にもわからない。お告げが示すものも、二人がこれから築いていく関係も。けれど、こうして一緒に笑い合える時間があるのなら、それだけでも十分に素敵なことではないだろうか。
(うふふ。やっぱり楽しみだわ)
そして今日もまた二人の知らないところで、おせっかいという名の密かな見守り活動は続いていくのだった。




