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「え? エリシア、まだ顔見せてないの?」
年が明けて二日目。新年の挨拶がてら冒険者ギルドに顔を出したアルトは、いまだにエリシアがギルドに顔を出していないということをゴルドから聞かされた。
彼女が引きこもりになってしまった原因を少なからず知っているゴルドとしては、彼女の将来のことも考えて何とかしてやりたいとは思うのだが。とはいえ、本人が出てこないことにはどうにもならない。
「例のXデーの後からよね」
テーブルに両肘をつき、組んだ手にあごを乗せながら、ミーナが口を挟んだ。
「Xデー?」
「エリシアが引きこもっちゃった日のことよ。その日の朝に何か事件があったみたいなの」
あの日の出来事がなぜか事件扱いになってしまっていることに、ゴルドが吹き出しそうになる。
「ああ、光市の次の日だっけ」
「そうそう。あたしその日、午後からギルドに顔出したから何があったか分かんないのよ」
「ふーん。何があったんだろ」
「聞いても真相を知ってる人がなかなか出てこないのよねえ」
冒険者というのは酒好きが多く、夜更けまで飲み明かしている者も珍しくない。そのせいで活動を始めるのが昼近くになってしまうこともよくあることだ。
そんなわけで、あの日も朝早くからギルドに来ていた者はほとんどいなかった。
あの日、あの場にいたのは、ギルド職員と、ゴルドを含めて数人の冒険者だけ。
エリシアが悲鳴を上げて、ギルドの建物から飛び出して行ってしまった直後、ゴルドが慌ててその場の全員に口止めを約束させた。そのおかげであのよく分からない占い結果と、それを元にした奇妙な計画云々は拡散されることはなかった。
だが、何があったのかを知る者がほとんどいないせいで、かえって謎が謎を呼び、今や事件扱いだ。
「ねーゴルドー。ほんとに知らないのー?」
「知らねーっての。それよりエリシアを元気にする方法なにかねえのか。お前一番仲良かったろ」
「だってさぁ、何とかしてあげたくても、エリシアんちに行くと絶対コハクさんに遭遇しちゃうんだもん」
あたしあの人苦手、とミーナが呟く。
コハクは美人で、礼儀正しく、誰に対しても物腰が柔らかい。はたから見れば非の打ちどころのない淑女である。
だからこそ怖い。あの隙のない笑顔で話しかけられると、どうにも抵抗することができない。その笑顔の裏で何を考えているのか、ミーナにはさっぱり読めないのだ。
「コハクさん?」
聞きなれない名前にアルトが首を傾げた。
「最近冒険者登録した新人よ。エリシアの親戚なんだって」
「どんな人?」
「回復士で占い師で不思議ちゃん」
「は?」
「あと…残念系美人?」
「…はぁ」
普段からミーナは独特の言い回しをするが、この人物説明も独特すぎてよく分からない感じになっている。コハクの人物像がうまく想像できず、アルトが生返事を返した。
「…いや、合ってるけど分かりづれえぞ、その説明」
横からゴルドが呆れたように口を挟む。
「合ってんならいいじゃん」
「まあ、いいけどよ。つか、あの人懲りずにエリシアの家に行ってんのか」
「親戚だってゆうしね~」
「そうなんだが…」
ゴルドは眉間を押さえ、深々とため息をついた。
親戚が心配して様子を見に行く。それ自体は何もおかしなことではない。だが、相手がコハクとなれば話は別だ。
「あの人が行ったら逆効果だろ…」
エリシアが引きこもる原因を作った張本人が、今もせっせと自宅を訪問しているのだ。本人に悪気がないぶん、なおさら性質が悪い。
未だ改善しそうにない事態に、ゴルドが小さく呟いた。
その頃、当のエリシアは引きこもりを意外にもエンジョイしていた。
とゆうか、そもそも別に引きこもっているつもりなどなかった。ただ、冒険者ギルドに顔を出すのが気まずいため、噂が下火になるまでギルドに行くのを控えているだけだ。
本人としては気持ちが落ち着くまでの間、思い切って長期休暇を取っているつもりである。
「んー、かぼちゃグラタンおいしー」
エリシアがフォークを片手に、満面の笑みで昼食のグラタンを頬張った。
商店街にあるお総菜屋さんから買ってきた、小ぶりなかぼちゃを丸ごと使ったグラタン。中にはホタテとマッシュルームがごろっと入っていて、噛むたびにじゅわっと旨みが広がる。かぼちゃの自然な甘みとクリーミーなソースが絶妙に絡み合って最高に美味しい。思わず頬がゆるんでしまう。
店のおばさんによれば、これは年始限定の特別メニューらしい。
エリシアは幸せそうに、もう一口グラタンを頬張った。
食後のデザートとしてアーモンドクリームのパイも買ってきてある。
一人で食べるには少々多すぎる量だが、どうせ今日もコハクが訪ねてくるだろう。いつも顔を見せることもなく追い返していたが、そろそろ許してあげてもいいかも知れない。確かに、コハクのせいでギルドに行きづらくなったのは事実だが、彼女自身にエリシアに対する悪意がないことは分かっているのだから。
(姉さまが来たら一緒に食べようかな)
新しく年も明けたのだから、気持ちも一新していかなくては。
「あっ…と、そいや魔力石が少なくなってたんだ」
食後のお茶を楽しんでいたエリシアは、ふと思い出したように声を上げた。
魔力石とは、家庭用の魔科学製品を稼働させるための、いわばバッテリーのようなものだ。魔導結晶を原料として、生活魔道具の動力源として加工されたものである。
そのストックが残りわずかだったのを思い出した。そろそろ補充しないといけないが、でも出かけている間にコハクが来てしまうかもしれなくて…。
「…ま、いっか」
ほんの少し悩んだが、すぐに気持ちを切り替えてエリシアは出かける準備を始めた。準備と言っても、上着を羽織り、財布と買い物袋を持つだけなのだが。
本当に大事な用事があれば、コハクは誰がどこにいても容赦なく見つけ出し追跡してくるだろう。彼女はそれだけの実力があるのだから。
そう考えながら、エリシアはアパートの部屋を後にし、商店街へと向かった。
大通りへ足を踏み入れた途端、エリシアの目に飛び込んできたのは年始ならではの華やかな光景だった。
鮮やかに飾り付けられた通りには買い物客があふれ、あちこちの店先からは威勢のいい呼び声が響いている。新年限定の商品を並べた露店もあり、通り全体がいつも以上に活気づいていた。
こうして外に出て、賑やかな空気に触れるだけでも、自然と気分が上向いてくる。
「わぁ…にぎやか!」
家でのんびり過ごすのも悪くないが、やはり外の空気は気持ちがいい。
エリシアの足取りも自然と軽くなっていく。
(あ、あのお店、何かおいしそうなもの売ってる…)
(こっちは新年限定のお菓子? えっ、あっちのお店も気になるー!)
魔力石の補充という本来の目的を忘れそうになるほど、年始の商店街は誘惑だらけだ。
(いいなぁ。新年って感じ)
そう思いながら、商店街の通りを人並みの間を縫うように歩いていく。
やがて魔力石を売っている雑貨店がある通りへと曲がる角に差し掛かった、その時。
「うわっと」
「わっ」
ちょうど同じタイミングで角を曲がろうとしたのか、目の前に突然人影が現れた。
エリシアが慌てて足を止め、相手もまた、ぶつかる寸前でぴたりと立ち止まる。見ると、そこには驚いた顔のアルトが立っていた。
「…エリシア?」
「…アルト?」
互いに名前を呼び合い、微妙な沈黙が流れる。
エリシアの脳裏にコハクの言葉がよみがえり、少し気まずそうに視線を逸らした。
あれからしばらく経ち、当初よりは大分気持ちは落ち着いたが、それでも面と向かってアルトの顔を見るのは何だか気恥ずかしい。せめて顔が赤くならないようにと気合を入れた。




