㉛
エリシアにとって絶体絶命の空気が漂う中。
「おーい、エリシア!」
突如、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
はっとして振り返ると、そこには手を振りながらこちらへ歩いてくるゴルドの姿があった。見た目こそ強面だが、意外と世話焼きな彼は、年若いエリシアを普段から気にかけてくれるのだ。
「昨日の依頼報告、ちゃんと出したか? 夜市楽しかったか?」
「え、あ、う、うん…」
返事が妙に上ずる。その様子にゴルドは首を傾げ、怪訝そうに眉を寄せた。
「…ん? どうした。なんか変だぞ」
「な、何でもないよ。全然、何でもないから!」
「そうか?」
エリシアが必死に平静を取り繕っていると、ゴルドの視線が隣へと移る。
「…ところで、そっちの嬢ちゃんは誰だ? 新顔か?」
その問いに、待ってましたとばかりにコハクが外向けの笑顔を浮かべた。
「はい、コハクと申します。エリシアちゃんがいつもお世話になってます」
先程までのマイペースさはどこへやら。背筋をすっと伸ばし上品に微笑むその姿は、まさに育ちの良い淑女そのもの。声の調子も言葉遣いも、所作も申し分ない。
つい先ほどまで「冒険者登録しちゃった♡」などと無邪気に笑っていた人物と同一人物とは、とても思えない。
鉄壁の擬態だ。
「…ん? エリシアの知り合いか?」
「エリシアちゃんとは遠い親戚なんです。小さいころはよく一緒に遊んだんですよ」
「へえ。親戚か」
ゴルドが少し驚いた声を上げ、次いで目を細めて二人をじっと観察した。
「…あんまり似てねえな」
「見た目が似てなくても血が遠くても、私にとっては大事な妹ですから」
「ああ、悪い。気に障ったんなら謝る」
「いいえ、お気になさらず。見た目が似ていないのは身内にもよく言われていたことなので」
コハクはくすりと微笑む。そこには気まずさも、取り繕うような様子もない。まるで、初対面の相手との会話を心から楽しんでいるかのようだった。
強面のゴルドを前にしても物怖じせず、相手の反応を見ながら自然に言葉を返す。その振る舞いには、妙な安心感さえある。
幼いころから大人たちに囲まれ、巫女姫として数々の社交の場を経験してきたコハクにとって、初対面の相手との会話など慣れたものなのだろう。その場に合わせた言葉を選び、相手の気分を害さず、自然と好印象を与える。まさに、コミュ力の塊だった。
「そうか。まあ、エリシアの親戚なら、これから顔を合わせることもあるだろう。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
コハクはにこやかに頭を下げた。
「ところで、さっきふたりで何騒いでたんだ?」
「あ…」
戸惑うエリシアの横で、反対にコハクはにっこりと微笑む。
「いえ、実は私、占いなども少々嗜んでおりまして」
「ちょ、姉さま…!」
エリシアが慌てて止めようとするが、コハクの口は止まらない。
「その占いで、エリシアちゃんの将来に関わる、とても重要な結果がでたんです」
「へえ、占いできんのか」
占いという言葉に興味を引かれたらしく、意外にもゴルドが反応する。
この世界において、占いとは単なる娯楽や気休めではない。世界の声に耳を傾け、未来に訪れる出来事を予兆し、より良い結果を導くためのもの。実際、世の中には職業としての占い師が多数存在するが、その実力はピンキリだ。
なかでも、極めて高い精度で未来を読み解くことのできる占い師は、単なる占い師ではなく「予言者」として扱われる。国がその能力を認め、専属として抱え込むほどに重宝される存在なのだ。
「その占い結果って俺も聞くことできるのか?」
ゴルドが訪ねると、コハクは柔らかな笑みを浮かべたまま、静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。占いで得られた答えは、あくまでその人だけのものですから。将来に関わる大切なことですし、他の方にお話しするわけにはいきません」
穏やかな口調だったが、そこに曖昧さはなかった。丁寧でありながら、きっぱりとした拒絶。
「なるほどな。まあ、そりゃそうだろな」
「ご理解いただけて何よりです」
ゴルドは特に気を悪くする様子もなく、あっさりと引き下がり、それに対してコハクはにこやかに頭を下げる。
そのやり取りを横で見ていたエリシアは、ほっと胸を撫で下ろした。
(…よ、よかったぁ…)
危うく、あのとんでもない予言についてゴルドにまで知られてしまうところだった。
そうして、エリシアは隣に立つコハクをちらりと見る。
(…ちゃんと断ってくれた)
ほんの少しだけ、感動した。
いつもマイペースで、こちらの都合などお構いなしに話を進めてしまうのだが、こういうところは妙にしっかりしている。
(こういうところ、姉さまって本当に抜け目ないんだよね)
しかし安心したのもつかの間。
「実は、先程恥ずかしくも騒いでしまったのは、占い結果を受けて、その対策を計画していたからなんです」
「…は?」
コハクが、何でもないことのように口を開いた。その瞬間、せっかく落ち着きかけていた場の空気が、再び妙な方向へと動き始めた。
「計画?」
「えっ、ちょっ…」
嫌な予感にエリシアの顔から血の気が引く。慌てて口を挟もうとするが、コハクは止まらない。
「そうです。名付けて――」
すっと両手を広げる。まるで舞台の幕開けを告げるように堂々と。
「『龍皇覚醒♡恋・愛・大・作・戦』!」
「「「……」」」
その場の空気が凍り付いた。
訂正。エリシアの時間だけが止まった。
「エリシアちゃん好きのエリシアちゃん好きによるエリシアちゃんのための恋愛大作戦ですっ」
コハクが満面の笑みで続ける。
「この子が幸せになるための未来を模索する、壮大で愛に満ちた計画を…」
「ね、ねえさまあぁぁぁぁぁぁっ!」
エリシアの悲鳴じみた声が割って入ったが、コハクは止まらない。むしろ、ようやく自分の計画を語れる機会が訪れたとばかりに、目をきらきらと輝かせている。
先ほどまでの上品で控えめな淑女の姿は、もはや見る影もなかった。
占いの結果は本人だけのもの。
プライベートな話なので他人には明かせない。
そんなことを言っていた人物が、今や自分から全力で秘密を公開しているのである。しかも、よりによって冒険者ギルドのど真ん中で。
ゴルドは黙ってコハクを見つめていた。
近くにいた冒険者たちも、依頼書を手にしたまま固まっている。
誰もが言葉を失っていた。
まったくプライベートを隠す気配がない。むしろ全力で晒している現状に、その場にいる全員がコハクの残念な何かを察した。
「…あー、エリシア」
不意にゴルドがそっと声をかけてきた。
固まっているエリシアの肩にポンと手を置く。
「まあ…どんまい」
雑な励まし。ぶっちゃけ何の役にも立たない。
「い、いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
この公開処刑に、エリシアの断末魔にも似た悲鳴がギルドの建物全体に響き渡った。
その後、すべてを拒絶したエリシアは、年が明けるまで自宅に引きこもってしまったのだった。
なお、当のコハクはというと。
エリシアの将来を真剣に案じながら、冒険者としての活動を着々と楽しんでいたらしい。




