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ひととおり夜市を巡り食べ歩き、夜市を堪能したアルトとカイルは、最後に再びセリオの露店へと向かった。
店先には手伝い要因のエリシアが客引きで立っており、二人を見つけると笑顔で手を振ってくれた。
「セリオさん、星屑の砂時計、やっぱください!」
「お買い上げありがとうございまーす!」
砂時計を買う決心をしたカイルが勢い良く言い放つと、セリオが商人らしい笑顔でカイルに応じる。奥に置かれている星屑の砂時計を丁寧に取り出し、カイルの元へと持ってきた。透明なガラスの中に細かな光の粒が詰まっており、傾けるとゆっくりと流れ落ちていく。
カイルは受け取った砂時計を手元でそっと回し、光の粒が落ちていく様子をじっと見つめる。その横でアルトが、先程占い師からもらった巡り星の小瓶を取り出し、砂時計と並べるように持ち上げた。気づいたカイルが砂時計を小瓶の真横につけ、ふたりでそれを見比べ、しばらく黙って眺めていた。
砂時計の光砂が小瓶をその中身をキラキラと輝かせている。
「え…きみたち、その小瓶」
不意にエリシアがアルトの持つ小瓶に視線を止めた。
「え? ああ、これ?」
視線の先に気づいたアルトが小瓶を目の高さまで持ち上げ、中で揺れる光を見せる。
「向こうの方に、屋台とは違う占いの天幕みたいのがあってさ、そこでもらったんだ」
軽く説明するアルトの言葉を聞きながら、エリシアは瓶の中の光を凝視し、息を呑むように呟いた。
「これ…巡り星…」
「え、エリシア、知ってるの?」
「あ…えと、それ…あたしの地元の特別な場所でしか見れないやつで…」
「へえ。じゃああの占い師さん、エリシアと同郷だったのかな」
「占い師…」
エリシアの声がわずかに硬くなる。
「エリシア?」
普段と雰囲気の違う様子に、アルトが彼女の名を呼んだ。
「セリオさん! あたしちょっとだけ抜けます!」
突然エリシアが弾かれるように声を上げた。
「え!? エリシアちゃん!?」
セリオが驚きの声を上げるより早く、彼女はアルトの横をすり抜けて夜市の中へと駆け出して行く。
「すぐ戻りますんでー!」
振り向きざまにそう叫ぶと、エリシアの姿はあっという間に人混みに紛れ、見えなくなってしまった。
「え? 彼女どこいっちゃったの??」
セリオが目を丸くして周囲を見回すが、エリシアの姿は既にない。
「え…あー、たぶん、占い?」
「は??」
セリオの困惑した声が、夜市の喧騒にかき消された。
エリシアはセリオの夜店から飛び出し、アルトが言っていた占いの天幕を探して夜市の通りを駆け抜けていた。
意識を集中すれば、確かによく見知った独特の気配が感じ取れる。己の感覚の示すまま、その気配の場所まで一直線に向かって行った。
やがて、夜店が並ぶ通りから少し奥まった場所。紫の天幕が視界に入る。
息を整える間も惜しみ、エリシアは天幕の中へと足を踏み入れた。
「あら、いらっしゃい。来てくれたのね、エリシアちゃん」
天幕の奥には白いローブを纏った占い師の女性が座っていた。まるでエリシアがここに来ることが分かっていたかのように、にこやかに彼女を迎え入れる。その声は楽し気に弾み、ひどく嬉しそうだ。
アルトとカイルが訪れた時とは違いフードは被っておらず、その素顔をさらけ出している。年の頃は二十代半ば。まっすぐ伸びた青みを帯びた黒髪が肩先でさらりと落ちた。
「こ、こんなとこで何やって…」
息を切らしながらエリシアが声を上げる。
「え? 占いの館? 的な?」
「いや、そーじゃなくて!」
エリシアが一歩踏み出し、声を強めた。
「何で巫女姫がこんなとこにいるんですか! コハク姉さま!」
びりびりと空気が震えるくらいの大声でエリシアがコハクに詰め寄る。だが当のコハクはどこ吹く風だ。
「えー? だってあの国つまらないんですもの」
「へあっ…つ、つまらないって…」
あまりにも飄々とした物言いに、エリシアは言葉を詰まらせる。
「エリシアちゃんだって、それで国を出ちゃったんでしょ?」
「い、いやいやいや。あ、あたしはだって、特別なお役目とかないし。でも姉さまは筆頭巫女でしょう! 霊峰はどうなってんですか!?」
霊峰はエリシアの祖国の象徴。天龍の魂が眠るとされる聖域。巫女姫の存在はその守り手の代表だ。
聖域は巫女と呼ばれる乙女たちのみが立ち入ることを許され、浄化・管理を行うことになっている。巫女たちを統括する存在として、より強い霊力を持つ乙女が選ばれる。それが筆頭巫女であり、巫女姫と呼ばれる存在だ。
「やあね。私がいなくたって特に問題なんてないわよ。巫女姫なんて言っても実際はただの飾りなんだから」
コハクは軽く笑いながら言い放つ。
「飾りなんて…」
「飾りよ。少なくとも、私が数年国を出ていたところで影響は皆無。わかってるでしょ?」
その声は淡々としているが、奥に呆れに似た諦めが滲んでいる。
「ほんっと、あの老害ども。自分たちの都合のいいようにしか解釈しないし、訂正しても理解しないし、間違ったことゴリ押ししてこようとするし、口臭いし」
止まることのない愚痴。
ああこれは、ストレスかなり溜まってるな、とエリシアが若干引き気味に苦笑した。
「! あ、あらやだ私ったら。こんなことを言うためにここにいるんじゃないのに」
生暖かい視線に気づいたコハクが慌てて姿勢を正し、その表情をすっと引き締める。それだけで周囲の空気が変わった。
「――お告げがありました」
コハクの凛とした声がその場の空間を支配する。巫女姫の威厳を滲ませたその姿に、エリシアの心臓がどくりと跳ねた。
「百年以内に虚無の嵐が来ます」
コハクは淡々と告げる。その瞳はどこか遠く、見えない未来を見据えている。
「それに備え、天海龍皇の魂を目覚めさせなければなりません」
「天海龍皇…不知火神漏岐…」
エリシアが息をのむ。祖国に伝わる神話の龍神だ。
幼いころから伝え聞いてきた伝承。霊峰の奥深く眠る、虚無を焼き払う天の龍。
「ええ、ちゃんと憶えていてくれたのね」
コハクはわずかに微笑むが、その表情はすぐに引き締まる。
「その魂を目覚めさせるのはカミネに連なる者であり、世界と繋がる者」
「世界と繋がる…」
その言葉を反芻する。
カミネとはエリシアとコハクの祖国。大陸から離れた、海に囲まれた島国。
世界と繋がるとは何を意味するのか。人と人、国と国、それとも、もっと大きな何か?
「その者をカミネ国に正しく導くことが重要なのです」
「そうか…コハク姉さまはその人を探すために国を…?」
「いや、国を出たのはつまんなかったからよ。さっき言ったでしょ」
「えぇー…」
急に素に戻ってあっけらかんと答えるコハクに、エリシアは思わず脱力してしまった。
「えっとね、今なんでこんな話したかって言うとね、たぶんそれって、エリシアちゃんに連なる者だと思うのよ」
「ん?」
不意に己の名が出てきたことに、エリシアが不思議そうにパチパチと瞬きをする。
「私なりの解釈になるんだけど…おそらくは、エリシアちゃんの血縁者。子になるか孫になるか」
「はあ!?」
予想外の解釈に思わず声が裏返ってしまう。驚きに何事かを反論しようとするが、言葉が出てこずに口だけをぱくぱくとさせてしまった。それを見てコハクが苦笑する。
「エリシアちゃんが生まれた時、天海龍皇の祝福を受けてるのよ。長老たちは誰も信じなかったけど」
コハクが世間話でもするように、重大な事実をさらりと口にした。
「何それ」
エリシアは思わず眉を顰める。そんな話、聞いたこともない。
「カミネ国は長い鎖国の中で、外の血を拒んできたの。純潔こそが正しいと信じてね。その中で、外国籍の母を持つあなたが生まれた」
「…!」
「古い血に新しい血が混ざったの。龍皇はそれを祝福してくれたのよ」
「……」
胸の奥がざわつく。
妾制度がある国なので一応屋敷で育ててもらえたが、外国の血を引いているという理由で、いじめや虐待こそなかったものの決して良い扱いはされていなかった。
昔から感じていた周囲の視線の冷たさが蘇る。あまり思い出したくない記憶ではある。
けれど祝福と聞いて、そういえば、と幼い日のことを思い浮かべた。流行り病が広まった時も、木の上から落ちた時も、崖から転げ落ちた時も――大けがを予想される事態が起こっても、エリシアは不思議と大きなケガを負うことなく、健康そのもので過ごしてこられた。これはもしかしたら、龍皇の祝福のおかげだったのかも知れない。
「そしてここで重要なのが、龍皇の祝福を受けたあなたの意志」
コハクが右手の人差し指をピッとたて、エリシアの瞳を覗き込む。
「でね、さっき、男の子のお客さんが来たの。二人連れのね」
アルトとカイルのことだ、とエリシアはすぐに察し、顔を上げる。
「黒髪の男の子。あの子に、あなたの霊力が薄く絡んでた」
「え」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「絡んでたってゆうか、馴染んでたってゆうか、纏わりついてた? マーキング的な?」
「…言い方」
「あの子、あなたのお気に入りでしょ?」
「言い方!」
強く言い返すが、耳まで熱くなるのを止められない。
自分で自覚すらしていなかった感情を第三者から突き付けられたこの状況にめまいがしそうだ。
とゆうか、四歳も下なのに。相手はまだ全然子供なのに。
(…あたしって、ショタコンだったんだろうか…)
頭の中でそんな単語が浮かび、慌てて首を振る。
コハクはエリシアの反応を楽しむように、わざと間をおいてからさらりと告げた。
「たぶんね、エリシアちゃんとあの男の子との子孫が龍皇の魂を目覚めさせるんだと思うの」
「…は?」
エリシアの思考が一瞬で真っ白になる。
何を言われたのか理解するまでに数秒かかり、
「はああああああああ!?」
絶叫が天幕を震わせた。




