㉗
屋台をひやかしながら進んでいくと、甘い香りが風に乗って漂ってきた。
顔を上げた先には、これでもかというくらい可愛らしく飾り付けられたクレープ屋の屋台。
ピンクやパステルブルーの布地、リボンや小さな星型のポップな飾りが揺れ、魔導灯の光を受けてキラキラと輝いている。
「クレープ…」
「あ、ホントだ。うまそー」
アルトもカイルもこの夜市の屋台で何かを買って食べるつもりで来ていたので、家で夕食をとっていない。しかも二人とも育ちざかりなので、いい感じにお腹がすいている。
なので、クレープは食べたい。食べたいが…
「女子ばっかじゃん…」
「うっわ、行きづら…」
屋台の前には、おしゃれをした女の子たちが列を作り、楽しそうにメニューを選んでいる。
二人は足を止めたまま、視線だけで屋台をちらちらと見やった。
そうしてクレープを買いに行くかどうするか悩んでいたその時。
「アルト、どうした?」
背後から聞き慣れた声が響き、二人は反射的に振り返った。
そこには、騎士服を身にまとった兄テオが立っていた。横には同僚と思われる若い騎士の姿も見える。
腰には剣、胸には騎士団の紋章。アルトの憧れてやまない制服姿だ。
「兄さん!」
「テオさんこんばんわー」
アルトが笑顔になり、思わず駆け寄る。それにカイルも続く。
「こんなところで何してるんだ? 通りの真ん中で突っ立ってると、周りの人の邪魔になるぞ」
叱るような口調だが別に怒っているわけではなく、その証拠に口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「今、巡回中?」
「そ。夜市が出てる広場は若手の騎士が中心で警備するからな」
とはいえ、これは若手騎士の慰労も兼ねており、広場での見回り中は軽く買い食いも許される、少し緩めの任務だ。
だが広場の各所には臨時の待機場所が設けられ、そこには中堅騎士が控えている。彼らは若手の巡回を見守り、必要とあれば即座に立ち上がって対応できる体制を整えていた。
そして中心街の大通りではより厳重な警備が敷かれ、騎士団が交代で巡回し、不審者やトラブルに迅速に対処できるようになっている。
夜市を安全かつ楽しく過ごせるよう、場所ごとに警備の強度が調整されているのだ。
「で、おまえら何悩んでたんだ?」
「あれだよ。クレープ」
アルトが指さしたのは、女の子受けを狙ったとしか思えないキラキラのクレープ屋台。
「食べたいんだけど…」
「…な」
アルトとカイルは目を合わせ、言葉にせずとも「行きづらいんだよね~」という空気を全力で発信する。
「…何かを無言で訴えてるな」
「ははっ、テオ、買ってきてあげれば? この子ら、あの女子の海に突っこむ勇気が出ないみたいだぞ」
同僚騎士の茶化しに、二人は一瞬だけ気まずそうな顔をするが、すぐに照れ笑いでごまかした。
「…そうだなぁ」
テオはわざとらしく腕を組み、二人を見下ろす。
二人は捨てられた子犬のような瞳でテオを見上げていた。
「…仕方ない、じゃあ、俺も一緒に行ってやるから。ほら行くぞ」
「えっ、おれたちも?」
「お前らが食いたいんだろ」
そう言ってテオは歩き出し、助け船を出してくれた同僚の騎士も「せっかくだし、俺もクレープ食べよっかな」と笑いながら後に続く。アルトとカイルは顔を見合わせ、慌てて二人を追いかけた。
テオを先頭に、同僚騎士、そしてアルトとカイルが後ろに続いてクレープ屋台へ向かう。
屋台の列に並んでいた女子たちが彼らに気づくと、「あっ」という顔をして、友達同士で肩をつつき合う。そうしてテオと同僚騎士が列に加わると、周囲の女子たちが一斉にざわめいた。
「えっ、騎士様もクレープ食べるの!?」
「やだかわいい……ギャップ萌えじゃん?」
「やばい、同じ列に並んでる……!」
アルトとカイルは、騎士二人の背中越しにその反応を感じ取り、なんとも言えない居心地の悪さに肩をすくめる。
「なにこれ、めっちゃ注目されてる」
「…騎士服って、こういう場所だと目立つからな」
視線が集まるたび、二人は居たたまれない気分になり、列の中でそっと背を丸めた。
「ねえ兄さん、こんな風に騒がれることってけっこうあるの?」
「ん? まあ、たまにな」
「練兵場に見学に来てくれる女の子とかもいるしね」
テオは涼しい顔で答え、同僚騎士が笑いながら付け加える。そうしてにこやかに女子たちへ手を振り、愛想を振りまいた。途端に広がる黄色い歓声。
「おい、リオネルやめろっ」
「えー? こういう時は笑顔で対応するのが礼儀でしょ」
今更だが同僚騎士さんはリオネルという名前らしい。
「…リオネルさんって人、ちょっとチャラいな」
「騎士のイメージ崩れる…」
やがて順番が来て、屋台の前に立ったテオが店員に注文を尋ねられる。テオは振り返ってアルトとカイルに視線を向けた。
「何が食べたいんだ?」
「苺クレープ」
「おれもー」
「じゃ、苺クレープ三つください」
アルトたちの代わりにテオが注文を告げると、女子たちの歓声にも似た囁き声が波のように広がった。
「騎士様が苺クレープ頼んだー!」
「かわいい~」
「えー、あたしも苺にしよっかなー」
女子たちは若い騎士の選んだメニューに興味津々で、まるでそれが流行の最先端であるかのように盛り上がっている。
次いでリオネルがバナナチョコクレープを注文すると、また同じようなざわめきが発生した。
いや、もう何でもいいだろ好きなの選べよ、とはアルトとカイルの心の叫びである。
程なく注文していたクレープが出来上がり、これまた可愛らしい紙に包まれたそれを店員が手渡してきた。
苺と生クリームの甘い香りがふわりと漂い、アルトとカイルは思わず顔をほころばせる。
「兄さん、ありがと!」
「リオネルさんも、ありがとうございます」
きちんとお礼を言う二人に、騎士たちもにっこりと微笑んだ。
こうして紆余曲折、男子二人は念願の甘くてキラキラしたクレープを手に入れることができたのだった。
アルト「クレープ食べるだけでモテるとか、兄さんずるい」
テオ「あれな、『騎士』ってゆうブランドパッケージに騙されてるだけだから」
カイル「騎士になると女の子にもてるのか…よし、おれも騎士目指そうかな」
アルト「動機が不純!」
リオネル「あー、でも俺も騎士目指した理由それだったわ」
アルト「志望動機もチャラかった!」




