㉖
冬休みに入ってすぐの頃に、大通り沿いの広場で冬至の光市が開かれる。
魔導灯や魔科学式の光結晶を使ったイルミネーションが広場と大通り沿いを彩り、そこで交易商人たちが珍しい香辛料や魔法細工の装飾品などを売るのだ。
魔導灯は柔らかな金色の光を放ち、魔科学式の光結晶は青や緑、赤といった色彩を絶え間なく変えながら、道行く人々の顔を幻想的に照らしだす。
至る所で活気に満ちた商人たちの声が聞こえ、値段交渉の笑い声があちこちで響きわたる。
通りの端では騎士団がゆったりと巡回しており、その存在が夜市に安心感を与え、子どもたちは光のアーチをくぐりながら駆け回り、大人たちは温かい飲み物を片手に、冬至の夜を惜しむように歩く。
この夜だけは冬の闇が完全に退き、街全体が光と人の熱気に包まれるのだ。
家の戸口を開けた瞬間、冷たい夜気が頬を刺した。
「うわっ、寒っ」
吐く息が白く広がり、足元では雪を踏む音がザクザクと響く。
アルトは首だけをひねって後ろを振り返り、暖炉の前で本を読んでいた母に声をかけた。
「それじゃ、行ってくるね!」
「いってらっしゃい。夜市は人が多いから、カイル君とはぐれないようにね」
「はーい!」
マフラーをぐるりと巻き、アルトは肩掛け袋をぎゅっと握る。これからカイルを迎えに行き、一緒に光市へ遊びに行くのだ。
広場の方向へ視線を向ければ、魔導灯の光がぼんやりと夜空を淡く照らしている。毎年の恒例イベントではあるが、この光景を目にするたびに、アルトは胸をどきどきと高鳴らせてしまうのだ。
自然と足が速くなり、駆け足でカイルの家に向かっていた。
ソルブレイズ家の前に着くと、ちょうど扉が開いてカイルが顔を出したところだった。
「アルト! もしかして待たせた?」
「ううん、今来たとこ!」
「ちょい待ち、カイル!」
家の中からカイルの母ヴァレリアが彼を追いかけるように出てきた。手には毛糸帽が握られている。
「ほら、夜は冷えるんだからちゃんと帽子被って! アルトくん、こんばんは。二人とも、夜市は人が多いから気を付けるんだよ」
こないだ見たときは圧倒的な覇気に気圧されてしまったが、今日は柔らかく落ち着いた声だ。
「はーい!」と声をそろえると、ヴァレリアは小さく頷き、二人の肩を軽く叩いた。
「よし、いってらっしゃい! 掘り出し物、見つかるといいね!」
カイルの母から激励を受け、笑顔で手を振ると二人は並んで歩きだした。雪を踏む音が二重に重なり、夜の静けさに小さなリズムを刻む。
やがて大通りに出るとイルミネーションが夜道を照らし、その光が広場への道案内となる。広場に近づくにつれ人の行き来は多くなり、すれ違う人みんなが笑顔で楽しそうにしていた。
広場に足を踏み入れた瞬間、視界いっぱいに色とりどりの光が広がった。
広場中央には巨大な魔法水晶のオブジェがそびえており、その周りはイルミネーションで煌びやかに飾り付けられていて、とても華やかだ。
このオブジェを中心に円を描くように屋台が並び、それと向かい合うように広場の外周にもずらりと露店が軒を連ねている。光と音のざわめき、香ばしい匂いや甘い香り、それらが客たちの興味をそそる。
ところどころに、魔導灯に照らされた休憩スペースがあり、買い物袋を抱えた客や食事を楽しむ人々が腰を下ろし、笑い声や談笑が交わされていた。
「わぁ…今年もすごいね」
「うん、どこから回る?」
胸の高鳴りを抑えきれないまま、二人は笑みを交わし、人波の中へと足を進めた。
年に一度のこのイベントには、商人セリオ・ヴァンデルも参加していた。
荷馬車の後ろで木箱を抱え、息を白くしながら笑う。
「よーし、これで最後の箱だ」
その声に応えるように、雪を踏みしめる軽やかな足音が近づいてきた。
「セリオさん、これ、並べちゃっていいですか?」
布で丁寧に包まれた小さな包みを抱えているのはエリシアだ。
「ああ、頼むよ。割れ物だから気をつけて」
「はいっ!」
エリシアは笑顔で頷き、魔道具をひとつずつ布から取り出しては、セリオと一緒に店先に品物を並べていく。
今回なぜエリシアがセリオを手伝っているかというと、それは冒険者ギルドに依頼があったから。
冬至の光市での助手を求む、というものだ。依頼者の名前を見て、エリシアが真っ先に立候補した。彼女は人の縁を大事にするタイプなのだ。
「でもいろんな魔道具がありますねー」
「そりゃあね。各地を回って、面白そうなものを片っ端から仕入れてるから」
「魔導ランプ、星屑の砂時計、ルミナ・ヴェール…」
エリシアはひとつひとつ指で示しながら、まるで宝探しをしている子供のように声を弾ませる。
「珍味もあるよ。この南方果実の蜜漬けなんて僕的におススメかな」
セリオが瓶を持ち上げると、琥珀色の蜜が瓶の中でゆったりと揺れ、甘い香りがふわりと漂った。
「アミュレットもあるんですね。あ、これかわいい」
五枚花弁のイヤリング型アミュレットを手に取り、付属の説明書きを読み上げる。
「なになに…『恋愛運が三割増し! ※効果には個人差があります』…うさんくさっ」
「そう言わないでよ~、ほら、ちゃんとこんなのもあるんだよ?」
そう言って見せてくれたのは、冒険者向けの実用的な護符やアミュレットだ。
攻撃力上昇、防御力上昇、魔法反射効果…etc。たしかにこれは役に立ちそうだ。だが繊細さや優雅さはどこかに置き去りにされた、壊れにくい無骨なデザインではあるが。
「確かに効果は頼もしいけど…あたしは買わないかな~…」
「ま、女の子向けのデザインではないよね」
しぶめの反応に、セリオが苦笑しながら肩をすくめた。
エリシアとセリオがアミュレット談義を交わしていると、背後から聞きなれた声が飛んできた。
「あれ? エリシア?」
振り向くと、完全防寒服のアルトとカイルが露店の前に立っていた。二人とも寒さに頬を赤く染め、白い息を吐きながらこちらを見ている。
「アルト、カイルくん! 来てたんだね」
エリシアはぱっと笑顔になり、手にしていた護符をそっと台に戻した。
「うん、さっき通りに入ったところ。セリオさんこんばんわ」
「セリオさん、エリシアさん、こんばんわー」
「はい、二人ともこんばんは」
見知った小さなお客様に、セリオが満面の笑みを浮かべる。
「てゆーか、昨日断った理由って、もしかしてコレ?」
アルトは昨日、冬至の光市に一緒に行かないかとエリシアを誘ったが、「依頼入っているから」とあっさり断られていた。
「セリオさんのお手伝いなら、おれだってやってもいいのに」
「はは、アルトくんにそう言ってもらえるのはうれしいけど、これはギルドを通した正式な依頼だからね」
「そうそう。お子様はお呼びじゃないのよ」
「何だよっ。エリシアだって年齢的にはまだ子供じゃん!」
「あたしはもう一人立ちしてるからいいんですー」
「あははっ、君たちホント仲いいね」
急に始まった口げんかに、セリオが楽しそうに茶々をいれる。
「ま、とりあえず見て行かない? 珍しい物いっぱいあるから。もちろん、見てくだけでも大歓迎だよ」
セリオが笑顔で促す間に、カイルは一足先に興味津々で商品棚を覗き込んでいた。星屑の砂時計を手に取り、光の粒がゆっくりと落ちていく様子に見入っている。
「これ全部セリオさんの?」
アルトはというと、棚の端に置かれた水晶球に目を奪われていた。透明な球の中には無数の光の粒が漂い、まるで小さな宇宙がそこに息づいているようにも思える。眺めていると時間を忘れそうだ。
「こういうのは光市ならではの商品だね」
セリオの言葉に、アルトは水晶球から目を離さずに頷く。
冬至の光市は、ただの夜市ではなく『光と魔法の祝祭』。
商人たちはこの日だけの特別な品を並べ、訪れる人々を魅了する。
この夜市では、「光を持ち帰る」という体験が何よりの価値になっているのだ。
「アルト、これ見ろよ!」
カイルが星屑の砂時計を傾けると、中の光の粒がさらさらと流れ落ち、底にたまるたびに淡い音色を響かせた。
「わぁ…音まできれいだ」
アルトが感嘆の声を漏らすと、セリオが得意げに商品の説明を始める。
「それはね、ただの砂じゃなくて『光砂』っていう特別な素材なんだ。光砂から出る音は、安らぎを与える福音って言われててね。大昔は貴族にしか流通してなかったって言われてる代物だよ」
「へぇー! じゃあ、もしかしてこれ、結構な高級品?」
「昔は、だよ。普通の砂時計よりは高いけど、高級品ってほどじゃない」
「へえー。あ、ホントだ。おれでも頑張れば買える」
値札を見れば通常の砂時計のおよそ3倍。買おうかな、どうしようかな、と悩む絶妙な値段設定だ。
カイルはというと、眉間にしわを寄せてちょうど買おうかどうか悩んでいる様子だ。
「なあカイル、悩んでんなら他の屋台回ってる間に決めたらどうだ?」
「…ん、そうだな。他の屋台も見に行きたいしな」
「ちゃんと全部見て回らなくちゃな!」
アルトが移動を提案すると、カイルは快諾して大きく頷く。
「後でもっかい寄りますねー!」
セリオとエリシアに軽く手を振って別れを告げ、二人は人波の中へと歩き出した。




