㉕
次回から更新ペース落とします。
週に1~2回くらいになるかと。
アルトはここ最近、ちょっと不機嫌だ。
理由は単純、父と数日顔を合わせていないのだ。
食事の際の父の席はずっと空いたまま。帰ってくるのは夜中、アルトが寝てしまった後だ。
頑張って起きていようとするものの、いつまでも起きていると母親に叱られてしまう。それ以前に、健康優良児な彼は夜10時を過ぎると自然と瞼が落ちてきてしまうのだが。
(また今日も会えないのか)
胸の奥に小さな不満がジワリと広がる。
もう少しで年が明ける。明日からアカデミーも冬休みに入り、年末年始の長期休暇が始まる。本当なら、この楽しみにしていた時間をどう過ごすか、父と話し合いたかったのに。
母も兄も気を使って宥めてくれるが、それはそれで子ども扱いされているようで面白くない。
ほんのちょっとのムシャクシャした気分を吹き飛ばすように、アルトは勢いよく部屋を飛び出した。
「ちょっと出かけてくる―!」
リビングで編み物をしている母の横をすり抜け、返事を待たずに玄関へ向かう。
扉を閉める直前、背中越しに「夕飯前には帰ってくるのよ」という母の声が追いかけてきた。
そのままアルトが向かったのは、冒険者ギルドだ。
大通りには大きな馬車が行き交い、車輪のきしむ音と馬の蹄の響きが混ざり合う。慣れたその道を、風を切るように全速力で駆け抜けた。
冒険者ギルドはいつでも活気に満ちている。
剣が鞘に触れる金属音、卓上で転がるコインの音、響き渡る笑い声、そして時折混じる怒鳴り声。重い扉を押し開けると、昼下がりのざわめきが一気に押し寄せてくる。
軽い足音を響かせながら、アルトはその喧騒の中へと踏み込んでいった。
「おー、アルト! また遊びに来たのか」
目ざとくアルトの姿を見つけたゴルドが、片手を高く上げてぶんぶんと振る。その声はギルドのざわめきの中でもよく通り、近くの席の冒険者たちがちらりとこちらを見て、笑いながら手を振ってくれた。アルトはそれに笑顔で手を振り返しながら、小走りでゴルドの元へ駆け寄る。
「ゴルドさん! 遊びに来ちゃった!」
「なんだ、いつもより来るのが早いな。アカデミーは休みか?」
「違うよ、今日終業式だったんだ」
「ああ、それで早いのか。じゃあ明日っから冬休みってわけだな」
「うん!」
アルトは嬉しそうに頷き、椅子の横に立った。
「アルトくん! 今日はテオさん一緒じゃないの?」
同じテーブルに座っていたミーナが、飲みかけのジュースを置いてアルトの後ろを覗き込むように首を傾げた。
「え? 兄さんは仕事だし。おれ一人で来たけど」
「なぁんだ」
「…言っとくがもう奢らねえぞ」
何かを察したゴルドが釘を指すようにぼそりと告げる。
とたん、ミーナが口を尖らせて不機嫌ですアピールをする。
「なによーゴルドのケチー。じゃ、リック奢って」
「は? なんで僕が?」
急に話を振られたリックが憮然と声を上げた。
「いーじゃん。奢ってくれる男子はモテるよ?」
「えぇ? …まあ、レディに奢るのは男の嗜みのひとつでもあるからね」
わざとらしく前髪をかき上げ、キメ顔を作る。
もしや本当に奢ってくれるのかも? とミーナが笑顔になるが、その直後リックは真顔で告げた。
「でも今日は財布忘れたから無理」
「はぁ!?」
ミーナが不満もあらわに机を叩き、その横でゴルドが不思議そうな顔をする。
「…ん? でもリックお前、昼は普通に」
「あーーー! 残念だけど今日は無理だなー!」
ゴルドの言葉を遮るように、リックがやたらと大きい声を出した。
それに何事かを察したゴルドが、リックをフォローするように言葉を選ぶ。
「…あ、いや、財布忘れたらそりゃ無理だよな」
暑苦しい男だが、彼は大人なのである。リックは心の中で土下座する勢いでゴルドに感謝を捧げた。
「財布忘れちゃうなんて、リックさんもドジだなぁ」
「いや、これは計画的節約なのだよ。無駄遣いはしちゃいけないからね。ご利用は計画的に」
「消費者金融かよ」
「なによもう! リックのばかばかけちんぼ!」
「や、ちょ…杖! 杖の先端で刺さないで!」
リックが慌てて身を引くが、ミーナは容赦なく追いかける。椅子とテーブルがガタガタと鳴り、その様子をいつものことだと周囲の冒険者たちが面白そうに眺めている。
「ところで、エリシアはいないの?」
わちゃわちゃしだした二人を放置し、きょろきょろと周囲を見回しながらアルトが尋ねた。
「ん? エリシアならまだ依頼から戻ってねえぞ」
ゴルドが椅子にもたれ、腕を組みながら答える。
「そっか…まだ昼間だもんね」
「何だ、エリシアに用事か?」
「そーゆう訳じゃないよ。今日はほんとにただ遊びに来ただけ」
「ふぅん?」
ゴルドが片眉を上げ、アルトをじっと観察するように視線を向ける。その視線を避けるようにアルトは少し俯き、ぽつりとつぶやくように言った。
「なんか最近みんな忙しそうだね」
「そうかぁ? まあ、年末も近いしな」
「父さんも全然家にいないし…」
ほんのすこしだけ沈んだ声に、言い合いをしていたリックとミーナも振り返った。
「なになに? フェルナード隊長の話?」
ブラン・フェルナード推しのミーナが瞳をキラキラさせて会話に割り込んできた。
「あれ? ミーナさん、おれの父さんのこと知ってるの?」
「知ってる知ってるー! 騎士団隊長ブラン・フェルナード様! あの凛々しくも気高い勇姿! 尊い! マジ推せる! 好き!」
「え? さ、様!? 好き??」
アルトが目を丸くして驚いているのを横目に、ミーナは手を胸の前で組み、うっとりとした表情を浮かべている。
「あー、アルトくん、ミーナのことは放っといていいからねぇ」
「ミーナ! 教育に悪いからそれヤメロ!」
慌ててリックがミーナを押さえ込み、その前にゴルドが立ちはだかってアルトの視界を遮る。危険物を排除する二人の連携が際立つ。
「え、あの…」
戸惑うアルトに、ゴルドが落ち着いた声で説明を始めた。
「フェルナード隊長な、こないだちょっとした合同任務があってよ、そん時挨拶させてもらったんだ」
「合同任務」
その言葉に、そういえば兄テオも騎士団と冒険者ギルドと合同で任務に当たることがあると言っていたなと思い出す。
「ああ。アルトの親父さん、忙しいのはその任務の事後処理してるからじゃねえか?」
「隊の指揮を執ってたのがフェルナード隊長だったからね~。任務の総責任者って、やること山ほどあるんだよ」
ここでリックのウインクが飛んでくる。どんな時でも決めポーズは忘れない男だ。
その背後では、力づくで後ろを向かされているミーナが小声で「うざっ」と呟いている。
「あれから一週間は経つし、そろそろ事後処理も終わる頃じゃねえか?」
「そうだね~、きっと近いうちにまた普段通りの生活にもどれるよ」
「…そっか」
二人と話しているうちに、少しだけアルトの気分も上向いてきた。
そうだ、父が家にいない日がずっと続くわけじゃないのだ。もうちょっと我慢すれば、またいつも通りの日々が戻ってくるだろう。
冬休みは明日から一か月あるのだ。父が早く帰ってこれるようになったら、冬休みの間の計画を一緒に立てよう。
「うん、ありがと、二人とも! ちょっと元気出てきた!」
「元気が出たなら何よりだ」
ゴルドが短くそう言い、口元をにっと笑みの形にする。
「ほらほら、アルトくんも座って~」
リックの拘束から逃れたミーナが椅子を引きながら手招きした。椅子の足が床をこする音が小さく鳴り響く。
「ミーナ、もう変に騒ぐなよ」
「騒ぐって何よぉ! あたしはただ、愛と敬意を全力で表現してるだけよっ」
「…その愛がちょっとおかしいんだっつの」
「これだからミーハーミーナは…」
リックが呆れたように肩をすくめると、ミーナが無言のまま杖で彼の尻を殴った。
「ほらアルト、今日も寒いからな、ホットミルクだ」
ギルドホールから繋がる食堂で注文してきたミルク入りのマグを、ことりとアルトの前に置く。白い湯気がふわりと立ち上り、甘く優しい香りが鼻をくすぐった。両手で包み込むと、指先までじんわりと熱が伝わってくる。
「エリシアが戻ってくるまでそれ飲んで待ってろ」
「えへへ、ありがと、ゴルドさん」
「ゴルド~あたしには~?」
「お前自分で稼いでるんだから自分で払え」
「けちー! けちー!」
「もういいかげん落ち着こうよミーナ…」
普段通りの賑やかさに、知らず笑みが零れる。
四か月くらい前から顔を出すようになったこの冒険者ギルド。楽しい時も、ちょっと落ち込んでるときも、こうして優しく迎えてくれる人たちがいる。それだけで気持ちがすごく落ち着くのを感じる。
アルトはマグを両手で抱えたまま、ほっと息をついた。




