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どこで途切れさせればいいのか分からない…
色々詰まった回になっちゃいまして、分かりにくかったら申し訳ないです…
どんなに決定的に怪しくとも、隊員を捕縛して尋問に掛けるとなると、それなりに手続きと承諾を得なくてはならない。
面倒だが、決められた手順を踏んで書類を整えるようにしている。隊長職に就くものとして、他の騎士団員の見本となるよう、常道を心掛けているのだ。
だが、事後承諾という強硬手段に出なかったことを、オルフェンは後悔することになる。
翌朝、オルフェンは部下に命令を出した。
「ユーゴ・ルインディルを尋問室へ。今すぐだ」
部下が頷き、足早に部屋を出ていく。
オルフェンとブランは、机上の記録簿と証拠資料を整えながら、静かにその時を待った。だが、慌てて戻ってきた部下の報告は、その静けさを見事に蹴散らしてしまう。
「オルフェン隊長、ブラン隊長、大変です!」
「何ごとだ?」
「宿舎にも、勤務先にもユーゴの姿がありません。昨夜から戻っていないようです」
椅子を押しのける音を響かせ、ブランが立ち上がった。
「逃げたのか」
「可能性は高いです。私物は残ってますが、金銭や貴重品は持ち出されています」
オルフェンは無言で立ち上がり、窓の外を見やった。
朝の光が差し込む中、遠くの街路にはすでに人の流れができている。
雑多な人ごみに紛れ込んでいるユーゴを想像し、悔しさか腹立たしさか、喉の奥まで込み上げてくる感情を無理やり押さえ込む。
「全員に通達だ! 東西南北すべての門で検問を強化しろ! 街道の巡回も増やせ! ユーゴ・ルインディルを必ず捕えるんだ!」
命令が飛び、部屋の空気が一変する。その場にいた騎士たちが慌ただしく動き出した。
やがて外の喧騒は遠ざかり、代わりに冷たい風が窓をたたく音だけが部屋に残る。
時間は容赦なく過ぎ、冬の空は鈍色に沈んでいった。
夕刻、灰色の雲が垂れ込める中、オルフェンとブランのもとへ伝令が駆け込んだ。
「隊長、ルインディルが…見つかりました」
現場は、東門から遠く離れた街道沿い。
人目につかない林の外れ、岩の影に雪が薄く積もっている。枝の間から差し込む夕陽は弱く、あたりはすでに薄闇に沈みかけていた。
雪を踏み分けて近づくと、そこに横たわる影があった。
ユーゴ・ルインディル。
外套は半ば雪に覆われ、首元の布地は深い色に変色している。そしてその周りの雪も、大量の血で赤く染まっていた。
布地に隠れた首には、鋭い刃物のようなもので切り裂かれた跡があり、この傷が獣や魔物の仕業ではないことは一目瞭然だ。
その表情は、驚きと痛みが入り混じったまま凍りついていた。
オルフェンが低く息を吐く。
「…逃げ切る前に、やられたか」
誰に、とは言わない。
ブランは答えず、物言わぬ屍となってしまった男の顔を見下ろす。
雪の上には、ユーゴの足跡とは別にもう一人分の足跡があり、遺体から中途半端に離れた場所で不自然に途切れていた。
「遺体には必要以上に触れるな。現場を保存し、周囲の魔力痕を追跡しろ」
命令する声が寒空に響く。
林の奥から吹き抜ける冷気が、血の跡と足跡をゆっくりと覆い隠していった。
ダスクヘイブン、裏組織クロノワールのアジト。
奥まった場所にある、ドレイガンの自室。
深く背もたれに身を預け、片手に重みのある酒杯を持ちながら、男はゆったりとくつろいでいた。
やがて、扉が控えめにノックされる。回数は4回。
「入れ」
入室の許可を与え、それに応じて現れたのは、組織の汚れ仕事を一手に引き受ける部下。音もなく入室してきたその男は、無駄な言葉を省いてただ一言、ユーゴ・ルインディルを処理してきたと簡潔に告げた。
――処理されたということは、こちらの誘いを蹴ったということか。
ドレイガンは視線だけで了承を示し、軽く手を振って退出を促す。
部下は深く頭を下げ、入ってきた時と同様、音もなく静かに部屋を後にした。
扉が閉まると静寂が部屋を支配する。
その静けさを破るように、低くくぐもった笑いが零れた。ククク、と喉の奥から漏れるそれは、愉悦を隠そうともしない。
騎士団に捕らえられ、余計なことを吐かれては面倒だ。だから、先に手を打った。ただそれだけのこと。
「すまないな。悪く思うなよ、ユーゴ」
少しも悪いと思っていない顔で、ドレイガンが一人呟いた。
だがユーゴの死で、都合の悪いこともある。彼は極めて優秀な情報提供者だったのだから。
「…まあ、しばらくは大人しくしているつもりだしな」
その間にユーゴの代わりを探さなくては。
この日を境に、クロノワールはその牙を隠し、必要以上の派手な動きを見せなくなった。
◇◆◇
あの後味の悪い幕引きから、すでに一週間が過ぎた。
輸送隊護衛の作戦終了後、傍目には騎士団は落ち着きを取り戻したかのように見えていた。
だが、団の内情は依然として慌ただしい。
事件の記録整理と報告書作成、内部調査と再発防止策の立案、外部への情報共有、そしてなによりユーゴを手に掛けた犯人の追跡調査。雑多な事後処理が続いている。
そしてそれに並行して、日々の通常業務も滞らせるわけにはいかない。
アルトの父であり、隊長を務めるブランも連日事務処理に追われていた。
「ブラン隊長、こっちの報告書もお願いします」
部下の声に顔を上げると、机の上には山のような書類。うんざりとした表情でそれを見やり、深い深いため息をつく。
任務では部隊を統率する頼れる隊長も、今は紙の海に沈み、見る影もない。
(今日も残業か…)
ここ最近、家には夜、寝に帰っているだけの状態が続いている。ブランは肩を落とし、机に額が付きそうなほどがくりと項垂れた。
街道沿いの雪は何度も降り積もり、あの現場の痕跡をすっかり覆い隠していた。捜索隊は林の奥まで足を踏み入れ、微かな魔力痕を追ったが、それは途中で途切れ、再び現れることはなかった。
聞き込みも、監視塔の記録も、何ひとつ有力な情報をもたらさない。
オルフェンは報告のために支部長室へ赴いていた。
受け取った報告書を机に置き、支部長レオニードは重く息を吐く。
「…一週間経っても、影すら掴めんか」
オルフェンは黙って頷いた。
その沈黙の中、窓の外では雪が静かに降り続いている。まるで犯人の存在そのものを、白い闇が覆い隠してしまうかのようだ。
一連の騒動の黒幕はおそらく例の組織クロノワールで十中八九間違いないのだろう。だが、そこに繋げるための決定的な証拠が揃わないのだ。
机の端に置かれた冷め切ったコーヒーに視線を落とす。
一週間。たった七日――いや、もう七日。
その間に、雪はすべてを覆い、熱も匂いも、痕跡の糸すらも奪っていった。
ダスクヘイブンには人員を送り込み、組織の動向を監視させている。だが奴らは息を潜めたまま、今のところ何の動きも見せてこない。まるで遠くから、こちらの焦りをあざ笑われているような錯覚すら覚える。
新たな情報はひとかけらも掴めず、ただ時間だけが無為に過ぎていく。
あまりにも鮮やかな引き際に、こちらは翻弄されるばかりだ。
非常に悔しいが、現状では奴らを検挙するにはどうしてもピースが足りない。
だが検挙したあかつきには、再起など出来ぬよう徹底的に潰してやろうと考えている。そのためには長期戦を覚悟しなくてはならないだろう。
焦りは判断を鈍らせる。今は牙を研ぎ、そのチャンスを待つ時だ。
そしてユーゴ殺害の犯人がこのまま見つからなければ、数か月後にはこの件の捜査は打ち切られることになるだろう。それは規定で決まっている事だが、だからと言ってこれで終わらせる気は毛頭ない。
「クロノワールへの監視は一時的なものにはしない。このまま継続して行う」
レオニードが支部長としての権限で通達する。
「正式任務として予算を回す。人員の選別は任せる」
「はっ、了解しました。書類を作成し、後ほど提出します」
オルフェンは背筋を伸ばし、即座に応じた。
ここから数年にわたり、グレイスフィールド騎士団とクロノワールとの因縁が始まることになる。




