㉒
輸送隊襲撃の約一週間前、資料書庫から重要書類が抜き取られる事件があった。その際に書庫の一定期間分の入退出記録をすべて洗い出し、リストの照合が一度行われている。
しかしその時は、記録自体はもちろんの事、利用者も利用目的にも特に不審な点は見つからなかった。
記録漏れの可能性も検討されたが、書庫入口の受付カウンターには常に担当管理者が詰めており、出入りのたびに記録を残す仕組みとなっているため、その線は極めて薄いと判断された。
今回は、特に怪しいと思われる者たちを中心に改めてリスト照合していく。
調査対象は、内勤の事務書記官20名、押収品の検品を担当する情報班10名、そして事後処理に関わった従騎士10名。
この中から裏切り者を必ずあぶり出すのだ。
書庫の利用者は一日あたり20~30人ほど。抜き取りが発覚した日を起点に、遡って一週間分の記録リストが作成されている。重複もあるが、対象はおよそ100人弱。
多すぎるということはないが、決して少ない人数ではない。
テオと廊下で別れた後、オルフェンとブランは足早に資料書庫へと向かった。
そこでは、オルフェンの部下二人が既にリストの照合作業に取り掛かっているはずだ。
「すまない、遅くなった」
資料書庫の奥まった一角にある静かな閲覧スペースに顔を出すと、テーブルの上には日付順に並べられた入退出記録の束があり、その横にはグレイスフィールド支部庁舎の職員名簿が置かれていた。
「オルフェン隊長。これから照合を始めるところです」
「あれ、ブラン隊長もいらしたんですか?」
「ああ、気になったんで手伝うことにした」
ブランは軽く頷き、机の端に置かれた職員名簿に目を留める。
付箋が三か所ついている。おそらく、事務書記官、情報班、従騎士の項目だろう。
「よし、さっそく取り掛かるか」
オルフェンが腕まくりをしながら言い、4人はそれぞれ記録の束を手に取り作業を始めた。
日付、利用時刻、利用目的、名前。
指先で一つひとつ確認しながら、記録簿に記された名前を職員名簿から探し出し、その名前の横に書庫を利用した日付を書き込んでいく。地道な作業だ。
「…ここ、情報班の名前が続いてますね」
記録簿を見ながら部下の一人が小声で告げる。
ブランが顔を上げ記録の束を覗き込む。確かに、情報班の者――それも同じ人物が、抜き取りが発覚する五日前に数回出入りしていた。
「利用目的は…押収品の照合・分類作業、か」
「この頃、何か事件とかありましたっけ」
「大きい事件はなかったはずだ。よそ者の冒険者が暴れたとか、ひったくりとか、その程度だ」
ブランは眉をひそめ、記録簿に記されている名前を睨みつける。
「…まあ、押収品の照合という理由は、一応筋は通るか」
「どうします?」
「怪しいと思ったらマーカーで線を引いておけ」
「了解」
ペン先が紙を走る音が、閲覧スペースに小さく響いた。
「この従騎士も何度も書庫に出入りしてますね」
もう一人の部下も、記録簿から目を離さずに声を上げる。抜き取りが発覚する前日に数回の出入りが記録されていた。
「どれ…なんだ、エルクじゃないか」
既知なのか、オルフェンがその従騎士の名を口にする。
従騎士、エルク・ロラン
「昨年、従騎士試験に合格した子っすね。体格は大きいですが、まだ13歳だったかと」
「13歳? 初等アカデミーを終えてすぐ従騎士になったのか」
己の下の息子と一歳しか違わないことに驚き、ブランが思わず声を上げた。
「小さいころから騎士に憧れてて、待ちきれなかったとか言ってましたね、たしか」
「情熱的だな」
そこまで言って、ふと考える。
「13歳か…もし万が一関わっていたとしても、騙されて利用されている可能性が高いな」
「そうでないことを願いますが」
「だが、記録に気になる部分がある以上、事情は聞かねばならんだろうな」
オルフェンは腕を組み、深く息を吐いた。
記録簿を確認すると、利用事由は『資料の整理・返却』とあった。どこかの部署の手伝いの一環らしい。
「手伝いと称して潜り込もうとした可能性もあるしな…」
「マーカー入れときます」
「ああ」
ペン先を走らせる音が再び響いた。
「書記官の方もそれなりに出入りが多いですね」
「まあ…仕事柄、一番書庫を利用する部署だからな」
「…事務書記官は必ず複数人で来てますね」
「ああ、書類の不正利用や人的ミスを防ぐために複数で行動するようにしてるって聞いたことあるな」
「じゃあ、何か悪いことしようとしたら、書記官全員がグルっすね…」
「最悪のパターンだな…それ」
ブランが低く呟く。
そうして、その視線は情報班の名前の列へとふと移動した。
「…やっぱりこの情報班の奴、気になるな」
先程オルフェンの部下が指摘した人物。
「こいつ、毎日書庫に出入りしてないか?」
名前の横に連続した日付が記入されている。以前から資料書庫をよく利用している人物なのか、それともこの数日のみなのか。
「ああ…気になるな」
オルフェンの指先が職員名簿の紙面をなぞり、マーカーで印の付けられた、ひとつの名前の位置で止まった。
情報班所属、ユーゴ・ルインディル
ブランが記録簿の該当箇所をめくり、同じ名前を確認する。
書類の抜き取りが発覚する五日前からその前日まで、確かにほぼ毎日、同じような時間帯に同じ名が記されている。
オルフェンが名簿から視線を外し、机の端に積まれた別の資料束を引き寄せた。
「ユーゴ・ルインディル。入隊は三年前、前職は王都の記録局。情報収集と記録整理が得意…」
「真面目なやつだって聞いたことはあるが…」
ブランが腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「ただ、妙に一人で動くことが多い。情報班の中でも、他人と組むのを避ける傾向がある」
「人付き合いが苦手なんですかね」
部下の一人が呟くと、もう一人が首を横に振った。
「いや、そうでもない。必要な時はちゃんと話すし、礼儀もある。ただ、何を考えてるのか掴みにくい」
オルフェンは記録簿のページをめくりながら、ぽつりと漏らす。
「…ふむ。怪しいのは事実だが、現段階で決めつけるわけにもな…」
そもそも、この程度の情報なら前回の照合の時に既に把握していたはずなのだ。本人への聞き取りも行われているはずであり、その上で不審な点なしとの判断が下されている。
しばし記録簿を見つめたまま、オルフェンは無意識に指先で机を軽く叩いていた。
「今の時点でユーゴを直接問い詰めるのは時期尚早だな…」
「では、どう動きますか?」
部下の問いに、オルフェンは視線を上げた。
「周辺から攻める。情報班の中でもユーゴとよく言葉を交わす奴は誰だ? そいつから話を聞こう。行動を共にしていなくとも、何かしら耳にしているはずだ」
ブランが小さく頷く。
「直接の証拠がなくても、日常の様子や口ぶりから分かることはあるからな…」
「エルクの方はどうしますか?」
「ふむ…そっちは呼び出して直接聞いてみるか」
「あ、じゃあ俺がそれとなく聞いてみますよ」
エルクと顔なじみらしい片方の部下が手を上げて言った。
「隊長クラスからの呼び出しなんて、怖くて委縮して何も話せなくなっちゃいますよ」
なんたって、多感な13歳ですからね!
そう言って、隊長二人をやんわりと牽制する。
オルフェンとブランが顔を見合わせ、ちょっと不本意な表情を浮かべた。
しかし言っていることは多少理解もできる。
結局、そこは部下に任せることにした。
そして夕刻。
「エルクに話、聞いてきましたよ」
調査に出ていた部下が戻ってきた。
「ほぼほぼ白で間違いないっすね」
その一言に、オルフェンとブランは同時に小さく息を吐いた。
「書庫に出入りした日は物資補給部隊の手伝いに駆り出されていたようです。午前中に資料の返却で二度ほど書庫を訪れ、その際に気になる書籍を見かけたってことで、昼休憩にも再び足を運んでいます。その後の行動として、午後は剣術の稽古と体力訓練。複数の従騎士や教官からも証言とれてます」
「気になる書籍、とは?」
「騎士団規範書や、騎士典範などですね。紋章や儀礼の由来を調べるなどして、正式な騎士に登用されるための必要な知識を身につけようとしてたみたいです」
「なるほど騎士登用試験対策か」
「ふむ…証言の食い違いは?」
「ありません。時間の流れも一致しています」
ブランは腕を組み直し、わずかに口元を緩めた。
「…よかった。おかしなことを考えるような子じゃなくて」
「よく調べてくれた」
オルフェンの短く労いの言葉に、話を聞いてきた部下は軽く頭を下げた。
エルクの疑いは晴れたといってもいいだろう。
張りつめていた空気が、わずかに和らいだ。




