⑳
グレイスフィールドへ急ぎ戻ったオルフェン・レイナスは、足早にレオニード支部長のもとへと報告に向かった。
報告の内容は、あまりにも無残なものだ。奴らに罪を突き付けるどころか、のらりくらりと巧みに言い逃れされ、あろうことか襲撃を指示した張本人たるラッド・クロウを消されてしまう始末。
あまりの不甲斐なさと無力感に、頭痛すら覚えるほどだ。
だがその代わりにひとつの事実が浮かび上がった。
騎士団の内部に、奴らと繋がる裏切り者が確実にいるということ。
ラッド・クロウが襲撃の指示役だとこちらで断定できたことも、襲撃の翌日である今日、その証拠品を持ってダスクヘイブンに向かったことも、外部の者が知り得るはずのない情報だ。それらを事前に入手し先回りできるのは、騎士団の内側に潜む者だけだ。
全て先回りされて対処されるとなれば、こちらが後手に回るどころの話ではない。
執務室の扉を叩くと、「入れ」と低く落ち着いた声が返ってきた。
オルフェンは二人の部下を伴い、扉を押し開ける。
奥の執務机で書類を束ねていたレオニード支部長が顔を上げ、その鋭いまなざしが三人を射抜いた。纏う威圧感に、背後の部下たちがわずかに息をのみ背筋を正す気配が伝わる。オルフェン自身も一瞬だけ言葉に詰まった。
「…任務は失敗です」
短く告げられた報告に、室内の空気がわずかに張り詰めた。
「理由を聞こう」
レオニードの声は淡々としているが、むしろその抑えられた響きが、逆に言葉以上の圧となって迫ってくる。
「ドレイガン・マルロックとは直接対峙できました。襲撃の裏に組織クロノワールが絡んでいることは認めましたが、あくまで部下の独断だと主張し、ドレイガン自身は無関係であるとの姿勢を最後まで崩しませんでした。そして、直接襲撃に関わったはずのラッド・クロウもすでに消されてしまったようです」
レオニードの眉がわずかに動く。
「消された?」
「はい。昨日の今日で、です」
「対応が早すぎるな」
「ええ。これで、騎士団内部に裏切り者がいることがほぼ確実となりました」
予想していたとはいえ、裏切り者がいるという事実に沈黙が落ちる。
「…わかった。続けろ」
苦々し気に続きを促すレオニードに対し、オルフェンは力強く宣言した。
「まずはこの裏切り者を断定したいと考えます」
「…方法はあるのか」
オルフェンは首を縦に振る。
「その者は、騎士団内全ての情報を得られる訳ではなかったと考えます」
今回のダスクヘイブン訪問は事前に漏れ、奴らに先回りされた。だが、件の魔導結晶輸送隊護送作戦については知られておらず、そのため奴らの襲撃を防ぐことができた。
「資料室に近づいても怪しまれず、しかし護送作戦には参加を許されなかった者。そして証拠品でもある押収物の内容を知りえた人物」
「…それなりに絞られてくるな」
「候補としては、内勤担当の事務書記官。情報班で今回押収品の検品を担当した者。後は、事後処理を手伝った従騎士たち」
それを聞いてレオニードがひとつ頷く。
「資料庫から書類を抜き取られた時に、その際の入退出記録を調べている。それを元に該当者をあぶり出すとしよう」
「では直ちに」
オルフェンが後ろに控えている部下たちを振り返り、短く指示を飛ばす。二人は即座に「了解」と答え、足早に部屋を後にした。
部下たちが出て行った後、改めてオルフェンはレオニードに向き直る。
その表情には、先程までの報告とは別の緊張が宿っていた。
「それと、もう一つご報告が」
「む、なんだ」
「ルシアン・グリム子爵も関わっている可能性があります」
その言葉を聞き、レオニードの眉間にわずかにしわが寄る。
「グリム子爵の事を尋ねた際、クロノワールの組織員に反応がありました」
応接室を出る直前、試すように子爵の名を出してみたのだ。ドレイガンは全く反応を示さなかったが、道案内をしていた男がほんの一瞬だけ、ピクリと肩を揺らした。そのわずかな変化をオルフェンは見逃さなかった。
「…その可能性も考えてはいたが」
レオニードが唸るようにつぶやく。
「奴らもバカではありません。子爵が絡んでいるのであれば尚更、騎士団に睨まれている状態で軽率な行動はとらないと思いますが」
「…一筋縄ではいかぬだろうな」
「はい」
そこで報告という名の会話が途切れる。
しばしの沈黙の後、オルフェンは姿勢を正し、敬礼をしながら退出を告げた。
「それでは、私も該当者のあぶり出しに加わってまいります」
そう一言添え、静かに部屋を後にした。
支部長執務室を後にしたオルフェンは、書庫へと向かって廊下を歩いていた。
その途中、前方からブラン・フェルナードと、その息子のテオが歩いてくるのが見え、思わず声をかける。
「フェルナード隊長。今から休憩か?」
「ああ、レイナス隊長。いや、今日はこのまま帰宅するところです」
「レイナス隊長、お疲れ様です」
仕事上がりの解放感をまとい、二人が爽やかな笑顔で応じた。
そういえば例の作戦に参加した騎士たちは、今日と明日に分かれて半日休暇を貰えていたな、とオルフェンは思い出す。
「いいな、もう帰るのか」
思わず口をついて出たのだろう。心からの羨ましさが滲む声に、ブランが苦笑を浮かべた。
「ここ一週間、下の息子を構ってやれなかったので。ご機嫌取りしておかないと」
「なんだ。意外といい父親してるじゃないか」
「『意外と』は余計ですよ」
「ああ、悪い」
軽口を交わす隊長二人に、テオが小さく微笑んだ。
「レイナス隊長はこれからどちらに?」
テオが首をかしげながらオルフェンに尋ねる。
「俺は今から書庫にいって書類とにらめっこだ」
「うん? 何か調べものですか?」
「ああ…裏切り者のあぶり出しをしてみようかとな」
その言葉にブランが何かを察し、穏やかだった目に鋭さが宿った。
「…それは、俺が手伝っても問題ないでしょうか」
それは、ブランとしては当然の、騎士隊長としての申し出ではあったのだが。
「え、父さん、帰らないの?」
思わず素の声が出たテオが、驚きのあまり隣の父を見ながらぱちぱちと瞬きを繰り返す。
オルフェンも同様に驚いた顔でブランをまじまじと見た。
「手伝ってもらえるのはありがたいが…下の息子のご機嫌取りはいいのか?」
ブランは一瞬だけ視線を落とした。父親としての迷いと、騎士としての責務。
「…テオ、適当に謝っておいてくれるか」
「なにその適当にって」
テオはわざとらしく大きなため息をつくと、半目で父親を見た。
父ブランが自ら手伝うと言うくらいだ、きっと重要な仕事なのだと思う。思うが、昼に帰ると言っていた父親が、アカデミーから帰っても家にいないとなれば、アルトはきっとがっかりするだろう。がっかりするアルトもかわいそうだし、その機嫌を取らなければいけない自分も、正直かわいそうだ。
諸々の考えを頭の中で巡らせ、少し強めの口調でブランに告げる。
「夜帰ったら、ちゃんと父さんの口からアルトに謝ってよ」
テオは母親のリオナによく似ている。性格も顔もそっくりだ。だからか、ブランはテオに強く出られるとちょっと弱い。
「わ、わかったよ…」
「約束だからね」
小さく頷く父と、それを腰に手を当てて見やる息子。
そのやり取りを目の当たりにしたオルフェンは、口元を押さえながらおかしそうに笑っていた。




